第12話 おじ戦士、戦士道を語る
「旦那、いざ殺すとなると随分あっさりでしたね。身内なのに、よかったんすか?」
銀の剣を突き立てた吸血鬼の体が、灰となって崩れ落ちるのを見届けると、チップが声をかけてきた。
あまり納得いってないというのが、表情からも分かる。
尋問している間は一切口を出さないでいてくれたが、色々と言いたいこともあるだろう。
「身内というほどの仲ではないさ。ソードギルドの同僚だったってだけだ。どんなやつなのかも、あまりよく知らなかったな」
軽く剣を払い、鞘に納めながら答える。
ケイドは冒険者ではなく、主に傭兵をして身を立てているタイプの戦士だった。
だから仕事を共にしたことは一度もない。やつが受ける仕事は胡散臭いものが多かったというのもあり、少し敬遠していた。
ギルドの集会や訓練で何度か顔を合わせたことがあるくらいで、ほとんど話もしたことがなかった。
「とはいえ、かつての同僚が悪事に手を染め、よりによって吸血鬼の姿で再会ときたもんだ。堕ちるとこまで堕ちたあいつにしてやれることは、もはや介錯くらいだからな」
俺の手でとどめを刺してやるのが、せめてもの情けだろう。
「しかしねぇ、もっと詳しいことまで問い詰めてやってもよかったじゃないかい。どうもまだ、背後に黒幕がいるんだろ?」
もっと厳しく尋問すべきだったのではないかと問うドマに対し、俺は静かに首を横に振る。
「吸血鬼は、主には逆らえぬよう呪縛されているからな。黒幕に関することは、どうあってもこれ以上は話さんよ。それが聞けないのならもう用済みだ。いつまでも生かしておく事のほうがリスクが高い」
「そうだねー、吸血鬼相手にこれだけの情報が聞けただけでも、十分な成果じゃないかなぁ。だいたいさー、こいつら人身売買なんてしてたんでしょ? そんなやつら殺されて当然よ!」
ミアは俺の対応にはそれなりに納得したようで、理解を示してくれた。
発言の後半部分がやたら過激に聞こえるかもしれないが、ミアのようにこの国で生まれ育った人間なら、ごく当たり前の倫理観だろう。
人身売買は罪が重い。直接取引に関わっていない共犯者であっても、基本的に全員死刑だ。捕まった時点で、もう未来はない。仮にケイドが人間のままであったとしても、俺はこの場で手を下していた。
「すみません、遅くなりました」
しばらく四人でそんな話をしていると、セーラとダニエルもようやく室内に入ってきた。
ダニエルはともかく、セーラのほうは額に汗を浮かべており、先ほどよりも明らかに顔色が悪い。ダニエルを回復させるのに魔法を使いすぎたのか、かなり疲労しているのが見てとれた。
「ダニエルには強い魔力で催眠がかけられていたため、解除するのに時間がかかってしまいました」
「……すまない、みんな。迷惑をかけた」
ダニエルは短く謝罪し、神妙な表情で頭を下げた。
自分の失態を恥じているのか元気はないが、セーラのように直接の疲れがあるわけではなさそうだった。
「いや、あれは俺の判断が軽率だった。見張りは本来なら、二人一組で行うのが基本だ。人の気配がしないからと油断して、お前一人に室内の見張りを任せてしまった」
俺のほうこそすまなかったと、ダニエルに謝る。
引率する側の俺が頭を下げたことが、よほど意外だったのか、新人たちは驚いて目を丸くしている。
そんな様子に苦笑しながら言葉を続ける。
「お前たちが俺のことをどう思っていたのかは知らんが、別にそこまで完璧なわけではないぞ。お前らよりも失敗の数は少ないかもしれないが、失敗自体はするんだ。どれだけ経験を積んでも、そこのところは変わらなかった。ただし、命をかけた戦いとなったら話は別だ。その時だけは決して負けるつもりはない」
わざわざこの場で言うようなことでもない気はするが、新人たちに変な幻想を抱かれたままでも困る。
切り出すにはいいタイミングだったので、この際はっきり言ってしまおう。
「だから一つ一つの失敗をいちいち気にするな。細かな失敗がいくつあっても、最終的に敵さえ倒しちまえば大抵のことはチャラになる。それが俺の信念だし、冒険者としての戦士の役目だと思ってる」
それで依頼として成功するかどうかはまた別の話だが、敵さえ倒せば少なくとも生きて帰ることはできる。
敵を倒して生き残る。このシンプルな役割を完璧にこなせる戦士こそ、俺が目指している戦士だ。
一通り言いたいことを言い終えたので、そこで一度話を区切って新人たちの反応を見る。
そしたらやっぱりというか、真っ先に手を上げたのはミアだった。
なんでだよ、お前は戦士じゃないだろ。
「それじゃあさ、冒険者としての魔術師の役目はなんなの?」
「斥候や魔術師や僧侶については専門外だ。そこは他のベテランさんに聞いてくれ」
「なにそれ、ずるーい!」
ずるくない、知らんものは知らん。その分野については素人の俺が、口を出すのはおかしい。
「ラルフの言いたいことは分かったよ。しかしだね、現実問題としてあたいじゃ敵わない相手に出会うことも多いわけだよ。その経験とやらを積む前にやられそうになったら、どうしたらいいんだい?」
今度はちゃんと、戦士のドマから質問がきた。
確かにこれは難しい問題だ。これから先も冒険者を続けていく上で、常に付きまとう話になる。
今回倒した吸血鬼を相手にするのも、ダニエルとドマでは無理だったろう。技量もそうだが、二人はそもそも銀の武器すら持っていないのだ。
「前にも言ったろ、全員で力を合わせて倒せばいい。それでもダメそうなら、もう倒すのは諦めて逃げるしかないな。その時はしんがりを務めてやれ」
「……わかった」
そう返事をしたのは、ダニエルのほうだった。
その時は覚悟を決めろと言っている俺の言葉にうろたえることもなく、いつも通りの表情で答えてきた。
当のドマも、渋面を作りながらも頷いている。
「まあ、なるべくそうならないよう、受ける依頼は慎重に選ぶことだ。今回の件は、やはりお前たちにはまだ荷が重かったな。しかし足手まといだとは思っていないぞ。自分がやるべきことを、みんなよく果たしてくれている」
新人冒険者でここまでできれば上出来なくらいだろう。こいつらは有望な若手だ、それは間違いない。
「さて、少し長話をしすぎたな……チップ、当初の予定通り部屋を順に調べていきたいんだが、いけるか?」
「あっ、大丈夫っす。いけます」
最後に褒められたのが嬉しかったのか、チップは照れくさそうに鼻の下を指でこすりながら頷いた。
他の四人も、反応は様々だった。
戦士の二人は、実際に戦闘では活躍できていないからか、やはり複雑そうな表情をしている。今回は不可抗力だが、経験の機会を奪ってしまったことは事実だ。俺も反省しなければ。
セーラは、少しだけ困ったような微笑みを浮かべている。額面通りに言葉を受け止め、喜んでいいか迷っているようだ。
ミアは……目が合うと急に後ろを向いてしまったため、表情が見えない。まあたぶん、照れてるだけなんだろう。
「なるべくなら日が暮れる前にこの場を離れたい。一番奥にある地下室とやらを調べ終えたら、一度宿場町まで戻るとしよう」
夜は吸血鬼の時間だ。
ケイドの話を聞いた限りでは、親吸血鬼がこの場所に来る可能性は低そうだが、その情報を鵜呑みにするのも危険だ。
不測の事態はできるだけ避けたい。まだ太陽が出ているうちに、調査を済ませてしまおう。




