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第51話 おじ戦士、手の内を明かす

 背後の扉が完全に閉まり、周囲を照らす明かりが松明の淡い光だけになった。

 一拍置いてから、ラルフはそばにいる仲間を振り返った。


「もはやここから先は、いつ魔族デーモンが現れてもおかしくない。隊列を組むほどの人数ではないが、気を引きしめていかないとな」


 ここからは三人で進むことになる。

 しかもドニーは直接的な戦力には数えないため、実際の戦闘はラルフとヘレンの二人だけでこなす必要があるのだ。


「ドニーには、俺と一緒に先頭を歩いてもらう。隣で不意打ちを警戒してくれ」

「うへぇ、やだなぁ……てゆうか、雇われるときに聞いてた話と違くない? これもう相談役アドバイザーじゃなくて、完全に冒険者の仕事してるよね?」

「おお、そうだな。実によい働きをしてくれているぞ。これは報酬を上乗せして支払わないとな」

「えぇ……まぁ、分かってるのならいいんだけどさ」


 契約違反ではないかと指摘しても全く悪びれないラルフに、ドニーは若干引き気味ではあったが、満更でもなさそうに笑い返した。

 ラルフたちだけで魔族と戦うと聞いて最初は不安だったが、実際の戦いぶりを見たら色々と納得してしまった。確かにこの二人であれば、魔族が相手でも遅れを取ることはなさそうだ。さらに自分が不意打ちさえ防げば、盤石の構えだろう。

 砂漠の潜伏者(デザートラーカー)は危険に対して敏感な種族だが、その反動からか危険そのものに強い好奇心を抱く者が多い。

 圧倒的な力を持つ仲間の存在がドニーの警戒心を和らげ、逆に普段は隠れている好奇心に火を点けてしまった。


「ヘレンは最後尾だ。この先には分かれ道もあるからな、背後からの奇襲に備えてくれ。途中で魔族と遭遇したら、互いが前後を食い止めてる隙にドニーと位置を入れ替わるぞ」

「分かりました」


 ヘレンはこの手のやり取りには慣れたもので、短く了解の意を返す。

 ラルフの指示はいつも通り的確であり、異論を挟む余地など無い。

 代わりに、彼女はそれとはまったく異なる話題を口にした。


「ところで、もうそろそろ全部話してくれても良いんじゃないですか? 盗賊ギルドの連中は、もう近くにはいませんよ」

「そうだな……念の為、その話はもう少し扉から離れた場所でするとしよう」

「どういうこと?」


 ドニーはきょとんとした表情で二人を交互に見比べた。ヘレンがラルフに向かって突然何を言いはじめたのか理解できなかったからだ。

 しかし、ラルフはそれには答えず、さっさと通路を歩き始めてしまった。

 ドニーは戸惑いながらも後を追った。


「ラルフが相手の言い分だけを頼りに戦地に赴くなど考えられません。ましてや、脱出路まで他人任せで不確実なものを受け入れるなんて、らしくないんですよ。この人はいつだって先を見据え、確実に生き残る手立てを考えてから動きます」

「……そう出来たら良いのだがな」


 ドニーの疑問に代わりに答えたヘレンであったが、ラルフはそれに対してはっきり同意することはなく、曖昧に笑っただけだった。

 やがて、扉から少し離れたところまで歩くとそこで立ち止まり、ラルフは改まって二人を振り返った。


「この辺りまでくればいいだろう……まあ、概ねヘレンの言う通りだ。戦況が劣勢だと分かっている場所に無策で踏み込むつもりはない。大体、自分たちから仕掛けた抗争で逆に縄張りを荒らされているような連中だぞ。情報を鵜呑みにして過度に肩入れするのは危険だ。いざとなれば、いつでも手を切る算段はついている」

「えぇ……」


 突然、ラルフの口から盗賊ギルドのことを大してアテにしていないような発言が出たため、ドニーは困惑した。

 ドニーの目には、ラルフは終始協力的な姿勢を崩さずにガズリーと交渉していたように見えた。それだけに、急に態度を豹変させたようにさえ感じてしまう。

 ドニーが何を思っているのかはラルフも察した様子だったが、特に悪びれることもなく、ニヤリと意地悪そうな笑みさえ浮かべてみせた。


「だから言ったろ、安易に信用するのは良くないって――それにな、種明かしをすると、実は俺もこの地下通路の存在自体は知っている。昔、仕事でこの遺跡には何度か潜ったことがあるんだ」

「えっ、ここって遺跡だったの?」


 矢継ぎ早に情報を明かされ、ドニーは驚きつつも周囲を見回す。

 この地下通路は広く、人間の大人が横に二人並んでも、十分歩けそうなほどの道幅がある。それに壁や床の造りも頑丈でしっかりしていて歩きやすい。

 てっきり、これらはすべて盗賊ギルドが造ったものとばかり思っていた。

 しかし考えてみれば、地上の街には沢山の人が住んでいるのに、どうやってこんな大きな施設を後から地下に造れたのかという話になる。


「プリマスにも、フーラのような古代の遺跡があったのですか? そんな話は聞いたことがありませんが……」

「フーラほど大規模な遺跡群ではないが、現在プリマス港となっている一帯には、地下に巨大な海底遺跡が広がっているんだ。もっとも、俺が冒険者を始めた当時でさえ、もうとっくに枯れた遺跡だったけどな。ある程度若い世代になると、遺跡の存在そのものを知らなくても無理はない」


