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第一話 夢で出会った女の子 その4

 それは素人学生が作ったポンコツ映画のシーンの切り替わりのようだった。

 目が覚めたら―― ではなく、気が付くと俺は自室のベッドに横たわっていた。寝ぼけた体が気怠く、姿勢とのギャップに違和感が生じる。部屋をぐるりと見渡し、時計を確認した。

 九月二十四日の朝六時半。

 そんな馬鹿な、と携帯の時刻も確認し、どかどかと居間に降りてテレビを見れば、朝の楽しげな報道番組は九月二十四日を知らせていた。一週間前に戻っていた。

 時間が戻った。それも10秒ではなく、一週間。そんなあり得ないことに、夢だとか妄想だとかそんな疑念を抱かずに、間違いなく時間が戻ったのだと確信をもって悟った。

 10秒戻した時の感覚と限りなく近かったのだ。

 これまで何度も10秒を戻したことはある。だけど、一週間なんて大規模なことは一度だってない。連続する記憶の中に【俺が一週間分連続で指を折りまくった】なんて事実が入り込む隙間はどこにもない。

 自分じゃないとしたら、出てくる可能性は一つだけ。

 俺以外の誰かが一週間分の時間を戻したのだ。

 タイミング的にもA組の女生徒と深く関わりのある人物もしくは女生徒本人だろう。

「あらあら伸ちゃん、今日は早いのねー」とお婆ちゃんが台所から顔を出した。

「今日は学校に早く行こうと思ってさ」

 口から出た適当な言い訳だったが、言ってみて実際に早く行こうと思った。時間が巻き戻ったのは確実。だが、あの女生徒が実際に生きている所を確認しないと胸に残る黒いモヤが取り除けないのも事実だった。

 早すぎると分かっていつつもジッとしていることもできず、普段より20分早く家を出た。自転車に作られた蜘蛛の巣を見て、そうだった忘れてた、と焦燥感を嬲られる。

 ようやく自転車に跨がり、夕黄の家の前を通り掛かった直後、玄関のドアが開いた。

「あれ」と驚く夕黄と目を合わせた。そうだ。この日、夕黄と一緒に登校したのだった。

 ペダルに力を込める。が、先に行くことになんて出来なかった。

 夕黄の様子が近頃おかしいことも忘れてはいけない。何度訊いても何でもないよ、としか言わないが、反ってそれがヘルプサインのように思えて仕方がないのだ。

「タイミングいいな。乗ってくか?」

 夕黄は言動一致に「うん」と頷いて、荷台に腰掛けた。

「今日いつもより早くない?」道中、夕黄は当然の疑問を投げかけてきた。

「夢でさ、学校の子が自殺する夢を見たんだよ。それが気になっちゃって」

「あれ、夢は脳の記憶の整理でそこに意味はない、んじゃなかったの?」

「記憶にない人が夢に現れたらおかしいだろ? 理系として原因を確かめにいかないとね」

「キョーコちゃんみたい」

「奇天烈妖怪と一緒にするな」

 

