第23話 おじ戦士、馬を大事にする
「本当によかったのか、代金を支払わなくても?」
ミアが持ってきてくれた黒ニスは、全部で五本もあった。
正規品ではないと言っていたが、見た目はショップで売られているものと何ら変わらないように見える。
それを五本分も手に入れるとなると、本来ならば結構な枚数の金貨が必要となってくるわけだが……。
「それは実習用のサンプルだからねー、本来なら廃棄される物なの。お金を受け取ったらショップを介さない売り買いになっちゃうから、それこそ問題だよ」
ミアは手をパタパタと横に振って、お金はいらないと主張してくる。
「あっ、でも、できれば瓶だけは持ち帰ってね。魔法加工されている特別な瓶だから、それ自体も特注品なの」
思わず、手元の瓶を手に取って見つめる。
冒険の最中に大きな衝撃を受けてもビクともしない頑丈な瓶だとは思っていたが、そんな処理が施されているとは知らなかった。
アイテムショップが積極的に空き瓶の回収を呼びかけているのは、そういう理由だったのか。
無料で提供してもらった手前、せめて瓶くらいはすべて持ち帰ろう。
「分かった、瓶は持ち帰るようにする。とにかく助かった、これはありがたく使わせてもらうぞ――ありがとうな、ミア」
黒ニスを一本ずつ革袋に詰めながら、ミアに感謝の意を伝える。
ミアはそれには返事をすることなく、何やらまたモジモジと挙動不審な動きを見せ始めた。
俺が名前を呼ぶたびに、何かしらの過剰反応を示してくるな、この娘は。
果たしてこれは本当にただ照れているだけなのだろうかと、一抹の不安を覚える。
「そんな物が大量に必要になるとは、いつの世も物騒じゃのう。此度は何が現れた? リッチか? 吸血鬼か?」
急に黙りこくってしまったミアの代わりというわけではないだろうが、オズワルドのほうが声をかけてきた。
こちらに声をかけてきたものの、さほど関心はないようで、彼の視線は書物に向けられたままだ。
「ドラゴンだよ。それがアンデッドになって甦ったらしい」
「ほう……?」
それまで大して興味もなさそうに話していたオズワルドだったが、俺の一言に突然こちらを振り返った。
何がそれほどまで彼の関心を引いたのかは分からないが、読んでいた書物も閉じてしまっている。
「直近の観測なら採石場に現れたという個体じゃな。アカデミーの錬金術師も、竜の素材目当てに何人か同行しておる……」
オズワルドは小声でブツブツと何か独り言をつぶやき始めた。
これは周囲と対話を求めているわけではなく、自分の中での考えをまとめるために自問自答しているのだ。昔からよくやっていた。
こうなるともう、しばらく会話にならなさそうなので、俺はこれで失礼させてもらうとしよう。
「それじゃあ、俺はもう行くからな。この薬が届くのを待っている仲間がいるんだ」
「……うん、おじさんも気をつけてね」
急にしおらしくなってしまったミアが、素直に俺の安否を気遣ってくれている。
顔はうつむき加減なので、表情はよく見えない。
いつもと比べると、なんとなく元気がないようで心配になってくる。別に、毎度毎度ハイテンションで罵倒されたいわけではないが。
「必ず戻って、今日の礼はする」
うつむき気味で、ちょうど撫でやすい位置にあったミアの頭に軽く触れてから、俺は足早に部屋を後にした。
「――ミアよ、すまぬが少し調べてもらいたいことがある」
扉を閉める直前に、室内からそんな声が聞こえた気がした。
※ ※ ※
俺がすべての準備を終えてソードギルドに戻ると、他の二人はすでに準備万端で待っていた。
ヘレンはすでに旅支度を整えており、冒険者が使うものよりも、やや小ぶりの荷物を背負っている。例の女性らしいデザインの鎧を身に着け、武器はしっかりとグレイブを用意してくれている。
