第17話 おじ戦士、事情聴取を受ける
騎士団からの要請に応じた俺は、大人しく詰所までやってきた。
今日は一日一緒に過ごすという約束を取りつけたばかりのヘレンは、それはもうご立腹であった。
俺が止めなければ、その場で若い騎士を斬り捨ててしまいそうなほどの殺気を向け、彼を怯えさせていた。
すぐに戻るから、今日は全部俺が奢るからとなだめて落ちつかせ、その場はなんとか矛先をそらした。
今は詰所の個室で、騎士団の担当者がやってくるのを待っている。
俺をここまで連れてきた若い騎士は、さっきから扉の前で仁王立ちのように立っている。俺をこの部屋から一歩も出さないと言わんばかりの態度だ。さっきはヘレンの気迫に怯えていたくせに、まったく何をそんなに肩肘を張っているんだか。
呆れがちにそう考えていると、じきに扉がノックされ、俺と同年齢くらいの壮年の騎士が部屋に入ってきた。
この騎士のことはよく知っている。周辺警護部門の騎士隊長アルベルトだ。
「やぁ、ラルフ。急に呼びつけてしまい、すまなかったな」
「なに、それはいつものことだ。お得意様の頼みは早々断らんさ……それよりアルベルト、先に確認しておきたいのだが、今回のは『出頭要請』であって『出頭命令』ではないんだよな?」
「うん? その通りだが、それがどうかしたのか?」
「なら良かった、そこの若いのにその辺りをちゃんと説明しておいてくれ。でないと次は死んでもらうことになる」
俺を連れてきた若い騎士は、このやり取りを見て明らかに狼狽していた。
アルベルトの俺に対する温度感や話の雲行きが、自分が思っていたものと違ったことに戸惑っているようだ。
「まさか……うちの者がソードギルドで何か無作法を働いたか?」
「うちの敷地に断りなく入り、俺に詰所まで来るように命令した。これって強制連行だよな?」
「も、申し訳ない!」
アルベルトはテーブルに額を擦り付けんばかりに深く頭を下げ、謝罪した。
「こちらの監督が不行き届きだった。必ず態度を改めさせるため、どうか今回だけは私に免じて見逃してやってくれ」
「もちろんだとも、騎士団相手に事を荒立てるつもりなどない。仲良くしようじゃないか」
アルベルトに頭を上げるように促し、俺は張り付いた笑顔で友好を示す握手を求めた。
ソードギルドは表向きには騎士団の監督下にあるわけだが、実際のところは独立した武装集団だ。完全に国に従属しているわけではないし、騎士団との間に明確な上下関係があるわけでもない。
分かりやすく言えば、『武装集団の存在を認める代わりに有事の際は国に力を貸す』という契約で成り立っているのだ。
だから、騎士団としてもソードギルドの扱いにはかなり気を遣っている。構成員のほぼ全員が完全武装の戦士であるため、もし本気で反乱でも起こせば、国が傾くほどの損害を被る危険も大いにあるからだ。
無論、ソードギルドの増長ぶりが目に余るほどになれば、国も犠牲を覚悟で徹底的に潰しにかかってくるだろう。そうならないように、ギルド側としても騎士団には最大限の便宜を図っている。両者の関係は、常に持ちつ持たれつなのだ。
そうした微妙なバランス関係を崩そうとする者は、この国にとって有害でしかない。いつしか、舐められたらその場で相手を斬り捨ててもよいというのが、騎士団とギルドの間では不文律の掟となっていた。
下っ端同士の小さな抗争なので、両組織の関係に支障をきたすことはありません、というのが公式見解となる。
「……お気遣い、痛み入る」
アルベルトは引きつった笑みを浮かべながら俺の手を取り、形ばかりの握手を交わす。
事の発端である若い騎士に目を向けると、彼はもはや顔を真っ青にして佇んでいた。足がかすかに震えている。状況についていけてないようだが、自分が何かとんでもない過ちをおかしたことだけは、理解できているようだ。
下っ端が己の立場も理解せずに粋がった真似をすると、上司は尻ぬぐいでこんな茶番を演じないといけなくなるんだぞ、よく覚えておけ。
「さて、そのことはもういい。今日呼び出した用件を聞かせてくれ」
「ああ、うむ……先日、行方不明者の捜索依頼の結果について報告を受けたのだ。その件にお前が関わったという話だが、それに間違いはないか?」
「間違いない。新人冒険者五人組がその依頼を受けたので、俺が引率として同行した。それで、何か問題でもあったのか?」
あの依頼は報酬も満額で支払ってもらえたし、報告内容にも何も問題はなかったはずだ。
