鶏戦記
鶏戦記
戦いの準備は、三ヶ月以上前から整えていた。
下調べをし、揃えるべき物を揃える。
戦う相手は当日に、それ以外の飲み物は通販で取り寄せる。
大した手間ではないが、その日が待ち遠しかった。
かくして、戦いの日が来た。
Sは目を覚ますと朝食を抜き、準備していたものをトランクに詰め込んで、車を走らせた。
戦いの相手を調達しなくてはならない。
目的の店は、一時間ちょっとかかる山間にあった。
店の開店の時間に合わせなければ、戦いが昼を過ぎてしまう。
一軒目。
一度行ったことがある店だったが、五年以上行っていない。
Sは記憶を手がかりに、迷うことなく店を見つけ出した。
店で買ったものは、相手を食べ尽くした後に食べるデザートのレアポテトだった。
これは、今日の味方から頼まれた物だった。
Sは続けて、今日のメイン、鶏の丸焼きを買いに車を走らせた。
鶏の丸焼き。
クリスマスでよく見る、七面鳥の丸焼きの小さいものだ。
この店の前は何度も通っていたが、鶏の丸焼きを売っているとは知らず、また結構な有名店であることもSは知らなかった。
その話を初めて知った時、Sは、生ハムの次は鶏の丸焼きだと心に決めたのだった。
その戦いが今日、実現する。
唐揚げ、磯部巻きなど、予約した丸焼き以外の物も買い込んだ。
丸焼き一匹では、戦いにならないと見たからだった。
思ったよりも小さい。
今日の味方は、総勢五人。
丸焼きの食べ方は何も知らないが、何とかなるとSは意気揚々だった。
戦いの相手は揃った。
Sは戦場の地となる、友人宅に車を走らせた。
友人宅にて、飲み物の準備をしつつ、丸焼きをオーブンで温める。
十五分後、いい感じに温まったところで、皿に乗せる。
牛乳パックを二本寝かせて、二段に積んだぐらいの大きさだ。
五人分としては、足りないくらいで、一緒に買った唐揚げなどがあって丁度良さそうだった。
しかし、意外な所で戦いが甘くないことを知った。
この丸焼き、どこからどう切っていいのか、分からない。
アメリカでは父親がクリスマスの時に七面鳥を切るのは、特権でありステータスだと聞く。
なる程、この鶏一匹でもさらりと切り分けられれば、マグロの解体ショーではないが、頼もしく見られる事もあるだろう。
Sには、それが出来ない。
この緒戦、Sは負けたと思った。
しかし、勝負は食べ尽くせるか否か。
切り方は無様であっても良いと、思い切って切り分け始めた。
分かりやすい羽、足、胸の部分を切り分け、何とか食べやすいような形には、なった。
味方に配り、分け合う。
残りの胴体を、Sは引き受けた。
これをどう切ればいいのか。
分けようにも肋骨が邪魔をして、肉を切り外せない。
Sは包丁を置き、かぶりついた。
小さなラグビーボールの周りに肉が張り付いている感じだった。
分厚い肉はない。
しかし、肋骨を覆うように張り付いた肉は、それなりに美味しい。
肉離れも悪くなく、手と口の周りの汚れを気にしなければ、心の野性がちらりと顔を覗かせる。
内臓はきれいに取ってあり、何の心配もなく骨以外全て食べられるようだ。
勢い、流れ、表現はいろいろあれど、Sは「食べ尽くす」、この一念になっていた。
鶏肋という言葉があるが、Sは肋骨についた肉も、歯でこそげ取っていった。
味方が何を、どうやって食べているかも目に入らず、ただ目の前の胴体と戦う。
かぶりつき、外せる骨は外してバラす。
そして、また食べる。
三十分は、かかっただろうか。
胴体の肉は食べつくされ、骨のみとなった。
薄い味付けの丸焼きは、途中で飽きることなく美味しく頂くことが出来た。
また味方もお腹いっぱいと言いながら、レアポテトを美味しそうに食べていた。
戦いは、勝った。
夕日と共に、Sは満足のため息を大きく吐いた。
後日、Sはようやく思いついた。
「鶏の丸焼き 切り方」で調べれば、良かったんじゃないか?
Sの心の隅に、きれいに切り分けられなかった事が引っかかっていた。
緒戦は負けだったのだ。
Sは心密かに、再戦を考えた。