第1話 おじ戦士、新人を引率する
『ゲギャギャギャッ!!』『グゴゴゴッ!!』
鬱蒼とした木々によって陽の光が遮られた森の中に、小鬼どもの奇怪な声がこだまする。
まったく意味は通じない不快な叫びだが、こちらを威嚇し、攻撃の意思を示していることだけは十分伝わってくる。
「おらぁっ!」
「この腐れゴブリンが! 死ねぇっ!」
ゴブリンの奇声に呼応するように、人間の叫び声も聞こえてくる。こちらははっきりと意味が分かる罵声だ。
ご覧の通り、ただいま乱戦の真っ只中だ。
ゴブリンどもがこの辺りの森に住処を作っているらしく、退治の依頼を受けた新米たちのお目付け役として同行したわけだが……どうやらこちらの接近に気づき、あらかじめ待ち伏せしていやがったらしい。
その待ち伏せを許した俺たちは、まんまとゴブリンどもの奇襲を受け、今に至るというわけだ。
不意を突かれた新米たちは大混乱で、ただでさえ初戦闘なのに連携も何もあったものではない。皆が好き勝手に迎撃を始めてしまっている。
ざっと見た限りでも、ゴブリンの数はこちらの倍以上で、何匹かは確実に前衛を抜けていってしまいそうだった。
「きゃあっ! こっちに来たー!」
言ったそばから、ゴブリンが前衛の脇をすり抜けて後衛を狙いはじめた。
「壁! 壁! 誰か壁になってー!」
「はいよ、おじさんが壁になろう」
魔術師の嬢ちゃんが早々に助けを求めてきたため、俺はそちらのフォローに回ることにする。
目の前に迫ってきたゴブリンは二匹。
腰の剣を抜き放ち、その切っ先を前面に突き出す半身の構えを取る。
『グゲッ!?』
一太刀で一匹目の首を刎ね飛ばし、返す刃でもう一匹も肩から胴にかけて斜めに斬り捨てる。溢れ出したどす黒い血が、地面を濡らしていく。
「嬢ちゃん、俺が一匹倒すごとに一歩ずつ後退してくれ。足元に死体が増えると戦いにくい」
「わ、わかりましたぁ!」
魔術師の嬢ちゃんは、初めての命の奪い合いに顔面蒼白……というわけではなく、むしろ戦闘の興奮で若干紅潮しているようだった。
たまにいるんだ、こういう危うげな新入りが。
いや、魔術師の女でこの性格は、かなり珍しい類かもしれない。
ただ、この状況ではその血の気の多さが逆に助かる。パニックを起こして足を引っ張られるほうが厄介だ。
『グゴッ!?』
三匹目のゴブリンも、切っ先で心臓を一突きにして仕留める。必要以上に深く刺したり、斬ったりはしない。次の動作が遅れるのは悪手だ。
使っていない盾を持つ左手で背後に合図を送り、さらに一歩後退する。
ここでようやく攻撃の合間ができた。
さっと視線を走らせ、全体の戦況を確認する。
心配だったのはもう一人の後衛――僧侶の娘だが、こちらはよくやっていた。
自前のメイスを振るい、ゴブリンを寄せ付けないことに専念している。メイスに怯んだ敵が足を止めた隙に、斥候の小僧が短剣で切りかかって一匹仕留めるのが見えた。
即席の連携にしては上出来だ。ゴブリン相手なら、あの戦い方で十分だろう。
あの二人は、しばらく放っておいても良さそうだ。
それに対して、人間とドワーフの戦士二人は、あまり良い状態とはいえない。
前衛らしく、それぞれ大剣と戦槌を振るい、数匹のゴブリンを屠ってはいるが、いささか興奮しすぎだ。目の前の敵を討ち取ることに夢中になりすぎて、後衛に抜けていく個体がいることに気づく余裕すらなさそうだ。
とはいえ、彼らに戦線の維持まで要求するのは酷というものだろう。ここで無理に指示を飛ばして集中を削ぎ、ゴブリンどもに付け入る隙を与えるのも得策ではない。
幸い、技量面だけで見ればゴブリンに後れを取る心配はなさそうだ。こちらの二人もしばらくは様子見でいいだろう。
「ええっと、ええっと、何か魔法で攻撃を……」
「待て、乱戦で攻撃魔法は味方を巻き込む危険がある」
自分も戦いに参加せねばと、魔術師の嬢ちゃんは気が急いているようだった。
