道化と暗殺者の恋
道を踏み外すという慣用句がある。
真っ当な道を進んできた者が間違えた道に進むことを指す。
ならば最初から間違えた道を歩んできた私はどう言い表せばよいのだろうか。
私は生まれた時から暗殺者として育てられた。
親はいない。生みの親という意味でなら、借金苦で水商売に落とされた母とギャンブル狂いの父を両親に持つ。その二人は多くの人から恨まれ、殺し屋に依頼されるまでに至っていた。病院にも行かず、知ったか程度の知識で私を産んだ。産み落とした瞬間、その場で二人は殺し屋に殺された。
私も殺されるはずだったが、ちょうど殺し屋は後継者が欲しかったという事情があり、拾われることになる。
外傷は当たり前。血反吐なんて日常茶飯事。毒への耐性を得るため、いつも毒物を混ぜられたものを食べさせられていた。それが日常で、心を殺す日々を過ごし、二十余年経過した頃には暗殺者として完成した。
人を殺して報酬を貰う生活。
それは私にとっては出来ることをしているだけ。
それ以外で生きる術を知らない。
そんな認識であった。
その日常の一つ。任務を受けるため、人が少なく寒々とした遊園地へ向かう。ここで師匠から任務を受けるのがルーティーンであった。
そこに奴はいた。
今時少ないオーソドックスなピエロ。それが彼であった。子供相手には仕事熱心らしいが、大人が見ている場所ではやる気なさげに道化を演じる。何度か顔を合わせるうちに、私の顔を見てもサボり続けるぐらいにはやる気がなかった。
ある日、師匠が所用で遅れた。
仕方なく待ち合わせ場所のベンチでぼうっとしていると隣にピエロが腰かけた。
「やぁお姉さん、一人かい?」
横目で見ると愛想よく手を振っていた。
下手に相手をするべきではないと思い、無視に徹する。
「無視するなんてヒドいなー。知らない仲じゃないだろう」
そう言うと私の前に立ち、パントマイムをし始める。案外上手く驚いた。
「あー! 今僕がこんなことできるなんて思わなかったって顔した!」
大げさに怒ったようなリアクションをする。
その雰囲気に呑まれ、私らしくなく、反応を示してしまう。
「何か御用でしょうか」
「お、反応したねぇ。いやー用事っていう用事はないんだよねぇ。強いていうならお姉さんが美人だからお近づきになりたいってだけさー」
手品よろしく何処からともなく赤い薔薇を出して私に渡そうとする。
薔薇を手で払いのける。
「今時のピエロはなんでもできるのですね」
「ピエロ業界も不況でね。一人でなんでもできるようにならなきゃいけないのさ」
オロオロと泣き真似をするピエロ。それと同じタイミングで待ち合わせ場所変更の連絡を受けた。
その日から遊園地に向かう度、ピエロと雑談する仲となった。
その中で彼がピエロを目指した経緯を知った。彼は子供を笑わせたいという思いがあった。いじめられっ子だった彼がピエロの真似をしたら、皆が笑ってくれていじめが止んだということがあったらしい。それを機にピエロを目指したのだという。それを彼は「子供らしい短絡的な考えだろう?」と肩を竦めていた。加えて「実家継がなきゃいけないのにピエロやるって逃げてるから親子仲も悪いしね!」と爆笑する。
私はそれを好ましく思っていた。
私には夢がなかった。より正確には夢を見れるほどの余裕はなかった。だから夢を持つ人間というのは輝いて見えるのだ。あのサボりまくり、ニコチン中毒なピエロでさえ輝いて見えた。
ある時、私は彼に尋ねた。
「どうして私に声をかけたのですか?」
彼は気恥ずかしそうに答える。
「君はどこか子供の面影を残しているように見えてね」
それは道化を演じていない彼の本音のように思えた。
ある日、師匠から尋ねられる。
「あのピエロ、お前と仲がいいのか?」
年老い、引退したとはいえ、その眼光に衰えはない。
「はい。とある切っ掛けから話すようになりました。不都合でしょうか?」
「いや、不都合はない。お前も女だ。遠くない未来、引退し子を成し育てていくべきだ。その時の止まり木候補の一つとして考えておいていいだろう」
いつか引退すること。
私自らが子を産むことなど考えたことがなかった。
驚き、思考が止まってしまう。
師匠はそれを見越したはずなのに、続ける。
「ただ、俺ら裏家業がそう簡単に足を洗えると思うな」
そう忠告された。辞められない理由ができて少し安堵した。
それから半年、師匠が殺された。
恨みを買った相手に殺される。この世界ではよくあることだった。
一人ぼっちになってしまった。
そう思ったら、いつの間にか遊園地に来ていた。
ここでならピエロがいてくれる。そう思った。
しかし、待ち構えていたのは裏社会の人々だった。
ベンチに座る私をヤクザが取り囲む。このまま私は殺される。それは幾度となく、様々な状況を想定していた。その中で最もくだらない死に方の一つであった。
そこに場違いな人間が現れる。
「やあ皆様方、物々しい雰囲気ですがいかがしましたか。ここは遊園地。笑顔でいなきゃね!」
いや、ある意味では合っているのだろう。
まさに道化であった。
しかし、ここは表にいるべき人間が踏み入っていい問題ではない。
彼とヤクザの間に立つ。
「私だけの問題でしょう。彼は見逃してください」
そう言った。私らしくもない、なんの益もない行動であった。いや、違う。彼が生き残ること、それがなによりの益であるのだ。
私は必死であった。必死であったがゆえ、余裕がなかった。ヤクザから殺気が消えていたことに気付くのが遅れた。
「お姉さん、僕の見せ場なのに奪わないで欲しいなぁ」
彼は間の抜けた声で私に注意する。
ヤクザの一人が呆れた顔をする。
「若、この方は先々代組長を殺った殺し屋の娘です。引き渡してください」
「嫌だ! 断るね!」
「別に情婦って訳でもないんでしょう」
「たしかに情婦じゃないよ」
「だったら――」
「本命だから余計に駄目さ!」
「そこまで我儘を通すなら跡目継いでもらわないといけませんよ」
彼は私の前に移動し、跪いて手を伸ばす。
ポン、とその手に薔薇を出現させた。
「互いに知らないことばかりだけど、僕の妻になってくれないかい?」
薔薇を受け取る。
「はい、あなたの子供を産ませてください」
「ええ! それはちょっと気が早くないかい。もうちょっと愛を育んでからでもいいんでないかなぁ……」
周囲から「これが姐さんか。世間知らずだから若も俺らも苦労すんぞ」と漏れる声があった。
道化は私を笑顔にするために、舞台から下りた。
暗殺者は殺めた手で、子を産み育てようと決意した。
こうして道化と暗殺者、互いに道を踏み外すこととなった。
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