第二話 また一週間 その3
文化祭まで残り二日。
蒼色のSNSアカウントは自己主張の激しい実行委員長のアカウント経由であっさりと見つかった。恐らくこのアカウントで爆弾を仕掛けたと発言するのだろう。
爆弾発言を阻止すれば、A組は文化祭の日に演劇をすることが出来る。前日夜の蒼色の心中吐露イベントはなくなってしまうが、内容を知っている今、もう一度それを経験する必要はない。それよりもA組を文化祭に参加させ、現在不明の蒼色が屋上に行くまでの動向をある程度縛った方が得策である。
ではどうやって爆弾発言を阻止するのか、利用しているSNSの仕様を利用して、複数のアカウントから短時間でブロックすれば凍結できる。というのがあるが、例えどんな方法でアカウントを潰した所で新しく作られたアカウントで爆弾発言されては意味がない。
ならばどうするのか。答えは簡単。蒼色の爆弾発言は阻止することは不可能である。
だから視点を変える。問題は問題視されなければそもそも問題にはならない、という話だ。
要するに蒼色が幾ら南田高校に爆弾を仕掛けたと発言しても、それが問題発言として捉えさせなければいいのだ。
朝のホームルーム前、俺が向かったのは実行委員長の元だった。
「おや、試写会の君じゃないか。どうしたんだい?」
廊下に呼び出し、人気の少ない階段前へと行く。
「文化祭を盛り上げる持ち込み企画があるんだ」
俺はパンダに頼んで作らせていたプリントを差し出した。受け取った実行委員長が見出しを読み上げる。
「【南田高校に爆弾を仕掛けた。見つけた奴には豪華景品プレゼント】どういうこと?」
「つまりは宝探しだよ。悪者に爆弾を仕掛けられたからそれを探すっていう体で、謎解きをしてもらって爆弾を見つけられたら景品がもらえるっていう」
「なるほどね。流行りのリアル脱出ゲームっぽいのをやるってことだね。企画自体は悪くない。実現出来れば面白いと思う。でも流石に土壇場過ぎるよ。文化祭は明後日だ。今からイベントを増やすというのはなぁ…… 企画の受付期間はだいぶ昔に締め切ってしまっているし」
「具体的には何がダメなの?」
「まぁ受付期間が過ぎているっていうのがそもそもダメなんだけど、それを除くとしたら、まず企画がざっくりし過ぎている。このままだと例え早い段階で企画を出していたとしても断られる。プリントの裏面でもいいから具体的な内容と必要な物と場所を書き出して。普通ならそれだけで通るはずだけど……」
「実行委員長的にはOKなの?」
「うん、ボクとしては大丈夫だよ。というか、何でこんなに急に?」
「爆弾を仕掛ける。なんて事前に言っておく馬鹿な悪者はいないだろ? ゲリラ的に突然爆弾を仕掛けたって言うからこそ面白くなるんじゃないか、ってね」
「それはそうだけど、それはあくまでエンタメ上での話だ。ボクが言いたいのはもっと前にどうして言っておかなかったんだい? ってことだよ」
案の定、受付期間云々で攻められた。
そこで俺は事前に考えていた嘘を言うことにした。辺りを気にするふりをすると、一歩近づいて声を落とす。
「実はこれ実行委員長の持ち込み企画として持ってきたんだよ」
訳が分からない様子で眉が下がる。そこに俺は袖から小判を出すように語りかけた。
「例えばこの企画を実行委員長のものとして実行したとしよう。すると実行委員長としてだけではなく積極性も評価され内申点が上がる。それに噂によると次の生徒会選挙に出ようと考えているらしいじゃないか」
「どうしてそれを…… ボクはまだ誰にも」
「生徒を楽しませるために企画立案し、実行する。とても良いアピールなるじゃないか」
実行委員長の喉が鳴る。
「どうしてボクの味方をするんだ? 君に何のメリットが」
