幻肢駆使{ユトセシリー}
{本文}
「さあ、どうぞ」
眼の前の人は、そう、いざなう。
ユトは、戸惑う。
「その椅子に、お掛け下さい」
眼の前の人は、眼の前にある椅子に座ることを、勧める。
「はい ・・ 」
ユトは、戸惑いを、隠せない。
『そんな反応、日常茶飯事、慣れ切った』と云う体で、眼の前の人 ・・ リョウは、ゆったり、対応する。
ユトの戸惑いは、仕方が無い。
いや、ほとんどの人にとって、当たり前の反応。
リョウには、腕と脚が、無い。
スッパリ、肩から先が、無い。
スッパリ、股関節から先が、無い。
勿論、手も足も指も、無い。
所謂、眼鏡をした人間達磨、状態。
マトリョーシカか起き上がり小法師、状態。
椅子に座っている、というより、椅子に乗っている。
椅子と一口に云っても、かなりいい椅子、だ。
レーシングカーや、サッカー・スタジアムのベンチに使われる様な、椅子だ。
人間工学に基づいた、クッションやサスペンションの利いた、椅子だ。
そこに、チョコンと、乗っていると云うのが、近い。
ガッチリ、椅子にホールドされて、乗っていると云うのが、相応しい。
「どう云うご依頼、ですか?」
当たり前の様に、時間は、進む。
空気は、流れる。
リョウの身体についての説明は、無い。
ただ、常と変わらぬ、自然な状態が続いているように、話は、進む。
「あ、はい」
ユトは、口を、開く。
戸惑う暇とか認めてもらえず、空気に、流される。
話を、始める。
ユトを見つめて、話を、聞き込む。
眼鏡をした起き上がり小法師が、前のめる。
随時、眼を閉じ、考える。
随時、眼鏡をした起き上がり小法師が、反り返る。
随時、震えて、憤る。
随時、眼鏡をした起き上がり小法師が、左右に、揺れる。
随時、気分を変える様に、笑う。
随時、眼鏡をした起き上がり小法師が、前後に、揺れる。
話が、一段落、する。
ユトは、話し終わる。
リョウを、見つめる。
他の処には、眼をやらない様にして、顔のみを、見つめる。
「そう云うことでしたら ・・ 」
リョウは、口を閉じ、口の中を、動かす。
舌で、奥歯の辺りを、まさぐっている様だ。
心なしか、眼鏡が、光る。
ガチャ
唐突に、ドアが、開く。
リョウとユトが向かい合っている処(多分、応接間)から、放射状に四方向に部屋が、配置されている。
四つの部屋が、配置されている。
ユトから見て、奥左右に、一つずつ、手前左右に、一つずつ、計四つ。
その内、奥右側の部屋のドアが、開く。
男が、一人、出て来る。
特徴的な、赤ら顔。
「何ですか?」
「ああ、この人の依頼、頼むわ」
赤ら顔 ・・ モタの問い掛けに、リョウは、答える。
ドサッ
ユトの向かい側の椅子に、無造作に、モタは、座り込む。
リョウは、説明する。
モタに、依頼の経緯を、説明する。
モタは、フンフン、頷きながら、聞く。
所々で、メモを、取る。
見た目は怖そうだが、仕事は、しっかりしてくれそうだ。
「 ・・ こんなところですか。
ユトさん、補足事項とか、言っとかなあかんこととか、ありますか?」
リョウは、一通り話し終わり、ユトに、話を振る。
「特には。
よろしくお願いします」
ユトは、リョウとモタに対して、ペコッと、頭を下げる。
モタは、口角を上げて、眼を、緩ませる。
怖い。
そして、言う。
「こちらこそ」
笑顔には見えないが、微笑んだらしい。
ユトが依頼したのは、身辺調査、である。
浮気調査と並んで、よくある調査だ。
『浮気調査とも、絡んでいる』と云えば、云えなくもない。
ユトは、最近、告白された。
「付き合って下さい」と、言われた。
歳下の子に。
二十歳以上、歳下の子に。
ユトは、信じられない。
今までの人生経験からも、信じられない。
で、保留する。
「ちょっと、考えさせて」と、即答を、避ける。
取り合えず、返事をするまで、時間を、稼ぐ。
本当は、即答したかった。
光速で、即答したかった。
ユトの心の中には、天使と悪魔が、いる。
天使は、無邪気、天真爛漫、人を疑うことを知らない。
悪魔は、天邪鬼、世を斜めに見る、猜疑心が強い。
天使は、「即、OKしろ」と、言う。
悪魔は、囁く。
「ホンマか~?
