第二話 また一週間 その2
翌日の放課後、集まったのは俺、夕黄、白幡、蒼色、一宮さん、喜田さん、実行委員長、鳩月先生の八人だった。
「随分集まったね」夕黄がメンバーを見渡す。
「紆余曲折あってね……」
最初は俺と蒼色の二人だけで行おうと思っていたのだが、まず白幡に計画がバレ「夕黄さんに逢瀬しようとしてるのバラしちゃいますよ?」と脅され、二人が参加決定。一宮さんは映像ファイルを弄るため参加。蒼色が他クラス一人だと居心地悪いだろうと思い、喜田さんを誘いに行くと実行委員長にもバレ二人の参加が決定。最後、視聴覚室を生徒だけにはさせていけないルールだったらしく、鳩月先生も参加した次第だ。
「A組の赤雪姫とどっちが出来がいいか勝負だな」と実行委員長が。楽しみだね云々と女生徒陣が話し、鳩月先生が「はい静かにして」と癖なのか仕切りだした。
蒼色と仲良くなるためであって、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……
肩を落としていると、隣の準備室の一宮さんが流す合図をしてきた。手を上げ返す。
部屋の照明を落とすと、いよいよ試写会は始まった。
映画の内容は奇をてらわず、至って定番なものだった。
廃墟に肝試しに来た男女六人がそこに住み着いていた悪霊に次々と殺され、最後の一人が命からがな脱出するが、数日後に交通事故に遭って死亡。悲惨な事件を聞いた別の男女六人が同じ廃墟に肝試しに向かうという後味の悪さとループを思わせるラストであった。
上映が終わると蒼色が真っ先に叫んだ。
「何でホラーだって言ってくれなかったんですか!?」
くっつき合っている喜田さんも大袈裟に首を縦に振ってくる。
「あ、ごめん。ホラー苦手だった?」
「もう最悪ですよ! 鳥肌立ちっぱなしですよ!」
映像は素人が初めて作ったものだったので、決して出来が良いと言いがたいものだったのだが…… 生憎ホラー耐性が強い俺には気持ちが分からなかった。実行委員長も俺と同じ部類なのかわっはっはと高らかに笑っている。
「幾ら私みたいに語彙力が達者な人でも怖いものは怖いとしか言いようがありません!」
喜田さんは全肯定マンになっているようで蒼色の発言全てに頷いていた。一宮さんを見ると、怖がっている二人を穴を開ける勢いで見つめていた怖い。
「確かに思ってたより怖かったね。撮影現場は廃墟じゃなくてクラスの人の家だったのに」
夕黄が言うと「え!? 嘘でしょ!」と蒼色が驚愕の色を出す。その驚きっぷりに俺や夕黄が笑っていると「私はやっぱり幽霊のせいってのが気に入りませんね。科学的じゃありません」と白幡が首を横に振っていた。
皆口々に感想を言い合った。たまに誰かがツッコミを入れて、それを笑って、良い雰囲気だった。当初の目的とは違ったが、これも一つの成功の形なのかもしれなかった。
視聴覚室を後にする。責任者ということで最後に教室を出ると、鳩月先生に声を掛けられた。
「それで、次はどうするの?」
「んー、特に今の所考えは」
「ちゃんと手を決めないと、蒼色さんとは仲良くなれないよ」
「そうですね。蒼色はなかなか手強いか…… え?」
鳩月先生が立ち去っていく。取り残された俺はその後ろ姿を見ていることしか出来なかった。
何で鳩月先生は俺が蒼色と仲良くなろうとしているのを知っているんだ? 見ていて分かったのか? でも試写会を蒼色と仲良くなるために開いたのは流石に分からないはずだ。
だけどあれは、そのことを確信した物言いだった。
人影を感じて、綾取りを一旦やめる。
「また考え事?」夕黄が俺の席まで来てくれていた。
「一昨日の試写会の後、鳩月先生に変なこと言われてね」
「変なこと?」
「蒼色と仲良くなるために次はどうするの? って。確かに仲良くしようとはしてるけど、何でそれが分かったんだろうなーって考えてたの」
夕黄は俺の机の上に座ると興味なさげに「ふーん」と鼻を鳴らした。足をブラブラさせると
「あのさー、別に一人で仲良くなろうとしなくてもいいんじゃない?」
「へっ……?」
「私たちも仲良くなってもいいんじゃないって言ってるの」
