第25話 おじ戦士、ドラゴンを倒す
ドラゴンの尾の攻撃で岩壁まで跳ね飛ばされたのは、ラサートだった。
やつは向かってくる尾を避けず、無謀にも逆に斬りかかったのだ。尾の切断には成功したものの、切り落とされた部分がそのままの勢いで体に当たり、弾き飛ばされたに違いない。
「アイゼンザック! 救助だ!」
俺は心に生じた邪念を振り払い、ラサートが飛ばされた方向に剣先を向けながら叫んだ。
冒険者の戦いとは勝手が違う。後ろから指示を出してくれる後衛がいないため、どうしても状況把握が遅れて対応が後手に回ってしまう。
しかし、これ以上戦死者を増やすわけにはいかない。アイゼンザックにはラサートの救助を優先してもらう。
大丈夫だ、この戦士たちなら勝てる。
尾を半分ほど切断されたことで、ドラゴンはさらに踏ん張りがきかなくなったようで、先ほどまでより動きがぎこちない。
その隙を狙って、ヘクターとヘレンは左右から後ろ脚を切断しようと、攻撃を仕掛けている。
俺も残っているもう片方の前足を潰しにかかる。
己の巨体を支えるすべを失いつつあるドラゴンは、大地を踏みしめたまま、ほとんど身動きが取れなくなっていた。
ヘクターとヘレンが後ろ脚を潰し、俺が残る前足を関節部から切断したことで、ようやくドラゴンは完全に地に倒れ伏す形となった。
その頃には、シャロンもドラゴンの頭部の上半分を完全に破壊していた。
ほとんどの攻撃手段を奪ったことで、ドラゴンはもはや脅威ではなくなった。
それでも、アンデッド化したドラゴンはのたうつように動き続けていた。そのため、完全に動きを止めるまで攻撃は続けられた。四肢を奪い、首を切断し、尾も根元から完全に切り離す。それはもはや戦いではなく、ただの解体作業だった。
※ ※ ※
「見つかったか?」
「いや、やっぱりいないねぇ」
ドラゴンが完全に沈黙したことを確認したところで、俺たちは次の目標を探し始めた。
探しているのは、竜の素材を収集するために同行していたというアカデミーの錬金術師たちだ。
ドラゴンが蘇った時の混乱で、彼らは消息が不明になっているという。もしかしたら採石場のどこかで身を潜め、助けを待っているかもしれないため、手分けして捜索を行っていたのだが……。
「血のりも何も残ってないよ。まったくどこに消えちまったんだか――」
「おーい、あったぞぉ!!」
俺とシャロンが探している場所とは反対側の岩場から、ヘクターが大声で呼ぶ声が聞こえてきた。
急いでそちらへ向かってみると、そこには衣服やカバンが散乱していた。
「これは?」
「アカデミーの制服だ。それに、錬金術師たちが持参したカバンだろう。形に見覚えがある」
衣服をよく確認すると、確かにそれはアカデミーに所属する錬金術師がよく着ている服だった。
それが三人分脱ぎ捨てられている。カバンのほうも、きっちり三人分だ。
「なによこれ? わざとらしい……食われたのなら血の痕くらい残るだろうに」
シャロンは鼻を鳴らして、制服の一つを持ち上げてみせる。裏側にも血の痕はない。やけに土に汚れている以外に、損傷の跡は見当たらなかった。
「錬金術師たちを最後に見たのはいつだ?」
「最初にドラゴンを倒した直後、素材取りのために近くで調査をしたいと言われ、別れたところまでだな。彼らの護衛はヒックスに任せ、俺たちは少し離れた場所で休息をとっていた」
ヘクターの発言に、シャロンも頷いている。現場にいた二人の記憶に食い違いはないようだ。
そしてその後、突如蘇ったドラゴンにヒックスは殺され、護衛していたはずの錬金術師たちは行方不明というわけか。露骨な遺留品だけを残して……。
「気に入らないな」
「ああ、気に入らないねぇ」
やつらはなぜ消えたんだ。わざわざこんなあからさまな偽装工作までして。
これではまるで、俺たちをハメようとしているかのようだ。アカデミーに恨みを買うようなことをした覚えはないのだが。
「なんにせよ、これはアカデミーに持ち帰るしかないな。同行していた錬金術師たちは消えてしまいましたと、正直に言うしかない」
「おいおい、この状況からしてどう考えてもあの錬金術師たちがクロだよ? あいつらがドラゴンをアンデッドにして、トンズラこいたとしか思えない」
