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第二話 また一週間

 第二話 また一週間


 それに気付いたのは、ただの偶然だった。

 まだ両親と一緒に暮らしていた頃、俺は母親と公園に遊びに来ていた。雪が降った後で、一面新雪の公園に大喜びした俺は、勢いついたブランコから飛び降りてキャンパスのど真ん中に足跡を付けようとした。だが、空中で姿勢を崩した俺は手から着地をしてしまい、子供ながらあり得ない方向に中指が曲がったのを見てしまった。

 強烈な痛みに背筋を凍らせたのも一瞬、俺はまだブランコの助走を付けている最中に戻っていた。訳が分からず、最初は自分の想像力が痛みまでリアルに生み出したのだと思った。しかしいざ飛び出してみると、再び姿勢を崩し、手から着地し、あり得ない方向に中指を曲げ、ブランコの助走に戻っていた。

 そこで大泣きした俺は母親に抱きつき、何があったのか説明した。でも子供の戯れ言だと信じてくれることはなかった。

 家に帰り落ち着きを取り戻すと、目覚まし時計を目の前に置き、意を決して指を反対方向に曲げた。耳と神経に響く骨が折れる歪な音。痛みの記憶と共に、時計の針が戻っていた。

 時間にして約十秒。

 いつの間にか指一本を骨折するごとに時間が十秒戻せるようになっていた。


 ※

 

 飛び起きたそこは自室のベッド。時計を確認すると、文化祭の一週間前に戻っていた。

 何をしているんだ! 俺は!

 慟哭。感情のままに髪を掻きむしる。

 文化祭当日。俺は完全に油断をしていた。前夜の会話と蒼色の笑顔で、彼女はきっと自殺なんてしないだろうと思い上がってしまっていた。

 呑気に夕黄と学内をまわって、野球部のストラックアウトでちょっと良いところ見せてやろうとしていた時、甲高い悲鳴に背筋を撫でられた。

 近寄るなと大声を上げる教師達と生徒の集り。その隙間から見えた血溜まりと蒼色の姿。

 膝から崩れ落ちた直後、時間逆行は再び起こった。

 また時間が戻るかどうかは半々で考えていたのだが、今回でハッキリと分かった。時間が戻るのは蒼色の死と密接に関わっている。一回だけの時点では偶然あの自殺したタイミングだった可能性もあったが、二回連続でとなると話は別だ。明確な意思を持って自殺したタイミングで時間が戻っている。誰かまでは以前として分からないが。

 時間を戻している奴が、もし俺が持っている能力と同じように骨折をして時間を戻しているなら特定はかなり難しい。時間を戻す瞬間を見る以外に見つける方法はない。

 俺は制服に着替えると学校に行く支度を始めた。

 兎にも角にも、自殺は止めないといけない。蒼色が語った自殺の善し悪しは関係ない。

 文化祭以降の時間に進むためにも、蒼色を救うためにもだ。

 名前を知って笑った顔を見た以上、知らぬ存ぜぬでいられるはずがない。

 それに今回で三回目だからといって、また自殺したら時間が戻る保証もない。今回で自殺を止める。俺は自分の両頬を叩いた。痛い。

 二回やってきたと同じように夕黄と共に学校へ向かう。

 学校に着くと、普段なら白幡と雑談で時間を潰すのだが、今回はそんな呑気なことをやっている暇はない。初期化された蒼色との関係を再び結び、自殺を止めるヒントとなるものを集める必要がある。