思いも寄らなかった。確かにその通りだ。パンダも言っていたじゃないか『自分が助けられないなら助けられそうな人を見つけて頼んでみるのはどう?』って。夕黄と白幡も仲良くなって、二人のどちらかが自殺を阻止してもいいじゃないか。
その日の昼休み、早速俺は夕黄と白幡を連れて屋上へと向かった。
「お、いるいる」
先に屋上に来ていた蒼色が目を見開いた。サプライズが成功したみたいで思わずはにかんだ。
「一緒に食べようよ」購買で買ったカレーパンと焼きそばパンを見せびらかす。
「皆で食べよ」夕黄は弁当を。
「べ、別に一緒に食べたいわけじゃないんですからね!」白幡はサプリメントを手にしていた。
単純に驚いているのか、こちらの考えが読めずに困惑しているのか、蒼色はキョロキョロとする。そこに夕黄が一歩近づくと「皆で食べた方が美味しいよ」と言い、白幡が「主観的価値観にもよりますが、基本的には孤食は良くないとされていますよ」と追い打ち? を掛けた。
「嫌ってわけじゃないんですが、その、人と食べるのは慣れていなくて」
許可もなく俺たち三人は蒼色を囲んで座る。
「じゃあ俺たちで慣れていこうよ。明日も明後日も明明後日も、きっと文化祭が終わった頃には慣れてるから」
渋々といった様子で蒼色は閉じかけていた弁当箱を再び開いた。
見上げれば快晴。一年で十日間ぐらいしかないような気候と温度が気持ちのいい日だった。
文化祭まであと四日。笑う蒼色の顔を見ると、四日後に自殺する人とは思えなかった。前回の件がある。心の中の吐露を聞いて、闇夜の中で穏やかに笑っても彼女は自殺したのだ。
きっとこのままじゃダメだ。もう一歩踏み込まないと。だけど、何を? どうやって?
自殺する理由が取り巻く環境ならそれを解決すれば済むことだ。だけど蒼色は違う。彼女の価値観と考え方が原因なのだ。一筋縄ではいかない。
綾取りみたいに好きな形に変えられることが出来れば、どれだけいいことか。
翌日の昼休みも俺たちは屋上で昼飯を食べた。
「そういやさ、いつもどうやって屋上に入っているの? 普段閉まってるでしょ?」
ずっと気になっていた質問をした。
蒼色は咥えていた卵焼きを口の中に頬張ると口元を隠しながら「いああいえう」と言った。
「飲み込んでからでいいよ」
「ふぅ…… えっと、知らないですって言いました」
「え、知らないの!?」
「はい。四日前、それこそ翠くんが試写会に誘ってきた日から屋上の鍵が勝手に開くようになりました。それまでは屋上前の机の山に座って私はご飯を食べていました」
それはつまり俺視点の言い方に変えれば【一週間前に戻った日から】ということになる。
これは偶然なのか?
「文化祭が近いからじゃないですかね」白幡が指を差した。
その先には【南田祭文化祭まであと3日】と書かれた垂れ幕の結び目があった。
蒼色は「あーなるほどです」と納得がいったようで、この話題は終了した。
……俺の考えすぎなのかもしれない。
その日の放課後と翌朝の二回、俺は一人で屋上の鍵を確かめに再び階段を上がった。
ドアノブを回す。金属に阻まれる重たい音が鳴り、ドアが開くことはなかった。
そして昼休み、ドアはすんなりと開き、先に屋上で待っていた蒼色がまだ慣れない照れくささを隠すように手櫛をしながら表情を少し隠した。
どうやら昼休みだけ開けているようだった。
……本当に考えすぎなのだろうか。解錠するにも垂れ幕を更新する時だけでいいじゃないか。
何で態々昼休みの時間だけ開けておく必要がある? 生徒のために解錠しているなんて話は聞いたことがないし、蒼色に聞く限り屋上で俺たち以外の人間に会ったことはないと言っていた。「伸葉くん食べないの?」
夕黄に声を掛けられてハッとした。食べる食べる、と購買のパンを口の中に詰め込んだ。味なんて分からなかった。
昼休みが終わりに近づき、屋上を後にする。夕黄と蒼色が並んで歩き、俺と白幡が歩いた。
「伸葉さん最近よく考え事してますね」
「うーん、まぁ前よりは頭使ってるかも」
「何でも相談してくださいね。私はずっと昔から伸葉さん達の味方ですから」
「ずっと昔からって、中学からの付き合いじゃん」
白幡は「ナハァ」と喜ぶと、前を歩く夕黄に抱きついた。
……達?