第2話 おじ戦士、打ち上げに参加する
俺がトロールを仕留めたことで、戦いの趨勢は決した。
残ったゴブリンは完全に浮足立ち、新人冒険者たちがそれらをすべて片付けるまでに、そう時間はかからなかった。
念のため、他にも脅威となる魔物がその近辺にいないことを確認した後、俺たちは全員で街へと帰還した。
依頼主から約束の成功報酬も受け取り、今回の冒険は無事に終えることができた。
「それでは、冒険の成功と勝利に! カンパーイ!」
「「「「乾杯!」」」」
冒険者の酒場に戻ると、空いているテーブルの一つを占拠して、さっそく祝いの酒盛りが始まった。
乾杯の音頭を取ったのは、なぜかあの魔術師の嬢ちゃんだ。
普通そういうのは戦士の男がするもんだと思うのだが、俺の向かいの席に座っているそいつは無口で愛想がない。こういう役割には全く向いてないそうだ。
まったく最近の若いもんは。
とはいえ、こいつらは最近の冒険者にしてはノリがいいほうだ。
冒険の成功を祝って酒盛りしたりするのを、そもそもやらない主義だという連中も今では多い。
やれ、仕事だけの付き合いだの、オンとオフの切替が大事だの、中身のない御託を並べてくる。中には、お金が勿体ないとはっきり言い切ったやつもいたが、それはもういっそ清々しくて逆に好感が持てる。
まったく最近の若いもんは……みんなそんな風に好きに生きればいいと思うぞ!
冒険者が何かに縛られて生きるほど馬鹿らしいことは無いからな!
「あれあれぇ? おじさん、もう酔ってるのー? 宴は始まったばかりなのに飲みすぎなんじゃなーい?」
「ちょっとミア、おじさんなんて失礼よ。あら、でもほんと……ラルフさん、顔が真っ赤ですよ」
浸りながら黙々と酒杯を空けていた俺に、魔術師のミアが絡んできた。
常識人である僧侶のセーラにくだけた口調を注意されているものの、特に気にした様子もなくケラケラと笑っている。
「酔ってないぞ」
飲むペースが早いから少しばかり酒が回ってるだけだ。
別に酔っているわけではない。ほんとだって。
でも若い嬢ちゃんたちに囲まれて飲む酒は、何だかいつもより格段に美味い気がするな。どれ、こいつもさっさと空けてしまい、もう一杯おかわりするとするか。
「いやー、いい飲みっぷりじゃないか! 酒が強くて腕っぷしもいいなんて、人間にしておくのが勿体ないくらいだよ」
一気に麦酒を飲み干す俺を見たのか、ドワーフの戦士ドマが楽しそうに笑う。
出会った当初は気づかなかったのだが、実はこのドワーフの戦士は女だった。鎧を着て兜までしっかり被っていると、人間にはドワーフの性別は区別がつきにくいんだ。許してほしい。
あと、申し訳ないが俺もドワーフは守備範囲外なんだ、すまん。
「確かになー、腕っぷしって意味ではラルフの旦那がいてくれなかったら正直ヤバかったぜ。大体なんだよ、あの化け物は。ゴブリン退治の依頼じゃなかったのかよ?」
「もう、またその話ですか、チップ。依頼主の方も予想外のことだったと謝罪していたではありませんか。報酬もその分多めに頂いたことですし、もう蒸し返すのはよしましょう」
僧侶の嬢ちゃんが少しうんざりした様子で、斥候の小僧をたしなめる。
この小僧は今回のゴブリン退治にトロールが出てきたことに納得いっていないようで、帰り道でもしきりに不満を口にしていた。
「セーラはそう言うけどよ、そんなのは結果論だろ? 身の丈に合った依頼を選んだつもりなのに、こんな騙し討ちみたいな目に遭っていたら、命がいくつあっても足りねぇよ」
不貞腐れたようにそう言うと、チップは手にした酒杯を呷った。
ここで言っても仕方のないことだと頭では分かっていても、酒が入れば愚痴を零さずにはいられないのだろう。
「そういう偶然もありますよ。今回のことも良い経験になったではありませんか」
僧侶のセーラは、あくまで物事を前向きに捉えている。
「偶然とも言い切れないぞ」
その前向きな姿勢に冷や水を浴びせるようで申し訳ないが、これは言っておかなければならないことなので、俺は話を切り出した。
「魔物の正体があやふやでよく分からないときは、とりあえず『ゴブリン退治』で討伐依頼を出すのはよくあることだ」
「どういうことー?」
魔術師のミアが不思議そうに首を傾げる。
