スウィ~トママルズ! the beginning 前編
それはある朝のことであった。
「あ~っ!遅刻遅刻~!」
その少女、ホイップは鞄を持って住宅街を走っていた。
「アバ~イ、いやヤバ~イ!初日から遅刻とか怒られるどころじゃ済まされないじゃ~ん!!」
ホイップは今日から通う「コートイズミ第3魔法中学校」に向かっていた。角を曲がって電柱を避けた。
「というか、もう4足で走った方が速いんじゃない!?いやそれはちょっと恥ずかしい~!」
彼女は「イヌ」の見た目をしていた。体はカスタード色、耳はピンと立っていて内側が赤色、肉球はピンク。目は緑色で、身長は大体50cm。2頭身。そして何より2本足で走っていた。
「とにかく急げ~!!!」
ホイップは結局2本足で走ったまま、砂ぼこりがたつほど全力で道を駆けていった。
第一話 始まりの予感!
「は~っ……ギリギリ間に合った……」
5分後、彼女は無事学校についていた。周りには誰もおらず、しんとしていた。空には雲一つなく、校門から玄関への道の隅にはサクラ並木が薄い桃色の花を咲かせながら続いていた。ホイップはすぐに玄関前にあったクラス分けの掲示を見た。
「さーて、おまちかねのクラスは……A組かぁ」
ホイップはA組に自分の名前があることを確認すると、A組へ急いだ。彼女は教室までに誰か先生に出くわさないかと少し心配していたが、結局誰ともすれ違わなかった。
「おっはよーございます!」
ホイップは教室の扉を勢いよく開けると、大きな声で言った。
教室は新入生どうしで話しているのか、とても騒がしかった。
「あっ!ホイップ、遅かったじゃない」
「また遅刻かと思ったネ」
「……」
3「匹」が声に振り向いた。そのうち2匹は話をして、1匹は本を読んでいた。ホイップは教室の中に入って辺りを見渡した。窓と反対側の壁が掲示板のようになっていたが、無論何も貼られていなかった。ホイップは3匹のもとへ歩いていった。
「私の席どこかわかる?」
「あー、ここ。私の隣ネ」
3匹の内の1匹、一番前の席に座っていたクレアというママルが自分の右の席を指差して答えた。見た目は「ネコ」で、体は黒色、顔と手首足首は白色。肉球は薄いピンク。目の色は青。身長はホイップと同じくらいである。
「ふー。いや~、なんとかなって良かった☆」
ホイップは鞄を置くと、椅子に座って一息ついた。
「初日から遅刻ギリギリとか、ほんとあんたは変わらないわねぇ」
3匹のうちの2匹目、ドーナが呆れたように言った。見た目は「キツネ」で全身が少し茶色に近い黄色で、耳の先端が黒い。肉球はピンクで目の色は赤色。ホイップより少し身長が高い。
「あはは、小学校の卒業式以来だもん。そんな急には変わらないよ」
ホイップは笑顔で頭をかいた。そして視線を近くにいた本を読んでいた「オオカミ」に移した。
「シャーベットも久しぶり!」
「……久しぶり」
シャーベットは静かに答えた。「オオカミ」の見た目で背中側が水色。お腹と顔、そして耳の内側は薄い灰色で、肉球は黒。目の色は紫。身長はホイップより少し小さい。
「まさか、4匹でまた同じクラスになれるなんてね~。奇跡じゃない?」
ホイップは嬉しそうに言った。ドーナとクレアはうなずいた。すると教室前のスピーカーから大きな音でチャイムが鳴り始めた。
「おっと、もう席に着かないといけないネ」
クレアが言ったので、3匹は席に着いた。ドーナはホイップの後ろ、シャーベットはクレアの後ろの席だった。他の生徒も自分の席に着いて近くの生徒と会話を始めた。
「そういえば先生って誰なのかしら?」
ドーナは3匹の方を向きながら喋った。ホイップとクレアはドーナの方に振り返ってうーんと考え始めた。
「優しい人が良いナァ」
クレアは思いやりのあるような目付きの優しい先生を思い浮かべた。
「そしてカッコ良くて頼りになる先生だったらいいな~」
ホイップはルックスが良く、頼りがいのあるかっこいい先生像を思い浮かべながら言った。
その時、いきなり扉が勢いよくガンッと開いた。
「ウェ、体育会系!?」
ホイップは驚いて椅子から飛び上がった。あんなに騒がしかった教室が静かになり、生徒は不安げに扉を見つめていた。
入ってきたのは、それはそれは厳しそうな、しかもいかつい見た目で赤いジャージを着た、「クマ」だった。体は少し紫に近い茶色。目は黒色で、身長はホイップの2倍もある。
新しい先生と思われる「クマ」はゆっくりと教壇の方へ行き、持っていた出席簿を置くと開口一番、
「よぉ~。初めまして!」
と、ニッコリ笑った。ホイップは拍子抜けして椅子から転げ落ちた。先生はそれを見てアッハッハと大笑いした。
「おっ、いい反応やな……。俺のこと怖い思たやろ」
「え……ええ、ごもっとも……」
クレアを含めて、クラスからクスクス笑い声が聞こえてきた。ホイップは顔を赤くしてそそくさと座り直した。
「じゃっ、やりますか。俺はハギって言います。これから1年、お前らの面倒見るんでよろしく」
教室中から拍手が起こった。ホイップは苦笑いして拍手した。
「そしたらお前たちの自己紹介もしてもらおうか。えーと、右のお前からこういう感じで名前と好きな食べ物、それと今年の目標言ってってくれ」
ハギは右前の席から左前、1列下がってまた右へ、といったように指を動かした。最初に指を差された生徒が立ち上がった。そうして、クラスの自己紹介が始まった。
クレアの自己紹介が終わって、次はホイップの番になった。クレアの好きな食べ物はチョコレートで、(実際の猫にチョコレートをあげてはいけません。)今年の目標は魔法をうまく使えるようになることだった。ホイップは拍手が終わったタイミングで椅子の上に立ち上がった。
「私の名前はホイップって言います! 好きな食べ物はハンバーグで……今年の目標は、えーと『女神様』に褒められることをすることでーす」
おう、頑張れよ。ハギが言った。クラスから拍手が起こった。
女神様とはホイップたちを生み出した神様のこと。世界は「神様界」と「地上界」の2つに分かれており、女神様は大昔、地上の世界をもっと明るく豊かにするために、ホイップたち「スウィートママルズ」を生み出したと言われている。それから数百年が経った今でも彼女らのことを見守っているとされている。
ホイップ達スウィートママルズはそんな女神様の期待に応えるため、日々頑張っているのだ。
しばらくして、全員の自己紹介が終わった。ドーナの好きな食べ物はオムライスで今年の夢は中間テストで学年1位をとること。シャーベットの好きな食べ物はアイスで今年の目標は学校の本をすべて読み尽くすことだった。
「よぅし、みんなちゃんと目標を持っているみたいやな。じゃあ次教科書配るから名前呼ばれたらとりに来てよ……まずカーシ」
ハギは生徒にどこからか取り出した教科書が入った袋を配っていった。袋はとても分厚く重いようで、ホイップは少し苦労して教科書を持っていった。
「みんなちゃんと名前書いとけよー」
ハギが配り終えるとクラスに言った。とっくに名前を書き終えていたホイップ達4匹は教科書の中身について話していた。
「この『数学』って教科、とっても面白そうね。ホイップ、国語はどんな感じ?」
ドーナが「楽しい数学Ⅰ」を開きながらホイップに尋ねた。
「うーん、小学校と同じ文章ばっかり……つまらなさそう」
ホイップは「1年国語」をパラパラめくりながらため息をついた。文章には飽きないように挿し絵が幾つか挟まれていたが、それでも彼女にとって退屈なものであることには変わらなかった。
「こっちの教科書も面白そうネ」
クレアが別の教科書を読みながら言った。ドーナはその教科書を覗き込んだ。
「どれどれ、ってこれ地図じゃないの」
クレアは「コートイズミ地図帳」を開いていた。ドーナは気を取り直して、教科書を見ずに本を読んでいたシャーベットに話しかけた。
「シャーベットは何か面白そうなものありそう?」
そうね、とシャーベットは袋の中身を覗いた。そして、1冊の教科書を取り出した。
「……これかしら」
取り出したのは「面白い魔法初等科」と書かれた白い教科書だった。
「おーっ!それは 大 本 命!!私も読んでみよ~!」
ホイップは袋を漁り始めた。しかし、いくら探してもその教科書は見つからなかった。
「あ~るぇ~?無いんだけど……みんなはある?」
ドーナ、クレアも袋の中を探した。そしてすぐに同じく「面白い魔法初等科」を取り出した。
「あるわねえ」 「ありましたヨ」 「……見た通りよ」
「えーっ!そんな馬鹿な」
ホイップは袋をひっくり返して教科書を全部出した。しかし、教科書はどこにも見当たらなかった。
「あとで先生に聞いてみたら?」
落ち込んでいたホイップに、ドーナが声をかけた。
「そうする……」
ホイップはしょぼくれて答えた。その時、ピンポーンパンポーンと放送がなり始めた。ハギが静かにするよう言ったので、クラスがしんとなった。
『5分後、体育館で入学式を始めますので準備をお願いしまーす』
スピーカーから陽気な女性の声が聞こえてきた。
「よし、一旦中断して廊下に整列や。並び順は……そうやなぁ、とりあえず適当に並んでくれ」
ハギが言った。すると、スピーカーからまた声がし始めた。
『それと魔法の教科書が入っていなかった生徒に連絡でーす』
私のことじゃん!ホイップは心の中で叫んだ。
『入学式終了後、直ぐ校長室におこしくださーい』
ブチッ、と乱暴に放送が切れた。ハギは生徒に呼び掛けた。
「……というわけなんで、なんやったかな、『おもろい魔法初等科』みたいなのが、ちょっと教科書貸してくれや」
と、教科書を読んでいたシャーベットに聞いた。シャーベットはどうぞ、と手渡した。
「これやね、これ。この本無かったママルは入学式後、俺と校長室いきましょ。じゃっ、並びましょか」
と、白い教科書を掲げて指を指した。ハギはありがとう、と教科書をシャーベットに返すと、先に教室を出てしまった。
「ホイップったら初日から校長室行きじゃないの」
「早速怒られに行くのネェ(笑)」
ドーナとクレアはにんまり笑ってホイップの方を見た。
そんな~、とホイップは顔を真っ青にした。
入学式は順調に進んでいた。名前を呼ばれて返事をし、知らない生徒が入学の誓いなるものを読み上げ、教師の紹介、来賓の方の挨拶が終わったところであった。
体育館の壁には紅白の幕が掛かっていた。その前に並べられた椅子と、そこに座っている親とおぼしきママルがカメラをホイップたち新入生の方に向けていた。ホイップは時々そちらを見ては、やがてため息をついて元の視線に戻すということを繰り返していた。
「それでは、最後にこの『コートイズミ第3魔法中学校』の校長兼、この世界の神様であらせられる、女神様にお話をしていただきます。それでは女神様、どうぞよろしくお願いいたします」
(女神様が校長?)
