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第三段

 見るからに強固なカギを斬り壊すと、女剣士は戸板を乱暴に蹴りあける。

 室内なかをうかがえば、差し込む光で見える範囲や音の反響で察するところ、相当な広さの寝室である。

 スカルは迷うことなく侵入はいっていった。


 彼女が正面きって乗り込んできたのは、この領国りょうこくにおいてもっとも身分が高い者の居館である。領民をとことんまでバカにした拝金者とはいえ、自らの安全確保はやはり、()()()()ところではないらしい。質はともかく、警備の量は薄かったとは言えず、この部屋にたどりつくまでのあいだ、二十人ばかりを相手にしてきたスカルは、すでに満身創痍だった。

 しかし、()()()()()分の余力はある。

 そのひとりさえ倒せれば、すでに見限っていた命。どうなったっていい。


 うす暗がりのなか、ふくらみを乗せた寝台を見つけると、スカルは足をひきずり、近づいていった。


「名乗りはいるか……?」


 ふくらみは答えず、モゾモゾと動くだけ。


「……ならば、いい」


 曲刀を振り上げるスカルだったが、ここで不審を抱いた。

 館に侵入した者があることはすでに知れ渡っているはずである。侵入者の目的が定かでなかったとしても、この男は指揮をとるべき立場。寝台から出るくらいのことはしていて当然である。

 それなのになぜ、いまだに寝入っているのか――。

 スカルは、布団をはぎとった。


「ッ?!」


 寝ていたのは男でなく、年若い女だった。さるぐつわをされ、身動きできないように縛られている。

 どこをどうみても「領主の男」ではない――。


「バカめぇッ!!」

「?!」


 スカルの背後から、野卑やひた声が襲った。

 ここに至るまでの疲労と受傷がなければ避けられていただろう。あるいは、館に乗り込む前、しっかりと食べ、睡眠をとり、気力も十分であったなら、勘づくことができたろう。

 しかし、現実として、物陰から飛び出してきた男にスカルは反応しきれなかった。すかすかで空っぽの腹を、冷たい感触に刺し貫かれてしまった。


「死ね、狼藉ろうぜき者が!!」

「く、う、貴様ぁ……!」


 だが、スカルの戦意は折れていない。

 腹に刺さった刀をつかむと、そのまま、相手を押して駆け出す。


「ふ、う、ぅぅるぁぁッ!」

「な、なッ? なぁッ?!」


 部屋を横切り、向こう側まで押し続けたスカルは、そのまま、領主とともに窓ガラスを突き破っていった。

 寝室があったのは地上二階。

 その高さから、もつれたままに落ちていく。


「がぁッ?!」

「う、くぅッ!」


 落下の衝撃自体は、地面とのあいだに領主の体があったため、それほど大きくはなかった。

 それよりもむしろ、腹に刺さったままだった刀がさらに押し込められ、スカルの身体のより深い部分を傷つけた。

 よろよろと覚束ないが、先に立ち上がった領主は足を引きずり、場を離れていく。


「く、クソ……。クソの平民がぁ……」


 思わぬ反撃に領主のほうは戦意を失ったのだろう。この場を逃れるつもりらしい。相手はすでにどうしようもない手負い。数人の部下を呼びつければカタがつく。

 追わねば、とスカルも身を起こしかけるが、できなかった。

 下半身がガクガクと揺れ、力が入らず、視界がぼやける。失った血が多すぎるのか、ぼうとして頭が働かない。

 だが、そんなハッキリとしない意識に届いてきた声がある。


「スカル~ッ!」


 逃げる領主のさらに奥、少女の姿がかすんで見えた。

 涙をふりまき、こちらへ駆け寄ってくる姿があった。


「アリヤ……?」

「スカル!」


 「なぜここに」、「言葉を話せている」などとは考えもしなかった。

 少女の姿を見てスカルが感じるのは、自分でもどうしてだかわからない、ただただ穏やかな心地。安堵めいたもの。


 しかし、スカルと少女のあいだには領主がいた。血で汚れた手を、少女へと伸ばしていた。悪政者は、何らかの意図をもってアリヤに近寄っていくのだ。

 その意図するところを、思考もままならないスカルだったが、察した。

 アリヤが自分の顔見知りと知って、利用しようとしているのだ――。


「らぁあぁぁッ!」


 気付けば、スカルは男の背を斬っていた。あれほど震えていた足で起き上がり、駆けると、領主を一刀のもとに斬り伏せていた。

 そうして、男と同時、スカルの身体は地に倒れる。


「スカル! いなくなっちゃダメぇッ!」


 もはや、何の力もでない。仰向けのまま、指先ひとつ動かせない。本当に、最後の死力を尽くした。

 夜空の星はかすみ、少女の涙声は小さくなる。

 すべてが女剣士から遠ざかっていく。


「夜空を見ろ、アリヤ」


 近くにいるかどうかも判らない少女に向け、スカルは喉から声を絞り出す。


「あれほど輝く星でさえ、いずれは消えてしまうものらしい……。ならば……、人が死んでしまうのも、なにも哀しむことはない……、当然のことだと思わないか?」


 星など、スカルにはもう見えていない。真っ暗の空が広がるばかりである。あるいは、星の光など、この世にははじめからなかったのかもしれない。

 それでもスカルは、優しく抱かれてでもいるような心地に包まれ、言葉をつなぐ。


「星が消える間際には、強く明るく輝くという。私も、少しは輝けただろうか?」


 問いかけるも、返事がない。

 アリヤはいるだろうか。

 ケガはなかっただろうか。

 また、あの廃屋のときのように、静かに泣いていないだろうか。


 スカルにはもう、確かめる術はない。 

 だが、確かに感じるこの温かさは、きっとあの子の体温だろう。今なら、空腹を苦痛に感じることもなく、眠りにつくことができそうだった。


「あのモチ、うまかったな」


 言ったきり、スカルの命はついえた。


 *


 アリヤは、新たな領主の善政下、環境が改善された孤児教会堂で勉学に励んだ。

 成長した彼女は、孤児の出身としては異例、領国りょうこく政治の世界に入っていく。様々な事業に参画した彼女の、引退時の職務は「執務補佐官」。平民としてはこれも異例、領主補佐の最高職である。

 領主や同僚、領民たちと協力し、国力の発展に尽くした彼女の生涯は、たくさんの孫やひ孫に囲まれた暖かい日のこと、静かに閉じられていった。


(完)

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