表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/60

第5話 おじ戦士、サービス残業をする

 昼飯を食い終えダニエルと別れた後、俺はソードギルドへと向かった。

 ソードギルドは、簡単に言えば“戦士”と呼ばれる者たちの相互扶助組織だ。

 この国において戦闘を生業とする者の数は比較的多い。そうした戦士を受け入れ、平時においても戦いの許可を与える組織がどうしても必要なのだ。


 一昔前だと、先の戦争の影響がまだ残っていたこともあり、そうした役割を担う組織は数多く存在していた。

 やれ、戦士ギルドだの、傭兵ギルドだの、つるぎ同盟だのといった、役割はほぼ同じなのに名前だけが違う武装集団が複数存在するという、非常にややこしい状態が続いていた。

 当然、問題も多かった。

 組織間での利権の奪い合いや、人材の引き抜き、顧客がクレームを入れた先がよく似た別の組織だったなど、常に何かしらのトラブルが発生している状態だった。

 その問題は徐々にエスカレートし、ついには組織同士の抗争にまで発展した。


 抗争による被害は街へと飛び火し、やがて一般市民にまで危害が及ぶようになったため、国の騎士団が介入して武力鎮圧が行われた。

 最終的に、抗争に関わった組織はすべて解散させられ、抗争の中心となった者たちは一人残らず投獄、あるいは処刑された。

 後に残ったのは、各組織の中でも比較的穏健派だった連中ばかりだ。

 そこで騎士団指導の下、それらの戦士を一所ひとところに集めて新たな統一組織を立ち上げる運びとなった。

 その新組織こそが、現在のソードギルドだ。


「待ってたよ~、ラルフ」


 ギルド本部の執務室に入るやいなや、ギルドマスターが猫なで声で手招きして俺を呼んできた。


「構成員名簿の確認してくれるかい?」


 執務机の前に立つと、ソードギルドの構成員一覧が記された紙の束を押し付けられる。俺は仏頂面のまま名簿を受け取り、パラパラと捲って中身を確認する。

 押し付けた当人は、それを見ながらやけに嬉しそうな笑顔を浮かべているが、こちらとしては少しも面白くない。

 そんな俺の様子にも構うことなく、ニコニコした柔和な笑みを絶やさないこのギルドマスターの名は、シャロン・ネージュ。

 巨人族の血を引く大柄な戦士で、雪のように白い銀色の髪が特徴的な女性だ。

 歳は俺よりも十以上若いはずだが、とにかく強い。騎士団を含めても、おそらくこの国で一番強い戦士だろう。

 一年前に先代のギルドマスターが急死したとき、ただ強いという理由だけで、シャロンが後任に選ばれた。ほぼ満場一致で決定した。

 戦士は単純に、一番強いやつが一番偉いのだ。


「……ここ間違ってるな。ロデリックのやつは五日前に戦死した」

「ありゃ、あたしは重症だって聞いてたけど?」

「僧院に運ばれた時点では、まだ息があったんだけどな。その日のうちに亡くなったよ」

「そっか、残念ね。あいつ身内は誰もいなかったわよね?」

「そのはずだ。遺品は希望者に引き取ってもらうことにするからな」

「そうね、任せるわ」


 あっけらかんとした口調で返された。

 シャロンは頭の回転も良いほうなのだが、性格的にどうも大雑把なところがある。だから、こういった細かい事務作業には全然向いていない。

 この名簿にしても、国に提出しなければならない公式文書だ。ソードギルドの構成員は全員戦士なので、どれだけの人数がいて、有事にどのくらいの戦力になりえるのかを、国のほうでもきちんと把握しておく必要がある。新組織を設立するにあたって、この辺りの報告は厳守するように言い渡されている。

 しかしそれをシャロンに任せると書類の不備が多発するため、俺のようにこの街に長く住んでいてあちこちに顔が利く戦士のフォローが、どうしても必要となった。

 これをギルド幹部と言えば聞こえはいいが、別にそんな肩書は無いし、役員報酬が出るわけでもない。俺の立場はあくまで一構成員であり、この仕事は完全なボランティアである。

