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ろうじんとし。  作者: 夢手機ノヒト
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【ろうじんとし。(1)】 ナンバー85

 あたしが新しく配置されたのは別のワールドだった。『かそうとし。』平成令和・ノスタルジック・ワールド編というやつらしい。


 この世界こそが最下層だという噂があった。


 データの元になっている時代が、次々と災害や天災に見舞われて、人がどんどん死んでいった、ろくでもない時代だったと揶揄されているぐらいだ。


 実際に、ここにいるみんなは、どこかで悪いことをしたとか、人間としてゴミ扱いされてしまったとか、そういう一番底辺の、いろんなワールドから落とされた人ばかりが、ここには集まっているそうだ。


 だが本当のことなんて、誰も知らない。

 もしかしたら、もっと下があるかもしれない。けれど確かめる術などない。あたしたちにとっては、このワールドこそが世界なのだから。


 今のあたしは、この世界で介護士のようなことをやっているらしい。曖昧なのは、自分でもよくわからないうちに、そういうことになっていたからだ。とりあえず、それがお仕事というやつならやるしかない。


 ここではスタッフに名前はないらしい。ナンバー85と番号で呼ばれている。だからきっと、それがあたしの名前なのだろう。


「ナンバー85、次はこっちの桜堂さん夫婦をお願い」

「わかりました。ナンバー7」


 先輩スタッフの指示に従って、あたしは介護士の作業をすすめることにする。


 桜堂夫婦は同じベッドに隣り合わせで寝ていた。ゲームをする時は、いつも手をつないだままらしい。よっぽど仲が良い夫婦なのだろうか。


 補助筋肉を装着していると、ある程度の負担は抑えられているが、体の大きな人が相手だと、ベッドから車椅子に移動させるだけでも骨が折れる。慣れるまではやはり重労働には変わりない。


 旦那さんはVRゴーグルを外すと、困惑したような表情で、体を震わせていた。


「世界が終わった。私のお金が……私の地位が。全部、全部なくなった。盗んだのはお前か」


 急にしがみついてくる。枯れ木のような腕の割に、思った以上に力が強い。


「大丈夫ですよ。お食事が終わったら、また後でゲームの世界に戻れますから。安心してください」


 興味をそらすために、スマートフォンを手に持たせる。


 表示されているのは、この世代が若い頃に流行った映画だ。夫は食い入るように見ている。暴れた時はこれを見せろという先輩のアドバイスが役に立ったようだ。


 隣に寝ていた奥さんは、VRゴーグルを外すと、すがるような目でこちらを見た。目が赤い。ずっと泣いていたようだ。


「ごめんなさい。桐崎さん、もう殺さないでください。私の何がいけなかったですか。教えて下さい。直しますから。お願いだから、もう殺さないで」

「落ち着いて。誰もあなたを殺したりしませんよ。ほら、お手紙が届いてますよ」


 手紙を渡すと、おとなしく読み始めた。この施設にいるスミレさんという相手と、何度も同じ内容を送りあっているようだ。


 お互いに認知症を患っていることもあって、話が噛み合っていないまま、堂々巡りを繰り返しているらしい。なんとも不毛なやり取りだが、本人たちが満足しているのなら問題ないのだろう。


「じゃあ、食堂にお連れして」


 先輩介護士が、先に自動式車椅子を誘導する。遠隔操作ができるタイプが導入されてから、かなり移動作業は楽になったという。


「その二人は離さないように。情緒不安定になるから。気をつけてね」

「わかりました」


 桜堂夫婦は、隣同士に並べるように車椅子に座らせた。二人はすぐに手をつなぐ。その手が離れないように、車椅子を操作しながら、食堂に向かった。




「みなさんご飯の時間ですよ」


 順番に食事を食べさせていく。

 ここにいる老人のほとんどは、自分ではまともに食べられない。


 離乳食を食べ始めた赤子のように、いちいち口に運んでは、垂れた汁を拭ってあげなくてはならない。面倒だなとは思うこともあるが、大事な老人様だ。丁寧に扱わなければならない。