美人局とかと、ちゃうか~?」
ユト自身の考えも、悪魔に、近い。
で、リョウの処へ、身辺調査を、依頼する。
その子 ・・ セシリーの調査を、依頼する。
「さて」
赤ら顔のモタは、呟く。
さて、何から、手え付けるか
セシリーの大体の情報は、ユトから、得ている。
本名とか、家族構成とか、近況とか、その他諸々。
ちゃんとした、ものだ。
普通の一般庶民の、身上だ。
が、
一般的過ぎる
引っ掛かりが皆無、やな
モタは、思っている。
なんか一般的過ぎて、胡散臭い。
現実味が、薄い。
そこで、モタは、判断する。
ユトから得た情報は、信頼性が、イマイチ。
ユトによると、セシリーは、ごく普通の、フリーター。
午前九時までに、バイトに出て、午後五時以降に、バイトから帰る。
ごくたまに、残業する。
バイト後は、めったに、どこにも行かないらしい。
平日は、スーパーに行って、食材・日用品等を買うか、コンビニで、弁当等を買うぐらいらしい。
休日は、土曜日を、掃除・洗濯・その他の家事に当て、日曜に、ちょっとお出かけする感じらしい。
つまり、多くのフリーターと、なんら変わらぬ日々を、過ごしている。
ユトを見知ったことさえ、不思議なくらいだ。
美人局の影すら、無い。
「と、すると」
ネットか
モタは、『ネット経由の企み』と、睨む。
そこらへん、モタは、むっちゃ、疎い。
スマホどころか、ガラケーも、持っていない。
パソコンも、検索するくらい、だ。
どうすべか?
モタの持っている知識・技量等では、どうも、対処できない様だ。
モタは、部屋の一つの、前に立つ。
コンコン
立って、ドアを、ノックする。
ノックした先は、左手前の部屋。
事務所を入って、放射状に四方向に配置された部屋の、左手前の部屋。
「どうぞ」
中から、声が、響く。
ガチャ
モタは、ドアを開けて、入る。
入ると同時に、椅子が廻る。
部屋の奥、窓際に設置されたデスクの椅子が、廻る。
椅子に座っていた人が廻って、こちらに、向き直る。
モタと、相対する。
「どうした?」
優雅に、小首を傾げ、その人は、尋ねる。
顔全体が、所謂、青ら顔だ。
「ウタ、ちょっと、知恵、貸してくれ」
モタは、優雅な青ら顔 ・・ ウタに、お願い、する。
「 ・・ 話に、よっては」
ウタは、安請け合いはせず、返答する。
モタは、依頼の経緯を、話す。
ウタは、フンフン、貴族の様に、聞く。
「で」
モタが、お願いの核心に、入る。
ウタの眼と顔色(青基調は変わらないが)を伺いつつ、入る。
モタの話が、一段落する。
モタは、ウタを、すがる様に、見つめる。
「つまり」
ウタは、一息、置く。
「君は、僕に、『そのセシリー君の、ネット周りの調査を、して欲しい』
って、ことか」
「そやねん。
頼む」
「見返りは?」
ウタは、モタを、見つめ問う。
モタは、固まる。
「 ・・ まあ、いい。
ノブレス・オブリージュと、思っておく」
「 ・・ 何やその、ドアノブ・アニメージュとか、
プリン・アラ・モードとか、云うやつは?」
豪快な例えを含んで、モタは、問う。
「ノブレス・オブリージュ。
高貴さの義務、と云ったところだ」
何や、それ
どんだけ、上から目線なんや
と、モタは思ったが、名より実を、取る。
「なるほど。
よろしく頼む」
ウタに、ペコッと、頭を、下げる。
「心得た」
ウタは、満足そうに、頷く。
次の日。
モタが尋ねるまでもなく、ウタの部屋に、呼び出される。
「判明した」
「早っ!」
モタは、驚く。
ウタは、そんなモタを見て、満足そうに、微笑む。
「結果は ・・ 」
「結果は?」
「予想通りで ・・ いいのか、悪いのか ・・ 」
「どっちやねん?」
「ウチにとっては、良くても、依頼人にとっては、悪いのだろう」
「早よ言えや」
ウタは、数舜、間を、置く。
置いて、キッパリ、言う。
「セシリー君は美人局、だ」
「やっぱりか」
モタは、『当たって欲しくなかった予想が、当たった』様に、答える。
「深く、調査するまでもなかった。
恋愛サイトだが、恋愛絡みの悪企みにも活用されているサイトの幾つかで、
依頼人が告られた状況とか日時で検索すれば、
