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ろうじんとし。  作者: 夢手機ノヒト
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【ろうじんとし。(3)】 ナンバー85

 エレベーターが到着した。また別の視察に来た要人と入れ違うように、エレベーターに乗り込んだ。


「そんなにのめり込むほど、面白いんですかね。『かそうとし。』って」

「楽しすぎて、こっちに戻ってきたくなくなるぐらいには、面白いんじゃない。そうじゃなきゃ、こんなに全世界にシステムが広がるわけがないし」


「でも自分が自分でわからなくなった状態で、ただ生かされるっていうのは、辛くないんでしょうか」

「そうなんだよね。ゲームを遊んでるときは頭がクリアなのに、現実に戻ったら、すぐに認知症のレベルが悪くなるみたいでさ。よくわかってないはずなのに、本能で戻って来るたびに、毎回すぐにあっちの世界に行きたがるみたいだね。まるで死ぬ間際に水を欲しがる人みたいに。ここじゃないって、うわごとみたいに」


 一度味わったらやめられないなんて、麻薬と同じではないか。こんなシステムを世界規模で普及させるなんて、人間は狂っている。


「今日はやたらと暴れてる人が多かったのも、今回のシステム切り替えで、大規模メンテってなったときに、コンバートがうまくできなかった人がいたみたいだね。これまで作り上げた世界の実績が全部消されるとかで、かなり怒ってたっぽい」


 老人様にとっては、あちらの世界のほうが現実のように感じられているとしたら、実績を消されるという処分は、それこそ震災や事故で家財一式を失うようなものだろう。


「それは確かに、暴れたくなるかもしれませんね」

「そんなに夢中になるぐらい楽しいって、よっぽどだよね。私も定年退職の日が待ち遠しいよ」


 施設への入居を許可する適性テストが受けられるのは、引きこもり様以外の一般人は、定年退職していないといけないという規則があるらしい。


 先輩のように、まだ頭がはっきりとしている普通の人の場合は、金を積んで裏ルートでも使うか、急に認知症などの病気にでもならなければ、許可が下りない。だから定年退職まで待つしかないということのようだ。


「もうちょっとの辛抱ですよ」


 取って付けたような気休めの言葉に、先輩は困ったような顔をして、肩をすくめてみせる。少し前にも同じような仕草を見たなと思ったが、気のせいかもしれない。


「私たちの世代って、あと少しで定年ってなるたびに、法律を変更されて、ずっと定年退職できないんですけど」


 この国だけではない。どこの国も高齢化が進み、国ぐるみで詐欺師のようなことを繰り返しているようだ。人間は従順すぎる。明らかな嘘でも、抵抗したところで何も変わらないという経験を重ねると、何も文句を言わなくなる。それがわかっているからこそ、さまざまな国が、嘘をつき続けているのだろう


「酷いですよね。どんだけ働かせるんだよって話ですから」


 受付のあるエリアに、エレベーターが到着した。老人様たちがゲームを堪能している間は、外からの訪問者の対応がメインとなる。予約をざっと確認をする。今日も数多くの訪問客を受け入れることになりそうだ。


「今度こそ、定年しちゃえるといいですね」

「したいね。もしテストに合格したら、毎日食っちゃ寝の生活で、妄想炸裂の世界を楽しんで、バラ色の新しい人生が待ってるよ」


「いいですね。食っちゃ寝生活」

「さぁ、今日も社畜として、現実を頑張りましょうか」


 先輩と一緒に受付作業をしていると、車が到着したことを知らせるベルが鳴った。何重もの厳しいセキュリティチェックを済ませた一行が、ようやく施設内に入ってきた。


「こちらの老人様が、新たな入居希望の方ですね。まず初めにグレードを決める適性検査を受けていただきますので、こちらへどうぞ。グレードに応じて、年金がご家族にも振り込まれますので」


 先輩がタブレットを見せながら説明をすると、家族が嬉しそうに顔を見合わせている。昔なら介護施設に入れるだけで、毎月かなりの出費が必要だったのに、今では収入がもらえるのだから、喜ばない家族はいないだろう。


 ここは本当に素晴らしい施設だ。誰もが幸せになれる。だからあたしは胸を張って仕事をする。人間の皆様を幸せにするために。


「ちょっと、待ちなさい」

「離せっ、俺は友也を殺しに行くんだ」


 受付の前を突っ切って、ゲートを抜けようとして警備員に止められている人がいる。


「俺こそがあいつを殺すべきだったんだ。邪魔するなっ」


 試験的に入居した引きこもり様の一人だ。彼らのような第一弾グループの成果が良かったため、次々と引きこもり様の引き受けが、さらに促進されたようだ。


「ほら、あの朝比奈さんって人、隙あらば逃げようとしてるんだけど、一度も成功したことないのに、なかなか諦めないんだよね」


 男を追いかけてきた真っ白な大型犬が、朝比奈という男に飛びかかっている。尻尾をブンブンと振り回して、よっぽど懐かれているようだ。


「涼くん……相変わらずだな」


「何か言った?」

「いいえ、なんでも」


 あたしは小さく笑う。なぜそんなことを口にしたのか、自分でもよくわからない。最近はいろんなことを思い出せなくなっていた。だが、ぼんやりとではあるが、彼を知っている気がした。


 そうだ。髪を切ってあげたことがあるはず。

 いろんな光景が、するすると引き出されるように、脳裏に蘇る。


 以前彼に、「犬に懐かれる男が好きだ」と言ったら、「犬が寄ってくるのは、群れからはぐれた孤独なやつだと心配しているだけだ」と、キレ気味に反論されたことを思い出す。やはり今もまだ、彼は孤独なのだろうか。


 ざっと脳内で朝比奈のデータを確認する。彼が作り出す世界は、いつもバッドエンドのものが多いらしい。


 彼は絶望の世界を作って、自ら不幸になりたがっている。まるで幸せになったら許されないと思い込んでいるみたいに。それもまた彼が望んだことだ。


「どうして人間は無駄な努力をするのでしょうね」

「さぁ、人間だからじゃない?」




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