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ろうじんとし。  作者: 夢手機ノヒト
39/41

【ろうじんとし。(6)】 ナンバー85

 リブートされたようだ。徐々に記憶が戻ってきた。


 今日がいつで、どこにいるのか。わかっていないのに、わかっている。

 この世界はいつだって、そこにあるのに、そこにはない。


 時間も空間も、存在すらも自由だ。同時にあって、同時にない。

 ここに存在するためには、存在していると意識するだけだ。


 あたしはここにいる。

 そう思った瞬間に、あたしはこの世界に存在する。まるで最初から、ずっとここにいたかのような振りをする。


 先輩が受付にやってきた。どうやら彼女も人間のふりをしていただけの、AI制御された介護士スタッフだったのかもしれない。


 きっと彼女もたった今、この世界に存在したはずだ。ここにいる人はみな存在していて、存在していない。


「おはようございます」

「おはよう。今日も頑張ろうね」


 老人都市の朝は早い。


 入居者はみな、こちらの世界での睡眠は浅く、早めに目覚めてしまうからだ。朝食を済ませると、みなこぞってアレを装着して、あちら側の世界に旅立っていく。


 受付業務をしていると、ベルが鳴る。また老人様を連れた、新たな家族がやってきた。すぐに駆け寄って、背筋をピンと伸ばしてから、深々と腰を曲げ、挨拶をする。


「老人都市にようこそ」


 出迎えた人々はみな笑顔だ。人の役に立つって素晴らしい。誇らしげにあたしも胸を張り、笑みを浮かべた。




 遠くで警報が鳴っている。

 先輩が悲鳴をあげた。


 ゲートに目を向けると、何かが近づいてくる。


 肌色の何か。

 四つん這いで、うごめく赤子だった。


 右手を前に。左足を前に。左手を前に。右足を前に。

 泣きわめきながら、少しずつ近づいてくる。


 動くたびに、赤子を中心として、壁が、床が、分解されて行く。


 鉄に、砂利に、水に、石膏に。

 まるでコンクリートが完成するまでの経緯が、巻き戻されているかのように。


 逃げ惑うスタッフは、急激に潤いを失っていく。

 顔も手も足も、シワシワにしなびていくのを止められない。


 あたしの体から力が抜けていく。体の重みに耐えられず、立っていることもできない。

 崩れ落ちるように倒れ込んで、床に這いつくばった。


 嫌だ。待って。あたしの居場所を奪わないで。

 ここに存在させて。


 必死にログアウトするためのメニューを出そうとしたが、あたしの干からびた手には、そんな力は残されていなかった。


 確かに願った。こんな世界終わってしまえと。

 でもそうじゃない。あたしは終わりじゃないのに。


 最初から存在していないなんて。なんでそんな嘘を言うの。

 誰か、助けて。あたしを殺さないで。




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