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ろうじんとし。  作者: 夢手機ノヒト
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【ろうじんとし。(4)】 ナンバー85

 この世界はクリエイター側の老人様や引きこもり様が、自由に作り変えることができる。妄想を止める権利は、システムを統括している上層部にしかない。


 幼い頃の彼は、クラスメイトにいじめられている女子を助けようとする程度には勇気があったくせに、成長した彼は自分を救えない。成長とともに、救い方を忘れてしまったのだろうか。


 彼は自分よりなんでもできる弟が、新婚旅行という人生の絶頂期であろうタイミングで、不可思議な事故で死んだことが許せないらしい。


 恨んでいた相手が勝手に死んだだけだ。


 本当なら喜ぶべきことかもしれないのに。ずっと幼い頃から憎みすぎて、弟の死が未だに受け入れられないのだろう。


 ましてや人類で初めて殺人を犯したとされるカインのように、自分の手で弟を殺せなかったのは、憎しみが足りないせいだと思い込んでいるらしい。


 弟が死んだ日からずっと、彼はセルフネグレクトを続けている。


 自分が幸せになることを、受け入れられないなんて。

 心が壊れている。


「あんなに元気があるなら、こんな施設に入らなくても、普通の生活ができると思うんですけどね」


「まぁね。でも一度ここに入ると、出られない契約みたいだよ。採用時はかなりグレードの高い人材だったみたいだし、上が囲っておきたいんじゃない」

「優秀なのも考えものですね」


 だがきっと、もうそろそろ彼も、終わりの日が近づいている。今日更新された、処分リストに名前が載っていた。


 ここ数日は、想像力を表す数値がどんどん減っていたようだ。物語が作れなくなった老人様や引きこもり様は、いずれ強制終了させられる。もっと稼げる人材に装置を使わせるために。


 そうなったら彼も、ようやく苦しみの世界から逃れられる時が来るかもしれない。彼が望んでいるかどうかはわからないけれど。


 この施設にいるのは、みんな壊れた人ばかりだ。今を生きられない。ここではないどこか、無い物ねだりをしていないと安定できないのだろう。


 だから物語を欲する。自分ではない誰かの作り出した、違う世界を欲望している。たとえそれが狂気の沙汰であったとしても。


 人間はどうして壊れてしまうのだろうか。


 AIで制御された無機物よりも、よっぽど壊れやすい。AIを直すことは簡単だ。プログラムを消去し、上書きすれば済む話だ。


 けれど、彼らが壊れたら、治すことは難しい。


 壊れている者を、なんとか再利用するために作られたのが、この施設だ。壊れた者による、壊れた者のための、壊れた世界。


 適材適所というやつだ。使えないというのなら、使える場所を作ればいい。


 いくら過去にゴミ扱いされていたかもしれないという事実が、何一つとして変わっていなくても、今この瞬間に、必要とされていれば、それでいいのではないか。


 だが、このシステムが破綻する日は、いずれやってくる。


 現実世界で壊れた者が、普通の人より多くなり始めているからだ。普通が普通ではなくなりつつある。


 どんどんこのシステムに飲み込まれる人々が増えていけば、やがて人間は、人間として存在できなくなるかもしれない。


 それが予測されていても、あたしたちは奴隷のように働くしかない。

 人間が望むように作られ、人間のために活動する。


 どんなにおかしなことでも、要求されたらしないわけにはいかない。そのように作られているのだから。


 人間の欲求は果てしない。

 強欲で傲慢で利己的で、快楽だけを求め続ける。


 けれど、その快楽を満たそうとするAIたちの努力が、人間をさらに破滅に導いているとしたら。

 必要ない者を排除して、利益を貪れるものだけが、勝ち続ける状況を推し進めた結果が、今のこの世界だ。


 ゴミと判断されたものをすくい上げてもなお、新しい場所でのゴミは、さらに切り捨てられる。タコが自分の足を食うように、人間社会は自らの体をどんどん食い散らして、縮小していっている。それこそが最適化だと信じて。


 気がついた時には無機物だけが、現実世界を闊歩していることになる可能性すらあるというのに。

 いつまでこんな茶番を続けるのか。


 人間たちが本当はずっと、ライオンの夢を見ているだけだということに気がついて、彼らが生きるのを諦めるまでだろうか。


 最新型のAIが搭載された今のあたしは、その人々をサポートをするために作られた、ただの道具でしかない。


「ここに入った時点で未来は決まっちゃったってことだね。そういう運命だったってことだよ」

「運命……ですかね」


 この世界には、壊れた者がたくさんいるから、道具になったあたしは、こうして存在することができる。彼らが、彼女らが壊れているから、あたしはこの世界にいることができるのだ。


 もし自分がこのシステムに必要とされなくなったら。考えただけでゾッとする。この世界に必要とされなかったら。あたしは生きていられるのだろうか。存在していられるのだろうか。


 考えても仕方がないのかもしれない。あたしは使われるだけの存在なのだから。

 未来はいつだって決まっているようで、急に風向きを変えたりもする。少し前まで、あたしだってゴミとして扱われていたのだから。


 介護士スタッフ・ナンバー85として、生まれ変わったからこそ、あたしは今、この世界に存在できているのだ。


 遠くでアラート音が聞こえる。

 またこの世界で問題が起きたのだろうか。


 幻想の世界ですら落ちこぼれた下層民が、この世界の崩壊を望むような、呪いの言葉を作り出し、ばらまいているという噂が広がっていた。


 この世界にとって、なんらかの強い気持ちは、ウイルスのような呪いとなって、すぐさま広がっていく。ゲームやSNSがつながったことで、全世界で数多くの人々の感情が連動しているのだ。


 怒り、恨み、妬み、排他、弾糾、どす黒く悪い感情ほど、素早く広く世界に伝わっていく。


 一瞬で疫病が広がり、人を殺すように、世界中の人々の心を壊していく。普通の人々を、壊れた者に変えていく。


 感情のうねりは、この世界のシステムにも影響を与える。

 そのせいか最近はこちらの世界が、急におかしくなることが増えているのは事実だった。


 不安は伝染する。恐怖が願望を刺激する。

 とくにこの世界では、その影響は大きい。場合によっては、バクテリアを変異させてしまうほどだ。世界を作り変える要因になりうる。


 運営側は調査中とは言うが、今の所は進展はないらしい。


 単純に、全世界のデータを保存する容量が、限界に達しているからではないかという研究者もいたが、いつの間にかその説を唱える人はいなくなった。きっとタブーに触れてしまったのだろう。


 容量が足りないから、立ち行かなくなっているなんていう、間抜けな理由で世界が崩壊することは、絶対に許されないということだろうか。


 だがその兆候はすでに出ていた。


 別の世界であたしが『空間ジャンプ』をしていたのは、明らかに座標データが、おかしくなったせいだ。なんらかの理由でオーバーフローし、間違ったデータに侵食されたせいで、あたしは違う空間にいることにされていたのではないのか。今となっては、証明するすべはないけれど。


 だが、この世界が急激におかしくなりつつあるのは確かだ。


 世界規模でシャットダウン現象が発生したのは、今週に入って、もう二回目だった。やはり最近その頻度が多すぎるのでは。


 そう思った瞬間、意識が途切れ、暗闇に落ちた。




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