そのやる気は好ましいが、この乱戦で魔法を放っても大した成果は上がらないだろう。それどころか、味方の背中を焼きかねない。
そうこうしているうちに四匹目のゴブリンが迫ってきた。
最小限の動作で喉もとを切り裂いて仕留めると、地面を流れる血を避けるように、また一歩後退する。
「それよりも仲間を援護する魔法を頼む。特にあの前衛二人をな」
俺が四匹ほどゴブリンを間引いたことで、ようやく新米たちでも対抗できる数になってきた。
最初の混乱を乗り越え、形勢はこちら側に傾いている。彼らにはもう少し経験を積ませたいところだ。
魔術師の嬢ちゃんは早口で了解を返すと、俺の背後で呪文の詠唱を開始した。
『祖は白き盾 輝く栄冠にして暗きを照らす 永遠なる光よ――』
呪文の詠唱を終え魔法が完成すると、仲間たち全員に防護の効果がかかる。
俺もしっかりその対象に入っていた。正直、この程度の魔物が相手なら俺は対象から外してくれても良かったのだが……まあそこはご愛敬だな。
これで形勢はさらに有利になった。
あとはこのまま、前衛の二人がゴブリンどもを押し切ってくれれば――。
「ラルフの旦那! 新手だ、奥からでかいのが来る!」
斥候の小僧が叫び声を上げた。
言われて視線を走らせると、鬱蒼とした木々を掻き分けながら、巨大な影が迫ってくるのが見えた。
明らかにゴブリンのサイズではない。ゴブリンと行動をともにする魔物となると、オーガーか、もしくはトロールか。
いずれにせよ、ゴブリンに手を焼く新米たちの手に負える相手ではない。
「嬢ちゃんはチップのところまで走れ!」
「えっ? ちょ、待って待ってー!」
斥候の小僧のもとへ行くよう一方的に指示を出すと、俺は制止の声には応えず即座に駆け出した。
あの小僧が一番戦場を見えている。魔術師の嬢ちゃんも、あいつに預けておけば問題なかろう。
今は一刻を争う。すぐに動かなければ、前衛の二人がアレの餌食になる。
ぐずぐずしている余裕はなかった。
ある程度まで接近するとすぐに分かった。巨大な影の正体はトロールだ。
岩のようにゴツゴツとした外皮をまとい、体長は三メートルを優に超える人型の魔物だ。
燃えるような真っ赤な眼が、まっすぐに俺を射抜いた。向かってくる俺を、最初の獲物と定めたのだろう。
醜悪な顔を憎しみでさらにゆがめ、大気を震わさんばかりの大音量で咆哮を上げる。丸太のような腕を振り上げると、俺を叩き潰さんと力任せに振り下ろしてきた。
しかし、遠い。俺に当てるにはまだ一歩遠い。
俺は勢いよく走っているように見せかけて、直前でわずかに制動をかけていた。それがこの空振りを誘ったのだ。
トロールの腕は空を切り、意味もなく地面をえぐるだけに終わった。
その隙を逃さず、再び加速する。
巨躯の横をすり抜けざま、膝裏を狙って刃を叩き込んだ。腱を断ち切る確かな手ごたえが伝わり、トロールの膝が折れる。丸太のごとき巨大な四肢も、筋肉が骨から切り離されれば、ただの重荷でしかない。
間を置かず、残る片膝も同様に潰す。
巨体を支える術を失ったトロールが、仰向けにずしんと倒れ伏した。
そこですかさず喉元を狙う。
今度はゴブリンの時のように浅くはない。その太い首を切り落とすべく、渾身の重撃を見舞う。刃が魔物の外皮に達した瞬間、背中から右腕、右腕から剣へと全身の力を伝えていく。
(――さすがに、かたいな!)
頑丈な皮膚と厚い筋肉に阻まれ、一撃で切断とはいかなかった。
首を半ばまで断ち割られたトロールが、苦悶の叫びを上げながら、断末魔の勢いとばかりに腕を振り回す。だが、獲物を視線で捉えていないやみくもな攻撃など、もはや攻撃と呼べる代物ですらなかった。
狙いが定まらないその粗雑な打撃を盾ではじき返し、続けざまに二度目の斬撃を振り下ろす。
頭と胴体が完全に泣き別れると、トロールはようやく力を失い、その巨体を土の上に晒した。