すぐに、ヒットした」
「そんな深い犯罪やなくて、浅墓な、
『小遣い稼ぎに、ちょっと、やってしまいました』とか、
そんな感じな犯罪なんやろうな ・・ 」
「ああ、そんな感じだろうな。
でも、往々にして、それで、みんな、一生を棒に振るわけだが」
モタは、ウタが話しかけても、物思いに、沈んでいる。
「まあ、ウチとしては、これで依頼が終了したも同然だから、いいことだな。
後は、報告書を作成して、終わりだ」
ウタの言葉に、モタは、乗ってこない。
モタの沈思黙考は、続く。
ウタは、そんなウタを、放っておく。
放っておいて、読み掛けの本を、開く。
モタが、この状態の時は、下手に、触らない方が、いい。
触らない方が、いい思考が、できる。
・・ ・・
・・ ・・
ウタが、数ページ読み進めた時、呟く。
モタが、呟く。
「釈然と、せん」
もう一度、呟く。
「ああ、釈然と、せん」
パタン
トン
「何が、だ」
ウタは、優雅に、本を閉じて、机に置く。
「簡単、過ぎる」
「何が、だ」
「依頼の終了」
「いいじゃないか」
『何が、不満だ』と言う様に、ウタは、言う。
腕を広げて、言う。
「悪企みを働いて、人を陥れ様とする際、もうちょっと、計画的に、
行くもんやないんか?」
「それは、人によるんじゃないか?」
「そうかあ?」
モタは、納得しない、腹に落ちない。
「俺には、このセシリーちゃん」
「うん」
「なんや、悪いこと働いている様に、思えへんねん」
「でも、悪企みに活用されているサイトを、使っているぞ」
「そうやけど ・・ 」
モタの声は、萎む。
萎んで、再びの、沈思黙考に、入る。
ウタは、再び、本を開く。
本読みに、戻る。
・・ ・・
・・ ・・
「そや!」
出し抜けに、モタは、叫ぶ。
ウタは、本を閉じ、モタに、向き直る。
「何が「そや!」なんだ?」
「なんか事情が、あるんや!」
これだけ考えて、それか
ウタは、心の中で、溜め息をつきつつも、尋ねる。
「どんな事情だ?」
「それは、これから、調べる」
これだ
ウタは、呆れる。
呆れながらも、納得する。
まあ、それが、モタか
らしいと言えば、らしい
「キッチリ、調べてくれ。
望み通りの結果が出ることを、祈る」
「おお、任しとけ」
モタは、腕を誇示し、力瘤を、作る。
と云っても、
モタに、他に手段がある、訳でも無い。
聞き込みをしようにも、モタの風貌容姿(特に、赤ら顔)で、警戒されてしまう。
警戒されてしまっては、情報を聞き出すことさえ、難しい。
モタは、そう云う時に、頼る。
情報屋に、頼る。
モタだけでなく、リョウの事務所全体で、頼っている情報屋が、いる。
モタは、近所の公園のベンチの一つに、腰を、下す。
しばらく、ボール遊びする子供達を、何の気無しに、見つめる。
すると、男が現れ、モタが座っているベンチに、腰を、下す。
モタの横に、座る。
「デネ、しばらくやな」
モタは、視線を動かさず、顔も身体も動かさず、男 ・・ デネに、声を掛ける。
「お前んとこは、いっつも、急やな」
デネも、ボール遊びの子供達に、眼を貼り付かせたまま、答える。
同様に、視線も顔も身体も、動かさない。
お互い、前を向いたまま、ボール遊びの子供達に、視線を貼り付けたまま。
そのままで、会話のキャッチボールを、している。
「これやねん」
モタは、紙片を、差し出す。
体勢を崩さず、腕だけ動かして、デネの方へ、紙片を、差し出す。
同様に、体勢を崩さす、腕だけ動かし、デネは、紙片を、受け取る。
パラッ
紙片を、開く。
紙片を、読む。
読み進める。
デネが、読み終えた頃、モタは、訊く。
「いけそうか?」
「大丈夫、やろ」
「どれぐらい、時間、掛かりそうや?」
「う~ん。
二、三日、くれ」
「分かった」
「三日後、ここで、どや?」
「了解」
答えるやいなや、モタは、去る。
ベンチから、公園から、去る。
モタが去って、しばらくしてから、デネも、去る。
結局、二人は、一度も、眼を合わさない。
事務所のソファに、座っている。
モタが、座っている。
ウタは、モタの後ろに、立っている。