ホイップは暇で眠たくなっていた目をこすった。すると、壇上が光り始め、白い布をまとった女性が薄く現れた。それは先ほどホイップの話にあった「女神様」だった。
「皆さん、御元気ですか」
女神様は新入生に優しく語りかけた。
女神様だ!とホイップは小声で話した。すぐに後ろにいたクレアに注意された。
「ちょっと、今大事なところネ」
「うっ、ごめん……」
ホイップは少し落ち込んだ。女神様はそれを苦笑しながら見ていた。女神様は気を取り直してこほんと咳をした。
「さて皆さん。入学本当におめでとう御座います。つい先程まで赤ん坊の様に可愛かった皆さんがもう中学生になって、生みの親としてとても誇らしいです。これから3年間の学校生活を通して、皆さんが立派なママルになれるよう祈っています」
女神様は入学生を笑顔で見渡した。
(くぅ~。やっぱりいいこと言うなぁ)
ホイップはひとり感動していた。クレアはそんな彼女を冷たい目で見ていた。女神様は話を続けた。
「それでは一年生の皆さん、きっと初めての中学校で疲れているでしょうから、今日はゆっくり休んで明日から元気な学校生活を送っていって下さいね」
女神様は生徒に手を振った。すると、光がゆっくりと消えていき、ついに姿が見えなくなってしまった。
「……ありがとうございました。それでは以上で入学式を終了といたします。新入生が退場します。拍手でお送り下さい」
周りから拍手がなった。ハギがA組の前に来て、
「起立や」
と、手を少しだけ上げた。A組の全員が立ったのを確認すると、ゆっくり出口の方に歩き出した。A組生徒もその後をついていった。
「うぃー、やっと終わった」
ホイップは教室に戻ったあと、自席で一息ついた。
「あら、あなたはまだ終わってないわよ」
ドーナが席に着きながら言った。
「校長室行きダネェ」
すでに座っていたクレアがニヤリと笑った。
「それじゃあ、魔法の教科書をもらっていない生徒、今から校長室に行くからついてきてくれや。他の生徒は今黒板に寮名簿を貼っとくから見といてくださいね」
ホイップは、しぶしぶハ~イと返事をしてついていった。振り向くと、やっぱりクレアとドーナがにんまり笑っていた。シャーベットはお構いなしに本を読んでいた。
(チックショー、どいつもこいつもぉ)
ホイップは半分べそをかいて教室を出た。
「おっ、今年は2匹か。これは1年が楽しくなりそうやな」
教科書を受け取っていなかったのは、ホイップだけではなかった。もう1匹の生徒は「フェネック」のような見た目で、全身が白色。目は黒。身長はハギほどでは無かったがホイップよりも大きかった。
(ふん、何が楽しみなのさ。校長室行きなんて)
ホイップは憤慨した。
「さっ、校長室はこっちや」
と、ハギは歩き出した。ホイップともう1匹の生徒もついていった。
途中、ホイップは隣で歩いていた生徒をじっと見ていた。
「な、なんだよ。顔になんか着いてるのか?」
その生徒、カーシは嫌そうな顔をした。
「いや、あなた目を閉じているのに何でぶつからずに歩けるのかなって」
ホイップは思っていたことを素直に話した。それもそのはず、カーシは目を開けていなかったのだ。
「ああ、これか。いやオレもよく知らないんだけど、なぜか周りは見えるんだ」
カーシは周りを見渡して言った。
何かの魔法かしら、とホイップは一応納得した様子だった。
廊下の窓からは、きれいに整地された校庭と、入学を祝うかのように満開の桜が見えた。しかし、今の彼女の心境はそんな美しい風景とは真逆であった。
職員室を横切ると、すぐ隣に大きな黒い扉が見えた。横には「校長室」とかかれたプレートが貼ってあった。
(うわぁ、いかにもって感じ)
ホイップ、カーシは扉の雰囲気に圧倒されていた。
「ハギさん。今年は2名もいるんですね」
と、後ろから声がしたのでホイップは振り返った。
そこには、別の組の先生とおぼしき「イタチ」が立っていた。目は黒、体は若干の紫色で背中が黒色。身長は少しホイップより大きかった。
そして、後ろから「ネズミ」が出てきた。身長はホイップよりやや低く、目は黒色。体は薄い茶色だった。
「おう、ウカン。お前んとこもいたんやな。他は?」
「いえ、これで全員みたいです」
そうか、とハギは腕を組んだ。
「あなた、お名前は?どこの組?」
ホイップが「ネズミ」に聞いた。
「……あ、オイラ『ラメル』って言うんだ。C組だよ」
ラメルは恥ずかしそうに返事をした。
「私ホイップ!よろしくね」
「オレはカーシだ。よろしくな」
ホイップとカーシが交互に言ったので、ラメルはよろしくと顔を赤らめた。
「じゃあ入りますか」
ハギは生徒をチラリと見てから校長室の扉を2回ノックして、「失礼します」と言った。直ぐに「どうぞ」と声がしたので、ハギは生徒から先に入るよう促した。
一番始めに校長室に入ることになったホイップは恐る恐る足を踏み入れた。
そこには、先程まで教壇で話をしていた女神様と入学式の時の司会だったママルが立っていた。そのママルはクレアと同じ「ネコ」で、目は黒色。体は青色。ハギと同じくらいの背で、メガネをかけていた。女神様は、先程と同じく白い布をまとっており、この場の誰よりも背が高かった。
「あっ、女神様~!」
ホイップは思わず女神様の方へ向かった。
「ちょっ、不敬ですよっ」
走るホイップの前に、「ネコ」が立ちふさがった。
「良いのですよ、ブルーハート」
女神様が優しく語りかけた。そして、ブルーハートの剣幕に怯えていたホイップを抱き上げた。
「この子も、あなたも、私は皆さんの母親。甘えたい時だってある筈です」
ブルーハートと呼ばれたママルは納得できないという様子で渋々下がった。
「女神様、また会えました」
女神様に抱き上げられているホイップは嬉しそうに話した。
「ええ、何時だって見守っていますよ。そうだ、今回貴方やカーシ、ラメルを呼んだ訳を話さなくてはいけませんね」
女神様はホイップをゆっくりカーシ、ラメルの間に立たせた。
「貴方達は選ばれたのですよ。今年の新入生の中でも特に魔法が優れている者として」
本当に?とホイップの目が輝いた。ホイップは得意な魔法の実力が女神様にも認められたのが嬉しかった。
「その力を皆に役立てるため、貴方達には特別な教科書を渡します。どうかこの3年間を有意義に過ごして下さいね」
女神様は手を前に出した。すると、手のひらの上から赤い本が3冊現れた。それは色は違えどクレアやドーナの持っていた「面白い魔法初等科」と同じデザインだった。
「さあ、どうぞ」
女神様が前に出していた手をさっと横に降ると、赤い教科書は白い光に包まれて、一冊ずつホイップ、カーシ、ラメルの目の前に移動した。3匹が教科書を手に取ると白い光が消えた。
ホイップは息を飲んだ。この教科書は白色のものとは一体何が違うのだろう。彼女は少しワクワクしていた。他の2匹もそんな顔をしていた。
「それでは、皆さん頑張って下さいね。……ハギ、ウカン。下がって宜しいですよ」
女神様は後ろで見守っていた先生達に促した。ハギ、ウカンは相槌をうった。
「さあ、いくで」 「いきましょう、ラメル」
先生が生徒を連れて、「失礼しました」と礼をしてから校長室を出た。
「よし、じゃあ女神様にも言われた通り頑張れよ。俺はちょっと職員室に戻るから、お前たちは先に教室で……寮の部屋割りでも見といてください、オッケー?」
ハギは校長室の前で一息つくと、ホイップ、カーシに言った。2匹は返事をして教室に向かった。どうやらラメルも同じ指示を受けたようで、すぐに2匹の元に追い付いた。
「まさかこの教科書がもらえるなんて……」
ホイップはまだ感動の余韻に浸っていた。ラメルもうなずいた。
「……うん。まさかオイラがもらえるなんて」
ラメルは恥ずかしがりながら、それでも嬉しそうに赤い教科書を抱えていた。
「でもこの本、白いのと何が違うんだろうな」
カーシは教科書をパラパラと開いていた。ホイップはそんなこと全く気にせずとにかく幸せだった。やっぱり満開の桜は気持ちが良いものだと、窓の外を見て思っていた。
「なっ、なんですって~!?」
「魔法でユウシュウって、すごいネ」
教室に戻ってカーシと別れると、ホイップは早速クレア、ドーナ、シャーベットに自慢していた。クレアは憧れの表情で、ドーナは悔しがって、シャーベットは表情には出さなかったが本を読むのを止めてホイップの持つ赤い教科書をじっと見ていた。
「へっへ~ん。いいでしょー」
ホイップはニヤニヤ見つめていた。シャーベットは少しして、口を開いた。
「……あなた、部屋割りは見たの?」
シャーベットは黒板に張ってある紙の方を見た。ホイップは教科書に全く興味を見せないシャーベットに少しイラッときたが、それもシャーベットらしいと一蹴した。
「そうだ、見とかないとね」
ホイップは赤い教科書を自分の机において、部屋割りを見に行った。
その隙をついて、ドーナが赤い教科書を取った。
「あっ、クレア部屋近いじゃん……って何やってるの?」
ホイップは部屋割りを確認して振り返り、ドーナが赤い教科書を手に持っていることに気づいた。ドーナは興味津々に教科書を見ていた。
「教科書の中身を覗くのよ、当たり前じゃない。私も来年もらうために今から予習をしとかないとね☆」
そう言うと、ドーナは教科書を開いた。すると、開いたページが赤く光始めた。ドーナは不振そうにページを覗き込んだ。
「あら、この教科書光るのかしら。便利だけどもう少し色を」
ドーン!!教科書からドーナの顔にビームが打たれた。少しして赤い光が消えた。それまで騒がしかった教室が一瞬で静まりかえった。
ドーナの顔は黒こげになっていた。呆然とした顔でケホ、と咳をして倒れ込んだ。
「大丈ブ!?」
クレアがドーナの元にかけよった。ドーナはいきなり黒こげになったことと、教科書に攻撃されたショックで返事ができなかった。ホイップは大笑いした。
「あっひゃひゃひゃ!オモシローイ!」
ホイップはしばらく笑っていたが、ふと何かに見られているような気がして振り向いた。見ると、扉の影に隠れて誰かが彼女を見ていた。影はホイップがこちらを見たのに気づくと、サッと消えてしまった。
「……どうしたの?」
ホイップをずっと見ていたシャーベットが尋ねた。
「あ、いや誰かがこっちを見ていた気がして……」
ホイップの顔が少し曇った。クレアはそんなホイップの心配をかき消すように優しく言った。
「きっと、気のせいネ」
その横ではドーナがのびていた。
そうだよね、とホイップは作り笑いをした。
「それじゃあ、今日はここまでやな。帰ったら荷物を寮に運んで、ちゃんと休んで明日から楽しい学校生活を送りましょうね。あとしばらく会えないだろうから親に挨拶も忘れるなよ~。それじゃ、解散!」
ハギが戻ってきたあと、帰りの会が行われ放課後になった。他の生徒が続々教室を出るなか、ホイップ、クレア、ドーナ、シャーベットの4匹は教室に残っていた。ドーナは黒こげからは治ったが、いまだに呆然としていた。
「……ドーナ?やっぱり保健室いった方がいいんじゃない?」
ホイップはドーナの顔の前で手を振った。
「いえ、大丈夫よ」
ドーナは大きくため息をついた。そして両手でほほを2回打って椅子の上に立ち上がった。
「……いつまでも落ち込んでなんていられないわ!白くたって赤くったって頑張れば変わらないわ!ええ、そうよ」
「ドーナ、復活したみたいネ」
クレアは笑顔でホイップに語りかけた。
「さあ、私たちも寮に向かいまショ、お昼ごはん楽しみネ」
4匹は各々の鞄を持って玄関の外に出た。
「それじゃあ、この後……」
ドーナは校舎についていた時計を見た。時刻は11:47を指していた。
「12:30に寮の入り口に集合にしましょう」
ホイップ、クレア、シャーベットの3匹はうなずいて、そしてバイバイと手を振りながら自分の家へと向かった。
ホイップは家の前についた。ジャンプをして鍵を開けてそのまま家の中に入った。
「ただいま~、って誰もいないよね……」
ホイップの両親は家にいなかった。両親は昔から仕事が忙しく、ホイップが物心ついた頃から常にどちらかは家にいないという生活をしていた。
(せめて、入学式には来てほしかったな……)
ホイップは近くの机においてあった写真立てに目をやった。そこにはずっと昔に取った家族写真が映っていた。そこにいた彼女は両親に囲まれて嬉しそうに笑っていた。彼女はため息をついた。
さて、と切り替えてホイップは荷物の整理のため、階段を上って自分の部屋に向かった。
彼女はホイップ、とかかれたプレートがかけられたドアを開けた。
そこには見たこともないようなヒドイ部屋が広がっていた。
本は散乱し、ごみは散らかり、ポスターは女神様がかかれたものを除いて雑に張っており、カレンダーは2月からめくっていなかった。
うっ、とホイップはうなだれた。彼女は小学校の卒業式辺りから胸の高まりのせいか部屋の整理を忘れていた。壁にかけられた時計を見ると、時刻は12:00を回っていた。
「これじゃあ間に合わない~。……そうだ!」
ホイップは何かを思い出したように自分の机に向かった。そして棚から緑色の懐中時計のようなものを取り出した。ホイップが横のボタンを押すと黒い画面が光り、女神様の絵が背景になっている時計が現れた。
「よっし!まだ使える!それじゃあ……」
ホイップは安堵すると、腕を頭の辺りまで突き上げた。
「スタート!」
ホイップがそう唱えると、時計の画面が強く光り始めた。