「あれ、伸葉さん。どこ行くんですか? 私との朝の優雅な会話はいいんですか?」

「そんな品に溢れた会話したことないだろ。そんなにしたいならまず、その目の隈をどうにかしろ。品性の欠片もないぞ」

「これは徹夜、元い時間を最大限まで有効利用しようとする人の努力の証ですよ?」

「じゃあその努力が無駄にならないように白幡には眠る時間を与えないとな。じゃあな」

 ナハァと白幡は喜んだ。もー、ついついしてしまう。

 A組に行くと、もう見慣れた顔がいくつもあった。関係がリセットされているってやりにくいな、と思いつつ、その内のグループの一つ、喜田さんのいるグループに声を掛けた。

「ねぇごめん、俺F組の翠っていうんだけど、蒼色さんってまだ来てない?」

 グループの四人と喜田さんが俺という急な来訪者に目を丸くさせて凝視してくる。

「え? あーうん、そうだね、まだ来てないみたいだね」

 知っている。知っていて訊いたのだ。

「そっか。ごめんね邪魔して。蒼色さんにまた来ますって言っといてよ」

 初対面の相手にいきなり『蒼色さんの自殺を止めたいから何か教えてよ』と言って有益な情報を提供してくれる人などいない。だからといって、互いに自己紹介をして、共通の話題を探って、なんて悠長な人間関係作りをしている暇もない。

 ならばもっと簡単に、自分は蒼色の関係者だというのをアピールしてしまえばいいのだ。

 人間関係の鉄則、外堀から埋める。

 喜田さんだけではない、蒼色と円滑に喋るためにもこの行動は重要なのだ。

 突然声を掛ければナンパ扱い。ならばクラスの人から事前に『蒼色さんに用がある人がさっき来たよ』と一報入れといてもらえれば、相手の警戒心は下がるというもの。

 その上で適当な用事を振り、一緒にこなすことで共通の話題を作り、仲良くなるのだ。

 喜田さんならば蒼色に俺が訪ねてきたことを言っておいてくれるだろう。

 俺は蒼色がやってくる前に自分の教室に退散した。

 クラスでもやることがある。一緒にこなす用事のための根回しだ。

 俺は文化祭で流す映画を編集している(いちの)(みや)さんに話し掛けた。


 用事を一通り終わらせ席に戻ると、夕黄が俺の席に座り、白幡と喋っていた。

「見てたけど、何してたの?」夕黄が訊いてきた。

「もしかしてナンパの練習ですか?」

 白幡の茶々を「んなわけないだろ」と手で払い、夕黄を押しのけて椅子に座った。夕黄も譲る気はないようで半分だけお尻が乗った。

「ところでさ」話を切ると、俺は何の脈絡もなく次の話を始めた。

「何で自殺ってしちゃいけないんだと思う?」

 蒼色を説得するためにも、この一週間でこれも考えておく必要がある。

「え、なんだろ」と二人が顔を見合わせた。

「分かった。はい!」夕黄が手を上げる。

「はい、夕黄さん」

「悲しむ人がいるからです!」

「はい見事な模範解答ありがとうございまーす。こちら残念賞のコンビニのレシートです」

「うわっこないだの」ペイっとされた。悲しい。

「キョーコちゃんはどう思う?」

「私ですか?」振られた白幡は「そーですね……」と顎に手を当てた。

「まぁ普通に考えれば理由が何にしろ漠然として自殺は駄目って考えますよね。生き物の生存本能に逆らう考え方ですから。自分を殺すと書いて、言葉からもネガティブな印象を受けますし。ですが、私自身は駄目なことだと思わないですね、明確に。

 死ぬより辛いことって私は山ほどあると思います。

 過酷な労働環境であったり、末期患者であったり、家族を失った遺族であったり。

 生きていれば良いことがある、なんて他人が言う無責任な綺麗事、私は嫌いでして。

 一般的に言われる【悲しむ人がいる】とか【他人に迷惑が掛かる】とか【命を粗末にしてはいけない】とか、そういうの全部、私には説教に聞こえるでんすよ。まるで上司が部下にしているような。他人事なんですよね。死ぬ気のない人の。

 近年では安楽死を望む尊厳死という考え方が広まってきていますし、自殺=負けみたいな風潮はなくすべきだと思いますね」

 夕黄が「キョーコちゃん凄い、深い」と拍手をした。

 柄でもないことに気付いたのか、白幡は真剣だった表情を一転させると、あたかも大勢の人に賞賛されたかのように「どうもどうも」と四方八方に手を振って見せた。

 白幡が茶化しもなく、珍しく答えてくれたことに俺は少し驚いた。

 授業中、こっそりパンダにも〈何で自殺はしちゃいけないんだと思う?〉と質問をした。

〈死ぬからだろ〉身も蓋もない返事だった。

 話は前後するが突発性記憶障害がまた一人増え、三人になったらしかった。

 一週間を繰り返す度に一人ずつ増えていく。この法則性でほぼ間違いないだろう。この調子で繰り返せばA組は演劇に支障が出るだけではなく、過半数を占めれば学級閉鎖にもなりかねない。そうしたら俺から手出しが難しくなる。早い内に解決しなければいけない。

 ……というか、何故A組ばかりなんだ?