プロフェッサーの様に、ワイドショット光線(ウルトラセブンの光線)のポーズに、人差し指を、立てている。
その指を揺らしながら、佇んでいる。
二人の向かい側には、リョウが、鎮座して、いる。
レーシング・チェアに、チョコンとホールドされて、達磨で、乗っている。
「 ・・ と云うのが、俺とデネの調査結果と、ウタの調査結果」
モタは、リョウを、見つめる。
ウタは、人差し指を、揺らす。
リョウは、宙に、視線を、彷徨わせる。
リョウの視線が、このような動きをする時。
その時は、リョウが、何か、考えている時だ。
沈思黙考している時、だ。
リョウの視線が、戻って来る。
モタとウタに、戻って来る。
眼に意志が宿り、口を、開く。
「 ・・ それ、真逆やん」
モタは、頷く。
リョウは、続ける。
「モタとデネの情報、ウタの情報、全く、真逆やん」
リョウの指摘に、モタは、頷く。
「そや、真逆。
で、『どうしようか?』と、迷ってる」
「そやな。
・・ だから ・・ 」
「だから?」
モタは、喰い付く。
リョウに、いい考えが、ありそうだ。
「本人に確認するしか、ないやろうな」
「本人?」
「その子。
セシリーちゃん、やったっけ?」
「名前は、おうてるけど、お前の考えた手って、それだけか?」
「うん。
何か、あかんか?」
リョウは、キョトンと、する。
大して、いい考えでも、無かった様だ。
「ほな、引き続き、調査するか。
今度は、セシリーちゃん直接で」
モタが、声を、張る。
「待て待て。
お前が、直接行っても、あかんやろ」
「何でや?」
「強面の赤ら顔やから、『ホンマのこと、言ってくれる』とは、思えん」
「余計なお世話や」
モタは、『ほな、どうすんねん?』と、リョウを、睨む。
リョウは、高らかに、宣言する。
「俺が、やる」
モタは、眼を、点にする。
「何で、また?」
「いや、ユトさんとセシリーちゃん、『悪いやつ』とは、思えん。
なんとか、『二人とも、幸せな感じになって欲しい』、と思て」
「『リョウが出る様な、ややこしい依頼』や無い、やろ」
「でも、モタの手詰まり感が、伝わって来るし」
そう言われては、モタは、グウの音も、出ない。
ウタは、プロフェッサーの姿勢のまま、モタを、見つめる。
その眼は、『リョウに、任せろ』と、物語っている。
モタは、抗うことを、諦める。
『自分で、なんとかしたかった』が、できないことを、悟る。
「ほな、お願いする」
リョウに、ペコッと、頭を、下げる。
リョウは、柔らかく、微笑む。
「了解した。
任せとけ」
リョウは、眼を閉じ、集中する。
自分の内面世界に、入り込む。
と、光が、走る。
リョウの、正中線に沿って、光が、走る。
光が、広がる。
開く様に、広がる。
開き広がった光は、リョウの身体に、走る。
身体の隅々にまで、走る。
腕があるであろう端まで、脚があるであろう端まで、走る。
止まらない。
光は、その端々で、止まらない。
まるで、腕があるかの様に、脚があるかの様に、走り続ける。
まるで、腕が伸びるかの様に、脚が伸びるかの様に、走り続ける。
四つの光は、伸び走り続ける。
遂には、事務所一杯に、広がり走る。
突き抜ける。
光達は、そのまま、事務所を、突き抜ける。
外に、出る。
「場所、分かってるんか?」
モタが、リョウに、訊く。
「大体の地図は、頭に、叩き込んである」
リョウが、眼を閉じたまま、答える。
リョウの腕、脚は、無い。
が、光が、リョウの肩から、股関節から、走り伸びている。
まるで、腕があるかの様に、脚があるかの様に、走り伸びている。
これぞ、幻肢。
リョウの能力、である。
リョウには、腕が無い、脚が無い。
肩から先、股関節から先は、途切れている。
曰く、達磨状態。
が、リョウが眼を閉じ、集中すると、念じると、出る。
肩先から、股関節先から、光が、出る。
光が、走り出て、伸びる。
まるで、光の腕の様に、光の脚の様に、走り伸びる。
光の腕は、光の脚は、何処までも、伸びる。
物理的な障害も何のその、空間的に、伸びる。
次元的な壁も何のその、次元を超えて、伸びる。
対して、光の腕・脚は、ある条件の元、物理的作用を、物(者)に対して、及ぼすことができる。
