第48話 おじ戦士、地下に潜る
前回書き忘れたのですが、第二章後編は一日おきで投稿する予定です。
男の案内に従ってラルフたちが辿り着いた先は、ごく普通の古着屋だった。
盗賊ギルドの上役に会わせると言っていたはずなのに、なぜそんな場所に案内させたのかと訝しんだが、その理由はすぐに分かった。店の奥には着替えのための小部屋が用意されているのだが、そこには巧妙に偽装された隠し扉があったのだ。
隠し扉を開けると、その先に地下へと続く階段が現れた。
「案内するからには仕掛けを見られちまうのは仕方ねぇが、他言は無用で頼むぜ? もっとも、地下への入口はあそこだけじゃねぇから、いざとなったら危険そうな扉は塞いじまうんだけどよ」
男は階段を下りながら、後ろをついてくるラルフたちに一応注意らしきことを呼びかけた。
「なるほどな。昔、冒険者仲間からそれっぽい話を匂わされたことはあったが、実際に潜ってみるのは初めてだ。面白い仕掛けだな」
ラルフは男の話を興味深そうに聞きながら相槌を打った。
こういう秘密の抜け穴のようなものを見つけると、冒険者として迷宮に潜っているときの感覚を思い出し、自然と気分が高揚していくのを感じる。
「悪趣味な仕掛けですよ。あんな隠し扉があったら、古着を買いにきた客たちを攫い放題です」
すぐ後ろを歩くヘレンから、ラルフとは対照的に不機嫌そうな声が上がった。
彼女はもう少し、日常的な視点で物を見ていた。
あんなものが街中に平然と存在しているとなると、いくらでも犯罪に利用できそうに思えてしまう。そう考えるとこの街全体がすでに盗賊ギルドの手の内にあるようで、何だか気分が悪くなってきた。
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。こういうのは公然の秘密ってやつで、プリマスの住民なら大抵この事は知ってらぁ。ガキの頃に親から『古着屋で小部屋に入るな』って教えられるんだよ。まっ、親の言うことを聞かない悪ガキどもがどうなるかまでは保証しねぇがな」
ヘレンの声が聞こえていたらしく、男は茶化すようにそう言うと、わざと気味の悪い笑い声を上げた。
男の笑い声にヘレンは露骨に顔をしかめたが、何も言い返さなかった。
何か言ったところで、余計に腹が立つ結果になるのは分かりきっているからだ。代わりに、この男とは話すまいという思いを一層強くする。
隠し階段を下りきると、地下道のような通路が広がっていた。通路は幾筋にも及んで縦横に走っており、まるで迷路のように複雑なつくりをしていた。
もし迂闊に迷い込んでしまったら、道案内なしでは地上に戻ることさえ難しいのではないかと思えるほどだ。
通路を何度か右へ左へと曲がりながら進んでいくと、鉄で出来た頑丈そうな扉が目の前に現れた。ただ不思議なことに、その扉には取っ手が付いていなかった。一体どうやって開けるのかと見ていると、男は不規則なリズムで扉に付いているノッカーを何回か叩いた。すると、鉄扉はひとりでに開いた。
「入りな。ただ、中の連中とはあんまり目を合わせんなよ。揉め事のモトだ」
扉を潜った先は、思った以上に大きな空間が広がっていた。
広い室内はまるで酒場のような造りをしていた。テーブルと椅子がいくつも並べられており、盗賊と思わしき目つきの鋭い男女が何人も座っている。奥にはカウンターまで用意されており、そこで酒を提供する給仕らしき男の姿もある。
床にはレンガが敷き詰められているが、壁面は大部分が剥き出しの岩壁で、まるで洞窟の中を思わせる不思議な雰囲気があった。
「本当に面白いな、地下にこんな酒場があるとは。しかし、ギルドの中にこういう場所があるのは確かに便利そうだ――うちにも取り入れてみるか?」
「止めてください。馬鹿どもが昼間から訓練もせずに入り浸るに決まってます」
「……そうだな」