「こんな状態なのに、あっちの世界じゃ、みんなブイブイ言わせていると思うと、なんだかちょっと微笑ましいですよね」

「アレに繋がってるときは、頭がはっきりするらしいから。世界を救うために頑張ってる人もいるみたいよ。百歳を超えてるのに、左手が疼くとか、まるで厨二病みたいな、そういうやつ」


 老人たちが使っているゲームは、実に画期的なシステムらしい。通常の娯楽用のゲームに使われているAIとは比べものにならないぐらい、高度な技術が使われているようだ。


「やっぱり現実と違って、いろんなことができるのが嬉しいんでしょうか」

「そりゃ、ゲームの中に入り浸ってれば現実見なくてすむんだから。やめられないでしょうね」


「そういうもんなんですね」

「アレをつけてる間はおとなしいし、ずっと暴れたり徘徊されるよりは良いよね。少し前の介護士に比べたら、私たちの仕事なんて、ずいぶん楽になったんだから」


 ふいに激しい音が鳴り響いて、食堂がざわついた。

 自動式車椅子から無理やり立ち上がろうとしたおじいさんが、床に倒れこんでいる。


「愛子はどこだっ」


 叫び散らしている老人男性は、桜堂夫婦の隣のベッドで見た覚えがある。寝ている時はとても穏やかな表情をしていて、英国紳士みたいな佇まいが嘘のように、今の彼は、狂気めいた犯罪者にしか見えない。


「愛子は自分が殺すって言ってるだろっ」


 手にしたスプーンを、まるでナイフのように何度も振り下ろす動作をしながら叫んでいる。

 年配の介護士が駆け寄って、スプーンを取り上げた。


「はいはい。愛子さんを殺すのは、あっちの世界でやってくださいね。ここは現実ですから、そんなことしても無駄ですよ。部屋に戻りましょうね。少しお薬増やしましょうか。お部屋に大好きなきんつばも届いてますから、もう少し我慢してくださいね」


 手際よく自動式車椅子に座らせて、食堂を出て行く。慣れている。さすが一番の古株だ。見習わなくては。


「ごめんなさい。許してください。私は愛子ですけど、あなたを裏切った愛子さんじゃありませんから」


 何かにずっと怯えるようにしながら、食事を食べ終えた桜堂夫妻の奥さんが、必死に空中をなぞるような仕草をしている。


「先輩、これって何してるんですかね」

「メニューでも出そうとしてるんじゃない。そんなことしても無駄なのに。あっちとこっちの区別がつかない人が多いから。言ってもやめないから、気にしなくていいよ」


 この施設で働きだして、まだ一週間だが、やはり知らないことがいっぱいだ。老人様をうまくサポートできるようになるために、いろいろと勉強しなくては。


「さっきの騒いでたおじいさん、桐崎さんって言うんだけど小学校の先生をやってたんだって」


 どこかで聞いたことがある名前だなと思ったが、よく思い出せない。新しいAIチップを搭載したことで、記憶が混濁することがあると説明を受けたが、そのせいかもしれない。


「へぇ、そうなんですか。ギャップがすごいですね」


 老人様のプロフィールなんて、脳内で検索しようと思えば、一瞬ですべてを手に入れられるが、知らないふりをして、適当に相討ちを打つ。雑談は、あまり得意なほうではないが、なんとかやり遂げるしかない。


 先輩はあたしが純粋な人間ではなく、試験的にAIチップを搭載したタイプの介護士だということを、まだ聞かされていないのかもしれない。だからこのような、無駄な噂話を持ちかけてくるのだろう。


 別のワールドにいた頃のあたしは、人と会話することすら困難な状態だったらしい。それを考えたら、AIチップの補助のおかげで、こうして雑談ができるまでに回復したのは、とてもありがたいことだ。


 とはいえ、ここの仕事では、あまり老人様のプライベートな話題を出すことは、本来は禁止されているはずだった。誰もが過去を探られたくないような、そういう人ばかりが集まる場所だからだ。


 だが皆タブーだとわかっていながら、やはり噂は広まってしまう。人間というのは、やはりこういう下世話な話が好きなのは、いつの時代も同じだ。


 自分のことだけを心配していればいいのに。他人の人生まで覗き見をして楽しむなんて。人間だけが嗜む奇怪な趣味趣向だろう。




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