握ることも、叩くことも、蹴ることも、包み込むことも、できる。
触覚はあるが、痛覚は無い。
その変わりが、ある。
幻肢の施行後、【幻肢痛】に、襲われる。
酷使した部位が、存在しないのに、割と痛む。
だから、リョウは、たまにしか、幻肢を、使わない。
今回は、使っている。
割と、ユトとセシリーのことが、気に掛かるのだろう。
淡々とした対応に隠されているが、中身は、ちょっとばかり、熱い。
リョウの幻肢は、この部屋、この事務所を出ると、眼には、見えない。
一歩、外に出れば、朝昼は、光に、紛れてしまう。
夕夜は、闇に、紛れてしまう。
つまり、隠密行動が、できる。
痛みと引き換えに、加藤段蔵、イーサン・ホーク並みに、行動できる。
しかも、座ったままで。
事務所に、居るままで。
「見つけた」
リョウが、瞳を閉じたまま、告げる。
「誰が?」
「セシリーちゃん」
モタの問いに、答える。
眉間に皺を寄せ、瞳を閉じたまま、答える。
「何、しとる?」
「働いてる」
「何処で?」
「近所の、コンビニで」
リョウの幻肢は、シフト表を、見つける。
「うわっ、入っとんな」
「何、が?」
「セシリーちゃんのシフト」
「そんな、入っとんのか?」
「ほぼ毎日。
朝から夕まで」
「すげえな ・・ ん?」
モタは、自分の調査結果を、確認する。
「コンビニのバイトしてるのは、知ってるけど、他にも、してるはずやで」
「マジ、か?」
リョウは、瞳を閉じたまま、答える。
「うん。
夜から、バーのバイトも、しとる」
「すごいな。
稼ぎまくり、やな」
「そら、そやろ」
モタは、自分の調査結果を、再度、確認する。
「お母さん、養護施設に入っているから、その分の金、稼がなあかんのやろ。
自分の食費や学費なんかも、いるやろうし」
リョウは、溜めて、言う。
「 ・・ それ、むっちゃ、ちゃんとしたやつの行動、やん」
モタも、溜め息、一つ。
「だから、困っとんねん」
モタが、実際に自分で動いて得た情報(一部、デネの情報)と、ウタのから得た(ネットからの)情報は、まるで、異なる。
180度、異なる。
方や、セシリー、真っ白、美人局度0・00%。
方や、セシリー、真っ黒、美人局度100%。
報告しようにも、報告書を作成しようにも、取っ掛かりが無い。
取り付く島も、無い。
リョウは、その後もしばらく、幻肢で、セシリーを、見守る。
幻肢痛で、幻肢は、次の日は使い物に、ならなくなる。
だから、中一日空けて、計一週間、セシリーを、見守る。
セシリーは、朝から夕まで、コンビニでバイトする。
夜から真夜中まで、バーでバイトする。
そして、帰宅する。
これを、一週間、規則正しく、繰り返す。
「うん、リアルに、真っ白。
ダークサイドが、少しもない。
美人局度、ゼロ」
リョウが、宣言する。
「そう報告できたら、ええんやけど」
モタが、顔を、曇らせる。
「そう報告すれば、いいじゃないか?」
ウタが、スラッと、言う。
「そうできればええんやけど、依頼人は、『セシリーは、美人局』前提で、
依頼して来てるから、納得せえへんやろな」
「納得しないも何も、そうじゃないか」
ウタが、言葉を、連ねる。
モタは、そんなウタを、指差す。
「引っ掛かってんのは、お前が持って来た情報、やぞ」
「 ・・ そうなのか」
モタの情報では、極めて真面目な女の子。
ウタの情報では、若き美人局。
リョウの情報では、極めて真面目な女の子。
「精査、しよう」
いつもの如く、モタとウタの向かいに座っていたリョウは、口を、開く。
「ウタの情報を、もう一度、精査しよう」
達磨の様な身体を、揺すりながら、言い重ねる。
「どうやって?」
「前提とか、色眼鏡取っ払って、初めて情報に接する感じで、精査する。
赤ちゃんや園児が、初めてのものに、接するが如く」
モタの疑問に、リョウは、答える。
「う~ん、できるかな」
「できるも何も、引っ掛かってるんやから、やらなあかんやろ」
「そやけど」
「ほな、何か」
リョウは、煮え切らないモタを、睨み付ける。
「お前が、『手間を、面倒臭がること』が、罪無き女の子を一人、
傷付ける可能性があるんやで?
