第13話 おじ戦士、酔っ払いに苦労する
<調査報告>
宿の調査は滞りなく進んだ。
すべての部屋を調べたが、他に潜んでいる敵はいなかった。
話に聞いていた地下室も、もちろん調べた。生存者は発見できず、代わりに九名分の遺体だけが見つかった。残念ながら、身元を特定できるような遺体は一人もいなかった。
問題だったのは遺体の状態だ。ケイドの話では衰弱死したと聞いていたが、ほとんどの遺体は全身から血が抜かれたミイラのような状態で見つかった。胸が悪くなる有様だった。状況から察するに、衰弱死したというのはデタラメで、ケイドたちは捕えた人間の血をすすっていたと考えるのが自然だろう。
吸血鬼など所詮は化け物だ。会話のやり取りが成立していたように見えても、どこまで正気だったのかは分からない。
大きな収穫もあった。
宿の金庫に隠されていた二冊の台帳を、チップが見つけたのだ。
一つはただの宿泊者名簿。それとは別にもう一冊、いかにも偽名と思われる名前の羅列が記された、怪しい帳簿も見つかった。名前の横には数字の書き込みもあるため、おそらくこれが人身取引を記録した台帳だろう。
台帳とともに、大金が入った革袋も見つかった。その大半は金貨ではなく、持ち運びやすい宝石に替えられていた。宿の店主夫婦はこの商売から足を洗い、逃げ出す準備を進めていたのかもしれない。それが取引先とのいざこざに繋がり、口封じのために殺害されたと考えれば、ある程度の辻褄は合う。
調査できたのはそこまでだった。
だが、これだけの状況証拠と物的証拠が揃えば、行方不明事件と無関係であるとは考えにくい。
見つけた台帳と宝石の袋を証拠品として提出すれば、今回の依頼は成功したものとして取り扱ってくれるだろう。
達成条件がふわっとしているこの手の依頼は、冒険者自身が交渉によって依頼主を納得させ、報酬をもぎ取らないといけないことも多い。
もとより、行方不明者全員を発見することなど不可能なのだ。事件の原因と思われる拠点を制圧でき、脅威の排除は達成できたのだから、成功報酬の大部分は支払ってもらえるものと踏んでいる。
宿場町で一泊したのち、俺たちは報告のために王都へと戻った。
※ ※ ※
「冒険の成功と、いい加減すぎるお役所仕事に! カンパーイ!」
「「「「乾杯!」」」」
王都に戻ったその夜。冒険者の酒場で、祝いの酒盛りが始まった。
音頭を取ったのは、相変わらずミアだ。
かなり際どいフレーズが混じっていた気がするが、乾杯の声でかき消したから、たぶん大丈夫だろう。
「ぷはぁー、ちっきしょー、マジでいい加減すぎだぜ! 金払いがいいのが余計に腹立つ!」
「ちょっとダメですよ、チップ。そんな大きな声で……」
ジョッキのエールを飲み干したチップが、開口一番に不満を大声で叫んだ。うん、全然大丈夫じゃないな。
隣の席のセーラが、控えめにたしなめてはいるが、こちらも語気が弱い。常識人で普段から物言いが優しいセーラですら、本心ではチップの言い分に同意したいくらいなのだろう。
「まー、お酒飲んで愚痴でも吐かなきゃ、やってられないよねー」
ミアもチップと同意見のようだが、こちらは怒るというよりネタにして楽しんでいる様子で、ケラケラと笑っている。
このくらい図太い精神でいてくれたほうが、見ているこっちも気が楽になるな。
王都に戻った俺たちは、その日のうちに騎士団の詰所を訪ねて、事件のあらましを報告した。
報告を受けた担当者の対応は、いかにもお役所仕事らしい非能率なもので、最初のうちはあれこれ質問するばかりでなかなか話が進まなかった。しかし証拠品――とりわけ宝石が入った袋のほうを見せると、あっさり納得してくれた。
そこからの手続きは打って変わって効率よく進み、依頼達成の報酬も満額で支払われた。
「しっかし、金をチラつかせた途端、あの変わりようにはあたいも呆れちまったねぇ。あの担当者、もしかして賄賂か何かと勘違いしたんじゃないかい?」
「さすがにそれは無いだろう。あの金に手を付けたら、担当者の首が飛ぶぞ」
ドマの過激な冗談を、俺は苦笑しながら否定する。
人身取引に限らず、犯罪で得た資金は、金貨一枚でも手を付ければその時点で共犯者扱いだ。
こういうのは、知りませんでした、では済まされない。
