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第三話 嘘だらけだった世界で その2

「パンダさんから返信は来ました!?」

 翌日の昼休み、いつものように屋上へ向かうと蒼色が妙に興奮していた。

「いや、ないけど。どうしたのそんなに発情して痛い痛い痛い痛い! 冗談! 冗談!」

 耳ちぎれるかと思った。

「翠くん、昨日のどこまで読みました?」

「三ヶ月分ぐらい」嘘。ホントはあれから全く読んでいない。

「半年目ぐらい何ですけど、凄いこと書いてあったんですよ! これ見てください!」

 差し出された携帯を見る。そこにはパンダのテキストでこう書かれた。

〈そんなに夢の正体が気になるなら、”記憶を取り戻す方法”おしえましょか?〉

〈そんな遠慮なさらず。一回だけ一回だけ。皆やってるから、ね?〉

〈夢は記憶の整理。昔必ずどこかで見たものって言いますしね〉

「え、マジ? こんなピンポイントで記憶を取り戻す話ってある?」

「他の所でもパンダさんから記憶を取り戻す話が何度か上がっています」と蒼色は何枚かのスクリーンショットを見せてきた。ねつ造とも思えず、僕は眉を曲げた。

「パンダさんすっごく怪しくないですか? 記憶を取り戻す話なんてのを何度も翠くんにした所に、翠くん自身が突発性記憶障害。更にタイミングを見透かしたように失踪。この人絶対この病気に関与してますって!」

「んー確かに。怪しいのは間違いない。記憶を取り戻す方法ってのも知っているみたいだし」

「パンダさんを探しましょう」

「異論なし」大きく頷いて見せた。

「で、どうやって見つけるの?」

「調べてみたんですけど恐らくこの人、私たちと同じ南田高の生徒です」

「え、何で分かったの?」

「パンダさんの発言とログイン時間を鑑みるに同じ高校生だと考えるのは容易でした。本人はニートだと自称していましたが、それにしてはプレイしている時間帯が夕方から夜に集中、土日祝日は時間帯が不規則になっているのは不自然です。そこから南田高であった行事、文化祭や校外学習なども含めて照らし合わせると同じ高校である可能性が高いと推測されます」

「うーん、でも高校ってたくさんあるじゃん? 偶然って可能性も」

「もちろん偶然の可能性も充分あります。ですが、先ほど言った通りパンダさんが失踪した時期が翠くんの記憶喪失と一致しています。つまり近くで翠くんを観察していた可能性も充分高いというわけです」

「そう言われたら確かに、他の高校である可能性よりは高いかもしれないね…… でも、どうして僕なの? 何で僕中心で物事が進んでるの?」

「さぁ知りません。それこそパンダさんの正体が分かれば全部分かると思いますよ」

 それもそうだ。今考えるべきはパンダの方だ。

「南田の生徒は六クラスに約四〇人、三学年で…… 約七二〇人。どうやって探し出す?」

「当然、その方法も考えてきてありますよ。全校生徒の中からたった一人を探し出す方法を」

「どうするの?」

 蒼色が自信満々に詰め寄ってくる。

「生徒会選挙に参加するんですよ」

 

