第21話 おじ戦士、買い占めに直面する
「救援要請だと?」
この日もソードギルドを訪れた俺だったが、待っていたのは伝令からの火急の知らせだった。
先日できなかった自分の訓練をしようと思って来たのだが、どうやら今日もそれどころではないようだ。
「一体どういうことだ。シャロンがいるにもかかわらず、ドラゴンを仕留め損ねたというのか?」
最強の戦士であるシャロンだけでなく、ソードギルドの手練れを何人も連れて行ったと聞いている。
たしかにドラゴンは強敵だが、それだけの戦力が集まって仕留められないとは到底思えなかった。
「ドラゴンは倒した! 倒した後で復活したんだ!」
「……悪いが、もう少し要点を説明してくれないか。あと、少し落ちつけ」
伝令役の戦士は、かなり興奮しているようで、どうも話が要領を得ない。
なんとなく言いたいことは伝わってくるのだが、解釈次第で色々と勘違いが生まれそうな予感がする。早合点して動くのは危険だ。
まずはこいつを落ちつかせるのが先だろう。ほら、水を飲め。
「――すまない、ラルフ」
「落ちついたか? なら、続きを話してくれ」
渡した水を飲み干し、たっぷり五回は呼吸を整えたところで、伝令はようやく落ちつきを取り戻した。
しかし、話の筋道を立てるのがそもそも苦手そうなので、こちらが質問する形で要点を聞き出すことにする。
「なぜ救援要請が必要になった? シャロンが助けを求めているのか?」
「一度は倒したはずのドラゴンが、アンデッドになって蘇ったんだ。アンデッドと戦うための装備は用意してなかったから、それをかき集めてラルフにも合流してほしいってのが、シャロンからの伝言だ」
ふむ、分かりやすい。おおよその事は理解できた。
「装備の件は分かった。これまでに戦死者は出たか?」
「ドラゴンが蘇った時に、不意をつかれてヒックスが殺られた。それ以外の怪我人は、アイゼンザックが癒してくれたから平気だ」
ヒックスが殺られたということは、ハルバード持ちを失ったのか。
人員の補充が俺一人だけでは、攻撃役が不足するかもしれないな。
「ラサート、お前はこのまま俺についてこい。疲れているかもしれんが、これ以上戦力を減らすわけにはいかん」
「言われなくてもそのつもりだ。武器さえ通れば、あんな死にぞこない俺の手で……!」
伝令役のラサートは、右手の拳を左の手の平に何度も打ちつけて、忌々しそうに言い放つ。
この男もドラゴン退治に選ばれただけあって優秀な戦士の一人だ。この国では珍しいシャムシールという両手持ちの曲刀を得物としており、ソードギルドでも有数の剣の使い手として知られている。
伝令役に選ばれたのは実力がどうこうというより、単にこの男が一番身軽だからだろう。
「手分けして出発の準備をするぞ。俺は黒ニスを買いにアカデミーへ行くから、ラサートは馬の手配を頼む。事は急ぎだからな、馬は騎士団から借りてもいいぞ」
「分かった、馬は二頭でいいのか?」
「三頭用意しておいてくれ、もう一人選んで連れていく」
ドラゴンが出現したという採石場まで、ここから徒歩で二、三日はかかるが、馬を急がせればなんとか一日でたどり着ける距離だ。
ラサートは俺の言葉に頷くと、馬の手配のために一足先にギルドを出ていった。
俺のほうは、まだギルドでやることが残っている。
訓練場に向かうと、目当ての人物はすぐに見つかった。
「――今日も入口のほうが騒がしかったですね。また何かあったのですか?」
俺が近づいてきたことに気づいたヘレンは、訓練の手を止めてこちらを向く。
彼女はいつも通り、感情に乏しい表情をしているが、心なしか昨日よりも微笑んでいるように見えた。
「救援要請だ。例のドラゴン退治で予定外の獲物が現れた。そいつを始末するために、俺はこれから現地に向かう」
「私も行きます」
間髪入れず、ヘレンは自ら同行を申し出てきた。
「そのつもりだった――ヘレン、お前はグレイブも使えたよな?」
「使えます、得意武器です」
「よし、一緒に来い」
これで攻撃役が不足している問題も解決できた。