「事後処理として、騎士団が現地の宿に立ち入って裏付け調査を行ったのだが、その帰路に襲撃を受けたのだ」
「襲撃だと? 誰に襲われた?」
「報告によると、襲撃者はどうやら吸血鬼だったようだ。周辺警備の騎士が四名殺害された。生き残りは二名だけで、そのうち一名も現場復帰はもう難しいな」
「ちょっと待て、吸血鬼が出るような夜間に調査を行っていたのか?」
吸血鬼が根城に使っていた場所としっかり報告はしたのだから、再び吸血鬼が出る可能性を全く考慮せず調査を行ったとしたら、そいつらが間抜けだったとしか言いようがない。
「調査が長引いて、日没までかかってしまったそうだ。調査を終えて宿場町へと戻る際に襲われたと、生き残りが証言している」
「それはなんとまあ……」
間抜けな話だな、と心の中だけで言葉を続けた。
親しい間柄とはいえ、さすがにそれを口に出して言わないくらいの分別は持っている。
「それは気の毒な話だが、その報告でなぜ俺が呼ばれたんだ?」
「襲撃した吸血鬼が何者なのか、何の目的で襲ったのかを知りたい。ラルフ、何か心当たりはないか?」
ふむ、心当たりと言われても思い当たる節は一つしかないな。
「普通に考えるのなら、俺が倒した吸血鬼二匹の生みの親だな。二匹目のほうが死ぬ前に口を割った」
「生みの親ということはつまり、真祖の吸血鬼か……騎士が五人も被害を受けているのだから、実力的にそう考えるのが妥当だろうな……」
「ここからは推測になってしまうが、目的は単純に報復のためかもしれない。配下の吸血鬼を失ったから、その補充も兼ねていたのかもな。ありえそうなセンでいうと、俺にはそのくらいしか思い浮かばないな」
俺と話しながら、アルベルトは羊皮紙に何か書きこみを行っている。
おそらく今回の件の報告書だろう。騎士団への被害の大きさからすると、もしかしたら始末書かもしれない。どちらにせよアルベルトにとっては胃が痛くなる話だな。
「その吸血鬼の居場所については、心当たりになることはないか?」
「それは聞き出せなかったな。親吸血鬼の正体に迫るような発言は、しっかり禁じられていたよ」
「本当に何でもいいんだ、何か思い出せることはないか?」
「うーむ……」
あの時のケイドとのやり取りを思い返してみる。核心に迫るような情報は何も得られなかった。それ以外の部分で、居場所に繋がるような話となると……。
「その親吸血鬼だが、人身取引に関わっているようだった。買い手として身柄を引き取ったのなら、それを隠しておくための場所が必要だな」
「ああ、それはそうだな。しかし知っていると思うが、わが国では人身取引は重罪だ。身柄を隠すこと自体が困難だし、隠し場所を提供するだけでも共犯者として縛り首となるぞ」
「そうなると、人身取引が可能な存在はおのずと絞り込まれるな。人の出入りが多少あっても怪しまれず、何かを口止めするのも部下に命令するだけで済む。人身取引をするだけの資金力もある。そんな都合の良い条件が揃っている環境は、そう多くないよな?」
俺の口からはっきり言いきってしまうと角が立つため、騎士団員であるアルベルトに続きを促す。
「……わが国の地方貴族が怪しいと言いたいのだな?」
「ああ、それも南方面のな」
「フーラの太守が王命に背くようになってきたとは耳にしていたが、事がこれほど深刻とは……」
アルベルトは報告書を書いていた手を止め、頭を抱えて黙りこんでしまった。
胃が痛いどころか、穴が開きそうなほどの重圧だろう。
「まあ、俺から言えるのはそれくらいだ。この国の内部事情に関しては騎士団でなんとかしてくれ。吸血鬼を始末してほしいというのなら、そこだけはソードギルドで請け負える」
「……そうだな、この件は上とも相談してみる。私だけでは、もはや手に負えん問題だ」
「そうか、それじゃあ俺はこれで帰っていいか?」
「ああ、おかげで参考になった。また近いうちに連絡すると思うから、その時はよろしく頼む」
俺に礼を言いながらも、頭を抱え続けるアルベルトを少し可哀想に思ったが、用件は済んだのでさっさと帰ることにした。
部屋から出るとき、例の若い騎士が直立不動の姿勢で俺に敬礼してきたのには、なんか笑ってしまった。極端すぎるだろ。別に俺はお前の上司でも、この国のお偉いさんでもないぞ。
まったく最近の若いのは、どいつもこいつも面白いな。
無礼討ち(相互)
実際に行使される頻度は、年に一回あるかないかという程度です。