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4.裏庭での密談


「ちょっとついてきて」

「は、はあ……」


 長瀬さんが発熱で欠席したと聞いて、メッセージを送ったが一日中返信がなかった。放課後、帰ろうとすると長瀬さんの友だちである名取さんに声をかけられる。


 名取さんはどことなく怒っているようで、俺に話しかけることなくずんずんと進んでいってしまう。小走りでついて行き、彼女が立ち止まったのは校舎の裏庭だった。


「音はほんとに寝込んでるはず。あの子、私と喧嘩すると毎回熱が出るの」

「あ、そっすか……喧嘩したんすね」

「そう。不本意ながらね」


 名取さんは腕を組み、教科書に出てくる仁王像のように立っている。顔も仁王像のようだ、と言ったらもっと怒られそうだからやめておく。


 俺と同じくらいの身長だということに、そのとき初めて気がついた。長瀬さんと並んで歩いている姿はよく見かけていたが、こんなに身長が高いとは知らなかったのだ。

 真正面から睨みつけられて、居心地の悪さを感じる。


「あんた、音のことどう思ってんの」

「どうって……」

「音を振り回したいだけならもう近づかないで。お菓子ももうもらわないで。私のぶんが減るから。あと私は音を利用して私に近づこうとする人間が大っ嫌いだから、そこんところもよろしく」

「なんで俺、名取さんに指図されてんの?」


 腹の底がむかむかしてきた。長瀬さんに本当のことを言えないでいることを、名取さんには見透かされていて、責められたような気がした。


 でも、たとえ名取さんであっても、長瀬さんと俺の関係に口を出す義理はないはずだ。それも、長瀬さんのいない今日を狙って呼びつけるのは、長瀬さんのことを軽んじているみたいだ。


「長瀬さんにうそをついて仲良くしてもらってるのは、申し訳ないと思ってる。でも、こうやって名取さんが出てきて俺に指図するのは違うんじゃない? いや、長瀬さんにうそついてる俺が言えたことじゃないけど」

「音のこと、好きなんだよね?」

「それも、長瀬さんより先に名取さんに言う必要ある? 幼馴染で友だちだって言っても、名取さんが長瀬さんの保護者みたいに振る舞うの、変だよ」


 名取さんは、大きな瞳で俺を睨むのをやめて――しゅん、と肩を落とした。

 ぱんぱんに膨らんでいた風船が、細い針でつんとつつかれて、ぱちんと割れてしまったみたいな変わりようだった。


「……昨日の夜、音とあ――武元のことで喧嘩したの。私は武元が音のことを好きだって思ってて、音は、そうじゃない、瞳子にはわかんないって」


 名取さんは、俺が長瀬さんをちら見していることも、なんでもないことで彼女にメッセージを送って気にかけてもらおうとしていることもお見通しだったらしい。「こんなにわかりやすいのになんで音は気づかないのかふしぎなぐらい」とまで言われて、恥ずかしくて軽くへこむ。


「私は二人のあいだのことはよく知らないけど、音がたのしそうならそれでいいやって思ってた。でも、最近はすごい悩んでるみたいだし、心配になって」

「悩んでる?」

「ねえ、武元はけっこうあからさまにしてるのに、音が自分の気持ちに気づかないの変だなって思ったことない?」


 名取さんは地面を見つめている。俺の靴と会話をしているみたいだ。さっき俺に言われたことを気にしているんだろうな、と思って、なんだか申し訳なくなった。


 長瀬さんへの気持ちを、彼女より先に名取さんに告白するのはおかしい、と思ったことは本当だ。

 でも、彼女たち二人にも彼女たちの関係性があって、俺はそこには口出しできない。これまでいろんなことがあって今のような関係性になったんだろうとわかるからだ。


「長瀬さんは、俺が名取さんを好きだと思ってる。俺が最初に言えなかったから」

「言えなかった?」

「長瀬さんに手紙を出して、呼び出して告白しようと思った。けど訪れた長瀬さんは、俺が名取さんのことを好きなんだと確信してて『瞳子に近づきたいんでしょ、手伝うよ』って」

「……中学のとき、そういうことがけっこう頻繁にあったのよ。音を足がかりにして、私と付き合おう、みたいな。だから、音は自分への好意にすっごい疎いの。利用されるんじゃないかって、勝手にブレーキをかけちゃうんだと思う」

「そいつら、最低だな」


 だからそういう奴らとは付き合ってないよ、と名取さんは言った。一人じゃなく、複数人いたことが窺える。長瀬さんはそういう奴らに利用されて、どれだけ苦しかっただろうか。


「……でも、俺も同じことやってると思われてるんだよな。俺がさっさと本当のことを言えたらよかったんだけど、長瀬さんともっと仲良くなってから、とか思ううちにどんどん言えなくなった」

「私が言えることじゃないけど……早いうちに告白して、きっぱりふられて」

「おい、なんでふられる前提なんだよ」


 名取さんは俺のつっこみにくすくす笑った。長瀬さんは笑うときに口元を隠すが、名取さんはそうしないらしい。幼馴染でも性格はだいぶ違うんだろう。


「さっき、保護者ヅラしてて変だって言って悪かった。長瀬さんと仲が良いことに嫉妬してた」

「いいよ。私も無理やり連れてきて怒ってごめん。好きな女の子の友だちに嫉妬するの、みっともないからやめたほうがいいよ。じゃあね」


 それだけ言い残して、名取さんは先に帰って行ってしまった。バスケ部はオフの日だが、名取さんの所属する女子バレー部はたしか部活があったはずだ。それなのに、時間を割いてでも俺に話をつけたかったらしい。


 長瀬さんを泣かせるようなことがあったら、きっとまた名取さんがすっ飛んでくるのだろう。泣かせるつもりはもちろんないが。


 結局、名取さんに自分の気持ちを打ち明けてしまった。もし、長瀬さんに本当のことを言ったら、彼女はどんな反応をするのだろうか。名取さんは「ふられろ」と言っていたが、勝算は五分五分だ。


 でも、言ってみないことには始まらない。まずは彼女の回復を待って、それから動き出そうと決め、俺も裏庭を後にした。


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