第15話 おじ戦士、たまには指導する
新人冒険者引率編は前回までで終わり、ここからはソードギルドのお話です。
ソードギルドには、いつも戦士たちが集まっている。
国の代わりに単発的な戦闘行為を請け負う傭兵集団、というのが世間で認知されている組織の実態であるが、ギルド員同士が互いに技術を高め合う場所としても活用されている。
そのため、ギルド本部にはそれなりに充実した訓練設備も用意されている。
ギルド員たちは、暇さえあればそこで剣の腕を磨いたり、筋力トレーニングをして己を鍛えている。そうした自己鍛錬をする者が大半だが、ギルド員同士が模擬戦をしたりすることもある。
今も屋外の訓練場で二人の戦士が、剣を手に向かい合っていた。
「いきます!」
「よし、こい」
向かい合っているのは、俺とダニエルだ。
鍛錬のためにソードギルドを訪れたのだが、この日はたまたまダニエルと鉢合わせしてしまった。
正直なところ、面倒くさい。
俺を相手に手合わせをしたところで、実はあまり意味がなかったりするから、俺は俺で自分の鍛錬がしたい。
しかし、ソードギルドに顔を出すように言ったのは他ならぬ俺だ。何度も稽古をせがまれて、その度に先延ばしにしてきたため、そろそろ一度くらい付き合ってやらないとバツが悪い。
訓練ということもあり、今日はお互いに木剣だ。怪我をしない程度に付き合ってやろう。
「……いきます!」
「はよこい」
だから早くかかってこいよ。なにいまさら怖気づいてるんだよ!
ダニエルが動き出すのを待っていると時間ばかりが過ぎてしまいそうなので、俺のほうからきっかけを作ってやることにした。
剣を下段に構え直し、無造作な足取りで三歩間合いを詰める。これでもう大剣の間合いだ。
弾かれたようにダニエルが動きだした。軸足を力強く踏みこみ、大剣を上段から振り下ろす。
俺は半歩下がり、寸でのところでそれをかわす。隙が大きい相手の軸足側に素早く回りこみ、ダニエルの横腹に切っ先を押し当てた。
「……参りました」
勝負が一瞬で決まってしまったことに、ダニエルはひどく動揺しているようだった。実際に力量の差を見せつけられ、愕然としたのだろうか。
しかし俺の感想はそう悪いものでもなかった。
「なかなか鋭い太刀筋だった。大抵の魔物相手なら、あれで両断できているだろう」
正直、悪くない手応えだと思った。いざ動き出してから、太刀筋に迷いが無いのが特にいい。
「しかし、人間相手だと大剣の縦斬りは決め手に欠ける。振り下ろした後、どうしても隙が大きくなるからな。縦斬りは牽制程度に留め、横からのなぎ払いを本命としたほうが、より実戦的だぞ」
冒険者をしていると、人間を相手に戦うこともよくある。その手の実戦経験が、ダニエルにはまだ無いのだろう。
だから、それを想定したアドバイスをいくつかしてやることにした。
「ほら、そのへんを踏まえてもう一戦やるぞ」
「は、はいっ!」
その後も、何度か模擬戦を繰り返した。
気づいた点があれば、その都度助言をしていく。それを繰り返しているうちに、ダニエルの動きは初戦よりも確かに良くなってきている。
そう、良くなっていると思う程度だ。俺と手合わせをしたところで、得られる経験は精々そのくらいのものなのだ。
戦士にとって一番の成長の糧となるのは、なんといっても実戦だ。それに勝るものはない。
そして訓練とは、そうした実戦で得た経験の反復練習でしかない。俺と手合わせをしている間は、肝心の敵を倒すという手応えを感じることができない。むしろその感覚から遠ざかっていくくらいだろう。これはあまり良いことではない。
戦士にとって、自分の勝利をイメージできるか否かというのは、かなり重要な部分だ。
「だから、今後の訓練はなるべく実力が拮抗した相手と行うようにしろ。十本に三本は取れるくらいの力量差でないと、ただ疲れるだけだ」
「……そうします」
何戦目かの模擬戦を終え、肩で息をしているダニエルにその辺りの心得を一通り説明する。
