【かぞくとし。(2)】 朝比奈 友也
僕は五宮に脅されている。
大学を卒業し、働き始めてからは、毎月のように金も要求されるようになった。
すべての始まりは小学生のときだ。
罠に嵌められて、『命の選別ゲーム』という残酷な遊びを強要された。何をやっても兄に勝利し、なんでもできると全能感に酔いしれていた僕が、初めて制裁を食らったのだ。調子に乗っているガキが、より強いやつに一瞬で叩き落されるというアレだ。
放課後に呼び出されて、当時から一回り体の大きかった五宮に、ボコボコに殴られた。僕の首筋にバタフライナイフを突きつけた五宮は、飼育小屋のウサギを殺せと命じた。最初は拒否をしていたが、ナイフで背中を切られた。
本当に殺されるかもしれない。その恐怖で失禁した僕は、泣きながらウサギの首を絞めた。手の中で命が消える感覚は、今でも時々脳裏をよぎることがある。
そのおぞましい瞬間を、五宮はビデオで撮影していたのだ。「命の選別ゲームを最後までやり遂げたのは、お前が初めてだ。俺の友達にしてやる」と五宮は笑った。
五宮は狂っている。
この時、僕の未来は終わったのだ。
きっと今みたいにスマホやネットが普及していたなら、一瞬で全世界に、その映像がばらまかれていたかと思うと、ゾッとする。だがもしかしたら、映像が公になっていたほうが、あの時点で終われていたという意味では、まだマシだったかもしれない。
なぜなら命の選別ゲームは、その一回だけでは終わらなかったからだ。
近所のうるさい大型犬をボウガンで射ぬけと命じられたり、ビルの上から通行人をめがけて植木鉢を落とせと言われたり、道路にロープを張らされたこともある。翌朝バイクで新聞配達をしていた男性は、ロープで転倒したが、軽症で済んだらしい。打ち所が悪ければ死んでいたかもしれないという記事を見て、恐ろしくなった。
本当はもうこんなことは、やめたかった。だが増えていく一方の撮影ビデオを盾に取られて、僕は言いなりになるしかなかった。五宮の要求は徐々にエスカレートしていく。動物の殺戮と危険なイタズラを何度も繰り返した。
やればやるほど抜け出せない状態で、最後のイタズラが真冬の公園で決行された。池が凍るほどの寒い日に、一番弱っている浮浪者に水をぶっかけた。
翌日のニュースで、その老人が凍死したことがわかって、さすがの五宮も、ヤバイと思ったらしい。ようやく僕たちの命の選別ゲームは終わりになった。
だが当時撮影されたビデオテープは、まだ五宮の手の中にある。あれからずっと、僕は五宮の言いなりだった。
五宮が僕をハメたのは、本当に馬鹿げた理由だったと後で知った。五宮は狙っていた貞子という女子生徒にフラれた上に、僕の兄である涼を好きだと言われたのが気に入らなかったらしい。
たったそれだけのことで、僕の人生のレールは、ロクでもない方向へ歪んでしまったのだ。
しかも、たまたまあの日は、兄は風邪で休んで欠席していた。そのせいで命の選別ゲームを仕掛けられる羽目になったのは、僕のほうだったというわけだ。ただのとばっちりだった。
ビデオを撮影する時は、必ず自分の名前を名乗らされた。僕と兄はそっくりな一卵性双生児だったが、唯一見分けるために有効な特徴があった。それが耳にある小さな三つのホクロだった。右耳の穴付近に、三角のように配置されていた。
まるで人類最初の殺人を行ったカインが、誰にも殺されないために付けられた刻印みたいに、そのあまりに特別な印を、わざわざ撮影しながら名前を言わされるのだ。顔がそっくりな他人ですと言い逃れができないように。
だから罪のすべてを、兄になすりつけることすらできなくなった。五宮という男はそういうやつなのだ。確実に相手を追い詰めるためなら、用意周到になんだってやる。
もちろん五宮を振った貞子という女子も、僕の兄の涼も、ただでは済まなかった。五宮が気に食わないからという理由だけで、翌日からクラス全員で徹底的にいじめるゲームが同時に開催された。
裏で手を引く役目をやらされたのは僕だった。巧妙に、誰もがいじめに加担しないと、今度は自分がやられるという雰囲気を作り出し、貞子と兄を孤立させていったのだ。
当時の学校は、五宮の王国だった。
もし首謀者が五宮だと訴えても、きっと先生たち大人は、誰も信じようとはしなかっただろう。それほどまでに、五宮は完璧な生徒だった。
クラス委員で、成績優秀で、表向きは誰にでも優しく社交的で、地元のサッカークラブでレギュラーになるぐらい運動もできて、休日には、地域ボランティアをするような、とても素晴らしい小学生なのだ。
そんな男子がいじめをしているわけがない。誰だってそう考える。告発なんてしたところで、やっかんだ生徒がデマを流していると思われて終わりだ。
だから、僕は言いなりになるしかなかった。
五宮に呼び出されるたびに、ヘラヘラと友達ヅラを続けて、言いなりになっていた自分にヘドが出る。いつか五宮が死んでくれたらいいのにと、心の底では毎日願っていた。
だが、もしそんな奇跡が起こったとしても喜べない。五宮からビデオを回収してからでなければダメだからだ。
死んで欲しいのに、死なれると困るという矛盾。
こいつが不審な死に方をすれば、すぐに家宅捜索をされるだろうし、普通の死に方でも、遺品整理をされたら、僕の人生は終わりだ。
だから僕はこの生活を続けている。
いつ破滅するかわからない風船の中で生きている。
「そうだ。この後のアフターの分もお前が出してくれるなら、朝比奈くんに良いことを教えてあげよう」
「どうせ最初から、たかる気だったくせに、もったいぶんなよ」
「実はその老人都市にさ、引きこもり支援のための、新しい施設ができたらしいんだよ」
「引きこもり支援?」
「普通の真人間にしてくれるんだってよ。まるで人が変わったみたいに」
そんなことは可能なのだろうか。
「お前の兄ちゃん、そこに入れちまえよ」
五宮の言葉は、悪魔のささやきにしか聞こえなかった。