「要するにだ、今回の依頼を初めからトロール退治で頼むと、依頼する側もそれ相応に高額の報酬をあらかじめ用意しなければならないわけだ。報酬額は魔物の種類によって相場が決まるからな。だが、ゴブリン退治なら一番安い金額で済む。ゴブリンなんて割とどこにでも住み着いてるから、そういう名目で討伐依頼を出しても嘘にはならない」
「えっ、もしかして今回みたいな予想外の展開ってよくあるの?」
「そうだな、俺の経験上の話になるが、十回に七回は『ゴブリン退治』はゴブリン以外の魔物が出てくる」
「うっそ! そんなに!?」
ミアは驚きのあまり目を丸くし、セーラも言葉を失い、まさに開いた口が塞がらないといった表情になっている。
「すると何かい? あたいらは最初からゴブリン退治の報酬額で、ゴブリン以上の魔物が出ることが分かりきっている依頼を受けさせられたのかい?」
「見方によっては、そうなるな」
「畜生! 馬鹿にしやがって!」
ドマとチップは、はっきり怒りを露わにした。
「まあまあ、この手の依頼を受けてしまった当人たちに怒るなとは言えないが、依頼の性質上こうなるのはある程度やむを得ないことなんだよ。集落の付近で魔物の気配がしたからといって、正体や数がはっきり分かるところまで近づいたら、その魔物に食われちまうかもしれない」
「というより、一般人は魔物を見たところで、その正体が何なのかなんて分からないよねー」
「そうだな。俺たち冒険者が魔物退治の専門家だからこそ、今回のような件には腹も立つだろうが、一般人からすれば全部込々で対処してほしいというのが本音だろう。最終的に報酬を水増ししてくれたのは、その辺りも暗黙の了解だからだ。……そうそう、俺がここで話したことも含めて『暗黙の了解』だから、他言は無用だぞ」
「……なんか釈然としねー。これじゃ新入りは騙されて死にに行くようなものじゃねぇか」
「だから俺みたいなのが一緒についていくんだ」
そう、それこそがまさに、俺のようなおっさん戦士がわざわざ新入りのこいつらに同行した理由だ。
素性が怪しい依頼や、詳細が不明な依頼を新米冒険者が受けた場合、ベテラン冒険者が同行する。
この仕組みができてから、王都における冒険者の死亡率は大きく減少した。逆に言えば、それまでどれだけ冒険者の命が軽く扱われていたかってことだ。畜生め。
俺の話を聞いても全員が完全に納得したわけではなさそうだが、少なくともこれ以上の不満の声を上げる者はいなかった。
「ラルフさん、一つ聞きたいことがある」
それまで無言だった男戦士のダニエルが、ここにきてようやく口を開いた。
「なんだ?」
「今回、あんたがいなくて俺がトロールと戦ってたら、勝てたと思うか?」
「お前が一人でトロールと戦っていたらか?」
「そうだ」
「無理だろうな」
ここで言葉を選んでも仕方が無いので、はっきり言いきった。
「お前ではまだ力不足だ」
おそらく予想していた答えであっただろうが、にべもない返事を突きつけられ、ダニエルは酒杯を持つ手に力を込めたまま俯く。
純然たる事実として分かってはいても、屈辱だろう。
「けれど、お前たちだけでもトロールは倒せたかもしれない」
「ん?」
「えっ?」
「はぁん?」
続いて出てきた俺の言葉に、五人とも訳が分からないと言った表情を浮かべる。
「別に魔物相手にタイマンを張る必要はないだろ? ドマと一緒に二人で立ち向かえばいいし、後衛から魔法の援護を受ければ、戦いはぐっと楽になる。お前たち全員が力を尽くせば、もしかしたら自力で倒せたかもしれないが……すまんな、それを試す機会を奪ってしまって」
最後の部分は、おじさんなりに場を和ますジョークだ。
多少寒くても大目に見てほしい。
「まぁ……そうだねぇ」
「あぁ……」
「俺らはパーティなんだもんな……」
「困難な時こそ力を合わせ、立ち向かわねばなりませんね」
新米たちは真摯に俺の言葉を受け止めてくれているようだ。
よしよし、これで本当の意味で引率は終了だな。お疲れさまでした、俺。
「ほんとだよー、おじさんの目立ちたがり屋!」
ミアだけはジョークの部分に反応してくれた。
そこを完全スルーされても、それはそれでおじさん悲しくなっちゃうからな……ありがとうよ。