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ろうじんとし。  作者: 夢手機ノヒト
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【ろうじんとし。(2)】 ナンバー85

 なぜ他人のことを知ることで快楽を得るのか。そのように神様が作ったからだとしか言いようがない。わからないのに知りたがる。


 だからこそ、人間社会では物語というものが、作られ続けているのではないのだろうか。


「桐崎さんって、昔は真面目で優しくて、人格者だったっぽいけど、その反動か、あっちの世界だとかなりサイコパスな感じで、いろいろとはっちゃけたことしてるみたいだよ」


 老人様たちが遊んでいる『かそうとし。』は想像したことがなんでも具現化する世界で、ログインしているプレイヤーの妄想が干渉しあって、ゲーム内の世界を構築していくというタイプだった。


 人間の脳に寄生する新種のバクテリアの作用で、脳が活性化され、強まった脳波が近くにいる人間に影響を与えるという。それはまるで別の人々が見ている夢が、一つに連なって大きな夢を見ているようなものだ。


 妄想をする人間の意志が強ければ強いほど、その具現化した世界の伝染力は拡大し、より強固に世界を構築していくという。あんなことをしたいとか、こんなことをしたいという強い思いが、みんなの世界を作り上げていくらしい。


 一度でもゲームを遊んだことがある人は、あまりに作り出された世界がリアルすぎて、どちらが現実かわからなくなるという体験をするようだ。実際に現実に戻ってこられない人もたまにいるらしい。


 だから、今では特別なテストをして、耐性があるとわかって許可を得た人しか、遊べないようになっているそうだ。


「やっぱり人間って面白いですね。本性が丸出しのゲームの世界だと、真逆なことしたくなっちゃうなんて」

「けど、自分がゲームをするときは、どうなるんだろうって考えると、ちょっと怖いよね」


 先輩のナンバー7は苦笑いをする。今はまだ普通の人間であろう先輩は、きっと大丈夫だろう。だが未来の先輩はどうなのかはわからない。


 真面目な人は凶悪に、悪人は善人に。人によって様々らしいが、みんな無い物ねだりをしているということだろうか。


 とても優しかった小学校教師が、あちらではサイコパスになるというのも、ギャップがあって面白い。もちろん人様に迷惑をかけるようなことはあまりしないほうが、本当は良いのだろうが、仮想空間なのだから、何をするのも自由だ。


「あの桐崎さんって、若い女と再婚したらしいんだけど、どうも騙されたっぽくて。その姫川って女、シェアハウスに住まわせた男たち相手に、結婚詐欺みたいなこと繰り返してたらしいよ。プロ後妻っていうのかな」

「嫌なプロですね」


「桐崎さんも、戸籍上では知らない間に離婚されてて。生前分与とか勝手に手続きされて、財産をごっそり持って行かれたとかでさ。そのショックでボケちゃったらしいよ」

「うわぁ、最悪なパターンだ」


 老人の無様な経緯に興味などなかったが、噂話を楽しんでいる風を装う。もしかしたら先輩も本当はわかっていて、あたしの反応を楽しんでいるのかもしれない。


「その別れた奥さん、姫川愛子さんっていうんだって。それで愛子って名前の人を、やたらと目の敵にしてるみたいだよ。桜堂さんの奥さんも愛子って名前だから、あっちの世界で何度も殺されてるっぽい」


「それはまた、とばっちりですね。でも違う人を代わりにゲームの中で殺すとか。歪んでませんか、それ」

「歪んでない人間なんていないよ。どこにも。人間なんてみんな、頭おかしいんだから」


 狂っていなければ、きっとこんな世界では生きていられないだろう。そういう施設なのだ。ここは。


「でもそれだけ強い思いがあるってことは、その奥さんのこと今でも愛してるのかもね。もう亡くなってるみたいだけど」

「亡くなってるって、病気かなんかですか」


「貧困ビジネスで搾取してた仲間に殺されたって話だよ。しかも姫川愛子の戸籍にロンダリングしてた女が殺されたらしくてね。その乗り移った女、下僕にしてた自分の元夫にやられちゃったんだって」

