第一話 夢で出会った女の子 その5
時間逆行の犯人捜しはひとまず置いておこう。まだ一回しか時間は戻っていないから確証はないのだが、恐らく女生徒の自殺を止めることが出来れば時間逆行は起きないはずだ。
パンダに変なタイミングで連絡してくるな、と理不尽な怒りの返信をし(パンダの要件はゲームのお誘いだった)俺は綾取りをしながら、女生徒の自殺を止める方法を考えることにした。
一度聞いたことのある授業を右から左に聞き流し、机の下でせっせと高速綾取りを行う。
女生徒の自殺を止める一番確実で堅実な方法は仲良くなり理由を聞き、原因を排除することだ。だが、本人のあの言動からして仲良くなるのは容易ではないことは容易に想像が出来る。では他の方法、物理的に自殺をさせないというのはどうだろうか。例えば屋上に行かせないとか。却下。普段閉まっているはずの屋上が開いていたということは女生徒が恐らく鍵を持っている。手に入れた手段は知らないが。ではそれを先生に密告し、女生徒から鍵を没収するのは? 却下ではないが、危険だ。正式な理由で鍵を持っていたら没収は出来ないし、何より屋上を封じたからといって自殺しないわけではない。他の方法で死なれたらこちらが気付けない可能性がある。現状では自殺する日時と場所が分かっているのは大きなアドバンテージだ。
縄で縛る、当日張り付いて行動するなど考えたが、どれも妙案とはいかず、その日、残りの授業の時間では答えが出ることはなかった。
白幡と夕黄にも例え話として自殺を止める方法はないか聞いてみたが、出た答えは仲良くなったら? と当たり障りのない月並みの回答だった。
夜、ゲームをしながらパンダにも訊いた。すると予想外にも俺には想像がつかなかった方法をパンダは提示した。
〈せやねー。自分が助けられないなら助けられそうな人を見つけて頼んでみるのはどう? その女子と仲の良い友達に「あの子が最近思い悩んでるみたいだから相談に乗ってあげて」みたいなこと言ってさ〉
「パ、パンダ先生! 天才ですか!」
〈うむ、くるしゅうないぞ〉
翌日の学校で、俺はこんな時こそのあの人だろうと、A組を訪れた。
教室に顔を出し、グルグルとしていれば呼ばなくともそいつは現れた。
「おやおや、これは昨日の君じゃないか。またA組に待ち人を探しに来たのかい?」
「出た。今日は君に用があってね」
実行委員長は予想にもしていなかったらしく、いつもの余裕の表情を崩した。
俺は実行委員長を教室から引っ張り出すと、人気のない廊下に連れて行った。
「単刀直入で訊くけど、インちゃんさんと仲の良い人って誰?」
「インちゃんの?」委員長が腕を組んで考える。やがて重そうな首を上げて
「A組の皆じゃないかな?」といつもの笑みを作り出した。
「皆?」俺がそう訊くと、委員長はよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに「そっ!」と高らかに声を上げた。
「A組はね仲が良いんだ。惚気話をするわけじゃないけど、今度の文化祭でA組は演劇をすることにしたんだ。白雪姫のパロディをね。全会一致ですぐ決まって、いつも放課後に殆どの生徒が残って楽しく練習をしているんだ。良かったら当日見に来てくれたまえ。ボクと君はもう友達だからね。最高の席を用意しておくよ。
それでインちゃんの話だけど、彼女は脚本を担当しているんだ。適材適所、皆それぞれの得意なこと好きなことを把握しているから脚本にインちゃんが抜擢されるのは当然だったよ。もちろん強制なんかしてないし、同調圧力もしていない。これだけは断言できるよ。彼女を知っているなら分かっていると思うけど、彼女は同調圧力とかに屈するタイプじゃないからね。指名された時、彼女はいつも通り無愛想に『わかった』って一つ返事で承諾してくれたよ。放課後の練習にもいつも参加してくれているし、その間も何人かと喋っている姿もよく見るよ。男女隔てなく友達がいるタイプかな? 特定の人ってなると、そうだなー、ボクの目線では分からないな。女子には男子には分からない特有のグループ感ってのがあるからね。もっと詳しく知りたいなら喜田さん当たりが分かると思うから紹介しようか?」
「ほへぇ……」
「どうしたんだい?」
「いや、よく喋るなー、と。まぁそのことはどうでもいいよ。詳しくありがとう。その喜田さんって人、紹介してよ」
「ガッテン。今呼んでくるよ」
「あ、ちょっと待って。もう一つ訊きたいんだけど」
「ん? なんだい?」教室に戻ろうした委員長が振り返る。
「A組って文化祭に参加するの?」
「当たり前じゃないか。言い方は悪いけど、クラスごとの文化祭の参加は強制だからね。それに実行委員長がいるクラスが不参加、なんてことするはずないだろ?」
そう言うと委員長は「すぐ呼んでくるよ」と歩き出した。
じゃあ何故、前回A組は無人になっていたのだろう。
それから数分、実行委員長が喜田さんとおぼしき女生徒を連れて戻ってきた。
「喜田です。よろしくお願いします」クールで知的な図書委員をやってそうな人だった。
喜田さん曰く、インちゃんに特定の仲の良い人はおらず、誰とでもそつなく会話をする人だとのことだった。彼氏はおらず、というかいらないらしく、好意を向けられると拒絶反応が出るとのこと。家族は共働きの両親と中学生の妹が一人、一緒に映画を見に行くぐらいには仲の良いとのことだった。
「喜田さん凄いね。よく家族のことまで知ってるね」
「私、ギャルゲに必ず一人はいる何故か全キャラの好感度を知ってる友達ポジがすっごい好きなの」若干ヨダレを垂らし気味に眼鏡をクイと押し上げる。
「他には何か訊きたいことある? よかったらここからカップリングの話でも」
「あ、ううん、大丈夫。もうお腹いっぱいだから。おかわりはまた今度にするよ」
話している途中から段々興奮状態になっていたが、今では鼻息すら聞こえてくる。オタクをこれ以上興奮させるのは良くない。白幡にマンボウを語らせた時に思い知らされている。
「あらそう?」と残念な顔をされるとこっちが悪いみたいだからやめてほしい。
「ありがとう」俺が会話を終わらせにかかると、喜田さんは元の顔に戻し「こっちこそ、ありがとうね」と意外なことを言った。
「君たぶん、インちゃんのこと心配して調べてるんでしょ? クラスの皆も心配してるから同じクラスメイトとして嬉しいよ。また何かあったら気軽に聞いてね」
喜田さんは帰り際、満足そうに目を細めてから教室へと戻っていった。
一人になると近くの階段に腰付け、両手で顔を覆った。
以前より分からなくなっていた。クラスでイヤホンを付けていた姿や昼休み一人でご飯を食べていることから俺はてっきりクラスで問題があると思っていた。だが話を聞く限り、そこに問題があるようには思えなかった。
これはもう本人に聞くしか知るよしはない。だけど、あの鉄面皮に茨が巻き付いたみたいな奴が俺に教えてくれるとも思えない。いっそのこと、これ以上嫌われることはないだろうと開き直ってアタックしまくるのはどうだろうか。そんな馬鹿な案しかもう思い浮かばなかった。あの日、屋上に縁に立つ彼女が欲しい言葉がいまだに分からなかった。