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第3話 おじ戦士、へんたいと呼ばれる

「……ぅぉぉぉ……」


 打ち上げから一夜明け、俺は吐き気や胸やけ、頭痛などの複数の不快な症状に苦しめられていた。

 改めて説明するまでもないとは思うが、二日酔いというやつだ。

 昨晩は新人たちと一緒になって調子に乗って飲みすぎた。俺の肝臓はもう、あいつらほど元気ではないというのに……。

 何とか寝床から這い出て、泊っている宿の一階にある食堂まで降りてきた。


「珍しいじゃないか、あんたがこんな時間まで酔って寝てるなんて」


 食堂の片隅にある長テーブルで頭を押さえていると、宿の女将が元気に声をかけてきた。この宿には、かれこれ二年ほど世話になっているため、この女将とはすっかり顔馴染みの間柄だ。

 恰幅のよい女将は水差しから陶器の杯に水を注ぐと、俺の前に置いてくれた。


「鍋片づけちまう前で良かったね。残りもんでよけりゃ出すけど、食えるかい?」

「……すまん、女将。頼むわ」


 正直、食欲は無いのだが、何か腹に入れておかないと体力の回復が遅れる。

 目の前に置かれた杯を手に取り、荒れ狂う胃の中にぬるめの水を流し込んだ。


「ほら、温かいうちに食べちまいなよ」


 程なくして、女将は大きめの器に注がれた粥を持ってきてくれた。

 粥の中身は麦と芋だ。やたら量がある。鍋の残りを全部盛ってくれたのだろうか。

 普段なら俺はよく食べるほうなので、常連へのサービスのつもりなのかもしれないが、今のおなか事情でこの量はなかなか厳しい。

 しかし、寝過ごした俺に気を遣ってわざわざ出してくれた食事を、無下にするわけにもいかない。

 ええい、ままよ。

 空になった陶器の杯を傍らに置くと、粥に突っ込まれた木の匙を手に取り、俺は意を決して食べ始めた。


 ※ ※ ※


「……うぉぉぉ……」


 おかげさまで腹は満ちた。いくらなんでも満ち足りすぎだ……うっぷ。

 二日酔いで弱っている胃にあの量を入れるのはなかなか難儀だったが、何とかすべて腹に収めきった。

 朝飯を食べきってしまうと頭の痛みなどの不快感はだいぶ引いてきた。腹がパンパンになりすぎて今度は別の意味でしんどいが。

 だが、体調が良くないからと言って休んでばかりもいられない。

 今日中にやっておかなければならないことがいくつかあるからだ。

 なんとか動けそうなくらいにはなったので、剣と外套マントを身につけて街へと繰り出すことにする。


 王都の街並みはいつも賑やかだ。

 祭りなどの特別な日というわけでもないのに、通りはいつも人の波であふれかえっている。

 もっとも、毎日がこのような感じなので普段ならこうした感想を浮かべることもない。無意識に歩いても目的地まで辿り着けるほどよく知った道なのだが、今日は少しばかり風景が新鮮に見えた。

 昨日、若い連中と色々と話す機会があったからだろうか。

 自分が初めてこの街に来たときのことをつい思い出してしまう。田舎育ちの俺にとって初めての大都会だった。道に迷って途方に暮れ、冒険者の酒場まで辿り着けず……はて、そういえばあの時は結局その後どうしたんだっけな?

 古い記憶を掘り起こそうと試みたが、すぐそばから聞こえてきた無遠慮な声によってその思考は遮られた。


「あれれ? そこにいる人って、もしかしておじさんじゃない?」


 声をかけられたほうを向くと、昨日まで引率していた新人冒険者がいた。

 魔術師のミアと、僧侶のセーラの二人だ。


「だからミア、おじさんと呼ぶのはおよしなさいって……ラルフさん、おはようございます」


 セーラは丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた。

 それに引きかえミアのほうは、俺に対する距離感みたいなものがもはや見られないようだった。昨日の酒盛りあたりから、もうすっかりこんな調子だ。

 とはいえ、俺は別にそういうのも気にしない。

 古株とか新入りとか言ってはいるものの、冒険者の間に明確な上下関係は存在しない。本来は全員が対等な立場なのだ。


「おう、お嬢さん方か、おはよう」

「いやいやいや、おーじーさーん! 最初にちゃんと名乗ったんだから、そろそろ名前で呼んでくれませんかねぇ? いつまでも子供扱いされているみたいで、何かムカつくんですけどー」