女の子の人生を、負の方に、左右するつもりか?」
「大げさな」
「そんだけの依頼内容や、ちゅうこっちゃ」
リョウは、言い切る。
「お前も、やぞ」
「はい?」
第三者の顔で、傍観決め込んでいたウタに、矛先が、向く。
「元はと言えば、お前の持って来た情報が、原因や。
キッチリ、協力しろ」
「 ・・ はい」
リョウに、キッパリ言われて、ウタは、観念する。
ウタの情報を、精査する。
それは、全情報を印字して、再度、読み込むことから始まる。
モタ
ウタ
リョウ
三人で、読み込む。
いや、もう一人、いる。
「すまんな、キタ。
手伝わせて」
「 ・・ かまへん ・・ 」
リョウの言葉に、言葉少なに、キタは、答える。
大柄で、引き締まった身体をしていることが、見て取れる。
加えて、黄ら顔。
モタの赤ら顔、ウタの青ら顔と、対照的だ。
キタは、プリントアウトされた用紙を、熟読する。
情報が印字された用紙を、穴の開くぐらい、読み込む。
そして、随時、メモを、取っている。
気付いた点を、別紙に、ひかえている。
「 ・・ はい ・・ 」
用紙を全て、読み終わる。
筆記していたメモを、まとめる。
まとめて、テーブルに、置く。
置くと、すぐに、立ち上がる。
立ち上がって、戻る。
自分の部屋に戻る。
玄関から見て、放射状に配置された四つの部屋の、一つだ。
右手前の、部屋だ。
左奥の部屋が、リョウ。
右奥の部屋が、モタ。
左手前の部屋が、ウタ。
右手前の部屋が、キタ。
になる。
『あいつの無口には、慣れた』とばかり、三人は、キタの行動に、ツッコみを入れない。
モタが、キタのメモを、フムフム読む。
気付いたことがあったのか、しばし、頭を上げて、宙に眼を、彷徨わせる。
何か、考えているようだ。
思い付いたらしく、眼に、光が、灯る。
「リョウ、これ読んで」
リョウの前に、キタのメモを、かざす。
リョウは、眼鏡越しに、それを、見て読む。
「ん?」
リョウは、奥歯を、まさぐる。
奥歯にある、幾つかのスイッチの内、一つを、押す。
舌で、押す。
眼鏡が、起動音を、微かに、奏でる。
ズーム機能が、動く。
ズームされて、キタのメモが、拡大される。
拡大されたメモの記載、読む。
リョウは、改めて、じっくり読む。
「これ」
「リョウも、気が付いたか」
セシリーが、アクセスしていたのは、恋愛サイト。
マッチング・サイト、ではない。
正確には、恋愛成就相談サイト。
美人局の仲間を探すサイト、でもない。
「ウタ、これ」
「ああ、確かに恋愛サイトではあるが、悪企みを前面に押し出したサイト、
ではない」
リョウの指摘に、ウタも、同意する。
「セシリーちゃんの書き込み内容とか、分からんのか?」
「アクセス権限が無いと、それは、無理だ。
アクセスしたことしか、分からん」
モタの提案を、ウタは、突っ撥ねる。
突っ撥ねるが、言葉を、続かせる。
「 ・・ 分からんが、手は、ある」
リョウとモタは、顔を、見合わせる。
一斉に、ウタの方を、向く。
「「 ホンマか! 」」
ウタは、少し、ニヤッと、笑みを浮かべる。
「ホンマ、だ。
ただ、少しばかり、ハッカー的手段に、なる」
ウタは、笑みを浮かべたまま、宣言する。
リョウとモタも、少し、ニヤッと、笑みを浮かべる。
「モタ」
「どうした?」
「俺、ちょっとばかり、記憶喪失になる、みたい」
「なんのか?」
「うん。
ここ前後一時間ばかり、記憶が失われると、思う」
「奇遇、やな」
モタは、微苦笑を浮かべたまま、続ける。
「俺も、や」
「お前も、か」
「いや~、どうなってるんやろな」
リョウとモタは、揃って、ウタを、見つめる。
『分かった、分かった』とばかり、ウタは、手を、ひらひら振る。
ウタは、手前左の、自分の部屋に、戻る。
ウタを見送り、リョウとモタは、笑みを、交わす。
数十分後。
ウタが、自分の部屋から、出て来る。
「分かった」
ウタの一言に、リョウとモタの眼が、喰い付く。
「一言で言うと、セシリーちゃんは、白」
「「 はい? 」」
ウタの唐突な言い切りに、リョウとモタは、思わず、訊き返す。
「何の悪企みも、してなかった。
ただ、そのサイトに、アクセスしてただけ」