「ホイップロールエンハート!女神様、私に力を!」
ホイップが続けざまに唱えた。時計はさらに光を増し、ついには7色に光り始めた。
「魔法よ、この部屋の物をひとつにまとめて!!」
ホイップは手をさらに高く突き上げた。すると、部屋中がまばゆい光で溢れた。ホイップは思わず目をつむった。
数秒後、光が消えるとそこには先程のような惨事はきれいさっぱり無くなっていた。本やポスターやゴミも含めて消えており、代わりに部屋の中央に小さな緑色の箱がおいてあった。
「……やった~!成功だ!」
ホイップは嬉しくてその場で跳ねた。そしてもう一度時計を見た。12:02、余裕で間に合う。ホイップは箱を拾って懐中時計と一緒に鞄に入れ、部屋を出た。
リビングについて、ホイップは紙と鉛筆を持ってきた。そして、彼女の両親宛に書き置きを書いた。ホイップは拙い字で感謝を伝え、隅に小さく自分の似顔絵を描いた。
「よし、じゃあ出発しよう!」
ホイップは魔法が成功したこともあってか、上機嫌で家を出た。ホイップはかつて大急ぎで走った道を今度は鼻唄を歌いながら歩いた。
第二話 始まりの余寒
外は朝よりも随分暖かくなっており、気持ちの良い風がふいていた。蝶の1匹でも飛んでくるのではないかと言う位心地よかったが、残念ながら彼女は道中1匹も見つけることは出来なかった。
「あっ、ホイップ~!」
寮に着くと、先に待っていたクレアが手を振った。側にはクレアの荷物と思われる黒塗りのスーツケースがあった。
「クレア、早くない?」
ホイップは驚いた。まだ12:16だったからだ。彼女自身、少し早すぎたかなと思っていたところだった。
「いヤー。お昼ごはんが待ちきれないネ」
クレアはにっこり笑ってお腹を押さえた。ホイップは苦笑いした。
「アレ、そういえばホイップの荷物ハ?」
クレアはホイップの周りを見渡しながら尋ねた。
「ああ、それは後のお楽しみ☆」
ホイップが口元に手を当てた。クレアはきょとんとした。
数分後、今度はシャーベットが真顔で本を読みながら大きなリュックサックを背負って来た。
「それなに入ってるの?」
ホイップはリュックのあまりの大きさに思わず聞いた。
「……本よ」
シャーベットは本を読みながら答えた。本と言うには多すぎるのと、見るからに重そうな荷物を表情ひとつ変えずに持つ彼女にホイップ、クレアは感心した。
集合時間の少し前になって、ドーナがクレアと同じくスーツケースを引いてやって来た。彼女は元気にヤッホーと3匹に言った。
「これで全員集合ね……ホイップ、荷物は?」
ドーナはホイップが学校用の鞄しか持っていないことを不審に思った。
「ふっふーん(誇)。3匹とも自分の部屋に荷物を置いたら私の部屋に来てみて、それからのお楽しみよ」
ホイップはドヤ顔をした。ドーナはやはりクレアと同じくキョトンとした。
4匹は寮の中に入った。エントランスには来たばかりの他の生徒たちや上級生が話をしていた。奥にはラウンジがあり、生徒が飲み物を飲みながら座って会話をしていた。ホイップたちは自分の部屋がある西棟の2階に行った。
「私は270番だからここね」
まずドーナが部屋を見つけた。続いてクレア、シャーベット、ホイップもそれぞれの部屋を見つけた。クレアは268番、シャーベットは273番。ホイップは265番だったが、4匹の部屋はそこまで離れてはいなかった。
ホイップは自分の部屋のドアを開けて中を覗いた。
そこには、彼女の部屋より少し広い空間が広がっていた。奥には大きな窓がついており、町が見渡せた。隅の方に小さな勉強机とベットがあり、トイレと風呂がついていた。なかなかいい部屋じゃないとホイップは思った。
他3匹は荷物を下ろすと、早速ホイップの部屋に向かった。
「さあ、荷物はどうしたの?」
ドーナが聞いた。ホイップは鞄から先程の緑色の箱を取り出した。
「これでーす」
ホイップは箱を見せびらかすと、さっき魔法でこの中に荷物を積めたと自慢した。
「ほんとニ? すごいのネ」
やはりクレアは目を輝かせていた。それと対照的にドーナはいぶかしむような目で、シャーベットはそもそも本を読んでおり見ていなかった。
「……お、驚くのはこれからよ。この箱を開けると……」
ホイップがえい、と緑色の箱を開けた。すると、箱から光が漏れ魔法を使ったときと同様に部屋中を覆った。4匹は目をつむった。
直ぐあと、4匹が目を開けるとそこはごみ屋敷と化していた。どうやらホイップの部屋の散乱をそのまま箱にまとめたようでホイップの見たことのある惨事が広がっていた。
「こっ、これはひどイ」
クレアは思わず口にした。ドーナは笑い転げた。
「あっははは!!やっぱりホイップね!(笑)」
ホイップは顔を真っ赤にした。
4匹、というよりもほぼホイップは部屋の整理を終えて、1階中央食堂に向かっていた。
「やっとお昼ご飯ネ」
クレアが待ってましたとばかりに言った。
「メニューは何かしらね、片付けでお腹ペッコペコ」
ホイップは少し疲れた様子で言った。
「あっ、あったあった」
ドーナが食堂の入り口を指差した。入り口の向こうには沢山の椅子と机が置いてあり、多くの生徒が食事をとっていた。奥にはトレーや食器が並べられたスペースがあり、そのまた奥の厨房では、コックが忙しそうに生徒に食事を提供していた。
「早く行きまショー!」
クレアは一目散に向かった。3匹はクレアの後を追いかけた。
昼ご飯はパスタだった。4匹が食べ終えると、ドーナが口を開いた。
「これからどうする?まだ時間がたっぷりあるわ」
そうねぇ、とホイップはナプキンで口を拭きながら考えた。
「そうだ、商店街に遊びに行かない?駄菓子屋のおばちゃんに入学したよって伝えたいな」
ホイップは思いついたように言った。クレアも賛成した。
「確かに、ついでに色々買っていきましょ」
4匹は早速寮を出て商店街に向かうことにした。
彼女らが和気あいあいとしている隅で、先程の影がまたホイップを覗いていたが、彼女は話している途中だったのか気づかなかった。
20分後、4匹は「コートイズミ商店街1番通」と書かれた大きなアーチの前に着いた。そのまま中に入り、駄菓子屋に向かった。周りでは、コートイズミでとれた野菜や魚、肉などが売っていた。
駄菓子屋の前に着くと、レジで店番をしていた老いた「ヒツジ」のママルが彼女らに気づいた。
「あら、4匹とも久しぶり」
「おばちゃん、久しぶり!」
ホイップは元気に挨拶した。
「そういえば、今日はあなたたちの中学校の入学式だったんだってねぇ。ほんと大きくなって……」
「ヒツジ」のママル、ワタは笑顔で話した。全身が白い毛で覆われており、目は黒で老眼鏡をかけており、背はハギより少し小さいくらいだった。
「ええ、今日はそれを伝えに来たの」
ドーナが言った。
「たっくさんお菓子も買うのネ」
クレアが早速かごをとってお菓子を物色し始めた。
「……そうねえ、入学式祝いに今日はそのかごに入れるだけ入れて持っていきなさいな」
ワタが言った。ホントに?とホイップは嬉しそうにかごを取ってお菓子を選び始めた。ドーナも負けじと向かった。
「ほおら、シャーベちゃんも持っていきな」
無言で本を読んでいたシャーベットにワタはかごを手渡した。
「……ありがとう、ございます」
シャーベットはかごを受け取ると、少し笑顔になってホイップ達の元へ向かった。ワタはその様子をみてフフッと笑った。
「いや~たくさんもらっちゃった☆」
ホイップは満足した様子で歩いていた。3匹もそれぞれお菓子をつめた袋を持っていた。
「私もチョコいっぱいゲットしたネ」
クレアは袋いっぱいにチョコレートを入れていた。ドーナはそんなに食べて飽きないのかと聞いた。
「チョコはいつ食べても新鮮だから大丈ブ!今日で全部食べちゃうネ」
鼻血出すわよ、とドーナは呆れた。シャーベットは相変わらず本を読んでいた。
「さっ、商店街はこれくらいにしテ、ショッピングモールで小物でも見に行きまショ」
クレアが言ったので、4匹は商店街を出て、ショッピングモールへと向かった。
影は道端の木の上からホイップを見張っていた。
4匹はモールにつくと、いろんなお店を回って自分の部屋を飾り付けするためのものや、文房具などを買っていった。最初に入ったお店でホイップは部屋中に張り付けるつもりだと言いイチゴのシールを、クレアは棚に飾る飛行機の模型を、ドーナは部屋を美しくするためとにラベンダーの香りがする香水を、シャーベットは本が傷つかないようにと本のカバーを買った。次に入った店では4匹でお揃いのシャープペンシルと消しゴムを買った。
その後、ゲームセンターにあったプリクラで写真を取った。ホイップとクレアはドーナが加工した自分と4匹の集合写真をもらい、あまりの加工に若干引いた。シャーベットは盛られた自分と仲間たちとの写真を受け取って、特に何も言わずにしかし丁寧に鞄にしまった。
やはり影は常にホイップを見張っていた。彼女は時々後ろを振り向いたが、先ほど見つかってから用心深くなったのか振り向いたときにはもう影は消えていた。ホイップは不思議に思ったが、楽しさですぐに忘れてしまった。
たくさん買い物をしてからショッピングモールを出たところで、シャーベットを除いた3匹はわいわい話していた。
「せっかくだし寮に帰ったら私の部屋でお菓子パーティーでもしない?」
ホイップが提案した。
「部屋はもう片付いたノ?」
クレアが聞いた。もっちろん、とホイップは答えた。
それじゃあ決まりね、とドーナが言った。少し歩いてから、シャーベットはホイップの方を見て口を開いた。
「……あなたお菓子の袋はどうしたの?」
ホイップはビクッとした。あわてて身の回りを探したが駄菓子の袋は見当たらなかった。
「もしかして、お店においてきちゃったかも」
ドーナ、クレアは呆れたように手を振った。
「ハァ~。一緒に探すヨ」
「どうせすぐ見つかるから2匹でいってらっしゃい」
そういうわけで、ホイップとクレアは袋を探しに、ドーナとシャーベットは入り口で2匹を待つことにしたのだった。
「私はお店を見てくるかラ、ホイップは落とし物センターに行ってきテ」
ホイップはうん、とうなずいてクレアと別れた。
クレアは先ほど4匹で行ったお店を順に回った。しかし、どこにも見当たらなかった。
ホイップは落とし物センターを探すことにした。彼女はエスカレーターの近くにあった地図を見た。落とし物センターは1階の端にあった。ホイップは急いでそこへ向かった。
少しして、ホイップは静かな場所に出た。彼女はショッピングモールとは思えない静けさを不審に思った。
すると、後ろから「止まれ」と声がした。ホイップは思わず振り返った。
そこには先程からずっとホイップをつけていたと思われるママルがいた。ママルはフードつきのジャケットを着ており、姿はわからなかった。
「誰……?」
ホイップは明らかに怪しい影に恐る恐る話しかけた。
「俺の名前はどうだっていいだろう」
影は低い声で話した。
「単刀直入に言う。お前の持っている赤い教科書をよこせ」
ホイップは一瞬たじろいだ。
「もしかして、あなた教室の外から見ていた……ずっとつけていたの?」
「ああ、そうだ」
影はいたって冷静だった。
「じゃあ、私以外があの教科書を開いたらどうなるかも知ってるでしょ。それに今私は教科書を持っていないのよ」
ホイップは後ろに2、3歩下がりながら言った。影は違う、という風に首を振った。
「そうか、お前はまだ知らないのか」
影はホイップの方へゆっくり歩き出した。ホイップは怖くなって逃げようとした。しかし、彼女は動けなかった。下を見ると、足元が黒く覆われていた。そんな、動いてとホイップは必死にもがいた。
「無駄だ。さあ、赤い教科書をもらおうか」
ホイップは恐怖でその場にうずくまった。その時、遠くからクレアの声がした。
「あっ、何やってんダお前!!」
その声に気づいた影は舌打ちした。そして何かを唱えると、影は地面の中にみるみる吸い込まれて消えてしまった。ホイップは影が消えた安堵からか地面にへたり込んだ。
「大丈ブ!? あいつは誰なノ?」
クレアはホイップの元に駆け寄って彼女を立たせた。ホイップは知らないと首を振った。顔はまだ強ばっていた。
「……とにかく帰りまショ。寮まで行けばアイツもきっと追ってはこれないネ」
うん、とホイップは静かにうなずいた。そして、クレアと並んでモールを出た。
出口で待っていたドーナ、シャーベットはホイップの顔を見て思わず駆け寄った。クレア、ホイップは経緯を説明した。
「あの教科書を狙うなんて……でも『まだ知らない』って一体何のことなのかしら」
ドーナは少し考えてから、今はホイップの方が優先だと切り替え、とにかく急いで帰りましょうと言った。
寮に着いて、3匹はホイップを部屋まで送った。そしてそのまま部屋に上がった。ホイップは顔色も大分良くなっていた。
「みんな、ありがとう」
ホイップは素直に感謝した。
いいのよ、とドーナは言った。それよりも、とドーナは袋をあさってありったけのお菓子を取り出した。クレア、シャーベットも同じ様に取り出した。
「ほら、お菓子パーティーしまショ。こんなにたくさんのお菓子3匹じゃ食べきれないネ」
ホイップは思わず目が潤んだ。彼女は結局お菓子の袋を見つけることができず悔やんでいたのだ。ホイップはあわてて涙を拭いた。
「うっ、みんな……」
「さっ、食べましょう」
4匹は和気あいあいとお菓子を食べた。
第三話 初恋の予感……!