「しかし、その証拠がないだろ」
制服に血の痕がないというだけでは物的証拠にはならない。
状況的には、ソードギルドがアカデミーの人員を守りきれなかったと、むしろ追及される形になるだろう。
「まあ、この件は俺に任せておけ。少し考えがある」
証拠が無いのなら、作り出せばいい。
※ ※ ※
その後は、最寄りの村まで戻り、ささやかながら酒宴となった。
本来なら盛大に勝利を祝いたいところだが、戦死者も一名出ているし、なにより今回の討伐は赤字だ。
ドラゴンに捨てるところなしとはよく言ったもので、その身体から取れる部位は、爪も、角も、鱗も、血肉でさえすべて価値がある素材だ。ドラゴン討伐の多額の報酬は、それら素材の引き換えを前提とした金額だ。
しかし、今回のドラゴンはアンデッド化してしまったため、期待していた素材は何も取れなかった。
通常の生物の腐敗とは少し違うようだが、とにかくすべての部位が劣化しており、素材として役に立ちそうにないことは一目でわかった。
つまり、ほとんどタダ働き同然となったのだ。
一応、騎士団から討伐にあたっての支度金が出ているはずだが、この人数で分けたらわずかにしかならない。
そのおかげで酒宴はあまり盛り上がらず、戦いで疲れていることもあり、早いうちに解散の運びとなった。
酒宴の後、俺は村はずれの墓地に埋葬されたというヒックスの墓の前までやってきていた。
彼が使っていたハルバードが、まるで墓標のように地面に突き立てられている。
のろのろとした足取りで近づき、墓の前で座り込む。持ってきた酒瓶の蓋を開け、中身をその墓標にかけた。
「すまない――ヒックス」
友人だった。
普段は物静かだが、すぐに突っ走ってしまうヘクターやラサートを、背後で確実に支えてくれる優秀な戦士だった。
もし自分がその場にいれば、ヒックスの代わりを自分がしていれば、彼は死なずにすんだだろうか。
そんな仮定の話をしたところで無意味だと頭では分かっていながらも、どうしても考えずにはいられなかった。もう何年も何年も、こんなことばかり繰り返している。
「やはり、こちらに来ていましたか」
酒をすべてかけ終えた頃、背後から声が聞こえてきた。
その声に振り返らずに答える。
「ラサートの具合はどうだ?」
「あまり良くはありません。アイゼンザックが言うには、もともと疲労が重なっていたこともあり、回復魔法をかけても治りが遅いそうです」
ラサートがヒックスへの復讐心で焦っていたのは分かっていた。体力的にも無理をさせていることも。
それでも俺はやつを同行させた。
あの状態でもラサートは戦力になる。その評価に間違いはなかったし、あの時の判断が誤っていたとは思わない。
だが……。
「ヘレン」
俺を愛してくれているという女の名を呼び、背後を振り返った。
彼女はヒックスの墓に向けて、黙とうを捧げていた。
「どうしましたか?」
月明りの下でうっすらと見えるヘレンの顔が、やけに驚いているように見えた。
その時、俺はどんな顔をしていたのだろう。
彼女に何もかも打ち明けたいと思った。
あの時、ドラゴンの尾に弾き飛ばされたのが、ヘレンではなかったことに――ほっとしてしまったと。
あれがラサートでよかったとさえ、卑劣にも考えてしまったと。
喉まで出かけた懺悔の言葉を、俺はギリギリのところで飲み込んだ。
「すばらしい戦いぶりだった。これからも頼りにしているぞ」
その言葉を聞いたヘレンは、何かを言いたがっているように何度か口を開きかけたが、結局何も言わないまま口を結んだ。
そのときの彼女はいつものように無表情なようで、どこか悲しげで、そしてどこか優しげにも見えた。
「私は先に戻ります。ラルフも、早く戻ってきてくださいね」
俺の言葉を聞かなかったかのように、ヘレンはそれだけを言い残して、その場から去っていった。
彼女の気配が完全に無くなったところで、自虐的に笑った。
違うだろう?
お前は戦士だ。
彼女はお前のことを尊敬していると言ってくれたんだ。
お前がそんな弱さを見せることを、望んでいるはずがない。
彼女の優しさに甘え、ただ一時の罪悪感から逃れたいだけだろう。度し難いにも程がある。
「俺は、負けんぞ」
友の墓に向けて、そう呟いた。