 その日の放課後は白濱さんとの約束があった。

 ほとんどの生徒が帰宅するまで図書室で時間を潰すと、改めて教室で白濱さんと合流した。

「伸葉くん、遅いよ。あと一分遅かったら火炙りの刑にするところだった」

「遅刻の罪重すぎない? あれ、どっかで似たような会話したな……」

 僕のぼやきを気にも留めず「じゃあ早速どこ行こっか」と白濱さんは椅子から立ち上がった。

「白濱さんはこのあと予定ある? ないなら学校の隅々まで回ってみたいんだけど」

「予定? あるよ。伸葉くんとの校内デート」悪戯に笑った。

 んーあざとい…… 正直満更でもない。

 ふやける頬を引っ張って元に戻すと僕たちは歩き出した。

 目的地は決めず、校舎の端を目指す。

 馴染んだかのように自然と合う歩調。

 ぼやけて聞こえてくる運動部の掛け声と吹奏楽部の音。それらの淡い音色が夕刻の廊下に漂う哀愁をより色濃いものにしていく。

 図書室に着くと「伸葉くんはどんな本を読むの?」と白濱さんは首を傾げ、家庭科室に着けば「好きな料理って何?」とメモ帳を取り出した。

「趣味は何?」「休みの日は何してるの?」「家族は?」「兄弟は?」

 白濱さんはたくさんのことを僕に訊いてきた。その問いの半分にも僕は答えられず、困ったようにハの字に眉を曲げた。

 その度に白濱さんは「気にしないで」と微笑んで、変わらず「幼馴染みは?」「仲の良い人は?」と質問を止めることはなかった。

 白濱さんは時折足を止めては、窓の反射を利用して前髪を直す。

 教室巡りよりも、僕との散歩を意識しているようだった。

 反射越しに目が合うと、実際に目を合わせるより恥ずかしさが胸をくすぐった。

「じゃあ好きな人とかっている?」

 一瞬蒼色の顔が浮かんだが、そういう対象じゃないな、とすぐに頭から振り払った。一緒に居てもドキドキとかしないし。

「んーたぶん、いない、かなー?」

「何でそんなあやふやなの。もしかして好きな人って私だったりした?」

 白濱さんは僕を困らせるのが好きなようで、眉を曲げると楽しそうに声を出して笑い出した。

「白濱さんが転校してきてまだ二日じゃないか、何言ってるんだよ」

「一目惚れに時間は関係ないよ」

「自惚れんな」

 お気に召したようで白濱さんは目を細めて感情のままに肩を叩いてきた。

 一通り校舎を回りきると、窓の外には運動部の帰り姿が見え始めていた。僕らも帰ろうかと、教室に荷物を取りに戻る。暗くなった廊下を歩いていると、道中のA組から光が漏れ出ていた。自然と中を覗く。いたのは蒼色だった。

「あれ翠くん」

「蒼色、まだいたのか。何してるの?」

「誰かさんが放課後予定あるっていうので代わりに立候補するための書類を作ってたんですよ」

「あははは…… それはご苦労なことで。肩でも揉みましょうか?」

「腰と足もよろしくお願いします」

「はい…… おっしゃる通りに……」

 ふと横を見ると白濱さんは陰に身を置いて、蒼色には見えない位置にいた。

「あ、白濱さん、紹介するよ。さっきあった仲の良い人は? の質問の答えの人」

 手招きして白濱さんを教室の光の前に晒し出す。僕以外に人がいたことに驚いたのか、蒼色が目を丸くした。

「蒼色、紹介するよ。こちら昨日転校してきた」

「初めまして、白濱ユリカです」

 さっきまでの元気はどこいったのか、借りてきた猫のように白濱さんはお辞儀をした。

 蒼色が席から立つ。

「……初めまして? 何言ってるの?」

 蒼色は僕と白濱さんの顔を交互に見始める。

「だってあなた――」蒼色が言いかけた瞬間だった。

 目の端で白濱さんが異様な動きをしたのが目に入った。

 歪んだ顔、いびつな音。白濱さんは自分の薬指を反対側にへし折ったのだ。

 直後、違和感が体を襲う。

「腰と足もよろしくお願いします」

「……え?」

「え、ってそれぐらいのオプションを付けても罰は当たらないと思いますけど」

「いや、そういうことじゃなくて……」

 あれ、今夢でも見ていたのか? 時間が戻ったような気がする。

 見ると、白濱さんはまだ陰に身を置いて、蒼色には見えない位置にいた。

「どうしたんですか? 翠くん?」

「あ、いや、ボケっとしてたみたい」

「いつもじゃないですか」

「言葉のナイフに躊躇いがない……」

 時間が戻る。そんなはずがない。僕は再び白濱さんを紹介しようと手招きをすると――

「ごめんなさい伸葉くん。私先に帰りますね。その蒼色さんとはごゆっくり」

 僕が言い挟む余地なく、白濱さんは踵を返して姿を消してしまった。

 蒼色がやってきて、僕が見ている廊下の闇の中に視線を投げた。

「誰かいたんですか?」

「……蒼色の知り合い、だと思う」

「私の? 誰ですか?」

「白濱ユリカって聞いたことある?」

「いえ、存じませんね。どなたなんですか?」

「……分かんない」


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