「お前だって俺のことをずっとおじさんと呼んでるじゃないか」

「それとこれとは話が別!」


 何が別なんだよ。


「今はね、私たちのことを名前で呼んで欲しいと言ってるの。先にそれに答えてくださーい」


 ……ははは、こやつめ。

 しかし、これ以上こいつに付き合って漫才を続けるのも不毛だな。ここいらで折れてやることにするか。


「おはよう、ミア」


 はっきりと名前を呼んだら呼んだで、呼ばれた当人はなぜか急にもじもじとしている。なんでだよ。


「セーラもな。あの呼び方で気を悪くしていたのなら、すまなかったな」

「い、いえ、私はべつにそんな……」


 今度はセーラまで、顔を赤くして俯いてしまった。

 ……いやいや待て待て、なんなんだこの状況は?

 これではまるで、俺が何かいけないことをしたみたいじゃないか。

 ただ名前を呼んで挨拶しただけなのに。しかもあっちが要求してきたから応えたのに、どうしてこうなった!?

 急にテンパったせいか、頭のほうは妙に冴えてきた。

 そのおかげで気づいたのだが、今日は二人とも平服を着ている。

 思えば、彼女たちをしっかりと見たのは、実はこれが初めてかもしれない。

 何だかんだで昨日までは、魔術師のローブを着た娘と、僧侶の法衣を着た娘くらいでしか、外見を認識していなかった。

 今になってようやく、それぞれの特徴にまで目を向けることができた。


 ミアは、くせ毛のある明るい赤髪が特徴的で、くりくりした目が可愛らしい娘だ。

 すでに成人している年齢のはずだが、体つきはまだ少女と言ってもよいほどで、同世代の成人女性と比較しても若干小柄なくらいだろう。割と長身である俺と比べてしまうと、身長は頭一つ以上低い。

 髪型は、今日は後頭部で一つに結んでいる。

 俺のようなおっさんは当然のごとく、若者の流行などには疎いわけで、こういう髪型を具体的に何と呼ぶのかはよく知らない。ポニーテールとはちょっと違う。もっとこう、お洒落なやつな気がするが……分からん。

 まあいいか。


 次にセーラだが、お洒落で明るい性格のミアとは対照的に、常に落ち着いている佇まいの清楚な娘だ。

 しっかりとした性格の割には、どこかおっとりとした雰囲気もある。少し目尻が下がっているタレ目気味の顔つきと相まって、いつも微笑んでいるように見える。

 ストレートヘアの金髪は、肩口で綺麗に切り揃えられており、僧衣を着ていない今も髪型は変えていない。その辺りは、いかにも聖職者らしくお堅い感じだ。

 年齢はたしかミアと同じと言っていた気がするが、身長はセーラのほうが少しだけ高い。あと、同い年にしては体つきもセーラのほうが女性らしいな。

 ミアの名誉のためにも何がどうとは言わないが、こう、胸の辺りとか……。


「おじさんのバカ! へんたい!」

「なんで!?」


 突然、顔を真っ赤にしたミアから、罵倒の言葉を投げかけられ愕然とする。

 しかも往来の真ん中で……ほら、周囲から注目を浴びているじゃないか。たとえ冤罪でもおっさんは社会的な死を迎えるからやめてくれ!

 いやしかし、さっきからなんなんだこの状況。

 まさか最後のほうの感想が漏れ出てしまっていたか?

 だとしたら完全にセクハラ発言である。変態扱いされてもやむ無しだが……。


「もう知らない!」


 ミアは踵を返すと、怒ったような足どりで歩き去ってしまった。

 一瞬、追いかけようかとも思ったが、何を怒っているのか理由が分からないため、謝ろうにもかけるべき言葉が思いつかない。


「すみません、ラルフさん。たぶんあの子、照れてるだけだと思いますから」

「照れてる?」


 残されたセーラから説明を受けても、ますます意味が分からなかった。

 なぜ?

 どうして?

 ここまでのやり取りで、どこか照れるようなくだりがあったか?


「ええっと、その……私はミアを追いかけますね。また冒険者の酒場でお会いしましょう、ラルフさん」


 セーラはそう言いながら深めに頭を下げると、足早にミアを追いかけて行った。

 結果、その場には俺が一人取り残された。

 気のせいだろうか、最後のほうはセーラもできるだけ俺と目を合わせないようにしていた気がする。

 正直言って、今のやり取りの何がいけなかったのかは分からないが、これはどうも嫌われてしまったかもしれない。最近の若い娘は、特に扱いが難しいと聞くしな。

 そう思うと、何だか時代にも取り残されたみたいで、おじさんちょっぴり寂しい気持ちになってしまったよ……。

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