完全なる無風
私の声は誰も聞いてくれない
私の存在は誰も見てくれない
昔からそれが当たり前だった
学校では無視されまくり だいたいひとりぼっち
職場でも殆ど話せず だいたいひとりぼっち
唯一私が存在を示す手段が
ネット小説だったけど
どんなに物語を書いても
誰も読んではくれない
何度コンテストに参加しても
一次を通ったことすらない
毎日毎日通知を見ても
毎日毎日メールを見ても
完全なる無風状態
だけどそれが 私にとっては当たり前
私の声など誰も聞かない
私の姿など誰も見ない
それが当たり前
そんなある日 父から電話が来た
「いーちゃんが、亡くなったよ」と
いーちゃんは小学校の頃の友達だった
重い病気を患っていて いつ亡くなってもおかしくなかった
それでも一生懸命 大好きな歌を歌って
たくさんの友達に支えられていた
最後に会ったのは 確か10年近く前
いーちゃんが主役のコンサートだった
大好きな歌を懸命に歌い 信じられないほどたくさんの友達に囲まれ
幸せそうだったいーちゃん
それに引きかえ 私はひとりぼっちだった
いーちゃんを囲む 華やかな輪の中に
いつまでたっても 私は入れなかった
それきり何となく いーちゃんとは疎遠になった
そんないーちゃんが亡くなった
眠るように亡くなったという
あれだけの友達に囲まれていても
あれだけの人気があっても
亡くなるときはやっぱりひとりぼっちで
いーちゃんは私がいなくても
たくさんの友達がいた
仕方がない
私がいくらいーちゃんのことを考えても
最初からいーちゃんには届くはずがないんだもの
仕方がない
人間誰もが最後にはいなくなる
それが早いか遅いかだけ
仕方がない
そもそもいーちゃんとは友達でも何でもなかった
私が友達と思っていても
いーちゃんは多分私を友達とは思ってなかったんだから
メールも来ない
電話も来ない
通知が煌めくこともない
私の心は今日も
完全なる無風状態
次の朝
何故か枕が ぐっしょり濡れていた
そして私の手は あっちゃんにメールを打っていた
あっちゃんは 前の前の職場で出来た友達
数か月おきぐらいにお茶して 他愛もない話をする仲
でも何故か ここ半年連絡がなかった
メールをしたら 恐ろしい速さで自動返信がきた
『この宛先へのメッセージは エラーのため送信できませんでした』と
電話をした
呼び出し音が鳴るだけで あっちゃんは一向に出なかった
何度電話をしてもあっちゃんは出ない
何度メールをしてもエラーが返ってくるだけ
何日待っても あっちゃんからは何も返ってこなかった
仕方がない
あっちゃんは元々 そういう人だ
メールの返信が来るのは いつも数日後だし
待ち合わせには いつも数十分遅れてくるし
毎度自分の話ばかりして 延々と時間がすぎる
怪しい栄養剤を 強引にすすめられたこともあれば
次に会った時には 全部忘れてすっとぼけている
仕方がない
お茶する場所はいつも 恐ろしく豪勢なホテルやスイーツビュッフェ
私には勿論不釣り合いだし あっちゃんのお給料から考えても心配になるほどだった
誘われると正直面倒だった
切られて正解だったのかも知れない
仕方がない
元々あっちゃんとは 合わなかった
何だかんだで 悩みを聞いてくれると思っていたけど
結局そんなものは幻想だった
住所も聞けてなかったから
メールが途切れただけで 切れるような関係
仕方がない
そもそもあっちゃんとは友達でも何でもなかった
私が友達と思っていても
あっちゃんは多分私を友達とは思ってなかったんだから
メールも来ない
電話も来ない
通知が煌めくこともない
私の心は今日も
完全なる無風状態
いーちゃんと同じように
あっちゃんもいなくなった
悪夢を見た
誰かと待ち合わせをして電車に乗るけど
乗り換えがうまくいかなくて いつまでたってもたどりつかない
そんな夢
Web小説のマイページ
何度更新しても 感想も評価も何もない
コンテストの一次通過者 今回も私の名はない
私の詩も 小説も 呟きも 叫びも
完全なる無風状態
たまにメールが来たと思ったら
求人サイトの仕事紹介
迷惑メールフォルダを漁ってみても
あるのは当然 迷惑メールだけ
私の心は今日も
完全なる無風状態
ベランダに立った
マンションの10階
やろうと思えば簡単に ベランダの柵の向こうに行ける
激しい風を感じながら
私は思い切り柵から身を乗り出した
最後にもう一度 スマホでメールを見たけれど
来ていたものはやっぱり 求人サイトの仕事紹介
その無駄メールが わずかな希望を奪うこともあるって
担当者は絶対 気づかないだろうね
どうせ人生なんてこんなもの
いーちゃんが何も言わず逝ったように
あっちゃんが何も残さず私を切り捨てたように
誰もが私の作品を無視したように
私の命など 柵を越えれば 簡単に無くなる
全身に強烈な風を浴びた直後に
それこそ 完全なる無風に――
柵に足をかけたその時 スマホが鳴った
父からだった
『お母さんが 腰を痛めてな
悪いけど 今度の休み 手伝いに来てくれるか』
――仕方がないなぁ。
父からの電話を切った後、思わず出てしまう溜息。
開け放したままのベランダから吹く生ぬるい風が、そっと頬を撫でていった。
Fin