【ろうじんとし。(6)】 ナンバー85
リブートされたようだ。徐々に記憶が戻ってきた。
今日がいつで、どこにいるのか。わかっていないのに、わかっている。
この世界はいつだって、そこにあるのに、そこにはない。
時間も空間も、存在すらも自由だ。同時にあって、同時にない。
ここに存在するためには、存在していると意識するだけだ。
あたしはここにいる。
そう思った瞬間に、あたしはこの世界に存在する。まるで最初から、ずっとここにいたかのような振りをする。
先輩が受付にやってきた。どうやら彼女も人間のふりをしていただけの、AI制御された介護士スタッフだったのかもしれない。
きっと彼女もたった今、この世界に存在したはずだ。ここにいる人はみな存在していて、存在していない。
「おはようございます」
「おはよう。今日も頑張ろうね」
老人都市の朝は早い。
入居者はみな、こちらの世界での睡眠は浅く、早めに目覚めてしまうからだ。朝食を済ませると、みなこぞってアレを装着して、あちら側の世界に旅立っていく。
受付業務をしていると、ベルが鳴る。また老人様を連れた、新たな家族がやってきた。すぐに駆け寄って、背筋をピンと伸ばしてから、深々と腰を曲げ、挨拶をする。
「老人都市にようこそ」
出迎えた人々はみな笑顔だ。人の役に立つって素晴らしい。誇らしげにあたしも胸を張り、笑みを浮かべた。
遠くで警報が鳴っている。
先輩が悲鳴をあげた。
ゲートに目を向けると、何かが近づいてくる。
肌色の何か。
四つん這いで、うごめく赤子だった。
右手を前に。左足を前に。左手を前に。右足を前に。
泣きわめきながら、少しずつ近づいてくる。
動くたびに、赤子を中心として、壁が、床が、分解されて行く。
鉄に、砂利に、水に、石膏に。
まるでコンクリートが完成するまでの経緯が、巻き戻されているかのように。
逃げ惑うスタッフは、急激に潤いを失っていく。
顔も手も足も、シワシワにしなびていくのを止められない。
あたしの体から力が抜けていく。体の重みに耐えられず、立っていることもできない。
崩れ落ちるように倒れ込んで、床に這いつくばった。
嫌だ。待って。あたしの居場所を奪わないで。
ここに存在させて。
必死にログアウトするためのメニューを出そうとしたが、あたしの干からびた手には、そんな力は残されていなかった。
確かに願った。こんな世界終わってしまえと。
でもそうじゃない。あたしは終わりじゃないのに。
最初から存在していないなんて。なんでそんな嘘を言うの。
誰か、助けて。あたしを殺さないで。