翌朝、影が赤い教科書を狙って生徒を襲いかけたというニュースは瞬く間に広がっていった。ドーナがホイップに許可をとった上でハギに相談してくれたのだった。教師一同は朝の会議でしばらく学校、寮そして通学路の警備を厚くすることを決定し、登下校も集団で行うことになった。
「はあ~。もう好き勝手外出できなくなったし、ほんと迷惑しちゃう」
ホイップは朝の会でハギから連絡を受けたあと、クレアにぼやいていた。
「まア、ホイップがまたひどい目にあわされるよりましネ」
クレアは同情した。そして今日は部活ガイダンスがある、と話を切り替えた。
「ホイップはどんな部活があるか知ってル?」
「うーん。野球部とかがあるのは知ってるけど……あんまり興味ないなぁ」
ホイップは手を組んで言った。そこへ席に着いたドーナが話に入ってきた。
「そういえばこの学校、魔法研究会なるものがあるらしいわ」
魔法研究会? ホイップ達は声を揃えて言った。
「ええ、実用的な魔法の研究をする部活だって」
ふーん、面白そうねぇ。ホイップは少し興味を持った。魔法は得意だったからだ。
「なんでも部長はイケメンっていう話よ」
クレアはイケメンというワードに食いついてドーナにつめよった。身長はどれくらいか、どんな色かなどを次々に聞いた。ドーナはクレアの真剣さに苦笑いして、あくまで聞いただけだから知らない、と言った。クレアはなんダとがっかりしたように席に着いた。
その間、ホイップは魔法研究会のことを考えていた。まあガイダンスを聞いてから考えよう、と彼女は次の時間使う数学の教科書を用意した。
しかし、その日1日の授業はすべてガイダンスで、教科書は必要なかった。ホイップは重い荷物を持ってきたことを後悔した。
その日、数学と国語、お昼ごはんを挟んで魔法の授業のガイダンスがあった。魔法の授業は、魔法を3年間かけてより高度なものまで成功させるようにする授業らしかった。魔法の担当教師は次の授業からホイップが魔法詠唱時に使っていた懐中時計を持ってくるように指示した。
その後、小体育館という場所で学年集会が行われた。そこでは、1年生の担当教師の紹介や、1年のイベントの紹介が行われてた。
「……中間テストが終わってから7月には体育祭、それから夏休み中には2泊3日の宿泊研修があります、良いですねぇ」
イベント紹介の担当をしていたハギが淡々と喋っていた。ホイップはテストは嫌だったが、それ以外のイベントにはドキドキしていた。
「良いですねって、先生も一緒に行くじゃない」
ドーナは小声で隣に座っていたホイップに話しかけた。ホイップも確かに、静かに笑った。
「それから、8,9月にはこの後ガイダンスがある各部活の大会があって、9月終わり頃に期末テスト。ここで前期は終わりになりますね」
その後、1年A組はハギに連れられて、校舎見学をした。一階フロアにある小体育館を出て、順に体育館、職員室。2階に上がって、理科室、調理室、そして3階フロアの図書室を見た。
「この学校はコートイズミにある中学校の中で一番新しくて、電気から水から全部ここだけで賄えるようになってるんやって。だからもしもこの学校が宙に浮いても大丈夫って訳やね」
ハギは各施設の説明をしながら同時にこの「コートイズミ第3中学校」の説明も冗談を交えながらしていた。
そして、最後の授業は朝クレアが言っていた部活ガイダンスだった。1年生は体育館に移動して部活の紹介を聞いた。
サッカー部から順に、野球部、卓球部、弓道部、科学部が壇上でガイダンスをして、それから休憩に入った。4匹は紹介されたあの部活面白そうだった、この部活は辛そうだなどを話していた。
「キュウドウブ、とっても面白そうだったネ」
クレアは弓道部にとても興味を持ったようだった。そして、ドーナに入りたい部活は見つかったかどうかを聞いた。
「うーん。まだないわねぇ」
ドーナはあまり興味を持たないようだった。ホイップも同じだった。
「やっぱり魔法研究会が一番の候補かしらね」
ドーナは言った。そこで、休憩時間が終わり集合の合図がかかったため、4匹は話を止めて戻ることにした。
後半、美術部と文芸部、合奏部まで紹介された。ホイップは合奏部の演奏した知らない曲に感動していた。
そして、魔法研究会の紹介が来た。ホイップは注目した。そして、1匹の「イヌ」のママルが登壇した。
ホイップはそのママルを見たとたん、まるで撃ち抜かれたような衝撃が走った。何しろそのママルはドーナが言っていたイケメンで、しかもホイップのタイプだったのだ。登壇したママルは軽い自己紹介をした。
「こんにちは。僕は『魔法研究会』で部長をやっているロカって言います」
ロカと名乗った赤色のママルは魔法研究会の紹介を始めた。ホイップは紹介には目もくれずずっとロカを見ていた。
教室に帰ってからも、ホイップはずっとニヤつきながらロカのことを考えていた。ドーナはキモいといった目でホイップを見ていた。クレアはロカはあまりタイプでは無かったようで、やはり白い目でホイップを見ていた。
「ホイップ、あなた気持ち悪いわよ」
ドーナは耐えきれず遂に言った。
「いやぁ、だってかっこ良かったんだもん」
ホイップは乙女の目で宙を見ていた。彼女はドーナの悪口には目もくれず自分の世界に入っていた。ドーナは気を取り直して、結局どの部活に入るかをクレア、シャーベットに聞いた。
「そうネェ……やっぱりキュウドウブ、面白そうネ」
「……文芸部かしら」
2匹は答えた。クレアはあなたはどうなノ、とドーナに聞いた。
「私はもちろん魔法研究会よ」
ホイップはそれを聞いてとっさに反応した。
「ドーナも行くの?魔法研究会」
ドーナは驚いて、ええと行った。
「ホントに?じゃあ今日早速いきましょ、体験!」
それもいいわね、とドーナは納得した。そして、放課後ホイップとドーナはクレア、シャーベットと別れて魔法研究会の部室がある3階奥の教室に向かった。
部室の扉の前につくと、ホイップは急に緊張し始めた。ロカがこの中に居る、そう考えただけでも胸がドキドキした。その様子を見たドーナが少しイラついて早く開けましょうとホイップを催促した。ホイップはゆっくりとドアを開けた。
「しっ、失礼しまーす」
ホイップは部室に顔だけ入れて辺りを見渡した。
そこは教室よりも少し大きい部屋で、机や椅子は数個しかなかった。奥では、部員と思われるママルが数匹、体験会に来ていた生徒に説明をしていた。ドーナはホイップを押して無理やり部室に入った。
「あっ、君たち体験会に来たんですか」
ホイップ、ドーナは声のした方に振り向いた。そこには、ロカが立っていた。遠くから見ていてもだったが、近くで見るとやはりイケメンだった。体は全体が赤色だが、首もとや手首足首、耳の内側は若干薄く、目の色は紫色だった。
「あっ、ロ……カ先輩」
ホイップは顔を真っ赤にした。
「そうです。体験に来たんです」
ドーナはもじもじするホイップとは裏腹にハキハキと話した。彼女も彼女で緊張はしていた。
「そうですか、では向こうの席に座って待っていてください」
ロカは椅子がある方を指差した。ホイップ達は返事をして椅子に座った。荷物は椅子の横においた。
少しして、ロカが紫色の懐中時計を持って2匹の方へやって来た。
「君たち、今これは持ってますか?」
ロカは懐中時計を2匹の方へ近づけた。2匹は持っています、と鞄からそれぞれ取り出した。ドーナの懐中時計は青色だった。
「ガイダンスでも話しましたけど、僕たちの部活は魔法を研究しているんです、実用的なね。例えば……」
とロカは懐中時計の横のボタンを押し魔法詠唱を開始した。
「スタート! マカロンメイクエンパッション、女神様、僕に力を! 魔法よ、2匹にお茶を出してくれ!」
ロカは懐中時計をぐっと持ち上げると懐中時計はカッと光だし、ホイップ達の目の前を包み込んだ。すると、そこからオシャレな机、それにマカロンが4つに紅茶まで現れた。2匹はすごい、とため息を漏らした。
「まあ、ざっとこんなもんです。さあ、召し上がれ」
ロカがパチンと指を鳴らすと、紅茶のポッドが持ち上がり2匹のカップに注がれた。ドーナは紅茶を1口飲み、美味しいと言った。
「ありがとうございます。食べながらで構いませんよ」
そして、ロカはガイダンスでは説明しなかった研究会の詳細を教えてくれた。部員は2,3年生でおよそ15匹。顧問は昨日ホイップが赤い教科書を取りに行った際、ラメルを連れてきていたウカンだった。ロカが言うにはウカンは見た目と裏腹にとても強い魔法使いであるようだった。ホイップは驚いた。
全て話してから、ロカは質問はありますか、と聞いた。2匹は首を振った。
「それじゃあ、実際に活動に参加してみてください。机や荷物は僕がやっておきますから」
「……お菓子までもらったのに、悪いです」
ホイップは言った。しかしロカはいいんですよ、と爽やかに笑った。その表情がまたホイップのハートを射貫いた。そして、ドーナはありがとうございます、とぼーっと立っていたホイップを引っ張って他の部員のもとへ向かった。
体験会が終わって帰り道、ホイップはずっとロカのあの笑顔を思い続けて、時々にやついていた。
「……あなた、こういうのもなんだけど少し変よ」
ドーナもうんざりしていた。ホイップはそう?とゆっくりドーナの方を見た。目はトロンとしていた。
これは一目惚れみたいね、とドーナは呆れて首を振った。
寮に帰ると、ラウンジでクレアとシャーベットが座って話していた。(というよりはクレアが一方的にシャーベットに話しかけていた)
ホイップとドーナは近くの椅子を持ってきて、2匹の近くに座った。そして、ドーナは愚痴るように事の顛末を話した。
「あハ、2日目から恋って面白いネ」
クレアは笑いながら言った。ホイップは必死に反論した。自分は恋はしていない、ただロカのかっこよさにうっとりしただけだと。クレアは、きっとそれを恋と言うのヨとバッサリ切った。
「あなたたちはどうだったの、部活の体験」
ドーナは2匹に聞いた。クレアは待ってましたとばかりにハイと手を上げて話し始めた。
「キュウドウブ、最高だったネ!先輩が弓をひく姿とっってもかっこ良かったヨ。私も何回かやらせてもらって、全然的に当たらなかったケド、それでも楽しかったネ!」
クレアは熱弁した。ドーナはクレアの笑顔を素直に喜んだ。シャーベットはどうだった、と聞いた。
「……静かでいいところだったわね」
シャーベットは笑みを浮かべた。4匹とも、特にクレアは体験会には満足した様子だった。
夜ごはんを食べて、風呂に入って、ホイップはベットで横になった。目をつむると、脳裏にロカの笑顔が浮かんだ。ホイップは興奮してなかなか眠れなかった。
そして翌朝、ホイップは起きるとすぐに入部届を記入して、学校でハギに提出した。ハギは、あまりの早さにちゃんと体験会に行ったかどうかを聞いた。ホイップはもちろん、と熱心に言うとハギはそうか、と彼女の勢いに苦笑いして受け取った。その放課後、ドーナ、クレア、シャーベットも入部届を書いて提出した。クレアはキュウドウブの漢字が分からず少し苦戦していた。
かくして、ホイップとドーナは魔法研究会、クレアは弓道部、シャーベットは文芸部に所属することになったのだった。
第四話 入学後テスト!?
1週間後、流石にホイップの興奮も落ち着き授業にも慣れてきたある日の帰りの連絡中、事件は起こった。
「そういえば、明後日『入学後テスト』があるんで対策しとけよ~」
ハギがさらっと言ったので、クラスが少し固まって、数秒後に騒ぎ出した。
「えっテスト?聞いてないよ!」
ホイップは急な知らせで焦り出した。
「あれ?配った行事予定表に書いてなかったっけ」
ハギは壁に貼ってあった行事予定表に目を通した。そして「入学後テスト」と書かれた欄を指差して、「ほぅらあった~」と嬉しそうに言った。とにかく小学校でやった範囲が出るから復習をちゃんとすれば問題ない、とハギは付け加えた。
放課後、ホイップ達いつもの4匹は残ってテストの話をしていた。
「なんでもっと早く教えてくれないのかなぁ」
ホイップはうなだれていた。それを見たドーナは予定表をちゃんと見ていなかったホイップが悪いわね、と呆れた。
「もしかしテ、ドーナはわかってたノ?テストのコト」
クレアは聞いた。ドーナはええ、と胸を張った。クレアはすごいネェ、と感心した。ホイップは科目や試験時間などをドーナに尋ねた。
「えーっと、確か……国語、算数、理科、社会、魔法の5科目で魔法以外は20分位のテストだったはずよ」
ホイップはホウホウと、うなずいた。魔法はどんなことをするのかも聞いた。
「さあ……まあ多分物を動かせ、とか宙に浮いてみろ、とかその程度だと思うわ」
なんだ、とホイップは安堵した。そして、時計をチラッと見てもう部活の時間だとドーナに伝えた。あら、そうね。ドーナは荷物を片付け始めた。
「クレア達も部活なの?」
ホイップは荷物を積めて、カバンを閉めながら聞いた。
「私は違うネ」 「……この後、あるわ」
2匹はそれぞれ言った。
「クレア、あなた大丈夫なの?部活の生徒以外は集団下校でとっくに帰っていることになってるわよ」
ホイップが影に襲われた事件の余波は未だに続いていた。来月までは厳戒態勢は続くらしかった。クレアは大丈夫、と言った。
「どうせ私は教科書シロイから問題ないネ!」
クレアはグッドポーズをして言った。その元気はどこから来るの、とドーナはあきれた。
2匹と別れた後、ドーナ、ホイップは部室に向かっていた。
「本当にどうしよう、テストの対策」
ホイップはまだ悩んでいた。
「心配なら、先輩にでも聞いてみたら?」
ドーナは言った。ホイップはそうね、と納得した。
その後、部室でホイップは一緒に魔法の練習をしていたロカに入学後テストについて聞いていた。
「そうですね……2年前のことなのでよく覚えてはいませんが、ハギ先生の言う通り、小学校の知識からしか出ないので、教科書をしっかり読んでおけば問題ないと思いますよ」
ロカはホイップに言った。ホイップは一言一句聞き逃さずに聞いていた。そこに、ロカの同級生と思われる生徒が割り込んできた。
「おいおい、それはお前の頭がよかったからだろ」
「ネコ(スコティッシュフォールド)」のママル、ユーリは言った。体は薄い橙色ベースで縞模様が時々入りまじっていた。お腹の部分が白色で耳の内側が赤色、目は青色。身長はロカと同じくらいだった。
ユーリ先輩、とホイップは言った。
「おう、ホイップ。テスト頑張れよ。ところでロカ、少しいいか?」
ロカが「ああ」と言い、ホイップに魔法の練習を続けるよう伝えると、ユーリとロカは部室の外に出てなにやら話し始めた。
「一体何の話かしら」
ドーナがホイップの元に寄って話しかけてきた。彼女はユーリに魔法を教えてもらっていたので、ホイップと同じく暇だった。ホイップはさあ、と答えた。
ロカ達が戻ってきたのはちょうど部活の終わる頃だった。一緒にウカンも部室に入ってきたので、ミーティングが始まった。
「それでは、1年生は基礎魔法に早く慣れるように頑張ってくださいね」
ミーティングの終わりにウカンがホイップ達1年生に言った。1年ははい、と返事をした。
「じゃあ今日は解散です」
部活の後、ホイップは思いきってロカに何の話をしていたか聞くことにした。ホイップは恥ずかしがりながら、ユーリと一緒にいたロカに話しかけた。
「ああ、大会ですよ。……そうだ、ホイップはまだ知らないんですね」
ロカは言った。ユーリは嬉しそうに話を始めた。
「大会ってのは年に2回、5月と8月に開かれる『コートイズミ魔法技能大会』のことさ。俺たち2,3年は毎年5人選抜してこの大会に出るんだ」
そして、ここで準優勝以上の成績をとると全国大会に行けることや自分とロカがメンバーとして既に選ばれていることも話した。
「だから、大会の対策をウカン先生と話していたんですよ」
ロカは言ってニコッと笑った。そして、「また明日」とユーリを連れて部室を出ていった。
「大会ねぇ……私も出たいな」
ホイップは独り言を言った。それを聞いていたドーナがすかさず反応した。
「聞いてなかったの、1年は出られないのよ。それよりもテストの対策をしないとね」
ホイップは急に現実に戻された気がして落ち込んだ。
その夜、ホイップは自分の部屋で机に向かって理科の勉強をしていた。意外に覚えていたのか、勉強はすらすら進み9時前には終わった。彼女は一息ついて、愛しのロカのことを考え始めた。
(ロカ先輩は大会のメンバーなんだ……確かに部長で、魔法もうまくて、かっこいいしなぁ)
ホイップはロカが魔法を詠唱する姿を思い浮かべた。そして、自分もロカと大会に出て活躍したいと思った。そこで彼女は現実に戻った。目の前には、あと2日と書かれたさっき作ったカレンダーが貼ってあった。
「よーし、次は社会やろーっと」
