第11話 おじ戦士、交渉という名の尋問をする
俺が剣を突き付けて牽制している間に、ドマが吸血鬼を後ろ手に縛り終えた。
ケイドを名乗る吸血鬼は、完全に観念したのか大人しいもので、拘束されている間もなんの抵抗も示さなかった。
一見、素直に尋問を受けるつもりのようだが、腹の底では何を企んでいるか分かったものではない。
知った顔だからといってこちらが甘い顔をすれば、出し抜かれるかもしれない。いつもより気を引きしめ、やや冷徹な態度で相手をするくらいが丁度いいだろう。
「こいつとの交渉は俺がするから任せてくれ。一応、顔見知りだからな」
これからする交渉という名の尋問に、口を挟まないよう新人たちに念押ししておく。俺の口調が普段よりも真剣なのが伝わったのだろう。三人とも何も言わずに納得してくれた。
どれ、まずは揺さぶりから入ってみるか。
「さてケイド、最初の質問だ。お前の弟はどこにいる、一緒じゃないのか?」
「えっ? い、いや、俺に弟なんていないが……」
「そうだな、ケイドには弟なんていない。本物のケイドなら、すぐそう答えるな」
見た目からはケイドであるという確証を得られなかったので、カマをかけてみたのだが、どうやら本人で間違いないようだ。
「俺はお前のことをまだ疑っている。だからこれ以降も発言には十分気をつけることだ。少しでもお前が嘘をついていると感じたら、その時点で首が飛ぶものと思え」
俺の脅しに、ケイドは何度も首を縦に振って頷いた。
むろん、こんなのはハッタリだ。はっきりと嘘を見破る方法があるわけではない。なんとなく俺が気に入らないと思ったら、即座にぶっ殺すからなと言っているも同然である。
その場しのぎの嘘で誤魔化そうとすることへのリスクを伝え、こいつから得られる情報の信憑性を高めることが目的だ。
「では本題だが、お前は何故ここにいる? 半年前にソードギルドを辞めた時、故郷に帰ると言ったはずだろ?」
「ああ、そのつもりだったんだが……ギルドを辞めてからしばらくブラブラ過ごしてるうちに金を使い果たしちまった。故郷へ帰るための路銀すら無くなっちまったんだ」
なんだそりゃ。
思っていた以上にしょうもない身の上話だったので、思わずツッコミの言葉が口から漏れそうになった。
なんとか飲み込んで、ケイドに話の先を促す。
「またソードギルドに戻ろうかとも思ったんだが、愚痴りながら場末の酒場で飲んでいるときに、話を持ちかけられたんだ。もっといい稼ぎ口があるから一緒に行かないかって。その誘いに乗った俺は、この宿で用心棒をすることになったのさ」
「誰に誘われた?」
「さっきあんたが殺して、灰になっちまったやつだよ」
なるほど、さっき倒したやつとケイドはこの宿に雇われた傭兵ってところか。
違法な取引をする場所ではトラブルも起きやすい。荒事に長けた用心棒が必ずいるものだ。
「ここでは何が取引されていた?」
「こ、ここでの取引は、店主の夫婦が全部やってたんだ。俺たち用心棒は何もしてねぇ。トラブルが起きねぇ限り、客と関わることもほとんど無かったんだ……」
「何が取引されていた? 何も見ていないわけではないだろう」
剣の切っ先を、ケイドの眉間に突きつける。
「……ひ、人だよ。ここでは人間が売り買いされていたんだ」
最後まで無表情を貫くつもりだったのだが、それを聞いて思わず頬がぴくっと動いてしまった。
尋問の様子を後ろから見ていた新人たちも、さすがに色めき立っている。
「人の売り買いがされていたことは分かった。それで、その場所がどうして廃屋になった? ここで一体何が起きたんだ」
行方不明事件の核心に迫りそうな話題だけに、どうしても気がはやる。
それを表情に出さないように気をつけながら、これまで通りの口調でケイドに問いかける。