馬もきっちり三頭確保されていた。今はラサートが、馬たちに餌を与えている。これからの旅程に備えて休息させているのだろう。
「やはり一番最後でしたね。遅いですよ、ラルフ」
「悪い、ちょっとしたトラブルがあってな、黒ニスの確保に手間取ったんだ」
「おいおい、マジかよ。肝心のニスが無いんじゃ洒落にならないぞ?」
「心配するな、必要な分だけはなんとか確保できた」
そう言いながら、俺は黒ニスが入っている自分の背負い袋をポンポンと叩く。
俺の装備は、いつも通りの冒険者スタイルのままだ。旅をするのも戦うのもこれで慣れているため、敢えて変える必要はない。普段と違う点があるとすれば、今回も銀の剣を持ってきたことくらいだ。
できれば俺も黒ニスを使って戦いたいが、必要最低限の量しか確保できなかったため、他の戦士に回したら確実に数が足りなくなる。黒ニスに比べ威力は劣るが、自前の銀の剣で戦わざるをえない。
「ラサート、ここから目的地までの間に休憩地点はいくつある?」
「街道沿いを進めるから、間には村が三つ、宿場町が一つある。採石場に一番近い村でシャロンたちと合流する手筈だから、途中にあるのは三か所だ」
「それだけあれば、補給はその都度で十分だな――このまますぐに出発するぞ!」
二人に出発の号令をかけ、俺は三頭のうち一番力が強そうな馬を選んで跨る。この三人の中では、俺が一番重量があるからだ。
ヘレンとラサートも、それぞれ自分の馬を選んで騎乗した。
手綱を操り、ソードギルドの外へと向かう。
ギルドを出ると、そのまま王都の東門から街道へ出るために、街中を移動する。
東門を抜けると、そこからはひたすら東へと続く街道が延びている。
王都を中心に東西に延びるこの主要街道は、この国の東の果てまで続いている。だが、今回はそこまでは行かない。目的地である採石場には、このまま馬を一日ほど走らせれば辿り着ける。
常歩と駈歩を適度に切り替え、馬を休ませながら進んでいく。
昼過ぎ頃には、最初の村に辿り着くことができたため、そこで少し休息を取ることにした。
「飛ばしすぎだ、ラサート。そのペースだと馬が持たないぞ」
ここまでの先導役はラサートに任せていたが、ペースが早すぎて馬への負担が大きいため、釘を刺しておく。
この村には街道を行き来する旅人のために、馬を繋いで休ませておくための場所も用意されている。俺たちが乗ってきた馬は、この距離にしては疲労の色が濃いようで、今はそこでガブガブと水を飲んでいる。
この休憩は、乗り手だけではなく馬にとっても必要なものだ。
「だけどよ、少しでも早く着いたほうが良いだろ?」
「どれだけ馬を飛ばしたところで、採石場に着く頃には夜です。どちらにせよ、今日中に討伐に向かうのは無理ですよ」
ヘレンも俺と同じ意見らしく、馬を必要以上に酷使しないようラサートをいさめている。
「いや、しかしだな……」
「ラサート、お前自身も疲れているんだ。戦いに備え、できるだけ体力は温存しろ。ここからの先導は俺がするから、お前はこの休憩の間だけでも体を休めておけ」
馬が速度を上げれば、乗り手にも相応の負担がかかる。肝心の戦いを前に疲れ果ててしまっては本末転倒だと諭したことで、ようやくラサートは納得してくれた。やや重い足取りで、どこか休める場所を探しに行く。
「私たちも休憩しましょう。お腹が空きました」
俺の腕に触れながら、ヘレンはいつもの澄ました顔でそう言った。
ヘレンも現地に兄がいるわけだが、特に焦っている様子もなく、いつも通りのように見える。内心ではどう思っているにしろ、こういうときこそ普段通りの態度でいてくれたほうが、こちらとしても安心できる。
彼女に頷き返し、村の建物が集まっているほうへと一緒に移動する。
この規模の村なら食事ができる場所もあるはずだ。そこで何か軽く腹に入れておくとしよう。