 他に適任者がいないから、俺がやっているだけだ。


「……それ以外の部分は大丈夫そうだ。お疲れさん、だいぶ慣れてきたみたいだな」


 本当は、名前の綴りが間違っている箇所が結構あるのだが、それを指摘し出すといつまで経っても終わらないから黙っておく。

 国が把握したいのは人数だ。

 名簿を確認する騎士団の担当者も、俺たちの名前一つ一つまで正確に覚えてはいないはずだ。だからこれで問題ない。


「それじゃ、さっきのロデリックのところを直せば今月分は終わりだねぇ……んぁー、疲れたぁ!」


 シャロンは窮屈そうにしながら、体のあちこちを伸ばしている。

 本当なら思いっきり伸びをしたい気分だろうが、二メートルを超える長身の彼女にとって、この執務室は狭すぎる。


「ここの訂正だけなら俺がやっておく。お前は外で休んできていいぞ」

「ほんとかい? さっすがラルフ、話がわかるぅ! あっ、それ終わったら一緒に飲みに行くからね、逃げんじゃないわよ?」


 先ほどよりも一層嬉しそうな笑みを浮かべると、シャロンは勢いよく執務室から出ていった。


「……何がそんなに楽しいのかねぇ?」


 ギルドマスターの仕事をあんなに嫌がっていたのに。

 こうして執務室で会う度に、決まってニコニコと嬉しそうに笑っている気がする。


「まあ、悪い気はしないけどな」


 相手に笑顔を向けられれば、こちらも自然と気分が良くなってくるものだ。

 そう思うと、最初に仏頂面をしてたのは大人げなかったなと反省する。

 これが済んだら、あとで謝っておこう。


 ※ ※ ※


「あんたねぇ、それ嫌われてるんじゃないわよ」


 ギルドの事務作業を終えると、まだ日が落ちる前だったが酒場へと繰り出した。

 本日はシャロンとのサシ飲みである。

 せっかくなので、昼間あったミアとセーラの件を聞いてもらったところ、シャロンは呆れ顔でそう答えた。


「しかしだな、ヘンタイと罵倒されたし、目も合わせてくれなかったんだぞ?」

「それは照れ隠しだっつーの! みなまで言わせんな! これだからおっさんは、まったくもう……」


 言ってるこっちが恥ずかしくなるとばかりに、シャロンは特大のジョッキで麦酒エールを胃に流し込んで留飲を下げた。


「その二人は、あんたのことが好きなんだよ。ぶっちゃけるとだね、女として惚れてるセンまで割とあるよ?」

「ええっ、嘘だぁ……俺みたいな歳のおっさんにそんな、ありえないだろ?」

「男の魅力に歳なんて関係ないよ。先代のギルドマスターは、爺だったけどカッコよかったじゃないか」

「それはまあ、確かにそうだな」


 先代のギルドマスターは剣聖と呼ばれるほどの達人だった。

 この国におけるすべての戦士にとって憧れの存在であり、俺自身も崇拝にも近い感情を抱いていた。


「あたしだって、昔はあんたに惚れてたんだよ?」

「……そいつは初耳だな。しかし、昔は、なのか?」

「そう、昔の話だね。今はもう、そういうのじゃない」


 何かを否定するように、シャロンはひらひらと片手を振ってみせた。

 顔からも珍しく笑みが消え、少し寂しそうな表情へと変わる。


「新入りだった頃のあたしにとって、あんたは憧れの存在だったよ。自分より強い男なんて、親父以外に出会ったことなかったからね。あんたに抱かれたい。あんたの子を産みたいって、あの頃は本気で思ってた」


 実にシャロンらしい、情熱的な言い回しだ。


「それは何とも光栄な話だが、今はそうではないのだろう?」

「ああ、あんたと肩を並べられるくらい強くなったら、想いを伝えようと決めてたんだよ。でも、いつ頃からかな。いつの間にかあんたの先を歩いていることに気付いちまったんだ。そしたら、何だか急に、気持ちが冷めてきて……」


 そこまで言うと、シャロンは目元を手で覆うようにして隠した。


「きっとあたしは、あんたじゃなくて、あんたの強さに惚れてただけなんだなって……」


 くっくっくっ、と泣いているのか笑っているのかよく分からない声が、シャロンの口からもれる。


「笑い上戸のお前が、急に泣き上戸のふりをするのは無理があるな」

「……ふふっ、うるせー! この鈍感おやじ! あたしの初恋返しやがれ!」


 目元に涙を浮かべながらも、やはり顔は笑っていた。

 笑いながら、俺の頭を抱えて小突き出し始めた。これが結構本気で痛い。


「遅まきながら、今からでも何とかギリギリ応えられるぞ?」

「それはもういいんだよ。言ったろ、もう冷めてるって。ただ、これからも傍にはいてくれ……」


 俺の頭を抱えるシャロンの手に、わずかに力がこもる。


「……ラルフ、あなたはあたしを置いて行かないでね」


 頭を抱えられている俺には、その時の表情はよく見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ・おじさん面倒見もよさそうだし男女問わず周りからの好感度たかそう 続きも期待してます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