ホイップは気を取り直して、社会の教科書を取り出した。これは少し苦戦して、結局彼女は11時前に寝た。
そして、テスト本番。ホイップ達は算数、国語、理科、社会の順にテストを終え、残りは魔法だけとなった。
「魔法の試験は小体育館で行うらしいんで、呼ばれた生徒は荷物を持って迎えよ~。魔法の試験が終わったらそこからは放課後になるから、向こうの指示にしたがって5匹1組で下校することになります。オッケー?」
ハギは既に疲れかけていたクラスに向けて言った。数人の生徒が返事をした。
「それじゃあ、前の列から10匹くらい小体育館に向かってってください」
前から10匹の中に入っていたホイップ、ドーナ、そしてクレアが立った。3匹はシャーベットにまたね、と挨拶をすると小体育館へ向かった。
ホイップ達は小体育館前に並べられた椅子に座っていた。そして、色々な生徒が小体育館を出たり入ったりするところを見ていた。
途中、ドーナが呼ばれた。ホイップとクレアは手を振って応援した。ドーナは「ありがとう」と手を振りかえして小体育館に入った。
「次、入ってください」
ホイップの番になった。彼女は懐中時計を持って椅子から立ち上がった。座っていたクレアは頑張って、と手を振った。
ホイップが部屋に入ると、既に数匹の生徒がそれぞれ1匹の先生の前で魔法のテストを受けていた。生徒は緊張で表情が固かった。
ホイップは空いている場所に行った。そこにはウカン先生がクリップボードとボールペンを持って笑顔で待ち構えていた。ホイップは急に緊張が込み上げてきた。何しろ目の前の試験監督はロカの言うには「強い魔法使い」だったからだ。ウカンはホイップの用意ができたのを確認すると、ゆっくりと口を開いた。
「それでは、これから入学後テスト、魔法の試験を開始します。用意は良いですか、ホイップ」
ウカンはニッコリ笑った。「は、はい」とホイップは驚いて答えた。
しかし、魔法のテストはホイップの予想していたよりも上手く進んでいた。ドーナの予想通り宙に浮いてみろだったり、用意したスプーンを曲げてみろ、だったりとホイップには簡単なものばかりだった。ウカンは彼女の出来の良さに感心したように何度もうなずいた。
「……素晴らしい。それでは最後のテストです」
ホイップはゴクリ、と息を飲んだ。ウカンは持っていたクリップボードを見つめて少し考えた後、決心したように言った。
「ホイップ、今から私は校内のある場所に移動します。私がどこに移動したか当ててみてください」
ウカンが言い終えると、懐から黄色の懐中時計を取り出し、「スタート」と言った。すると、ウカンの姿は消えてしまった。
ホイップは呆然とした。魔法で誰かのいる場所を知るなんて小学校ではやっていなかったのだ。彼女は焦り出して周りを見た。彼女の周りでは他の生徒が一生懸命テストをやっていた。
ホイップは深呼吸した。そうだ、これはテストだ。彼女は手に持っていた懐中時計の横のボタンをゆっくりと押した。そして、先程までウカンの目の前で見せていたような魔法詠唱を開始した。
「スタート! ホイップロールエンハート! 女神様、私に力を! 魔法よ、ウカン先生のいる場所を教えて!」
懐中時計から放たれた光がホイップの体を包んだ。ホイップは眩しさで目をつむった。
光が弱くなって、彼女が目を開けるとそこには小体育館ではない別の場所が映し出されていた。周りには机や椅子があったが、生徒は誰もいなかった。ホイップは地面を見下ろして、若干背が伸びたのかと思った。そして、これがウカンの見ている景色だと気づいた。
「もしこれが先生の見ている景色なら……」
ホイップは何か場所が分かるような目印を探した。そして黒板の端に書かれた日直の欄を見てはっとした。そこには「ラメル」とかかれていた。彼女は赤い教科書をもらった時のことを思い出した。
「ラメルはC組だと言っていたはず……だとしたら、ウカン先生がいるのは『1年C組』だ!」
その時、急にホイップの視界が歪み始めた。ホイップはめまいがしてその場に倒れた。
「大正解。流石です、ホイップ」
ホイップが目を覚ますと、元の小体育館に戻っていた。ホイップはウカンが差し出した手をつかんでゆっくりと起き上がった。
「……それでは、これでテストは終了です。荷物を持って玄関に向かってください」
ウカンはホイップが立ち上がったのを確認すると言った。ホイップは「は、はい。ありがとうございました」と状況をうまく飲み込めないままウカンに言って、小体育館を出た。
(赤い教科書をもらったのも納得です。彼女ならきっと……)
ウカンは自信に満ちたような顔でホイップの背中を見つめていた。
小体育館を出て玄関に向かう途中、まだ呆然としてホイップはウカンに言われたことを思い出していた。
『流石です、ホイップ』
ホイップはついに、自分が褒められていることに気づいて顔がにやけ始めた。
「えっへへ~、テストうまく行ってよかった☆」
テストの余韻に浸る間もなく、ホイップは玄関に着き、そこにいたブルーハートの誘導を受けた。
「ちょうど良かった、これで5匹ですね」
玄関の先には、ドーナと他ホイップの知らない生徒が3匹居た。3匹は集まってホイップをにらんでいた。ホイップはその剣幕に押されて苦笑いした。
「はい、それでは不審者に気をつけてさようなら」
ホイップ達は「さようなら」とブルーハートに言って、一緒に歩き出した。ホイップはドーナと魔法のテストのでき具合を話していた。
「どうだった?テスト」
ホイップはドーナに聞いた。ドーナは難しい顔をした。
「微妙ね。最後のテストで好きな食べ物を出せって言われたでしょう。それで私オムライスを出したのよ。ちゃんと出したのに試験監督ったらそれを一口食べて何て言ったと思う?『あんまり美味しくないわね、減点』だって!味も採点するなら先に言って欲しいのよ!」
ドーナは喋りながらだんだん怒りが込み上げ、ついに爆発してしまった。ホイップは「ははは……」と苦笑いして、それから最後のテストの内容を疑問に思った。
「あれ?私最後のテストは試験監督が魔法で移動するから場所を当ててみろってテストだったよ」
ドーナは不思議に思った。
「人によってテストが違うのかしら、それともあなたが『赤い本』持ちだからかしらね」
ドーナの言葉に、先ほどホイップをにらんでいた3匹組の耳がピクッとなり、足が止まった。ホイップは3匹の方を見た。
「……アンタ、もしかして赤い教科書持ちか?」
3匹のうちの中央にいたメスのママルがホイップに尋ねた。
「ええ」とホイップは恐る恐る答えた。すると、そのママルは急にその場でキレ始めた。
「ええっ、いやなになに!?」
突然のことでホイップもドーナも驚いた。すると、3匹のうち喋っていなかった残りの2匹がホイップを指差した。
「お前でヤスね!こんなくだらない集団下校にさせたのは!」
「お前のせいで姉貴がどれだけ苦悩したか!!」
2匹も明らかにホイップに対して怒っている様子であった。2匹は「姉貴」と呼んだママルの前に立って話を続けた。
「姉貴は小学生の頃から1日コートイズミ一周のランニングを欠かさなかったでヤス。来る日も来る日も、努力を欠かさない姉貴の姿……かっこよかったでヤス」
「しかし!お前が不審者に会ってからというもの、外出は自由にできなくなり、挙げ句の果てに姉貴の一番嫌いな集団下校をする羽目になった!」
ホイップは2匹の文句の内容に反論できず、困ってしまった。そこにドーナが割り込んで2匹の元へ行った。
「あなた達、自由と安全どっちが大事なのよ!ホイップだって会いたくて影にあった訳じゃないのよ!」
ドーナは物凄い剣幕で2匹に向かって叫んだ。2匹は尻込みして「姉貴」の後ろに隠れた。「姉貴」は少しは怒りが落ち着いたのか、「まあまあ」とドーナに言った。
「ほーん。不審者にあったのはやっぱりホイップだったんだな」
「姉貴」は自信ありげに言った。ドーナは余計なことを言ってしまった、と口をつぐんで下を向いた。「姉貴」はそんなドーナを放ってホイップの方を見た。
「おい!ホイップとか言ったな。今からアタイ達と勝負してもらおうか!」
しょうぶ? ホイップは思わず聞き返した。
「ああ、『しょうぶ』だ!もしアンタが勝ったら今回は見逃してやる。だがもしアタイらが勝ったら、お前のその赤い教科書をもらおうか!」
ホイップは驚いた。赤い教科書をもらうだって?そんなの絶対嫌だ。一方ドーナは顔を上げて必死に抗議した。
「何なのよあなた達!ホイップの教科書を取ろうだなんて、まだ名前も知らないのに!!」
ドーナは怒りで顔が真っ赤になった。「姉貴」は「そうだな」と子分2匹を促した。子分はサッと姉貴の前に出た。
「あちきはトリー、「姉貴」の忠実な部下でヤンス!」
子分のうちの1匹、「ブタ」のママル、トリーは決めポーズをした。体は薄い赤で手足と尻尾が白色。目は黄色だった。身長はホイップと同じくらいだった。
「ボクはベブ!姉貴を誰よりも慕い、共に行動する者だ!」
もう一匹の子分である「イヌ(コーギー)」のママル、ベブも同じく決めポーズをした。体は薄い青色で、顔や手足は白。目は緑だった。
2匹の紹介が終わると「姉貴」が前に進み出た。
「そしてアタイはボスのマッチャだ!マラソンの怨み、今こそ晴らさせてもらおうか」
と、「ライオン」のママル、マッチャはドヤ顔をした。体は濃い緑色で耳や手足は少し薄く、尻尾の先は真っ黒だった。目は橙色で、その場にいた誰よりも背が高かった。
ホイップ、ドーナは3匹の気迫のこもった自己紹介に「はあ……」と困惑した。マッチャは反応の薄さにカチンと来た。
「てめえ、やる気あんのか!!」
ホイップは「ない」とはっきり言った。
「だいたいこんな町中で勝負なんてしたらめんどくさいことになるに決まってるじゃん」
ホイップの正論に子分2匹は少しうろたえた。しかし、そんなことで易々と引き下がるマッチャではなかった。
「うるせーな!ちゃっちゃとやればいいだろが!!こっちから行くぜ」
マッチャは懐から橙色の懐中時計を取り出した。
「スタート!!」
マッチャの懐中時計が強く光り出した。
「マッチャドリップエンロック!女神様、アタイに力を!魔法よ、砂の像でホイップに攻撃だ!!」
すると、マッチャの目の前の地面から大きな砂の像が現れた。いかつい目付きをホイップに向けた。
「教科書をうばっちまいな!!」
砂の像はホイップ達の方に手を伸ばした。「危ない!」とドーナがホイップを押して、2匹はギリギリ避けることができた。砂の像の伸ばした手は地面にぶつかり、四方八方に砂を撒き散らした。それがドーナに直撃した。
「きゃっ。砂まみれじゃない……許さない!!」
ドーナは汚れた自分の体を見て遂に堪忍袋の緒が切れたのか、鞄から赤色の懐中時計を取り出した。
「スタート! ドーナツベイクエンブレイブ!女神様、どうか私に力を! 魔法よ、3匹組を寮まで吹き飛ばして!!」
ドーナの懐中時計が強く光り、目の前に大きな竜巻が現れた。竜巻は強い風を起こしながらずんずんマッチャ達の方に進んでいった。
「……!おい、守れ守れ!」
マッチャはあわてて砂の像に命令した。砂の像は手で竜巻を押さえようとしたが、竜巻のスピードに押されて吹き飛ばされ、ついに消えてしまった。
「なっ、何ーーー!?」
3匹は迫り来る竜巻になす術なく飛ばされた。
「チックショー!おまえら覚えとけよ!!」
マッチャは吹き飛びながらホイップ達を睨み付けて言った。子分の2匹は恐怖で目を閉じてひたすら叫んでいた。
そうして、3匹は寮のある方向の空に消えてしまった。ホイップは呆然とそれを見ていた。
「……ふう。これでもう大丈夫ね。怪我はない?」
ドーナは3匹組が消えたのを確認すると、ホイップの元にかけよってホイップの手を取った。ホイップは「大丈夫」と立ち上がった。
「ありがとう、ドーナ。魔法すごかったよ」
ホイップはドーナに感謝した。ドーナは照れた。
「でも、あなたが襲われたってことバレちゃったわね。ごめんなさい」
ドーナは言った。ホイップは「ぜんぜん」と首を振った。
「もし、これからあいつらに狙われたらすぐ話してちょうだい。さっ、帰りましょ」
ドーナは鞄を持って言った。ホイップは相づちをうった。
そうして、寮までの帰り道ホイップとドーナは楽しくお喋りをしたのだった。
影は一部始終を見ていた。そして、少し考えた後一旦撤退とばかりにゆっくりと地面に沈んでいった。
「ホイップ!!いつか絶対仕返ししてやる!」
寮の前に吹き飛ばされ、全身が砂まみれになっていた3匹組はとりあえず各々風呂に入ってから、ラウンジで作戦会議をしていた。
「いや、あの魔法を撃ったのは隣の『キツネ』でヤス」
「むしろホイップは何もしていないですね」
トリーとベブは疲れた様子で机に突っ伏していた。マッチャは「わ、分かってる」とテーブルに肘をついた。
「ちっ、あの『オムライスギツネ』に負けるなんて、アタイもまだまだだな……」
マッチャは少し落ち込んでいた。それを見た子分がすかさずフォローに入った。
「あいつはただ体が汚れたことにキレて一時的に魔法のパワーが強くなっていただけでヤス。姉貴の方が強いに決まってるでヤス!」
「その通りです。それに我々はまだ魔法を使っていない。3対2ならこちらの方が有利です」
子分の必死のフォローに姉貴は元気が出たのかフッと笑った。
「……とにかくホイップに勝つためにはアタイらももっと強くならねぇとな。うし、この後すぐトレーニングだ!」
マッチャは立ち上がった。子分2匹も火がついたように立ち上がって「おー!!」と声を合わせた。
影はそんな3匹組をずっとにらんでいた。
2日後のお昼、給食を食べ終えて自席でゆっくりしていたホイップの元にクレアが急いだ様子でやって来た。
「なにーどうしたの?」
ホイップは眠たくなっていた目をこすった。クレアはいいから来て、廊下に出た。
「なになに、一体どうしたの?」
ホイップは廊下を走りながら聞いた。
「入学後テストヨ。順位が玄関に貼り出されてるネ」
「ええ!? 早くない?」
ホイップは驚いた。
「私も驚きネ」
2匹は玄関に急いだ。
玄関前には新入生が大勢群がって、1枚の巨大なポスターを見ていた。そのポスターには「入学後テスト成績順位表」とかかれていた。
ホイップとクレアは生徒を掻き分けてポスターの真ん前に立った。そして、自分の名前を探した。ホイップはすぐに自分の名前を見つけた。
「あっ!やった~!1位じゃん!!」
ホイップは嬉しさのあまりその場で跳び跳ねた。クレアもすぐに自分の順位を見つけた。12番だった。
「私も良かったネ!バンザーイ」
ホイップとクレアははしゃいでその場を後にした。すると、2階へ向かう階段からドーナがシャーベットを引っ張ってやって来た。
「聞いたわ、例のテストもう順位が出てるんですって?急いで見に行ってみるわ」
と本を読んでいるシャーベットの手を引いてママル混みの中へ入っていった。
そして1分後、ドーナはうなだれた様子で戻ってきた。ドーナは5位だった。
「……ホイップ、また負けたわ」
ドーナはとても悔しがって目に涙を浮かべていた。ドーナは5位だった。
4匹はとりあえず教室に戻ることにした。教室に戻ってからドーナが恨めしそうにホイップを見て口を開いた。
「……どうしてずっと対策してきたのにホイップに負けるのかしら」
「でも、5位でもスゴいネ!私なんて2桁ヨ」
クレアは笑顔でフォローした。ドーナはクレアのその能天気さをうらやみつつ、やはりやりきれないといった顔をした。
「私はいい順位を取りたいんじゃなくて、ただホイップに勝ちたいのよ」
そして、ドーナは深く深呼吸して、そして両頬を2回叩いた。
「中間テストでは絶対負けないわ、ホイップ!!」
とホイップに指を差した。ホイップはドーナとの新たな勝負を喜んで受けてたった。
「次も負けないからね!」
クレアは2匹の仲むつまじい様子を微笑みながら見ていた。シャーベットは相変わらず本を読んでいた。
ちなみにシャーベットは6位だったのだが、当の本ママルは全く気にしていなかった。
その頃、順位張り出しの噂を聞いたカーシが玄関のポスターを見ていた。
「げげっ、下から5番目じゃん」
カーシの順位は135位だった。カーシは落ち込んでさっさとその場を去ろうとした。すると、目の前を大きな影が遮った。見ると、ハギが目をギンギンに光らせて立っていた。
「カーシ……こういうテストで120位以下のママルがどうなるか知っているか?」
ハギはドスのきいた声でカーシに言った。カーシは怖さで固まって、「ど、どうなるん……ですか」と聞いた。
「……『補習』だ」
「いっ、嫌だーーーー!」
カーシはハギの口から発せられたその単語の恐ろしさに叫びをあげた。
こうして、入学後テストは1匹を除いて無事終わったのであった。
第五話 魔法の授業は命懸け!