提案は即座に却下された。
ラルフとしては割と本気で作りたかったのだが、冷静に考えてみると確かにヘレンの言う通りになる気がする。
彼女がものすごく冷たい目をしていたこともあり、これ以上その件について触れるのは止めることにした。
「もっと怖い場所を想像してたけど、思ったより静かなんだね」
ドニーもこの場所について感想らしきことを口にした。
ドニーの言う通り、ラルフたち余所者が室内に入ってきても、周りの盗賊たちはほとんどが気にしない様子だった。最初に何人か鋭い視線を送ってきた者もいたが、大半は一瞥をくれただけで後は無関心な姿勢を貫いている。
「まっ、そのへんは蛇の道は蛇ってやつよ。俺がすることに一々ちょっかいかけてくる奴なんざいねぇさ」
男は肩をすくめながらドニーの疑問に答えた。そして、彼自身も周りの盗賊たちには目もくれず、真っすぐにカウンターへと向かっていく。
「ガズリー、後ろの連中は何なんだ?」
カウンターにいた給仕らしき中年の男性が、ラルフたちを案内してきた男に尋ねた。後ろにいるラルフたち三人を値踏みするように順に見ていく。
「例の件に協力したいって言ってきたソードギルドの戦士だ。解決に向けて一つ妙案があるんで、それについてお頭と話をしたいんだが――」
「お頭は、その件はお前に一任するとよ」
「なんだって?」
「お前の好きにやって解決してみせろと、お頭は言っているんだ」
給仕の男性はそう告げると、もはや興味を失ったように手元の杯を乾いた布で拭きはじめた。
「……まいったな」
ガズリーと呼ばれた男は、本当に困ったように頭を掻きながら、ラルフたちのほうを向き直った。
「ちょいと予定が狂っちまったんだが……まあ、やることに変わりはねぇ。まずは座りな、何か飲みながら話そうぜ」
そう言うと、男はカウンターの椅子に腰かけた。
ラルフは頷いて男の隣の席に腰を下ろし、続いてドニーはラルフの隣に、ヘレンはさらにその隣に座った。
「まだ自己紹介すらしてなかったな。俺はガズリーって名で通してるから、これからはそう呼んでくれ――あんたの名前は?」
「ラルフだ」
「ラルフ……ひょっとして、ラルフ・オブライトか?」
「……そうだが?」
「なんてこった、ソードギルドでも凄腕の戦士じゃねぇか!」
なぜ盗賊ギルドの人間が自分の名を知っているのかと、ラルフは訝しげな表情を浮かべたが、ガズリーはそれを気にした様子もなく手を叩いて喜んだ。
「こりゃあ、思ってもない幸運だぜぇ。大役を任されたタイミングでこれとは、俺もようやく運が向いてきたな」
「俺のことを知っているのか?」
「そりゃあな、俺らの界隈では情報こそが何より重要だ。この国の組織の上層部くらいは把握しておかねぇと、お話にならねぇ」
ガズリーは当然だとばかりに言ったが、ラルフとっては意外な言葉だった。
ラルフ自身、その情報網をアテにして盗賊ギルドに接触したわけではあるのだが、盗賊ギルドとはほとんど関わりがないソードギルドの人員まで把握されているとは思いもしなかった。
改めて油断できない連中だが、今はそれが頼り甲斐にも感じられた。
「頼もしいな。その分だと、南国の連中の動きも把握しているのか?」
「あぁ、まさにその件について話そうと思ったところだが――その前に、何か頼みな。ここは俺が奢るぜぇ」
「では、一番上等な葡萄酒をボトルでくれ。もちろん、買取でな」
奢ってくれると言うので、ラルフは遠慮なく注文することにした。
さすがにこの場所で酒を飲む気はしなかったが、これなら十分な酒代を酒場に落とすことになるので、その場で一滴も飲まずとも文句は言われないだろう。
ちらりと横に視線を送ると、ヘレンもそれで良いと言うように無言で頷いた。
「……あんた、ほんといい性格してるぜ」
思わぬ出費になったらしく、ガズリーは露骨に顔をしかめながらも高額な酒代をきっちり支払ってくれた。