「アクセスしてただけ ・・ 」
「そう、アクセスしてただけ。
正確には、アクセスして、相談してただけ」
「相談?」
リョウは、ウタに、疑問を呈する。
「そう、相談。
『好きになった人がいるんですけど、その人に振り向いてもらうには、
どうしたらいいんですか?』
ちなみに」
「ちなみに」
「相手は、ずっと歳上、らしい」
ウタが、微苦笑する。
リョウも、微苦笑する。
「それ、ユト君やん」
「だな」
「結果、オールOKやん」
「だな」
「『何で、美人局の話が出て来たのか』、そっちの方が、不思議やわ」
「思うに」
ウタが、神妙ぶって、言う。
「ユト君の疑心暗鬼が、原因で」
「原因で」
「ユト君の疑念が、僕らのところへ、足を運ばせてしまったんだろう」
「『素直に、受け取られへんかった』、と」
無理もない。
今まで、モテなかった男が、ずっと歳下の女性から、
「付き合って下さい」と、言われる。
そら、素直に、受け取れない。
分かる、無理もない。
「だから、『恋愛サイトにアクセスしてるだけで、疑ってしもた』、と」
「最初から、『モタの情報だけなら、それで良かった』んだと、思う。
モタが、万全を期して、僕に情報を求めたのが、裏目に出てしまった」
ウタは、モタを、横目で、見る。
「なんやなんや、『俺のせい』っちゅうんか」
「そうは、言ってない」
ウタは、言い切る。
「モタの用いた方法は、至極真っ当で、丁寧で、依頼人に、真摯なものだ。
たまたま、今回は、それが裏目に出ただけ、だ」
「そや。
お前的にも、事務所的にも、全然OKどころか、
『ようやった』って、感じ」
ウタとリョウに、モタは、フォローされ、褒められる。
満更でもない。
「そうか」
「そうそう。
胸張れ」
リョウに言われ、モタは、笑み満面。
「とは言え ・・ 」
リョウが、口調を、変える。
「そう報告をしても、ユト君とセシリーちゃんの仲が、
そうおいそれと、スンナリと、進展するとは、思えんな」
「ああ、それは、同意」
「僕もだ」
リョウに、モタとウタも、即時に、賛成する。
「でも、ウチの仕事は、報告書提出して終了やから、
関係無いんとちゃうか?」
「それはそうやけど ・・ 」
モタの指摘に、リョウは、溜める。
溜めて、答える。
「二人とも、ええやつやから、上手くいって欲しいやん」
「ああ、それも、同意」
「僕もだ」
リョウの言葉に、モタとウタも、再び、賛成する。
「でも、どうするねん?」
「それは、これから、考える」
『『 なんやそれ 』』
モタとウタは、ちょっと、ズッコケる。
「まずは、報告してから、やな」
リョウが、力強く、断言する。
「 ・・ と云うわけです」
リョウが、報告を、話を、締め括る。
モタの説明に、補足して、締め括る。
まだ、慣れないらしく、達磨状態のリョウを、チラチラ、見る。
ユトは、チラチラ見る。
報告書を読みながら、報告を聞きながら、チラチラ、見る。
モタの方も、チラチラ見る。
そして、口を、開く。
「 ・・ と云うことは」
「はい」
「セシリーさんの行動には、『何ら、悪疑いするものは、無い』と、
云うことですか?」
「はい。
彼女の言うこと・やること、『そのまま受け取った方が、いい』と、
云うことです」
ユトの切実な問いに、リョウは、答える。
「 ・・ そうですか」
思ったより、ユトは、喜ばない。
どころか、困った顔を、している。
「何か、報告書に、不備な点とか不満な点が、ありますか?」
リョウは、思わず、訊く。
「いやいや、無いです」
ユトは、即座に、否定する。
否定するも、続ける。
「 ・・ 引っ掛かっているのは、こっちの話と云うか、
僕の心構えの話で ・・ 」
ユトは、聞いて欲しい、らしい。
「それは、何なんですか?」
リョウは、優しく、包み込むように、訊く。
「歳の差が、割とあるんで ・・ 」
「はい」
「『どうしたらいいのか、分からない』と云うか ・・ 」
「はい」
「歳上としてリードした方がいいのか、
同い年みたいに接した方がいいのか ・・ 」
「はい」
「でも、ジェネレーション・ギャップは、当然あるだろうし、