「取引といっても、買っていく相手はいつも決まっていたんだ。ほとんど一人だけだった。けどある日、珍しく店主がそいつと口論になったんだ。俺たちの出番かと思って駆けつけた時には、そ、そいつはもう店主夫婦を殺しちまった後で……」
『そいつ』とやらの話題になった途端、ケイドが急に怯え出した。
「そ、そいつは怯えて動けねぇ俺たちに言ったんだ。この場で死ぬか、眷属になるか選べって。その時は訳も分からず、死にたくないって答えちまったよ。そ、そしたら気づいたときには、俺たちはこの姿になってたんだ……」
話をしているうちに、ケイドはもはや全身で震えはじめていた。
アンデッドとなった吸血鬼でも、恐怖を感じているのだろうか。
「さっきから口にしている『そいつ』とは何者だ?」
「そ、それだけは言えねぇ! 主のことは何も話せねぇ!」
ケイドは必死の形相で、首をブンブンと横に振った。
これまでとは明らかに異なるこの反応だけで、俺の過去の経験と照らし合わせ、ある程度の予測は立った。
秘術によって自ら吸血鬼となった者は『真祖』と呼ばれ、吸血鬼の中でも『親』にあたる存在だ。親の吸血鬼は、自分の眷属である『子』となる吸血鬼を生み出すことができる。つまり、『そいつ』は『親』で、ケイドは『子』にあたる吸血鬼ということになる。
吸血鬼の親子関係は絶対服従で、子が親を害するような行動は決してできないよう呪縛されている。ケイドが突然取り乱しはじめたのも、そろそろ親に危害が及ぶ発言になりかけているからだろう。
「では質問を変えよう。なぜお前たちはまだこの宿にいたんだ? 吸血鬼になったのなら、主について行けばいいだろう」
「主から命令されたんだ。この宿に残り、これまで通り人間を捕えて閉じ込めておくようにと」
親吸血鬼の正体から話題が遠ざかった途端、ケイドの体から震えが止まり、話し方も元に戻った。
「その捕まえた人間は、どこに隠している?」
「一番奥の客室だ。客室というのは偽装で、本当はそこから地下室に繋がっているんだ。元々は、売買に出す人間をそこに閉じこめてた」
「地下にいるのは何人だ?」
「い、今生きてるやつは一人もいねぇ。宿がこんな有様だから、火事場泥棒に入ってくるやつらを何人か捕えてたんだが、みんな衰弱して死んじまった」
「なんだと?」
一体どういうことだ。人間を捕えるよう命令したのに、その主とやらは回収に来ていないのか?
「お、俺にも訳がわからねぇんだ。あれ以来、主は一度もここにやってこねぇ。こんなことをもう何日続けてるのかも思い出せねぇ、頭がどうにかなりそうだった……あ、あいつはそのうち正気を失って、本物の化け物みたいになっちまった。このままだと俺もいつあんな風になっちまうか……」
震えながら話すケイドの視線は、先ほどできた灰の山へと向けられていた。
末端の吸血鬼といえば、さっき仕留めたやつのように人間を襲うだけの化け物を想像する者が大半だろう。自我を保って会話ができるケイドのような個体に出会ったのは、実は俺も初めてだ。それがケイドの意志の強さによるものなのか、それとも何か別の要因があるのかは分からないが、まあそれはどうでもいい。
「そうか、事情はよく分かった。では最後に一つだけ聞きたいことがある」
最後の質問を投げかける前に、剣を横に振るってケイドの首を刎ねた。
「えっ?」
切断されたケイドの首が床に転がる。
首だけになっても、吸血鬼はすぐに死ぬことはない。ケイドは自分の身に何が起きたのかまだ分かっていない様子で、大きく見開かれた赤い眼で俺を見てくる。
「人身売買がこの国では極刑であることを、お前は知っていたか? ああ、答える必要はないぞ。やることは特に変わらん」
首を失った吸血鬼の心臓に、銀の剣を突き立てた。