ただの田舎領主なんだが、Sランク冒険者ってのはこんなにおかしい奴ばかりなんですか?<前編>
辺境の田舎領主を急に継ぐことになった俺は、正直言っててんてこ舞いだった。次男の俺は、領主になんて全く興味がなかったのだ。急死した親父と兄から領地の施策や開発計画なんかを聞かされてこともなければ、興味もない。人口三百人にも満たない領地には、特別な資源もなければ特産品もない。王国領の一部だと認識されるのはひぃひぃ言いながら税金を納めるときだけ。そんな辺境の伯爵になるよりかは、一世一代の望みをかけて冒険者になる方がよっぽど現実的に見えた。
だが俺には武芸の才能もなければ、魔力もほとんどなかった。数年間の鍛錬を積んだ果てに出た結論は、自分が無力ってことだけ。最低ランクの魔物すら一人ではロクに相手に出来ないのだから、その結論も難なく受け入れてしまえた。
帰結として何の才能にも恵まれていない俺は、冒険者として名を上げることも出来ず、急遽領主になった。それだけのつまらない話だ。
きっとこのまま、特に領地を発展させることも出来ず、民心も得られず、無能領主の烙印を領民から押されて一生を終えるんだろう。いや、最悪暴動によって命を奪われるかもしれないな。
だからまさか、領地の外れで命の危機があるほどの重傷を負って気絶していた若く、可憐な少女を拾うことが転機になるだなんて、考えもしなかった。近隣領主の妾か、駆け落ちに失敗したそれなりの身分の娘なんかかもしれないと思い、保身のために一時的に保護しただけだった。
ただ、それだけだったんだ。
「ええと……この報告はどう言うことなのかな、ラファリアさん」
俺は手元の質の悪い紙に書かれた文面を眺めて、頭を振った。嬉しい悲鳴って言葉があるが、度を越して嬉しすぎる結果には必ず懐疑がセットになると思う。つまりそれだけ俺が眺める文面の内容が、常軌を逸していたってことだ。
「はい!と、仰られましても、報告のままなのですが」
思わず頭を抱える。そのまま。そのままね。確かにそのままなんだろう。金色のサイドテールを不安げに揺らす少女に、俺は二日前に受け取った報告書を突きつける。今回の書類と同じ筆跡。つまりどちらもラファリアさんが作成して俺に渡してきたものだ。
「二日前はBランクの魔物を約二十体。今日はAランクの魔物を約十体。凄いなぁ、Sランク冒険者ってのは……でもね、うちの領地にはこれだけの魔物の解体や保存なんかを行える人材も場所もないんですよぉ……」
俺は窓から見える嘘みたいに積み上がった魔物の山を指さして、そう言った。あれはあまりにも景観を損ねている。牧歌的な風景だけは誇れる領地なのに、その良さがあの殺伐さによって完全に殺されているのだ。
「あ、魔物の解体は私が明日しておきます。簡易的なものであれば倉庫も作っておきます。そのために、木材の使用許可を頂きたいのですが……」
「魔物の解体も倉庫の建築もできるの!?むしろラファリアさんは何が出来ないんだ……」
Sランク冒険者ってのは頭がおかしい。彼女を介抱しておおよそ一週間。嘘みたいに体の傷を癒した少女に向かって、俺は心の中でそう叫んだ。
少女の名はラファリア・エーデンラルト。彼女の自己紹介が真実なら、十七歳のSランク冒険者、らしい。冒険者の情報は田舎にまであまり届いてこないが、Sランクの冒険者ともなれば流石に多少は耳にする機会がある。だが俺は、少女が自称する名を聞いたことがなかった。
だから虚言だと思って話十分の一程度に聞いていたのだが、彼女は今日までにその言動に偽りがないことを実力で証明し続けている。
治安維持のための近隣の魔物討伐。高ランクの土魔法を用いた区画整備、土壌改良。回復魔法による重病人の治癒。これまで鑑定不能だったアイテムの目利き。まだまだあるが、思い出しきれない。
田舎の一小領主のキャパシティでは、受け止めきれないんです。
本当に。
「ありがたい。本当にありがたいんだよ。でもね、これだけ高ランクの魔物の素材や食材を纏まって販売できる相手先が、この田舎領主にはないんだよ」
「あ、それなら、私の知り合いが代表を務めている商会を紹介します!それなりに恩を売っているので、嫌とは言わせませんよ!」
「……もういっその事、領主になってくれよ本当に……」
「それはお断りさせて頂きます!私はあくまで、シェルバーラさんの部下ですので!」