結局、ダニエルは俺に一太刀も浴びせることはできなかった。
たくさん動いたため俺も汗はかいているが、戦いの緊張から流れた汗ではないため疲労度が全然違う。
「お前は当分の間、筋力トレーニングをしたほうがいいな。大剣を扱うなら、とにかく筋肉を鍛えることが重要だ。それだけで今より剣の振りは速くなるから自然と隙も減る。あとはなるべく多く冒険に出て、実戦を経験しろ」
「……わかりました」
ダニエルに、今後の鍛錬の方針だけは伝えておく。それを守るか守らないかは好きにすればいい。俺の指導なんかなくても強くなった戦士は、ギルドには山のようにいるからな。俺の意見はあくまで一つの方針でしかない。
俺が珍しく模擬戦などしていたものだから、だんだんと周りに野次馬が集まりはじめてきた。
他のやつにまで絡まれる前に、とっとと退散するとしよう。
「珍しいですね、ラルフ。あなたが新人に直接指導をするなんて」
などと考えていたら、よく知った声にバッチリ絡まれた。どうやら逃げるのが遅すぎたようだ。
「なに、最近の若いのにしては熱意があるからな。それに少し当てられただけだ」
わざととぼけた態度で返事をして、声をかけてきた当人のほうを向き直る。
思った通り、槍使いの女戦士ヘレンだ。
太陽の光のように明るいその長い金髪は、見間違えようもない。
女性にしては長身の肉体は端々まで鍛え抜かれており、一点の曇りもない。さながら精巧な美しさを誇る彫像のようだ。
年齢はまだ三十手前のはずだが、すでに戦士としては完成された強さを持っており、ソードギルドにおける中核人物の一人としてその名は広く知られている。
彼女は剣ではなく、訓練用に先端を布で覆った木槍を携えていた。
「ヘレン、お前のほうこそ一人とは珍しいな。どうした、今日はヘクターとは一緒じゃないのか?」
「兄は別任務中です。先日、シャロンに連れていかれました」
「ほう、シャロンがわざわざヘクターを選んでいくなんて、どんなでかい案件なんだ?」
「ドラゴン退治だそうです。採石場を荒らしているとかどうとか」
「あぁ、アレかぁ……」
そういえば、冒険者の酒場にも依頼書が回ってきていたな。
おそらく誰も受けないだろうなとは思っていたが、結局あの依頼は流れてしまったわけか。
冒険者の酒場では手に負えないと判断された討伐系の依頼は、大抵の場合は最終的にソードギルドへと回される。騎士団が直々に討伐に動くこともあるが、最近ではそれも滅多に無くなった。
理由はいたって簡単で、シャロンがいるからだ。
シャロンに倒せない魔物など、おそらく存在しない。彼女はそれほどまでに強い。名実ともに最強の戦士として、絶対の信頼を置かれている。
ヘクターも、ソードギルドでは五本の指に入る手練れの槍使いだ。
相手がドラゴンということもあって、さすがにシャロンも取りこぼしが無いように、本気の布陣で挑むつもりなのだろう。
「ラルフ、あなたが丁度不在だったせいで、シャロンはだいぶ不満げでしたよ。兄にとっては、とばっちりもいいところです」
「ははは、間が悪いのはいつものことだろ。冒険者という仕事柄、こればかりはどうにもならんな」
俺は両手を上げて肩をすくめる。
冒険者をしていると街にいない時間が多いせいもあり、最近はギルドの大口案件をあまり手伝えていない。
シャロンが帰ってきたら、また嫌味の一つくらい言われそうだな。
「不満なのはシャロンだけではありませんよ。あなたのおかげで、私も暇なんです。兄が相手でないと、稽古もいまひとつ身が入りません」
「いや、それは俺のせいでは……」
俺のせいではないだろうと言おうとしたところで、ヘレンに槍を突き付けられ、途中で言葉を遮られた。
「若者の熱意に当てられたのでしょう? なら、たまには私の相手もしてください」
普段はクールで滅多に感情を表に出さないヘレンの口元に、わずかに笑みがこぼれていた。