 昼休み。俺は夕黄と白幡に二人で昼飯を食べるように断りを入れると、少し時間を空けてから屋上へと向かった。

 本来なら閉まっているはず屋上のドア。しかし今回もまたドアは抵抗することなく開かれた。

 青くくすんだ空に、敷き詰められた廃墟のような屋上のコンクリート。

 蒼色はフェンスの一角に座り、自分の膝上に弁当箱を広げていた。闖入者の俺にすぐ気付くと、舌鼓をうっていたであろう顔を引き締め、警戒心を露わにさせてくる。

「違う違う」と口をついて言ってしまったのは、敵じゃないよ、という意味を込めてだった。

「蒼色音子さん? だよね。俺は翠伸葉。喜田さんから聞いてないかな?」

 さも初対面です、という風を装いながら知り合いの名前を出すと、流石喜田さん、こちらが期待した仕事をしてくれていたようで「あ、はい。聞きました」と話が通じた。

「朝、訪ねてきたみたいですね」と警戒心を解き、近づくことに抵抗を見せてこなかった。

「何かご用でしょうか?」

 いつもつっけんどんな対応をされるせいか、別人と喋っているみたいだった。

「突然なんだけどさ、試写会に参加してくれないかな?」

「はい? 試写会?」

「うん。俺のクラスはさ、文化祭に向けて映画を作ったんだ。撮影が夏休みにあって、映像自体はもう完成しているんだけど、これがどうにも不安でね。作った俺たちにはもう客観的に見られなくて、これが面白いのか面白くないのかよく分からなくなっているんだ。そこで蒼色さんがA組でやる演劇の脚本をやっているって実行委員長から聞いて、是非一度観てもらって感想を聞かせてもらおうって思ったんだ」

 蒼色は目を伏せてしばらく黙ると「構いませんが、私は素人ですよ? A組の皆さんから脚本に指名されたのだって、ネットに小説を何本か投稿しているからってだけなんです」

「それでも構いませんか?」という念押しをしてきたが、感想は本来の目的ではない。俺は「全然大丈夫」と親指をグッと出した。

「それじゃあ後でいつやるか連絡したいから、連絡先教えてもらっていい?」

 そうして俺は蒼色の連絡先を手に入れた。

 ニヤけそうになる顔が漏れる前に、俺は早々に「またね」と屋上を後にする。

 結果は上々。いや想定していた以上だ。連絡先の交換はアドリブだったが、ここまで上手くいくとは思わなかった。

 一人階段を降りると、人目を気にすることも出来ず、頬がつり上がった。

 試写会向けて準備を進める。とは言っても、うちの実行委員が他クラスの生徒に見せることを許すはずがない。そのため秘密裏にことを進める必要があった。

 一宮さんが言うには編集はほぼ終わっているらしく、あとはスタッフロールを作るだけとのことだった。

「内密に映像を借りられる?」と訊くと、酸っぱい顔をしたあと「報酬次第」と手を出してきたので「白幡との仲介」と手を出し返した。

「緋彩さんも付けて」

「のった」手は叩かれた。

 手を洗った後、鳩月先生の所へ向かった。試写会のために視聴覚室を借りたいというと、あっさりと使用許可が下りた。

 その日の晩、映像の書き出しが面倒だからプロジェクトファイルのまま上映したいとの連絡が来て、よく分からなかったからとりあえず了承をした。

 準備は順調に進み、早速明日の放課後、視聴覚室で試写会が行われることになった。

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