 A組はホームルーム30分前だというのに既にかなりの生徒が登校しているようだった。俺は開けっぱなしのドアからクラスを見渡し、女生徒の姿を探した。

「おや、あまり見ない顔だね。誰に用事だい?」

 そこに話しかけてきたのは例の陽気な実行委員長様だった。こっちの目的はただ女生徒の顔を拝みに来ただけ。別に呼び出すことでもないし、何なら名前さえ知らない。

 服屋の店員並みに面倒だな、どう誤魔化そうかと考えていると、実行委員長が俺の後ろに向かって「やぁ、おはようインちゃん」と手を上げた。

 振り返る。その間際、会釈だけしたあの女生徒が俺の横を通り過ぎた。知らない人に向ける冷たい横目が、目の前を流れていく。

「いや、いいです。まだ来てないみたいなんで」

「そうか。じゃあまたどこかで。A組にはいつでもいらっしゃい。そのためにドアはいつも開けっぱなしに」

 鼻につく台詞を最後まで聞かずに俺と夕黄はその場を立ち去った。

「もしかして丁度登校してきたあの子?」目ざとく夕黄が訊いてきた。

「そ。さ、教室行こ」分かってはいたが、実際に目にすると安堵があった。

 しばらく廊下を歩いてると夕黄が言った。

「そうかー、ああいう子がタイプなのか」

「違う。そんなんじゃないって」

「ふーん。あそう」どうやら信用していないようだ。

「ま、伸葉くんが誰を好きになるかなんて私には関係ないけどね」

「何で好きとか嫌いとかって話になるのさ」

 その問答は教室で白幡が「私が入る隙はないんですか?」と言い出すまで続いた。

 職員会議は前回と同じように長引いた。きっとこのままいけばまたあの女生徒はまた自殺をしてしまう。どうすればそれを阻止できるのか。ホームルームの最中、綾取りをしながら考えていると、鳩月先生の思わぬ発言に俺の思考は止められた。

「皆に悲しいお知らせがあるわ。A組で二人、突発性記憶障害が発症したわ」

 クラスがざわつく。白幡が肩を叩いてきて「二人も出てくるって激ヤバじゃないですか」と目を輝かせてくる。だけど白幡の声は敷居を挟んだように俺の元には届かなかった。

 前回は男子生徒が一人だけだったはずだ。偶然なのか? 時刻は九時半、時間が戻ってからまだ三時間しか経過していない。こんな短い時間の中で前回と違う結果になることがありえるのか? 前回と違う行動が取れるのは俺以外にいるとしたら、それこそ一週間分の時間を巻き戻した奴だ。そいつが原因? それとも突発性記憶障害と時間逆行は何か関係があるのか?

「ちょっとちょっと伸葉さん。私の話聞いてますか? 聞いてください」

 白幡にずっと話しかけられていたようで、頭を鷲掴みされた所で俺は後ろを振り向いた。

「な、なんだよ」

「あとでA組行ってみませんか?」

 こいつはまた野次馬根性を…… と思ったが、俺はついて行くことにした。

 増えた突発性記憶障害の生徒は二人目もA組の生徒だった。そして時間逆行が起こったのはA組の女生徒が自殺したタイミングだ。これはもう答えがA組にあると言っても過言ではない。