 あるいは冒険者ならば、先達から過去の自慢話などで遺跡の存在を知る機会もあるかもしれないが。

 ヘレンのように傭兵稼業を主体としてきた戦士では知る由もないだろう。


「そんな枯れた遺跡なんだが、ずいぶん昔にプリマス湾の東岸と西岸を行き来できるように、遺跡を利用した海底道を造れないかという計画があってな。その時、地下通路がどう繋がっているかを地図化マッピングするための調査で潜ったことがあるわけだ」

「ふーん、でも今のプリマスでは海底道なんて使われてないよね。どうして実現しなかったの? たしかにこの街の港は大きいから、こういう地下通路で東と西が繋がったら行き来が便利そうだけど?」


 不思議そうに首を傾げるドニーに、ラルフは苦笑で返した。


「単純な話だ。曲がりくねった地下通路を抜けるよりも、多少遠回りをしてでも地上を歩いたほうが、結局は早く辿り着けることが分かった。ここに来るまでの通路も、かなり入り組んでいただろう?」


 ああ、と納得したようにドニーはコクリと頷いた。

 ここまで辿ってきた道順は念のためにすべて憶えているが、確かに無意味な曲がり角や、回り道を強いられる場所が多かった気がする。


「しかし、地下通路の複雑さを逆手にとって、盗賊ギルドがその一部を隠れ家(アジト)として使っていたとはな。さすがにそれは俺も今日まで知らなかったし、正直驚いたよ。知られたら困る場所は、当時から上手いことひた隠しにしていたのだろう。今にして思えば、あの地図化の作業も本当に海底道を作る目的だったのか怪しいものだな」

「……本当にくだらない計画ですね。プリマスの住民にとっては、いい迷惑だったでしょうに」


 ヘレンが不機嫌そうな声を上げた。

 ラルフが調査に参加していた以上、その調査ために何人か冒険者が雇われたのだろうが、公共事業であるからには、それ以外にも多額の公費が投じられたことは容易に想像できる。

 プリマスの太守は、それを民に還元するどころか途中で放棄し、挙句の果てには盗賊ギルドに成果を利用されているということになる。

 ここまでくると、もはや呆れてしまい言葉もない。

 税の無駄遣いにも程があると思う。


「まあ、そう言うな。今更ではあるが、あの時の調査がこうして役に立つんだから。ガズリーのやつは再三、決められた出口から出るようにと念を押していたが、その気になれば他にも出口のアテはある。敢えてあいつの顔を潰すつもりもないから、退治が順当に済めば、指定された出口から帰るつもりだがな」


 もし魔族の退治に思いのほか手こずるようなら、一旦諦めて他の経路ルートから地上に戻ればいいと説明する。


「それを聞いて安心しました。盗賊ギルドに命を握られているような状態は、はっきり言って気分が悪いですから」

「面子にこだわる連中に命は預けられんよ。連中がこちらを利用しているように、こちらも連中を利用すればいい。だが、主導権を握るのは常にこちら側だ――そのためには優位な関係を築くことが肝要だからな」


 ラルフは労うようにヘレンの肩に手を置くと、静かに微笑んだ。


「だから、交渉でも口出しをせずに黙っていてくれたんだろ?」

「ええ、あなたのことは信じていますから」


 地下に潜って以来、ずっと仏頂面のままでいたヘレンだったが、ここにきてようやく笑顔で頷いた。

 ラルフとはもう長い付き合いである。

 盗賊ギルドの手を借りること自体、最初から気が進まなかったが、この男が簡単に手玉に取られるようなお人よしではないことは知っている。だからこそ、最初に口を挟んで以降は、彼のやり方に異を唱えることもなく黙ってついてきた。


「とまあ、そういうわけだ。このまま魔族を始末しつつ、できればヒュドラ家が魔族を使ってこの街に害を為そうとしていた証拠を見つけたい。その大義名分さえ手に入れば、衛兵に協力してもらって連中を船ごと制圧することも難しくないからな。そのためにも――」


 ラルフはそこで言葉を切り、ドニーのほうを向き直る。


「ドニー、お前に手を貸してほしい。南国事情に詳しいお前ならば、何か気づくことがあるかもしれない。この先、何か手がかりになりそうなものを見つけたら教えてくれないか?」

「……うん、まあ、それはいいんだけどさ」


 一通りの種明かしをされても、ドニーの表情はどこか冴えない。

 何度も首を捻った末に、最終的にぎこちなく頷いた。いまいち納得し切れていないというのが顔に出ている。

 盗賊ギルドを間に挟んでやり合うのならともかく、直接ヒュドラ家と事を構える状態になるのは、ドニーとしては避けたいというのが本音だった。

 目の前の雇い主は、故郷に帰るための多額の報酬も約束してくれているし、やろうとしていることにも純粋に興味がある。ただ、このまま協力を続けると、故郷で多大な影響力を持つ大家の人間に、目を付けられる羽目になるかもしれない。

 両者を天秤にかけながらも、ドニーはまだ引き際を計りかねていた。


「お前が何を気にかけているのか大体想像はつく。安易に信用するのは良くない。だからこそ、築いた信頼関係は大事にするつもりだ」


 それを忘れないでくれと、ラルフはドニーの――もはや頭巾フードで覆う必要もなくなった頭を直に撫でた。

 特徴的な獣耳が、少しずつ外側に垂れていった。

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― 新着の感想 ―
>探査済 脱出路問題なし おじ戦士、最低でもファイター7~8は確実にあるとして やっぱりセージ技能も同レベルくらいにあるでしょ・・・ 30年のキャリアのキャリアしゅごい
更新感謝~ヽ('ヮ'*)ノΞヽ(*'ヮ')ノ 続地下通路……と思っていたら遺跡だった!! しかもおじさん調査済み!!流石おじさん頼りになる(*´ω`*) 流石に詳細まで覚えてはいないでしょうけれども…
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