ドラゴンのような巨大な魔物を相手にするときは、長柄武器の利点を最大限に発揮できる。
それに相手がアンデッド化しているのなら、槍の突きは効果が薄いだろう。いっそ斬撃に重点を置いたグレイブのほうが、有効打も与えやすいはずだ。
「一度家に戻って、旅支度を整えろ。準備が整い次第、ここに集合だ」
「分かりました、急ぎます」
「急がなくてもいい。たぶん、俺の準備が一番時間がかかるからな」
「なら、あなたのほうこそ急いでください。またシャロンに文句を言われますよ」
はい、そうですね。
頼まれている対アンデッド用装備の買い出しを済ませたら、自分の旅支度も済ませないといけない。
やることはそう多くないが、移動には時間がかかる。本当に俺のせいで出発が遅れたら洒落にならないため、できるだけ急いで移動しよう。
※ ※ ※
「黒ニスが無いだと?」
王立魔法アカデミーの一般客向けアイテムショップを訪れた俺だったが、そこで待っていたのは再び予想外の展開だった。
「はい、冥体対消滅用エーテル化促進剤は、今在庫がありません」
「嘘だろう……ほんとに一つも無いのか?」
「一つもありません」
目当ての品が一つも残ってないと聞かされ、呆然とする。
今までに在庫切れなんて一度もなかったじゃないか。なんで今このタイミングで……。
「すまんが、急ぎで必要なんだ。どうにかして手に入れられないか? たとえば、一般客向けじゃない在庫が残っているなら、それを回してもらうとか……」
「そう言われましても、本当に無いんです。人気の商品ですから常に生産はしているのですが、出来上がるまでに時間がかかります。次に在庫の補充がされるのは……五日後ですね」
アイテムショップの売り子は、入荷予定が書かれている台帳まで確認してくれたが、困ったように首を横に振る。
「参ったな……」
俺たちが黒ニスと呼んでいる塗り薬は、対アンデッドの特効効果があるマジックアイテムだ。
普通の鉄製の武器であっても、その薬を塗るだけで、銀の武器のようにアンデッドに対して有効打を与えられるようになる。しかも吸血鬼のような実体を持つアンデッドだけでなく、これまで剣では倒せなかったレイスのような霊体の魔物も、黒ニスを塗れば倒すことができるようになった――マジで何なんだ、あのニス。
一見すると、銀の武器の上位互換のようにも思えるが、欠点もある。
時間の経過とともに、徐々に効果が無くなってしまうのだ。
それに、アンデッドと戦う前にあらかじめ武器に塗っておかないといけないため、突然の遭遇戦には向いていない。
そうした欠点を考慮に入れてさえ、黒ニスの効果は極めて絶大であり、銀の武器の市場価値を一変させるほど画期的なマジックアイテムとなった。今でも銀の武器を使っている戦士は、俺のような古参の冒険者くらいなものだ。
それが手に入らないとなると、すべての予定が崩れてくる。
黒ニスが台頭したせいで、銀の武器は今となっては武器屋ですぐに買えるものではなくなった。俺自身は自前の銀の剣を持っていけばいいとしても、他の戦士はみんな鉄製の武器しか持っていない。普段なら黒ニスの在庫も豊富にあるため、鉄製の武器だけでも何ら支障はないのだ。
状況は極めて悪いが、ここで途方に暮れていても仕方がない。
こうなったら、知り合いの冒険者を一人一人当たってみて、黒ニスをゆずってもらうしかない。探せば誰か一つや二つくらい持っているだろう。数を集めるのにかなり時間はかかるだろうが、アカデミーで黒ニスが出来上がるまで五日待つよりはマシだ。
それでも、出発は大幅に遅れることになる。あまり遅くなると、現地に残っているギルドメンバーたちが心配だった。
「あれぇ? そこにいるのは、もしやおじさん?」
急いで冒険者の酒場まで走ろうと、アイテムショップから出たところで、背後から声をかけられた。
数日前まで毎日のように聞いていた声だ。
「アカデミーにいるなんて珍しいねー、何してるの? アイテムの買い出し?」
声のほうを振り向くとそこには、ローブに身を包んだ赤毛の女魔術師、ミアの姿があった。