大きなヘテロクロミアの瞳を嬉しそうに瞬かせて、ラファリアさんはそう主張する。が、部下にした覚えはない。俺はSランク冒険者に首輪を付けられるような器ではない。
「俺はただ、保身からラファリアさんを介抱しただけだよ。Sランクの冒険者なら、こんな田舎で油を売っている暇はないんじゃないか?今は本当に助かっているけど、これが常態化したらまずいんだ。ラファリアさんがここを離れたとき、苦労するのは俺だからね」
「……」
目の前の少女は頬を膨らませた。血色の良い小さな唇も、不服そうにへの字を描いている。何がそんなに気に入らないのか、俺にはイマイチ理解できない。
「私はここを離れたりしませんよ。先ほども言いましたが、私はシェルバーラさんの腹心の部下ですので!」
なんかいつの間にか腹心と言う言葉が付け加えられているが、俺の腹の中にはとてもこの少女は収まりきらない。凡人以下の俺にさえも、この少女が神から愛された天稟の持ち主ってことは分かるんだ。
こんな田舎で無為に時間を消費して良い存在じゃない。
「もう介抱したぶん以上のお礼は貰っているからさ。王都や大都市なんかで、ラファリアさんの帰りを待ち望んでいる人たちが居るんじゃないの?」
「居るかもしれませんが、それは私の力を利用したい人間ばかりですから」
嫌な事でも思い出したのか、ラファリアさんは蒼と碧の目を細めた。
無神経なことを言ってしまったようだ。俺は、すまない、と前置きしてから、それでも続けた。
「優れた人間は、それに見合った場所を選ぶべきだよ。その感じだと、ラファリアさんを利用しようとする人間は多いみたいだけど、今にラファリアさんが彼らを利用できる立場になれるさ。俺にさえ、君の才能の空恐ろしさを感じられるからね」
「むぅ……シェルバーラさんは、私にそんなに居なくなって欲しいんですか?」
「いや、そんなことは無いけど……」
俺の言葉を聞くと、ラファリアさんは満面の笑みを浮かべた。
「なら、良いじゃないですか!あ、そうだ。明日は魔物の解体と倉庫の建築を終わらせますので、あの魔物の山はそれまで置いていてもいいでしょうか?」
「うん。問題ないよ」
「ありがとうございます。それでは村の巡回に行って参ります!」
嵐が去って行く。たった数日で老若男女に大人気となった彼女の人望は、もう俺以上かもしれない。これで俺がもっと大きな領土の領主なら彼女を警戒していたかもしれないが、幸か不幸か一田舎領主の俺にはそんな気も起きない。
どうしたもんか。俺は領地よりむしろSランク冒険者のやらかすことに頭を悩ましながら、ラファリアさんが制作してくれた座り心地の良い椅子に背を預けた。
なんだ、あれ。
翌日。シミだらけのベッドから目覚めた俺は、窓の外に見える異物が魔物の死骸の山だけではなくなったことに気付いて、唖然としてしまう。
この領地には、外敵用の設備なんてほとんどない。もっとも、近隣領主との争いも長年なく、対処しなければならないの外敵は主に魔物だ。その襲撃に、領地は常に悩まされてきた。
たった十人程度の衛兵で魔物の脅威を防ぎきれるはずもない。村は自警団を組織しているが、彼らと協力しても犠牲者が出ることは避けられなかった。
それを解決します、と主張するような巨大な土の防壁が一晩で聳え立っている。挙句、防壁の上にはバリスタなんかも設置されている。間違いない。こんなことが出来るのは一人しかいない。
「事後報告になったことは、本当に申し訳ありませんでした。昨晩魔物の襲撃があったので、急遽作りあげたものです」
「えぇ……この土地の領主は全く気が付かずにぐっすり眠っていましたよ……?」
「深夜でしたので、騒音には細心の注意を払いました!また、見る者の心を癒せるよう、芸術性にも力を入れました!王都で流行りの意匠ですよ!」
「注意を払う場所と力の入れる方向性が迷子だよぉ!」
ビシッと敬礼しながら口頭で報告するラファリアさんに、俺はそう突っ込んだ。もうなんでもありなんじゃないか、このSランク冒険者。
「防壁を作ってくれたのはありがたいが、もう少し規模を小さくして、威圧感を与えないようにしてほしいかな……それより、怪我はないのか?」
絶対にあり得ないことを聞く愚かしさを自覚しながら、俺は見た目は可憐で華奢な少女にそう尋ねた。色々言いたいことはあるが、本当に魔物の襲撃を撃退してくれたのなら、まずは感謝しなければ。
「はい!大丈夫で……」
ハキハキとした声が途中で止まる。何だ?何かあったのか?