翌日、朝の会を終えたホイップは魔法の教科書と懐中時計を持って、いつもの4匹と校庭に向かっていた。
「入学してもう2週間になるのにどうして魔法の授業はまだ1回しかやっていないのかしら」
ドーナは教科書をパラパラとめくりながら言った。
「準備とか大変なのかも知れないネ、それでも楽しみヨ」
クレアはワクワクしながら言った。
「案外、めんどくさくてやってないのかもよ」
ホイップは笑顔で冗談を言った。クレアは「アハ」と笑った。
そして、4匹は玄関を出た。すると、校庭の方からいきなり爆発音がした。ホイップは爆発の振動で体をふらつかせた。
「ちょちょっ、何?」
「とりあえず行ってみましょう」
4匹は急いで校庭に向かった。
校庭では既に集まっていた生徒が得体の知れない黒い化け物から逃げていた。その周りでは生徒が「こっち来ないで~!」と物陰から化け物に向けて叫んだり、勇気のあるママルは魔法で化け物の周りを爆発させて化け物の誘導を試みていた。先程の爆発音の原因はこれだったのだ。
ホイップは口をあんぐりと開けた。シャーベットは全く気にも止めず近くの木陰に座った。
クレアは急いで近くで呆然としていたカーシに事情を聞いた。
「いや、アズ先生が授業前にこれと遊んでろって魔法で出したのが……あれ」
と、化け物の方を指差した。化け物は叫び声をあげた。
「はあああ!?何だってあんなバケモンを出したのさ?」
ホイップは大声で言った。その声に反応して化け物がホイップの方を向いて、雄叫びをあげて突進し始めた。
「ええ、ちょっとホイップ何やってんのよ!」
ドーナは慌てて言った。ホイップは「あわわ」とその場でうろたえた。そして持っていた懐中時計を迫り来る化け物の前にかざした。
「ホ、ホイップロールエンハート、メガミサマ、トニカクタスケテ!!」
ホイップは早口で魔法を唱えた。しかし、懐中時計は光らなかった。
「えっ、どうして?ちょっと!」
と、ホイップは懐中時計をふった。ドーナは「前、前!!」とホイップの首を真正面に向けた。化け物はすぐそこに迫っていた。
「「いやーーーー!!」」
2匹は互いに抱き合って叫んだ。化け物は再び雄叫びをあげた。
「ヤバいネ、2匹が!」
「おい、待てって!」
クレアは急いで2匹の元へ向かった。カーシはそんなクレアを止めようとしたが、彼女は全く聞かずに一目散に走っていった。
すると、ホイップ達の目の前に1匹の青いマントを羽織ったママルが現れた。クレアは驚いて立ち止まった。
「スタート!」
そのママルは青い懐中時計を取り出してそう言った。すると、辺りが強く光始めた。ホイップ達は思わず目をつむった。
しばらくしてからホイップが目を開けると、先程までいた化け物はいなくなっていた。ホイップは先程魔法を唱えたママルに見覚えがあった。
「ア、アズ先生!?」
「はい、アズですよ」
「タヌキ」のママル、アズはホイップの方を向いてにっこり笑った。体は小豆色で顔に白いラインが入っていた。目は黒色で身長はホイップより頭1個分位大きかった。
「はぁ、助かった……」
ドーナは安堵でその場に崩れ落ちた。アズはその様子を見て「あらあら」と困惑した様子だった。
「おかしいですね、休み時間に遊べるようにって召喚したんですけど、ちょっと凶暴だったかしらね」
いや、凶暴も何も死ぬところだったのよ。ホイップは心の中で突っ込んだ。
「召喚っテ、コートイズミにはあんな化け物がいるのですカ?」
クレアがアズに尋ねた。アズはアゴに指を当てて考えた。
「いいえ、あれは私も知らないどこかから来たものですね」
アズの言葉にその場の全員が驚いた。ホイップ、ドーナ、カーシはつくづくアズのことを困惑の目で見ていた。しかし、クレアだけは憧れの眼差しで見ていた。
「とってもかっこいいネ!知らない場所から呼び出せるなんテ、尊敬するネ!」
クレアは1匹で興奮していた。アズは「あらあらー」と頭を照れて頭をかいた。
(いや、そこじゃないだろ)
カーシは白目でクレアを見ていた。
「……でも、なんで化け物は急に私達の方に向かってきたのかしら」
ドーナは呼吸を整えて立ち上がった。その時、校舎の方からチャイムの音が聞こえてきた。アズは慌てて気を取り直した。
「さて、それじゃあ授業を始めましょうか」
アズはそう言うと校庭の中心に向かって歩き出した。その場の4匹は「はい」と返事をしてアズについていった。シャーベットはチャイムが鳴ったのを聞くと、読んでいた魔法の教科書を閉じて同じく校庭の中心に向かった。
授業が始まって、生徒は体育座りをしてアズの話を聞いていた。
「……それじゃあみんな懐中時計は持ってきているようですね。それじゃあ、始めましょうか」
生徒が返事をした。
「今日は、そうねぇ……手始めに他のママルを気絶させる魔法とかやってみましょうか」
アズのとんでもない発言に場がいきなり凍った。アズはその様子を見てまた困惑した。
「あら~、敵を倒す魔法ってのも大事なのよ。さっきみたいなのがいきなり襲ってきたらどうするの?」
「だからって、ママルを気絶させる魔法って……」
ホイップは理解も納得はできないという様子だった。アズは少し考えてから口を開いた。
「確かに、はじめての授業にしては高度な魔法よねぇ……そうだ、なら練習もかねて今日は入学後テストの復習をしましょうか」
ホイップは自分の言っていることが全く伝わっていない事に驚いたが、アズがまだましな授業内容に変更したので、とりあえず何も言わないことにした。
こうして、生徒は各々校庭に散らばって、入学後テストで出された魔法のテストの復習に取りかかった。ホイップはやはりいつもの4匹で固まって魔法を出しあっていた。
「みんな、ちょっと見てて欲しいのネ。私ができなかったやつをやってみるのネ」
クレアはそう言うと、青色の懐中時計を取り出して魔法詠唱を開始した。
「スタート! エクレアオーブンエンフリーダム!女神様、私にチカラを! 魔法ヨ、美味しいチョコレートを出しテ!」
クレアの懐中時計が強く光り、クレアの目の前に板チョコが現れた。クレアは「やった」とチョコを手に持った。そして、一口サイズになるよう割って食べた。
「……ンン、やっぱり苦いネ」
クレアはあまりの苦さに目をつむって舌を出した。ドーナはどれどれ、とチョコレートを一口食べた。
「あら、ちょうどいい苦さじゃない。私は好きよ、この味」
その言葉にクレアの目が輝いた。「本当ニ?」クレアはクレアは嬉しそうにはしゃいだ。
「ドーナ、ありがとうネ!そうだ今度はドーナの魔法見せてヨ」
クレアはチョコレートを頑張って全部食べると言った。
「私も同じところよ。そうだ、シャーベットはどうだった?」
ドーナはシャーベットの方を向いた。シャーベットは読んでいた教科書を閉じた。
「……そうね。私は、」
と紫色の懐中時計を取り出した。
「……スタート。シャーベットフリーズエンサイレンス。女神様、私に力を……!魔法よ……アズ先生の居場所を教えて」
懐中時計が光り、シャーベットを包み込んだ。
シャーベットの目の前には生徒が数匹、誰かの話を聞いている様子だった。
「ええ、そしてね……あら、見られてるわね。スタート!」
すると、シャーベットの目の前がいきなり白黒に光り始めた。
シャーベットは思わず目をつむった。
「……丈夫、大丈夫?」
シャーベットは目を覚ました。彼女はいつの間に倒れていた。
「……防がれた」
シャーベットはドーナの手をとって立ち上がると、少し悔しそうにした。
「防がれた?誰に?」
ホイップは尋ねた。すると遠くから「私よ」と声が聞こえた。声の主はアズだった。
「今の魔法、シャーベットさんのでしょう?」
シャーベットはうなずいた。アズはふふっ、と笑った。
「なかなかいい魔法だったわよ。私も気づくのに5秒かかったもの。その調子で頑張ってね」
それじゃあね、とアズは手を振って先程の生徒達の元に戻っていった。シャーベットはその様子を見ていたが、すぐにまた教科書を読み始めた。
「5秒っテ、そんなにすごいノ?」
クレアが首をかしげた。ドーナとホイップはさあ、と口を揃えていった。直後、ドーナは何かに気づいたのかシャーベットの方を向いた。
「そういえばあなた、最後のテスト、ホイップと同じなのね」
「確かに、ドーナは好きな食べ物を出すってテストだったよね」
ホイップは首をかしげた。
「私はそれだったネ」
クレアは手に持っていたチョコレートをもう一方の手で指差していった。
「ねえ、シャーベットはウカン先生が試験監督だった?」
ホイップはシャーベットに聞いた。シャーベットは教科書から顔を上げて「ええ」とだけ答えた。
「ちょっと待っテ、私もウカン先生だったけド、そんなテストされてないヨ」
クレアはすかさずつっこんだ。それを聞いたドーナは「これ、何が基準なのかしらね」と腕を組んだ。
すると、遠くから「集合してください」とアズの声が聞こえてきた。「あっ、とりあえず行コ」4匹はアズの方に向かった。
「はい、全員集まりましたね。それじゃあ授業ももうすぐ終わるので、今日はここまでとします。次回から本格的に授業が始まるので、復習が上手くいかなかった生徒はちゃんと復習しておいてくださいね。それでは、解散とします」
4匹は教科書と懐中時計を手に持って教室に戻っていた。
「魔法の授業もとっても面白そうダネ」
玄関前の通路を歩く途中、クレアは笑顔で3匹に言った。ホイップは少し嫌そうな顔をした。
「そう?ママルを気絶させるとかヤバい魔法しか教えてくれなさそうだけど」
「ふふっ、言えてるわね」
ドーナはクスッと笑った。
その頃、マッチャとその子分の3匹組が玄関を出たところであった。3匹の所属するB組は次の授業が魔法だったのだ。
「ちっ、いくら鍛えたってホイップに会わなきゃ意味ねえな」
マッチャは愚痴をこぼした。子分2匹もうなずいた。
と、そこでマッチャは向こうから歩いてくるホイップ達4匹組が目に入った。彼女はあまりの偶然にめを見開いたが、「ここであったが100年目」とばかりに子分を連れて一目散にかけた。
「ホ~イップ~!!今度こそ教科書をかけて勝負だ!」
いきなりの登場にシャーベットを除くホイップ達3匹は驚いて飛び上がった。ドーナはそれが例の3匹組だと気づくと、「懲りないわね」と3匹を睨んだ。
「??誰??」
クレアは全く状況がつかめていなかった。ドーナがこれまでの経緯を説明した。
「エッ、じゃあアイツに負けたラ教科書とられちゃうノ?」
クレアは恐ろしそうに3匹組を見た。マッチャは「あいつとか言うな!」と怒った。クレアは驚いてドーナの後ろに隠れた。
マッチャは気を取り直して橙色の懐中時計を取り出して目の前に構えた。
「さあ、さっさと始めるぞ!!」
その時、ドーナの後ろから「あらあら」と声がした。振り替えると、アズが笑顔で立っていた。
「げっ、担任!」
マッチャは後ずさりした。
「はい、担任ですよ。3匹とも、もう時間なので急いで向かってくださいね」
アズはマッチャ達3匹組に向かって言った。マッチャはしぶしぶ「ヘ~イ」と返事をした。そしてホイップを一睨みしてから、子分を連れていってしまった。3匹組が見えなくなったのを確認してから、アズはホイップに優しく語りかけた。
「あの子達に何かひどいことされたらいつでも相談してくださいね。見たところ授業態度は最悪らしいですから、これを機に徹底的に改善させないとですね」
(せっ、先生……)
ホイップは嬉しくてアズの顔を見た。しかし直後彼女は恐怖で固まってしまった。アズは笑ってはいたが、目だけは異様に光っていたのだった。彼女は懐中時計に映っていた時刻を見て「あら」と気を取り直した。
「さあ、あなた達もそろそろ次の授業が始まってしまいますよ。間に合うように頑張ってくださいね」
アズはそう言うとまた先程の校庭に向かって行ってしまった。
ドーナとクレアは「ありがとうございました」と手を振った。ホイップはまだ恐怖で固まっていた。
「ちょっと、ホイップどうしたの?顔色悪いけど」
「あの3匹組はきっともう悪さしないヨ」
ドーナとクレアはホイップの異常に気づいて声をかけた。ホイップは首を振った。
「ち、違うの。アズ先生が『改善させる』って言ったときの目が……恐ろしかった。あの先生はヤバい……」
ホイップは声を振り絞っていった。ドーナとクレアは「そう?」と互いに顔を見合った。そこに、ずっと教科書を読んでいたシャーベットが口を挟んだ。
「……授業まで、あと1分しかないわよ」
その言葉を聞いたドーナは焦り出した。そして急いで向かおうと3匹を促した。ホイップも我に返って、4匹は急いで教室に向かっていった。
アズは校庭に戻る途中、考え事をしていた。
(あの子がウカンの言っていた『期待できる生徒』なのですかね)
アズは必死に化け物から友達を守ろうとするホイップの姿にと感心していた。しかし、すぐ真顔に戻った。
(問題は「あれ」が本当にどこからやって来たのかということですかね)
アズはホイップ達が来る少し前に、あの化け物を召喚した。ホイップの実力を試すために。しかし、そこに現れたのは彼女が呼び出そうとしていたものではなく、彼女も知らない生き物だったのだ。
化け物はアズが制御魔法をかける間も無く暴れだし、生徒達を執拗に追いかけ始めた。アズがいくら化け物に呼び掛けても全く反応せずに「生徒」を追いかけていたのだ。しかしホイップが叫んだとたん、それまで追いかけていた獲物には目もくれず、まっすぐホイップの方へと向かっていったのだ。
(声に反応するのかしら。いいえ、それなら追いかけられていた生徒の方がもっと叫んでいたでしょう)
アズはアゴに指を当てて考え始めた。そして、1つ彼女の納得のいく結論にたどり着いた。
(あの化け物は「魔力」を感知していたかもしれないですね)
アズはそれでスッキリしたのか、また歩き出した。そして化け物がホイップの元に向かっていた場面を思い浮かべた。ホイップがとっさに懐中時計を出したところまでは良かったのだ。
(でも、詠唱を間違えるなんてまだまだですね)
アズはクスッと笑った。
第六話 そして誰も要らなくなった 前編
次の週の土曜日、ホイップは自室のベッドの上で悩んでいた。
(そろそろ部屋の片付けしなくちゃいけないけど……)
彼女の部屋はもらったプリントや教材、それに入学式の日にショッピングモールで買ったが結局まだ使っていないインテリア用品などが床に散乱して足の踏み場もないといった状態だった。しかし、彼女が片付けに悩むのにはもっと大きな理由があったのだ。
「というか大体、なんだって部屋の見回りなんてするのさ!私は乙女よ、乙女の部屋はプライバシーの塊なのよ!」
ホイップはぶつくさ文句を言った。しかし、彼女にはここで叫んだところで明日の部屋点検の予定が変わらないことくらいわかっていた。ホイップは諦めてベッドから降り(物を踏んづけないように注意しながら)、物を拾って整理し始めた。
そして、10分後……
(全然終わらん!!)