面白く思うとことか、違うだろうし ・・ 」
「はい」
「なんや、そんなん考えたら、頭パニックになるんです」
「なるほど」
「で、『もういいや』って投げ遣りになると云うか、
思考停止になると云うか、そんな感じなんです」
「あ~。
気持ちは、分かります」
リョウは、頷く、同意する。
モタとも、視線を交わして、同意する。
「気持ちは、分かりますが ・・ 」
リョウは、言葉を、続ける。
「『そのままで、ええ』んやないですかね」
「そのまま?」
「そう、そのまま、ありのまま」
「それで、いいんですかね?」
「いいと、思います。
逆に、歳上としての態度とかそんなん、セシリーさんは、
『求めてない』と、思います」
「求めてない ・・ 」
「はい。
ただ、単に、『ユトさんと付き合いたい、恋愛したい』だけなんやと、
思います」
「それだけで、いいんですかね?」
「いいも何も、『それが、セシリーさんの求めているもん』やと、
思います」
リョウは、自分たちの調査実績を胸に、言い切る。
キッパリ、断定する。
「ちょっとばかり、心配やな」
「僕もだ」
赤ら顔のモタが、言う。
青ら顔のウタも、同調する。
モタとウタが、息を合わせたかの様に同時に、顔を動かす、視線を動かす。
二人揃って、リョウを、見る。
願う様に、見る。
リョウは、微苦笑を、浮かべる。
『分かった、分かった』と言う様に、微苦笑を、浮かべる。
「モタ」
「ん?」
「今度、ユトさんとセシリーちゃん、『いつ会う』って、言ってはった?」
「明日。
待ち合わせして、会うらしい」
「デートやん」
「デートやな。
でも、ユトさん、『若い子の好みは、分からない』とか思て、
ロクに、コースとか考えてないらしいで」
「それでも、待ち合わせ場所と云うか、出発地点と云うか、そう云うもんは、
決めてるやろ。
そこらへん、聞いてへんか?」
「ああ、それなら、小耳に挟んだ」
「教えてくれ」
眼に光を湛え、リョウは、訊く。
今日は、待ち合わせの日。
ユトとセシリーの、デートの日だ。
二人の様は、パッと見、当人達が思う程、違和感は無い。
男の方が、幾らか歳上に見えるぐらいだ。
「兄」と言っても、まあ、通る。
それよりも、当人同士が、明らかに、意識している。
手を繋がない、肩を寄せ会わない。
どころか、ある程度の距離を保って、お互い、近づかない様にしている。
お互いの制空圏・パーソナルスペース、そんなもののギリギリのところで、触れあっている様に、見える。
時間が経つに連れ、『それは、縮まっていくもの』と思っていた。
が、時間が経っても、一向に、縮まらない。
二人の距離は、保たれている。
自然、二人の間の雰囲気も、親しさより、よそよそしさが、勝さっている。
遂に、帰る時間に、なる。
二人が別れる時間に、なる。
まだ、次回の約束も、していない。
このままでは、このまま終わりかねない。
ユトとセシリーは、向かい合う。
言葉少なに、向かい合う。
「じゃあ、今日は、楽しかった」
ユトが、言う。
「はい。
私も、です」
セシリーが、言う。
ああ、じれったい。
その時、
トンと、
背中を、押される。
ユトは、セシリーの方へ、一歩、踏み出す。
一瞬、少し、後ろを、振り返る。
眼の端に、光の筋の様なものが、映る。
「ん?」
『どうしたん?』と言う様な顔で、セシリーが、心配気な顔を、向ける。
「いや。
何でもない」
ユトは、包み込む様に、微笑む。
セシリーは、微笑む。
ユトは、包み込む様に、腕を、広げる。
セシリーの方へ、もう一歩、踏み出す、近付く。
そして、セシリーを、抱く様に、腕で、包み込む。
セシリーの背中に、手を、置く。
セシリーは、驚くものの、ユトの身体に、倒れ込む、委ねる。
ユトの背中に、手を、置く。
セシリーの背中に置いた手に、力を、優しく、込める。
ユトの背中に置いた手に、力を、優しく、込める。
ユトが、セシリーの顔を見て、微笑む。
セシリーが、ユトの顔を見て、微笑む。
事務所では、リョウが、微笑んでいる。
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