「俺はこの企画を実行したいだけ。それが俺にとってのメリット。実行委員長は名前を貸してくれるだけでいい。取り仕切って動くのは全部俺がやるから、実行委員長は名前を貸してくれるだけで、内申点が上がると思ってくれればいいんだ」
「そこまでしてこの企画をやる理由は?」
「それは秘密。実行委員長へのメリットが大きい分、これぐらいの秘匿性は持たせてもらうよ」
実行委員長はしばらく黙った。やがて顔を上げると、季節に似合わない汗を一筋垂らした。
「分かった。先生には話しは通しておこう。ボクの方から自分の持ち込み企画ですと言った方が通りはいいだろうからね」
「よし。今日の放課後までには具体的な内容と必要なものをまとめた紙を持って行くよ」
交渉は成立した。
話を戻そう。爆弾発言を問題発言と捉えさせないためには、学校側から公式で爆弾を仕掛けたと発言させればいいのだ。
豪華景品は図書カード1000円分。告知は今日の夜九時にSNSで行い、翌日の朝に改めて校内掲示板にて張り紙の宣伝を行うという形になった。
そして夜九時、文化祭用のSNSアカウントにて爆弾を仕掛けたと宣伝がなされた。同時刻、そんなことがされると知らない蒼色は自身のアカウントにて【南田高校に爆弾を仕掛けた】と発言。周りの反応を見ている限り、全員がそれを文化祭のイベントに掛けたものだと受け取っているようだった。
翌日、A組に行くと平然と演劇の練習を続ける姿が見て取れた。実行委員長が俺の姿を見るなり、こちらへやってくる。
「思ったより反響良くて驚いてるよ。本当にあとは全部任せてもいいのかい?」
「あぁ、少人数の方が小回りは効くし、情報漏洩も防げるからね」
実行委員長は「確かに」と笑うと練習の中へと戻っていた。教室の隅にはつまらなそうにしている蒼色の姿があった。
自分の教室に一旦戻ると、俺はクラスの実行委員に許可を貰って宝を隠しに向かった。
隠し場所は既に決めてある。あとは明日、蒼色を説得するだけだ。
文化祭、当日。両頬を叩く。痛い。
「ずいぶん気合い入ってるね」隣を歩く夕黄が言った。
「今日は勝負の日だからね。もう指を折る勢いだよ」
今日の予定は蒼色を付け回すことだ。事前に喜田さんから聞いた話では、A組の赤雪姫は午前に一回、昼に一回、午後に二回やる予定とのこと。脚本を担当した蒼色は当日の仕事は何もないが、何かあった時のために全部の公演中舞台の裏で待機しているとのことだった。
実行委員長の開会式を終え、文化祭が開催する。残り時間はもう三時間を切っていた。
白幡は野暮用があるとのことなので、毎回俺と夕黄の二人で回っているのだが、今回は何故だか白幡の方から「一緒に回ってもいいですよね」と言ってきた。
「え? 何か用事とかないの?」
「そんなに夕黄さんと二人っきりがいいと仰るのなら邪魔はしませんが」
「一緒に行きましょうそうしましょう」
前回とは違う展開になってきている。そのせいで用事がなくなったのか?
A組の方に行くと、皆は準備のためにバタバタとしていた。とても話しかけられる様子ではなかった。蒼色も引っ張りだこになっていて忙しそうにしていた。この調子なら大丈夫だろうと思ったが、念を入れて見張ることにした。
白幡と夕黄には二人で回ってもらうことにして、俺は一人A組の教室前で待機することにした。もし屋上に行くにしても必ず教室のドアから出ないといけない。
開演十分前にもなると、教室の前は生徒で賑わってきていた。夕黄と白幡とも合流し、喜田さんの案内で入場が開始される。全体が見渡せるように一番後ろに座ると、その時を待った。
暗幕に締め切られた室内は、暗闇の中で舞台が始まるのを今か今かと待っている。
観客による地を這うようなザワつき。それは突如舞台の上に登場した実行委員長により静寂へと切り替わる。
「皆様、長らくお待たせしました。それでは開演です!」
そしてA組の演劇、赤雪姫は始まった。