第47話 おじ戦士、裏社会と接触する
前後を取り囲む男たちは全員が革の服を着ていて、腰には短剣を差している。
皆一様に人相が悪く、いかにも街のゴロツキといった風貌だが、いきなり短剣を抜くつもりはないらしい。
もっとも、それは賢明な判断だったろう。
取り囲まれている側であるラルフとヘレンは静かに身構えているだけだが、まったく隙というものが見られない。おそらくは敵対行動を取った瞬間――短剣を手にかけた時点で殺される。そう思わせるだけの迫力が、二人の戦士にはあった。
「てめぇら……いや、あんたらソードギルドのモンだって?」
取り囲んでいる男のうちの一人が声をかけてきた。
あまり品が良いとは言えない口調だが、できるだけ敵意を見せないよう慎重に言葉を選んでいるのが伝わってくる。
その問いかけにラルフは頷いた。
「ああ、ソードギルド所属の戦士だ。普段は王都のほうで活動している」
「ふん、この街じゃ見かけねぇツラなのはそのせいか……王都の戦士がなんだってあの酒場のヤツらに接触した?」
「それは少し違う。俺は、お前たちが接触してくるのを待ってたんだ」
「なに、そりゃどういう意味だ?」
男は緊張したように一歩退いた。他の男たちも体勢を低くして身構える。
「誤解しないでくれ、言葉通りの意味だ。もしここで接触してきたのがお前たちではなく、あの酒場の連中だったのなら、こちらも対応を考え直さねばならなかったところだ。だが、お前たちが自由に動き回れているようなら、この街はまだ安泰ということだな。ひとまずは安心したよ」
「……俺らが接触してくるのを、ハナから見透かしてたってことか?」
「そうだ、あの連中がこの街で何かしでかそうと企んでいるのなら、必ずお前たちに目を付けられているだろうと踏んでいたからな」
「面白れぇコトを言うオッサンだな」
男はその言葉を聞いて、わずかに口の端を上げた。少し警戒を緩めたようで、他の男たちにも改めて手出しをしないように命令している。
「俺らとソードギルドとではシノギが違う。だから無駄にコトを構えるつもりはねぇが……俺らに何の用だ? 何の目的があって近づいた?」
「一番の目的は情報共有だな。その上であの酒場にいる連中が共通の敵になるのなら、協力して叩くのも悪くないだろ?」
「協力だぁ? あんたらソードギルドが何をしてくれるってんだ?」
「力押しが必要な場面だってあるだろう? 闇に葬るのが難しい手合いがいるのなら、そういうのはこちらで片付けてやってもいい」
「……なるほど、そりゃたしかに悪くねぇ話だな」
男は無精髭が生えた顎を擦りながら、にやにやとした表情を浮かべた。ラルフの話にようやく興味を抱いた様子だった。
一方、ラルフが男たちと勝手に話を進めてしまうため、ヘレンとドニーは完全に話の流れから取り残される形となっていた。とりあえず身の危険がなさそうなことは分かったが、ドニーはまだ不安げな様子でヘレンの腕を引っ張った。
「ねぇ、ヘレン姉さん、もしかしてこいつらって……」
「たぶん、盗賊ギルドの連中でしょうね」
「あ、やっぱり?」
噂には聞いていたが、ヘレンが思った以上にあっさりとその存在を認めたため、ドニーは感情を表に出すタイミングを逸してしまった。
盗賊ギルドはその名の通り、この街に住む盗賊たちのための組織である。
盗みやスリ、違法品の取引といった犯罪行為によって得られる金銭の獲得を主目的とした非合法組織であるが、同時にそれらが無秩序に行われないように構成員たちを管理し、余所の街からやってきた犯罪者を監視する役割も担っている。
そうした裏の仕事に手を染める爪弾き者たちが、自分たちの利益を守るために協力し合っているというのが組織の実態だ。
ドニーもプリマスの街に来てから、盗賊ギルドの噂を耳にすることはあったが、こうして目の当たりにするまで実在について懐疑的であった。彼の故郷である南国には、そのような組織は存在しない。いわゆる盗賊と呼ばれるような者たちは、すべてリナード家の管理下にあるからだ。
リナード家の首輪を付けられていない無法者が街中で放し飼いになっている状況など、彼の国ではまず見ることができない光景だった。
驚きと困惑の感情を胸の内にしまったまま、ドニーは言葉を続ける。
「ラルフってさ、そういう連中とも付き合いがある人なの?」
「いいえ、そういう裏の世界とは関わらない人のはずですよ。とはいえ冒険者なので、私たちよりは彼らに対して理解があるのかもしれませんが……」
ヘレンは少し歯切れが悪そうに、ドニーの問いかけに答えた。