いわゆる『汚い金』に関わっていると分かった時点で、誰であろうと容赦なく縄をかけられることになる。
……というのが建前だ。騎士団という体制側の人間が本当に処分されるかどうかなど、下々の者のところには伝わってこないのだから、こういうのは一般論で語るしかない。
「どうせ、あのままじゃ使えない金なんだ。使える『きれいな金』に換えてもらったとでも思って、割り切ることだな」
「その換金レート、エグいっすよ……はぁ、いっそ宝石の一つか二つ、抜きとっておけばよかったかなぁ……」
「ちょっとー、冗談でもそういうこと言うのはやめなよー。ほんとにやったら絶交だかんね!」
チップの冗談が洒落にならなくなってきたところで、さすがにミアが噛みついた。
どちらかというと、隣のセーラがすごい形相になってるから、彼女が本気で怒りだす前に警告を発した感じだ。
「わかったわかった、悪かったよ。馬鹿なことはもう言わねぇから」
チップもそれを察したのか、素直に謝ってお手上げのポーズを取った。
ミアはムードメーカーに見せかけて、こういうさりげない気遣いを結構している。それがこのパーティにとっての潤滑油になっていることが、しばらく同行していてよく分かった。
表向きは気楽そうにしているこの娘も、裏では割と苦労しているのだ。
「……」
おい、ダニエル、お前も少しは見習えよ。
※ ※ ※
その後も酒が進み、宴もたけなわとなってきた。
いい感じに酔いも回って、順調にポンコツ化してきている。
「おーい、そろそろお開きにするぞ」
同じテーブルを囲むポンコツ仲間に声をかけたが……これは聞こえていないな。
ドワーフのドマを相手に、無謀にも飲み比べをしていたダニエルは早々に潰された。面白がって後から参戦したミアも、気づいたときにはテーブルに突っ伏したまま動かなくなっていた。
セーラは飲み比べには参加していないが、この娘はそもそも酒に強くない。二、三杯しか飲んではいないはずだが、それでもだいぶ酔いが回っているようで、椅子に座ったまま体がフラフラと揺れている。
飲み比べの勝者ドマはというと、まだまだ飲み足りないからと、別テーブルの同族たちを相手にもっと強い酒を飲み始めてしまった。前回の宴でも、最後のほうはそんな感じだった気がする。
チップは、早々に戦線離脱した。今夜は女のところに行くと得意げに言っていたので、さすがにそれを引き留めるわけにはいかない。一足先に帰ってもらった。
結果、前回の反省を活かして酒量を抑えた俺が、この場では一番マシなポンコツ具合で済んでいた。
「ミア、起きろ。こんなところで寝るな、宿に帰れ」
「う~~、やだぁ……ねむぃ……」
声をかけても肩を揺すっても、さっきから同じ返事しかしない。
唸るか、やだか、ねむいの三つしか言わなくなった見事な酔っ払いだ。
「セーラ、こいつ連れて帰れるか?」
「う~ん……どうでしょう?」
セーラのほうも起きているというだけで、まともに返事ができる状態ではないようだ。俺が何を聞いてみても、さっきから小首をかしげて悩んでいるしぐさしか返ってこない。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
この前はこんな無茶な飲み方していなかったじゃないか。
今日は一体どうしたというのか、いくら何でもポンコツ化が過ぎるぞ。
冷静に考えてみると、別に俺が酒の後始末までしてやる必要はないわけで、もういっそ放っておいて帰ろうかとも思った。
とはいえ、酔っぱらった若い娘二人をこのまま放置して帰るのは、さすがに良心が痛む。
「おじさ~ん……オンブぅ……」
奇跡的に、ミアの口から三つの酔っ払い用語以外の言葉が発せられた。
このチャンスを逃すと、もう二度とこのループから抜け出せない気がする。
「わかったわかった、おぶってやるから宿に帰るぞ。セーラ、宿まで案内してくれ」
「……は~い」
セーラも、今度はきちんと返事をして立ち上がってくれた。
足元がふらふらしてあぶなっかしいが、こちらは何とか自分の足で歩いてくれそうだ。
テーブルに突っ伏してなかなか動かないミアを苦労して背負うと、俺はセーラとともに酒場を出た。
えっ、ダニエル? 男は放置しても平気だろ。