ホイップは心の中で叫んだ。この10分で彼女が片付けたのは入学後テストの勉強に使った小学校用の教材のみだった。というよりも、彼女はこの10分、ほとんどその教科書を読んでは昔を懐かしんでいただけであった。
「このままだと明日に間に合わない……そうだ!」
と、いつか見たようなパターンで懐中時計を手に持った。
「ふふっ、こういう時のための魔法よね。スタート!」
懐中時計が光り始めた。
「ホイップロールエンハート!女神様、私に力を!魔法よ、
簡単に整理整頓できるもの出して!」
懐中時計が強く虹色に光り、部屋中を覆った。ホイップは眩しさで思わず目をつむった。
(うわっ、いつもよりまぶしい!)
しばらくして目を開けると、ホイップの目の前に大きなスタンプが置いてあった。スタンプは黒色で、持つところが細くしなやかに曲線を描いていた。ホイップは不思議そうにそのスタンプを持ち上げて底を覗いた。スタンプを押したときの絵柄を確認しようとしたのだ。しかし、底は完全に平らな面で彫ったような跡は見られなかった。
(何これ?失敗したのかな)
ホイップは少し落ち込んでから、とにかく何かに押してみようと思い、そこら辺からいらない紙を30枚ほど集めて束にした。そして、その表面におもいっきり判を押してみた。
不要。
押した跡は真っ黒で、しかしただその3文字だけがくっきりと白く写っていた。ホイップはますます怪しんだ。その時、急に横に誰かの気配がしたので彼女は思わず振り返った。
そこには、黒いスーツに身を包み、白い手袋をはめ真っ黒なサングラスをかけたママルではない生き物が立っていた。背はホイップよりも遥かに高く、手を伸ばせば天井に届きそうな位であった。
ホイップは驚いて2歩下がり、それが本当に生き物かを確かめた。何しろ彼女は女神以外にこのような形の生き物に出会ったことが無かったからだ。そしてどうやら呼吸をして、時々手袋をきちんとはめ直している様子を見てどうやら生き物であると分かったホイップは、恐る恐る「誰?」と声をかけた。
「カイシュウ」
黒スーツが抑揚も無く言ったのでホイップは全く聞き取れず、え?と返した。
「“回収”だ」
2回目でホイップはようやく理解できたようだった。しかし何を回収するのだろうと彼女は疑問に思った。それを見た黒スーツはホイップが左手に持っていた紙の束を指差して「それだ」と静かに言った。
「え、これ『不要。』ってスタンプを押したんだけど、そうするとあなたが持ってってくれるってことなの?」
ホイップは半ば期待を込めて言った。黒スーツはコクりとうなずいた。彼女はそれを聞いてあまりの嬉しさに飛び上がった。これでもう面倒臭い整理から解放されるのだと。
彼女は喜んで紙の束を黒スーツに渡すと、すぐに部屋中の要らないものにスタンプを押していった。黒スーツは「不要。」と押されたものを何も言わず拾い上げていった。
そして最終的に、部屋の半分くらいの物が黒スーツの手に渡ることになった。黒スーツは表情一つ変えずに物を持ち上げていた。ホイップは一息ついて、もう要らないものはないから帰って良いと言った。黒スーツはそれを聞くとクルリと後ろを向いて歩き出した。そして彼女が瞬きをする間に消えてしまっていた。
「……あのヒト、一体誰だったんだろう」
彼女はつくづく不審に思った。思えば、黒スーツが現れたときもドアから入ったわけではなく、いつの間にかホイップの後ろにいたのだ。しかし、彼女はすぐにその考えを振り払った。あの黒スーツはおそらく魔法で出されたものだろう、と彼女は思っていた。彼女は魔法についてをすべてを知っているわけではなく、むしろ説明できないようなことの方が多い。だから少しくらい変なところがあっても「魔法だから」の一言ですむのだ。
かくして、彼女は片付けをスムーズに終わらせ、翌日の部屋点検も無事合格することとなったのであった。
部屋点検後、ホイップはまたいつもの4匹で集まってラウンジで話していた。部屋点検の話が中心だった。
「聞いてヨ、ワタシ部屋ちゃんときれいにしたノニ不合格にされたネ!」
クレアが愚痴をこぼした。ドーナは片付けに問題がなかったのかを疑って、どう片付けたのか聞いてみた。クレアは自信満々に、ベットの下に詰め込んだと胸を張った。
「不合格なのも納得ね」
ドーナは呆れて首をふった。クレアは納得がいかないという様子でじゃあドーナはどうだったの、とドーナに詰め寄った。
「ちょっと、そんなに近づかないでよ。私は勿論合格だったわよ。常日頃から取捨選択整理整頓。まあ基本中の基本かしらね」
ドーナは高笑いした。そこでそれまで口を開いていなかったシャーベットが本から顔を上げた。
「……やけに機嫌が良いわね。『昨日頑張った甲斐があった』とかかしら」
ギクリ、とドーナは硬直した。シャーベットはフッと微笑むと、また読書に戻った。一方のクレアはそれでも合格したドーナを羨んでいた。
「いいナ~、来週再チェック無いんでショ。アッ、でもでもホイップはもちろん不合格だったよネ☆ 不合格どうし、後で片付け一緒にしまショー!」
クレアは笑顔を取り戻して期待を込めた笑みをホイップに向けた。ホイップはフッフッフと意味深な笑いをした。クレアの表情が曇った。
「実は私も合格だったんでーす!」
ホイップは満面の笑みで両手でピースサインを作った。
「なん…だト…」
クレアはあまりのショックと、ホイップよりも部屋が汚い認定されてしまった屈辱から、背もたれにぐったり倒れこんでしまった。ドーナが大丈夫?と声をかけた。
「そんナ……まさかワタシ、ウカン先生にため息つかれちゃっタ位なのニ……ホイップよりずっと汚いなんテ、一生の恥ネ!!」
今月の寮担当、また部屋点検担当はウカンだった。クレアはすぐ起き上がると、椅子を飛び降りた。
「ちょっと、どこに行くのよ」
ドーナが慌てて聞いた。クレアは片付けと修行のために部屋にこもる、自分を見つめ直す等と意味のわからないことを口々に言いながら行ってしまった。残された3匹は呆然とそれを見ていたが、ドーナがすぐにホイップの方に向き直った。
「あなた、本当に合格したって言うの?」
ホイップはドーナが真剣な表情で聞いてくる様子にイラッときた。
「もう、私の部屋がきれいなのがそんなに珍しいの!?」
ドーナは当たり前だと言わんばかりにうなずいた。ホイップはあまりに率直な返しに落ち込んだ。しかし、すぐに気持ちを振り払うように首を振った。
「でもでも、これからはもうそんなこと言わせないんだから。何てったってこれがあるんだもの!」
と、懐から例の黒いスタンプを取り出して目の前に掲げた。ドーナとシャーベットは見慣れないものを興味津々に見ていた。少ししてドーナが口を開いた。
「それ、何?スタンプ?」
ホイップはそうそう、スタンプを指差した。そして、昨日起こった一連の出来事を2匹に話していった。
「……へえ。そのスタンプを押せば変なヒトが持ってってくれるのね」
ドーナが不思議そうな目でスタンプを見ていた。
「『ヒト』……聞いたところだと女神様と同じ姿をした生き物ね。1度会ってみたいわ」
シャーベットも興味津々であった。
「ねえ、それ後で私の部屋で使わせてくれない?」
ドーナが思いきった様子で尋ねた。ホイップは待ってましたとばかりに「いいよ」とうなずいた。そして、3匹はドーナの部屋に向かった。
ドーナの部屋は点検に合格しただけあって清潔で、一見ホイップのスタンプを使う必要など無いほどであった。ドーナは2匹を部屋に入れると、机の上にあった赤い箱を持ってきた。ホイップはその箱に見覚えがあった。
「それってもしかして魔法で作ったの?」
「そう、あなたが入学式の日にやったのを参考にしたのよ」
ドーナは少し誇らしげに言った。そして、ホイップにスタンプを借りると、思いきってその箱にスタンプを押した。
スタンプを離すと、そこにはホイップの時と同じように黒く「不要。」と跡が残っていた。ドーナはその印影をじっと眺めていた。
「なんか、少し不気味ね」
ホイップもうなずいた。とその時、シャーベットが顔を上げた。
「……ドーナ、後ろよ」
彼女はいつに増して神妙な面持ちだった。ドーナが振り返ると、そこには昨日ホイップの後ろに現れたヒトが立っていた。ドーナは驚いて固まったが、すぐにホイップの言っていたヒトだと分かると、恐る恐る持っていた赤い箱を渡した。
「これで、全てか」
ヒトは赤い箱を受け取ると小声で尋ねた。ドーナが「ええ」と答えると黙ったまま扉の方へ歩いて、そのまま部屋の外に出ていってしまった。
「……」
3匹は一瞬の出来事にしばらく呆然としていた。
「……今のでいいの?」
ようやくドーナが口火を切った。ホイップは静かにうなずいた。
「ふーん。なかなか楽で便利ね」
ドーナは少しずつスタンプの偉大さに気づき始めた様で、言い終わる頃には彼女の顔はパッと輝いていた。
「……あのヒト、どこへ向かったのかしら」
シャーベットは扉を開けて外を見渡した。しかし、出ていってから時間が経っていたからか、ヒトの姿はなかった。彼女は2匹のもとに戻ると、小さく首を横に振った。
「便利なのはいいことだけど、あのヒトに任せても大丈夫なのかしら」
ドーナは疑問に思った。
「渡した箱、結構プライベートなものも入ってるのよ。本当に大丈夫なの?」
彼女はホイップに尋ねた。プライベートな物があるなら何で簡単に渡したんだとホイップは呆れ顔をした。
「大丈夫だって、多分…… 魔法で出したんだもの。それに私がやったときはすぐに消えてたから問題ないって」
あらそう?ドーナは安堵した。そして持っていたスタンプをまたマジマジと眺めた。
「ねえ、よかったらこのスタンプ明日まで貸してくれない?」
ドーナが尋ねた。ホイップは一瞬戸惑ったが、親友の頼みを易々と断れる彼女ではなかった。しぶしぶ、「良いよ」と言った。ドーナは目を輝かせて喜んだ。そして、タンスやベッドを漁って早速要らないものを探し始めていた。
「明日までだからね!」
ホイップは念押しした。ドーナは聞いているのかいないのかはっきりしない様子で「はいはい」と返事をした。
ドーナの部屋を出てシャーベットと別れた後、ホイップの面持ちは暗かった。どうやらスタンプを貸したことを後悔している様子である。何しろあれは元々彼女自身の物で、自分だけの秘密兵器にしたいという思いも少なからずあったのだ。彼女は大きなため息をついた。
「やっぱり貸すんじゃなかった……」
しかし、一度貸したものを返せなどとは言えない。彼女は諦めて自分の部屋に帰った。
数時間後、部屋でゆっくり漫画を読んでいたホイップの耳に、突然ドアをノックする音が鳴り響いた。彼女はすぐに返事をすると、ドアを開けた。
そこには、疲れた様子でクレアが立っていた。ホイップは目を見開いた。
「ど、どうしたの?」
「ホイップ……片付けがいつまで経ってもたっても終わらないネ……!」
クレアはホイップに泣きついた。
「ホイップならきっと良い片付けの仕方を知っていると思っテ、このクレア、恥を忍んで手伝いをお願いに来ましタ!」
クレアは懇願するような上目遣いでホイップを見た。ホイップはあまりにクレアが真剣にお願いするものだから、ひとまず部屋を見せてもらうことにした。
クレアの部屋は、一見整頓されているように見えて、よく見ると目にあまる物が時折見受けられるという厄介なタイプのものだった。部屋全体で見るときれいできちんと掃除もされている清潔な部屋なのだが、問題は棚や机上にあった。
もらったプリントやもう使わないであろう教科書類が棚に詰めて並べられており、新たに物を入れるスペースがないくらいであり、また「たからもの」と書かれた箱机の上にがいくつも積み上がっていた。その中身はもう使い終えた自由帳、短すぎて使えない鉛筆、いつ作ったのか覚えていない図工の工作などで混みあっていた。
「これ、本当にいるの?邪魔じゃない?」
ホイップは「たからばこ」の中身を覗きながら聞いた。クレアは、もちろんだと言うように大きく頷いた。