俺が疑問に思っていると、髪が持っていかれるような突風が部屋内に吹き抜ける。窓も開けていないのに何だ?不思議に思いながらも改めてラファリアさんに視線を戻すと、細く色の白い少女の腕から急に一筋の赤い液体が零れ落ちた。
「あ、やっぱり怪我をしていたみたいです。図々しいことだとは分かっていますが、今回の件の褒美として、怪我を診て頂けませんか?」
「……今、自分で傷を作らなかった?」
勿論俺にはSランク冒険者の動きなんて見えない。だが、皮膚が独りでに裂けるわけがないことは子供にだって分かる。まさかあの突風は、自分に小さな切り傷をつけるためだけに……?
「作りました。よしんば作りましたが、それはシェルバーラさんに手当てをして頂きたいからです」
「抑えきれない本心がだだ漏れじゃん!」
何で俺に手当てをしてもらいたいのか、理解に苦しむ。俺は容姿が優れているわけでもなければ、医療の技術や回復魔法に優れているわけでもないのに。
「……駄目でしょうか?」
くそ、なんて庇護欲を掻き立てられる目で俺を見て来るんだ。絶対に俺の庇護なんて必要ないだろ。冥界の番犬が上目遣いでこちらを見てきたとして、誰が近づくって言うんだ?
「良いけど、もう自分で自分を傷つけるようなことをしては駄目だ。それに納得できないのなら、手当てはしない」
コクリ、と少女がしおらしく頷く。まったく、Sランク冒険者ってのは奇人変人ばかりなのか?それとも、ラファリアさんが特別そうなのか?
俺は仕方なく薬草をすりつぶし、それを布にしみ込ませてからラファリアさんの傷口にあてた。お抱えの医者や回復術師の一人もいない我がおんぼろ館では、曲がりなりにも冒険者だった経験のある俺が、一番怪我の手当に詳しい人間だと言って良いかもしれない。
大けがをしたラファリアさんを手当てしたのも俺だ。もっとも、あの桁外れの回復力から考えると俺の処置なんて何の役にも立たなかっただろう。今だってそうだ。もう傷口は塞がっているし、そもそも彼女が自分に回復魔法を使えばいいのだ。
「ありがとうございます!」
なのに何だって、そんなに嬉しそうにするんだか。
「……それにしても遅いな……」
大けがを負ったラファリアさんを見つけてから半月が経っただろうか。あの規格外の存在は、今日も領地を賑わせている。そんな少女の正体を探るべく、俺は冒険者ギルドのある街へ十日ほど前に使いをやっていた。
ラファリアさんは悪い人間ではない。俺はこれまでの経験から、俺のあまり頼りにならない直感からそう思っている。だが、一応の領主としての責務は果たさなければならない。
彼女にはあまりに謎が多い。本当にSランク冒険者なのか。だとして何故この田舎に滞在しているのか。目的は何なのか。
部下になる、と言う彼女の言葉を鵜吞みに出来るほど、俺は自身への評価が高くない。非常に鋭利な武器を使うには、それなりの強者でなければならない。でなければいつかその武器に自分が命を奪われていしまうことになるだろう。そしてSランク冒険者と言う名剣の鞘の在りかは、こんな辺境の領地ではない。
「気分転換でもするか……」
これでも俺は一応伯爵だ。つまりは貴族の末端の末端、ちょっと残り香が移っただけのような存在だが高貴な、は言い過ぎなので中貴な身分だ。
壁に立てかけた随分使っていない弓を手にする。貴族と言えば狩り。俺もたまにはその慣例に倣うとしよう。
「どーなってんですかぁ!!何で新品同然になっている厩舎に、調教済みっぽい高ランク魔物が四体もいるんですかぁ!!この数に暴走されると、マジでうちと近隣の村が滅びかねないんですけど!?」
「Sランク級の騎乗用の魔物を用意できなくて本当に申し訳ありません……」
思わず絶叫していた俺の側に、いつの間にか金のサイドテールを揺らす少女が現れる。申し訳なさそうに謝罪してきたが、そのあまりにも不穏すぎる内容に、俺は潰れたカエルのような声を上げることしか出来ない。