 昼休み。食堂で飯を食べた後、その足でA組に寄ることにした。

 体育館に次いで広い食堂のホールには既にたくさんの生徒で賑わっていた。俺らはテラスに空いてる席を見つけ、お洒落にそこで食べることにした。

 日替わりランチをかきこみ、さぁさぁ行こうとすると夕黄が「ごめん、薬だけ飲ませて」とポーチから赤い錠剤を取り出した。

「うわ、ずいぶん禍々しい色してるな」

「ねーなんでこんな色してるんだろうね」と夕黄が苦笑いをする。

 白幡が腕を組んで何度も頷いた。

「女の子は大変なんですよ。伸葉さんも飲んでみますか?」

 親指を上げ、丁重にお断りした。

 特別棟のA組に行くと、相変わらずの賑わいを見せていた。

「記憶障害になった人について詳しい人は誰ですかねぇ」と白幡がズカズカと教室の中に入っていく。俺はこれまでと同様にドアの前から例の女生徒の姿を探した。

「おや、朝の君じゃないか」

 聞き覚えのある声に振り向くと実行委員長が立っていた。

「で、誰をお捜しだい?」どこで養ったのだろう、陰のない満面の笑みが眩しく輝いている。

「えーっと、インちゃんさん? だっけ? その人います?」

「インちゃんならいつも昼休み教室にはいないよ」

「どこいるか知ってます?」

「さぁ」と肩をすくめてみせられた。

 白幡が戻ってくると肩を落としていた。めぼしいことは聞けなかった様子だった。

 三人で教室に戻る。途中、もしかしたら屋上にいるのではないのかとふと思った。彼女と屋上が結びついるからだと思う。

「屋上に行ってみる」

「わかった」とついてこようとする二人に「いいよ。きっと鍵掛かってるだろうし、無駄足になる可能性が高いからさ」と休み時間の残りを考えて駆け足で向かった。

 意気揚々と階段を上り、屋上のドアの前へ。しかしドアノブに手を掛けた所で俺は動きを止めてしまった。この向こうで見たあの光景を思い出すと、胃がヒリヒリとした。

 鍵が掛かっていれば何事もなく戻ればいいのだ。開いてほしい気持ちと閉まっていてほしい気持ちが俺を真っ二つにする。唾を飲み込んで、ノブを回した。

 鋼鉄のドアが金切り声を開けて、ゆっくりと開いた。

 夏よりも白くくすんだ空の下、あの女生徒が足を投げ出し、フェンスにもたれて目を瞑っていた。脇には弁当箱が置かれている。

 ドキリとした。一歩に躊躇った。実際に会えば何か変えられるかと思った。でも実際にその場になると、足がすくんでしまう。

 前回は勢いで知り合ってしまったが、今回は違う。時間逆行について訊くだけ、とちゃんと目的がある。なのに何故か、まるで告白しに行くみたいなプレッシャーがあった。

 どうする? 何て話しかける? それとも教室に戻るか?

 ……駄目だ。この心臓の高鳴りには勝てない。

 足を引こうした時だった。ポケットに入れていた携帯が着信音を鳴らした。

 うわわわ、と急いで取り出して音を消す。画面に表示されていたのはパンダだった。

 こんな時に……! 顔を上げると、音に気付いた女生徒がこちらを見ていた。

 額から脂汗が吹き出てくるのが、すぐに分かった。

 女生徒はツンとした表情をすると、弁当箱を引っ掴み、こちらへと歩いてきた。

 話しかけられるのかと、無理矢理に頬を釣り上げて手を上げてみたが、女生徒は俺を無視して通り過ぎていく。

「え、え、ちょ、ちょっと待って!」結局は勢いだった。

 呼び止めると、女生徒が不機嫌そうな顔で「何?」と眉を曲げた。

「えっと、俺のこと覚えてる?」

「いえ、どこかで会いましたか?」

「あの、例えば…… 時間を戻す前に、とか」

「……何ですかあなた新手のナンパですかやめてください気持ち悪いです私そういうことをする人は軽蔑するタイプなので今この瞬間からあなたのことをゴキブリと同じ扱いをすることに決めたのでもう二度と私の前に現れないください」

「そこまで言う必要なくない!?」

「確かにそうですねあなたの言う通りですこれではゴキブリに失礼というものです中国ではゴキブリの雑食性に目を付けてゴキブリのゴミ処理場があるぐらいですからねとなるとあなたはそのゴキブリが働くためのゴミを生み出すゴミ生産機といったところでしょうか」

 初対面の相手によくそこまで言えるな、と一周まわって寧ろ感心してしまう。

「そんなに俺のことボロクソ言うってことはさ、本当は俺のこと覚えてたりするんじゃ?」

「すみません。私、ゴミの顔って見分けがつかないんですよねもし私が以前捨てたことのあるゴミさんでしたらすみません捨てられたことを逆恨みしないで大人しく燃えてください」

「いや、覚えてないならいいんだけどさ」

 もしかしたらとも思ったのだが、そんなこともないようだった。にしてもよくもまぁこうスラスラと罵倒する言葉が浮かぶものだ。無表情だけど妙にイキイキしている気もするぐらいだ。

「要件はそれだけですか。だったら私はもう行きますね」

 女生徒がまた立ち去ろうとするので、俺は咄嗟に「あのさ」と再び呼び止めた。

 再び勢い任せに言葉が出かける。逡巡。俺は自分の意思でブレーキから足を離した。

「自殺しようとか考えてない?」

 とても、とても長い沈黙があった。野生の動物と目を合わせた時のように、見開かれた女生徒の目が俺のことを凝視してくる。その瞳の黒さに吸い込まれ、目が離せなくなる。

 鼓動が聞こえてくるぐらいに静かに張り詰めた緊迫。それを破ったのは昼休みを終わりを告げる鐘の音だった。

 女生徒は髪をなびかせ、黙ったまま俺の前から立ち去った。駆けていく足音の反響が、残された俺を嘲笑っていく。

 あれは間違いなく黙認だった。

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