「みんな私の宝物ネ!捨てるなんて出来ないヨ!本当はベッドの下に置いといたんだけド、部屋点検でダメって言われちゃっテ、仕方なくそこに置いといてるネ」
ホイップは呆れたようにため息をついた。
「というか、こんな量の荷物をあのスーツケースに入れて持ってきたの?」
入学式の後、クレアが持ってきていたスーツケースは身長よりも低いもので、ホイップの様に魔法でも使わない限り到底入る量ではなかった。
「あア、これは週末家からこっそり持ってきたのネ」
クレアは舌をペロッと出した。ホイップは諦めて今度はこれまた要らないものばかりが詰められた棚に向かった。彼女は、こっちはどうかと聞いた。
「そっちは別に要らないけド……捨てるのが面倒でたまってるネ」
クレアは恥ずかしさで頭をかいた。ホイップはしめた、とばかりに棚の物を全て出して床に積んでいった。
「ちょっト、そんな量一度に捨てられないヨ」
クレアは慌てて言った。ホイップは大丈夫、と気にせずに作業を続けた。クレアは少し怪しんだが、ホイップには何か自分には思い付かないような考えがあるんだ、と彼女を手伝うことにした。
少しして、ようやく全ての物を出し終えた。クレアは一息ついてから、堰を切ったように話し始めた。
「それデ、この後どうするネ?もちろん、こんな量のごみ、ゴミ箱に入らないシ……かといってこのままにしたラ、また不合格つけられちゃうヨ」
クレアの声には不安さがにじみ出ていた。ホイップは例のスタンプの話をした。
「エッ、それじゃあホイップはそのスタンプのおかげデ、部屋点検を乗り越えたってコト?」
クレアはホイップの話を終始、眼を輝かせ相づちをうちながら聞き入っていた。ホイップはうなずいた。
「なあんダ、てっきりホイップが心でも入れ替えて掃除したのかと思ったネ」
クレアは安心したようだった。ホイップはやはり自分が部屋を汚くするプロであるとでも思われているのだと、ガックリ項垂れた。クレアは早くそのスタンプを見せるように催促した。
「そのスタンプは今持ってるノ?」
「……あ、いや今ドーナに貸してて」
それを聞いたクレアが残念そうに肩を落とした。ホイップはあわてて付け足した。
「でもでも、ドーナはもうきっと掃除を終わらせているはずだから、きっと返してくれるよ」
そうと決まれば早く行こう、と2匹はドーナの部屋に向かった。
「えっ、ああ、あのスタンプね。実はさっきカーシが来て、貸してくれって言ってきたから貸しちゃったわ」
扉から顔だけを出していたドーナは申し訳なさそうに苦笑いした。ホイップは思わず「ええ……」と呆れ声を出さずにはいられなかった。
「何で貸しちゃったのさ」
「だって、カーシったら私があのスタンプを使って片付けをしているところを見てから、『どうにか貸してくれ』『使ったらすぐに返すから』って言って聞かなかったのよ」
ドーナはきまり悪そうに言った。ホイップは仕方がないのでドーナからカーシの部屋番号を聞いて、さっさと向かうことにした。
道中、クレアは気まずそうにホイップの後ろを歩いていた。明らかに不機嫌になっていた彼女に、ここまで苦労することになるくらいなら部屋は自分で片付ける、と何度も声をかけようとしたが、なかなか言い出せずにいた。そうしている内に、カーシの部屋についてしまった。
「えっ?あれホイップのだったのか?」
カーシもやはりドアから顔だけを出していた。ホイップはつくづく嫌になった。早く終わらせたかったのか、スタンプを返して欲しいと簡潔に言った。
「ああ、いやあれな、てっきりドーナの物だと思って、ラメルに貸しちゃった」
「はっ、はああああ!!!???」
遂に、ホイップの堪忍袋の尾が切れた。カーシは両手をパチンと合わせて力いっぱい謝罪した。
「本っっっっっ当にごめん!今急いで取りに行ってくるから」
ホイップは別に良い、と言った。カーシの謝罪の勢いに押されたというのももちろんあったが、自分の物をこれ以上誰かに触らせたくないという気持ちも大きかった。彼女はきまりの悪そうにしているカーシからラメルの部屋番号を聞き出して、急いで向かった。クレアも急いで後を追った。
「あっ……あのスタンプ、持ってかれちゃって」
ラメルは泣きべそをかいていた。ホイップはたらい回しにされている気がした。(というか、実際そうなのだ)部屋番号を聞き出した。
ここから先、おそらく予想はついているだろうが、彼女らはたくさんの部屋を訪ね、その度にどうだからスタンプを貸した、すぐに返ってくるという文言を聞き、そしてに借りていったママルの部屋番号を聞く、という作業を繰り返した。以下、文言を抜粋する。
「どうしてもって言うから貸しちゃって」
「先輩に貸しを作っておこうと思って」
「いや、なんか不気味だったから」
「世のためママルのため、あれは皆に使わせるべきだと思いましてねぇ」
「どうでもいいでしょ、今疲れてるのよ」
疲れているのはこっちだ、ホイップは次の部屋に行く傍ら思っていた。本当なら今頃とっくにクレアの部屋を片付けて自室で漫画の続きを読んでいたはずなのだ。彼女はつくづく原因を作ったドーナを恨んでいた。
クレアは既に体力の限界といったところで、やっとのところでホイップの後をついてきていた。
「……ホイップ、私もう無理ネ」
クレアは声を振り絞っていった。ホイップはここまで付き合ってくれていることを申し訳なく思い、部屋に戻っていても構わないと言った。クレアはゆっくりうなずくと、おぼつかない足取りで行ってしまった。ホイップは彼女が廊下を曲がって見えなくなったのを確認してから、次の部屋に向かった。
「あのスタンプ、確かドーナのだよね?もう返しといたから、借りたかったら270番室に行ってちょうだいな」
口調から、ドーナの知り合いとおぼしきママルはそれだけ言うと、ドアを閉めてしまった。
ホイップは何も言わずに270番室に向かった。
「ふん!!!」
ホイップは270番室のドアを勢いよく開けた。そこには、例のスタンプを持ったドーナがいきなりの音に驚いたようにホイップの方を見ていた。
「ど、どうしたのよ」
「どうした、ど·う·し·ただって!?とっととそのスタンプを返して!!」
ドーナはホイップの鬼の形相に思わずスタンプを渡しそうになったが、寸前のところで思い直したようにやめた。
「あの~、最後にもう一回だけ使ってもいいかしら?忘れてたものがあって」
「問答無用!さっさと渡してよ!」
ホイップはドーナの持っていたスタンプをつかむと、無理やり引き剥がそうとした。
「ちょっと、何するのよ!1日貸してくれるって約束でしょう?」
ドーナも負けじとスタンプを引っ張った。
「私がどれだけたらい回しにされたかわかる!?おまけにドーナの物みたいになっちゃってるし!」
「知らないわよ!そりゃ確かに一番最初に貸した私にも責任はあるけど、ホイップをたらい回しにしたのは私じゃないわ!とにかくはーなーしーてーよー!!!」
2匹は口々に文句を言い合いながら、スタンプを引っ張っていた。しかし、ドーナの方が一枚上手だったのか、スタンプはドーナの方に引っ張られていき、遂にホイップの手を離れてしまった。
「やった……ってうわーー!」
ドーナはそのまま真後ろに倒れ混んだ。ホイップはその声を聞いて我に返ったのか、ドーナの元に向かった。
「大丈夫? って……プフッ」
ホイップはドーナの顔を見て思わず吹き出してしまったようだった。ドーナはいきなり笑われて顔をしかめた。
「何よ、顔に何かついてるわけ?」
彼女はそのまま洗面所に向かって鏡を見た。直後、「ギャー」と叫ぶドーナの声を耳にしてホイップはついに大声で笑い出した。
「アッハハハハ!!最高!!」
ホイップは大笑いして部屋中を転げ回った。そこに泣き顔でドーナがやって来た。
彼女の額に、大きく「不要。」と印影がついていたのだった。
「ちょっとこれ洗っても落ちないじゃない!!どうしてくれるのよ!」
ドーナはべそをかいていた。
「え~、そんなの自己責任じゃん。『不要。』ってアハ八」
ホイップはドーナの顔を見てまた笑い出した。ドーナはそんな彼女を見て悔しそうに唇をかんで、涙をこらえていた。
しかし……
「今度はこれか?」
ホイップでもドーナでもない声に、2匹は固まって声のする方を見た。そこには、例のヒトがやはり白い手袋をはめて立っていた。
2匹が黙っていたので、ヒトは繰り返して言った。
「今度はこれか?」
ヒトはドーナを指差した。彼女は一瞬何を言っているのかわからずポカンとしていたが、すぐにあわてて否定した。
「ち、違うの!これは……事故よ事故。だから呼んどいて悪いけど持っていってもらうものはないわ」
彼女は額の印影を手で隠した。
「……だが、お前はもう押してしまった。押してしまったからには回収しなければならない。これはルールだ」
ヒトは言い終わるか終わらないうちに見たこともないほど素早く移動してドーナの首根っこをつかんで持ち上げた。
「あーっ!ちょっと離してよ、ねえホイップ助けて!!」
ドーナは抵抗してジタバタと体を動かしてから、ホイップに助けを求めた。しかしホイップはいい気味だと言わんばかりのにやけ顔をしていた。
「しばらく反省すればいいんじゃな~い?じゃっ、バイバイ」
ドーナは薄情者だ、とまた体をバタつかせて大声で叫んだが、ヒトは全く気にせずに玄関に向かい、遂にドーナをつまんだまま部屋の外に出てしまった。すると、急に周りがしんとした。
ホイップはそれを見届けると、時々ドーナの泣き顔を思い出して笑いながら、スタンプを拾ってクレアの部屋に向かった。
クレアは部屋で先程の疲れからなのかぐったり壁にもたれ掛かっていた。しかし、スタンプを持ったホイップの姿を見ると、パッチリ目を輝かして彼女の元に向かった。
「やっと来たネ!!サッ、早速片付けまショー!」
ホイップはオッケー、と要らないものにどんどんスタンプを押していった。クレアはその陰影を見て、やはり不気味だと同じ反応をした。
1、2分して、ホイップはようやくスタンプを押し終えた。
「それデ、あとはヒトが持っていってくれるんでショ?」
クレアがスタンプだらけになった冊子類を見て言った。ホイップはうなずいた。すると、2匹の背後から声がした。
「それが不要なもの?」
聞きなれない声だった。いや、正確に言うならホイップにとってはヒトの声にしては聞きなれないものであった。2匹が後ろを向くと、そこには彼女達よりも少しだけ背の高い、しかしヒトではない生き物が、黒いスーツを着ていた。
それは、紛れもなくドーナだった。ホイップは絶句した。
「ド、ドーナ……」
これは何かのドッキリなのかと彼女は思った。もしくは仕返しに来たのかもしれない。
「アッ、これこれ。これ全部持ってって欲しいネ」
クレアはそんなホイップとは違って何も感じていないようだった。ホイップは思わず目を見開いてクレアの方を見つめた。
「分かったわ」
ドーナは白い手袋をきちんとはめ直すと、2匹の方へ歩いていった。ホイップは思わずごめん、悪かったと頭を下げた。
しかし、ドーナは全く見もせず2匹の間を通っていった。ホイップは固まってしまった。
ドーナはそのまま不要物の前で立ち止まると、少し考えてからポケットから黒色の懐中電灯を取り出した。
「スタート」
それだけ唱えると、懐中電灯は光り出して不要物を覆ったかと思うと、すぐに消えてそこには小さな箱だけになった。ドーナはそれを拾うと、2匹に目もくれず部屋を出ていってしまった。
彼女が部屋を出ていってからも、ホイップのショックは収まらなかった。クレアはきれいになったと小踊りしながら、ホイップに話しかけた。
「あのママルが片付けてくれたネ!バンザーイ!!これで来週の部屋点検は安心ネ……ホイップ、どうしたノ?」
彼女は途中でホイップの異変に気づいて尋ねた。ホイップは確認するように聞いた。
「……今のママル、私にはドーナにしか見えなかったんだけど、まさか本当にドーナじゃないよね……?」
彼女の声は震えていた。しかし、クレアは全く意味がわからないと言うように首をかしげた。
「ドーナって、誰のことネ?」
……え?
ホイップの心臓が大きくドクンと脈を打った。
続