「ぐぇぇぇぁぁぁぁぁぁ…………あの、ラファリアさん?これは何なんですかね?」
「はい。シェルバーラさんに相応しい騎乗用の動物が見当たらなかったので、勝手ながらご用意させて頂きました。左から、ケルピー、バイコーン、サラマンダー、アースドラゴンになります。また、元の厩舎には入りきらなかったので、少々厩舎を改築して魔法的な防護を施しました」
「え?え?あーすどらごん?……どらごん?」
「はい。ドラゴンとは言いますが、所詮は本物の真龍ではありません。Aランクの魔物です。シェルバーラさんの騎乗用としてはやはり格が低いです……」
「????????」
何言ってんだ、こいつ。
四体の高ランク魔物が俺を見つめている。その一体一体がちょっとその気になれば、俺なんてすぐに塵芥になってしまうんだぞ。
俺に相応しい格の騎乗用動物なら、それこそ年老いた馬でも十分なんだけど。
「スキルを使って完全に従僕化していますので、安全面の問題ありません。私よりシェルバーラさんの言うことを優先して聞くようにしていますので、その点も問題ないかと」
「問題しかないよ!」
やっぱりSランク冒険者は頭のねじが外れている。いや、そもそもねじなんてあるのか?滅茶苦茶だ。
しかし、それにしても。
いくらSランク冒険者とは言え、ここまで出来るものなのだろうか。あまりにも、規格外すぎではないだろうか。もう人間ってレベルではない気さえしている。
「あ、申し訳ありません。やはりSランクの魔物が必要でしたよね。二日ほどお時間を頂けましたらご用意できますが」
「ご用意できちゃうんだ……いや、それは良いから、まずこの四体を拾ったところにちゃんと戻してきなさい!」
「え……」
少女の顔色が不安げなものになる。何か間違ったことをしてしまっただろうか。俺の怒りを買ってしまっただろうか。そんな怯えすら見える。怯えたいのは、こっちなんだけどな。
全く、本当に何なんだこのSランク冒険者は。
「あー……うー……じゃあ、ケルピーだけは騎乗用に居てもらおう。うん。ありがとう。でも、ケルピーだけで十分だからな。Sランクの魔物なんて必要ないから」
「はい、分かりました!お役に立てて良かったです!」
「うんそうだねおやくにたったよ」
ラファリアさんが魔物を元の場所に戻すために出て行った後、俺はケルピーと見つめ合った。心なしか、ケルピーの目には同情のような憐憫のような色がある。俺は水の精霊とも言えるそいつの首を抱いて、重い溜息を吐き出した。
ひんやりとして、気持ちいい。ケルピーも、俺に応えるように耳を舐めてくれた。
……食べようとしているわけじゃ、ないよな?
考えてみると、悪い日々じゃなかった。ラファリアさんは、いつも全力で俺の役に立とうとしてくれていた。ただその方向性と規模が、あまりにも無茶苦茶だっただけだ。それが善意であることは分かっていたし、最終的には俺が胃を痛めることで領地のためになる着地点に落ち着いた。
そう、振り回されてばかりだったけど、案外悪い一か月じゃなかったんだ。ろくに特技もない、優れてもいない俺なんかではあり得ない体験ばかりで。
俺は縛られた手足を動かそうと試みたが、それがただ自分を痛めつけることにしかならないことを思い知らされ、諦める。
運悪くラファリアさんは、恩を売ったと言う商会と話をつけてくるとのことで、領地に居なかった。いや、狙っていたんだろう。領地の視察に出ていた俺を誘拐したのが何者かも分からないが、鮮やかな手口だ。手慣れていて、それをすぐさま実行できるほど能力が高い。何にせよ、計画的なものであることは間違いない。
またこれが、ラファリアさん関係であることも薄々分かっている。こんな辺鄙な田舎の領主を誘拐して身代金を請求する悪党なんて、そうはいないだろう。当家の金庫は残念ながらほぼすっからかんだ。
心当たりは、彼女しかない。