「それはまた、すごい因果応報ですね」


「せっかく第二の人生を楽しもうとしてたのに、あんまりだよね。しかもその元夫、あの軍艦島の消失事件で、ツアーの引率をやってたらしくて、ミイラみたいになって、亡くなったみたいだよ」


 この世界では、人間はみな壊れていく運命のようだ。


「ミイラ取りがミイラになったみたいなオチですか」


 先輩は噴き出すように笑う。何かおかしなことを言っただろうか。


「あっちの世界では、なんでもできるんだから、やりたいことやっちゃうだけなんだろうけどさ。自分もあと何年かしたら、あんな風におかしくなっちゃうのかな」


「さぁどうでしょうね」

「できれば普通に、楽しい第二の人生をやりたいけど」


 先輩は、遠くを見つめているような目をしていた。


「じゃあ、食事も終わったことだし、地下十三階に移動しますか」

「地下十三階って、新しくできたフロアですよね。どうして急に」


「この人たちは特別だからね」

「特別?」


「グレードがSSRで、世界の創造力がすごいんだって」

「普通のおじいちゃんと、おばあちゃんにしか見えませんけど」


 自動式車椅子を誘導しながら、先輩の後に続いて、エレベーターに乗り込んだ。


「夏休みの最終日になったら、急にすごい力を発揮して、どんどん宿題を片付けるとかあるじゃない」


 旧世代の遺物である、夏休みの宿題というカテゴリーを検索し、それらしい返事をしてみる。今の時代はもう、宿題という概念すら薄れてきている。学生自体がほとんどいないのだから。


「ありますね。自分は一週間前がピークでしたけど」

「あれと一緒でさ、死にかけてる老人って、最後にひねり出すパワーっていうのが、もともとすごいらしいんだよね」


「火事場の馬鹿力みたいなもんですか」

「そういうやつ。死にたくないっていう願望とか、もっとアレをしたかったとか、もっとこうしておけば良かったとか。その後悔の気持ちを原動力にしてるから、人生をやり直したいって思ってる人ほど、大量に世界を創造できるらしくて。この人たち数人だけで、地方都市クラスの財政を賄えるぐらい、世界規模の売り上げがすごいらしいよ」


「すごーい。そんなに優秀なんですね」

「古い装置だと、すべての創造した世界を蓄えきれないから、新しいシステムを作ったみたい。それがこの新しいフロアにある、『老人都市システム』なんだって」


 地下十三階に到着した。フロアには背広を着た外国人が、スタッフに案内されている。


「画期的な経済再生方法だってことで、今日もほかの国からも視察が来てるみたいだよ。海外でも日本語のまま『ROUJIN TOSHI』システムって言われてるらしい」

「そのまま渡っちゃうやつですね」

「そりゃあ、渡っちゃうでしょ。財政問題、これで一気に解決だもん」


 長い廊下を抜けると、ガラス張りの部屋が広がっていた。床には青い水で満たされた大きなプールが配置されている。


「はい、到着しました。もうちょっと待ってくださいね」


 体温と同じぐらいの温室プールに、老人様を浮かべて、VRゴーグルを装着させる。ゲームに夢中になりすぎて、うっかり暴れないように、簡単な拘束用具を手足に取り付けた。


「桜堂夫婦は、ちゃんと隣にしてあげてね」

「わかりました」


 指示されたように、桜堂夫婦をここでも手をつなげるように、隣同士に配置していく。


「おじいちゃん、おばあちゃん、今日もお仕事頑張ってくださいね」


 ゲームを始めた老人様たちは、眠っているようにおとなしくなった。老人様たちが体験しているであろう世界の映像が、あちこちのモニターに表示されていく。


「妄想しただけで、どんな世界でも実現するなんて、すごいですね」

「グレードの高い人だと、同時にいくつもの世界で存在できるみたいだし。そのほうが脳が安定するみたいだね。バクテリアの適性がある人は、脳の活性化がすごいみたいだから」