内心では、ラルフがこうした裏社会の人間たちと慣れた様子でやり取りしている姿を見るのは、あまり良い気分がしなかった。
ソードギルドが清廉潔白な集団であるかといえば全くそんなことはないのだが、少なくとも国に正式に存在を認められた組織だ。非合法な犯罪組織である盗賊ギルドなどとは、住む世界が違うとさえ思っている。そんな連中とは関わりたくないというのが、ヘレンとしては本音だった。
そんなヘレンの気持ちを知ってか知らずか、ラルフは盗賊ギルドの男たちとの話し合いを着々と進めていた。
「あんたの言いたいこたぁ分かった。俺らのやり口にもかなり詳しいようだし、少なくとも足を引っ張るようなこたぁねぇだろ。けど、外部との協力って話になると俺の独断で決めるわけにはいかねぇ。上役とも話を付けてもらうことになるぜ?」
「そうか、話しぶりからすると、お前も結構な上役かと思ったんだがな」
「へっ、そんなおべっか使ったって無駄だぜ。俺なんざ下っ端どものお守役を任されるくらいが精々だ」
男は鼻で笑ってみせたが、満更でもない様子だった。意外に単純な性格のようで、先ほどよりも明らかに機嫌が良くなっている。
「俺はこれからこいつらをお頭のところに案内する。おめぇらは監視を続けろ」
ラルフと話をしていたリーダー格の男がそう命じると、残りの四人は音も立てずに路地から離れていった。
残った男はラルフたちに後をついてくるように言うと背を向け、路地をさらに奥のほうへと進んでいく。
「ラルフ、彼らのことを信用するのですか?」
盗賊ギルドの男について行く段階になって、ヘレンが堪りかねたようにラルフに向かって言った。彼女の表情を見ても、納得し切れていないというのが一目で分かる。
「いや、安易に信用するのは良くないな。彼らとは、いつ裏切られてもよい距離感を保つのが健全だ」
「そういうことを聞いているのではありません。関わること自体、反対だと言っているのです」
ラルフの態度が少しふざけているように感じたため、ヘレンは強い口調で言い返した。しかし実際にラルフの顔を見てみると、彼はヘレンが想像していたよりもずっと真面目な顔をしていた。
ヘレンからの抗議を受け、ラルフは真面目な表情の中にも少しだけ困ったような笑みを浮かべて振り返った。
「ヘレンは、こういうやり方は嫌か?」
ラルフの声は優しかった。
それが余計にこの場の雰囲気にそぐわなかったため、ヘレンは妙な緊張感を感じて、一瞬だけ言葉を詰まらせた。その間にもラルフは言葉を重ねる。
「嫌なら、そう言ってくれ。今後こういうやり方はしないことにする」
「嫌と言うか……信用できないので、関わるのは止めておきましょうというのが私の意見です」
「ただ信用できないというだけなら、それは止める理由にはならないな。信用はさほど重要な場面ではないし、客観的な評価を下す材料に欠けるため、このままのやり方を続けても問題ない――それが俺の意見だ」
それでは受け入れられないと言うように、ラルフは首を横に振った。
首を振った後、今度は静かに微笑んだ。
「だが、お前が嫌と言ってくれれば、それだけで止める理由になるぞ?」
その言葉にヘレンは眉根を寄せた。
ラルフは、ヘレンにとって有利な選択があるような言い方をしているが、実のところ一本道しか用意していない。ヘレンの性格をよく知っているからこそ、こういう言い方をしたら絶対にそんな返事はしないと分かっているはずだ。
それにヘレンは、ラルフと共に生き、共に死ぬことをすでに決意している。それは夫婦としてだけでなく、戦士として生死を共にする覚悟でもある。
その覚悟の重さは、一時の感情で揺らぐほど軽いものではない。
「……あなたは本当に、ずるい男ですね」
「今回ばかりは否定できないな。ずるい言い方をしているという自覚はある」
「まったくもう……今さらそんなことを言うはずがないでしょう。そういう気持ちは、随分前にどこかにいってしまいました」
ヘレンは諦めたようにそう言ったが、その表情はどこか満足げでもあった。
盗賊ギルドと協力するというやり方に納得したわけではなかったが、止めるようなこともそれ以上言わなかった。
「あなたと共に戦います」
結局、それが自分にできるすべてだ。
黙ってラルフに寄り添い、隣を歩くことにした。
「あー、ボクは嫌だなぁー、裏の世界には行きたくないなぁー」
「お前は俺が雇っているんだから、拒否権はない。大人しくついてこい」
どさくさに紛れてドニーも自分の意見を言ったが、即座に却下された。