 先輩の言うように、モニターには、現代風の風景だけでなく、中には異世界や中世ヨーロッパを舞台にしたRPG風な景色や、サイバーパンクなSF系の施設など、様々なマップが映し出されている。このフロアに連れてこられた老人様たちは皆、マルチタスクでそれぞれの世界を楽しんでいるようだ。


「中には順風満帆な人生ばかりだったから、わざといじめられる人生とか、引きこもりな人生を体験して、いかに酷い人生が送れるか、チキンレースみたいなのに、挑戦してる人もいるらしいよ」


「変わった人もいるもんですね」

「ゲスい世界のほうが人気があって、売り上げも良いみたいだし」

「そういうの聞くと、やっぱり人間って俗物なんだなって思います」


 わかったように装ったあたしの言葉を聞いて、先輩は肩をすくめて苦笑する。


「何回でも新しい世界で人生をやり直せるなら、確かにいっぱいチャレンジしたくなるんじゃない。失敗したって嘘の人生なんだし。まぁ人それぞれだろうけど」


「まるでガチャを回してるみたいに繰り返せるなら、今度こそ、すごい人生を送れるかもって、最強のSSRを引くまで続けちゃいそうです」


「だよね。そりゃ入り浸っちゃうでしょ、みんな。だいたいこっちの世界の一日が、ゲームの中だと十日ぐらいに相当するみたいで。みんな毎日、すごい数の物語を作って体験してるみたいだよ」


 システム表示の数字が、どんどん増えていく。現在新たに作り出されている世界の総量を記しているらしい。


「老人様たちが妄想して作り出した世界が、こうしてシステムに記録されて、まるで小説や映画みたいに、VRの世界で他人が楽しむことができるなんて、昔は想像だにしなかったよね」

「未来にきちゃった感じがしますよね」


 脳に寄生したバクテリアは、本来の脳波とは比べものにならないほどの、創造力を発揮させるという。


 老人様が妄想すればするほど、バクテリアは反応し、その創造力は強くなるようだ。いわばグレードの違いは、老人様の妄想する力に比例しているということになる。


「お年寄りたちは、ただゲームで遊んでるだけなのに、それで湯水のように新しい世界が作れて儲けになるなんて、すごいよね。現代の錬金術でしょこれ」


 初めて新種のバクテリアが発見された時は、トリップ系の薬物のように使用されていたが、やがて他人も共有できる新たな世界を構築する効果が高いということがわかるにつれ、金儲けのために利用できないか研究が進み、現在のシステムが確立されたのだ。


 この新種のバクテリアは、いわゆる『普通』の人々にはあまり効果が出ないらしい。現実世界からこぼれ落ちそうになっているような、社会的弱者のほうが、その反応が高くなり、より多種多様な新世界を創造できるようになるという。


「高齢化が進んでる国ほど、資源が埋まってるってことは、うちの国は安泰ですね」


「良かった。この時代に生まれてきて。ちょっと前まで、年寄りなんてゴミみたいに扱われてたもんね。もしあのままだったらって思ったら、ゾッとするよ」


「新生児が死ぬのは老人がいっぱいいるからだって、テロまでありましたから。怖いですよね」


 老人都市がなかったら、今頃先輩たちも、殺されていたかもしれない。実際に先輩たちより上の世代は、テロに巻き込まれて数多くの被害が出たと聞いている。


「じゃあ、私たちは上位フロアに戻りましょうか」


 部屋を出て長い通路を進む。海外から視察に来た人たちは、すでに別のフロアに移動したようだ。先輩がエレベーターのボタンを押す。


「最近は老人だけじゃなくて、引きこもりの人たちにも、同じシステムが使えないか、実験してるしね」

「ならますます、うちの国は安泰ですね。引きこもりの人はいっぱいいるでしょうし」


「よかったよ。みんなが幸せになれる時代で」




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