【ぎそうとし。】 桐崎 柊一郎
わたしはVRゴーグルを外した。
ゲームとはいえ隠者たちとの戦いは、思った以上に骨が折れる。いくら見た目が若くなろうとも、最新のテクノロジーには、まだまだ抵抗があった。
所長はうっすらと笑みを浮かべている。
まるで獲物を見ている獣のように、その瞳は輝いて見えた。
わたしを罠にでもかけたつもりなのだろうか。勝利を確信している者ほど、隙だらけというのは戦いの鉄則だというのに。あの戦場での悲劇を、もう忘れてしまったのだろうか。
「そういえば、この前、遺品整理のバイトをしてみたんですが」
「なんでそんなことを」
「子供部屋おじさんとか、子供部屋おばさんっていうんですかね。乗り移る相手として選別されている人たちの実態を、少しは知っておいたほうがいいかなと思いまして」
スマートフォンで撮影した画像を見せた。所長の反応を見るためだ。
「その家で、軍艦島の変なニュース記事を見ましたよ」
「変なニュース?」
「システム上は未来の日付になっている、都市伝説とか、フェイクニュースみたいなやつです」
画像に表示された『予言の書』の書類の末尾には、「外に出ないと、消されますよ。逃げてください。あなたが存在するために」という文字が書かれている。
やたらと達筆な筆跡を見せれば、何か反応があるはずだった。
「このデータと同じものを参照できるのは、所長の奥様だけのようなのですが。これはどういうことなのでしょうか」
所長の表情が変化した。
やはり隠れておいたをしていたのは、彼の妻だったようだ。
「彼女は何か勘違いをしているのです。せっかく若返ったというのに、誰かの犠牲の上に成り立っている幸福に、耐えられないと言っていました。選ばれたものが、選ばれなかったものを虐げることなど、これまでの歴史上、当たり前に行われてきたことなのに」
「……奥様は、心が美しい方なのですね」
「きっと、いつかわかってくれると信じています。ですからこの件に関しては、私に一任していただけますか」
「所長がそうおっしゃるのでしたら」
わたしはスマートフォンをポケットにしまうと、所長室の壁に貼られたポスターをじっと見た。
「廃墟をめぐるミステリーツアーですか。廃墟、好きなんですよね。まだ参加枠は空いてますか」
「たぶん、大丈夫だと思いますよ。ツアー担当の者に、私から連絡しておきましょう」
「ちょうど記事と同じ日付ですね。まさかツアーに軍艦島も含まれますか」
わたしの質問に、所長が探るような目でこちらを見ている。
この『予言の書』は、それぞれのワールドで、今後発生するであろう事件や事象のニュース記事を、前もって最新のAIが予測し自動生成したものらしい。
これまでに何度も未来予知と思わしきレベルで、予想を的中させていると会員の間で話題になっている。この予言を利用して、前もって動いたことで、大金を手にした者もいると聞く。
「心配しなくて大丈夫です。あれはただのフェイクニュースの方ですよ」
「本当に、フェイクですか?」
「いくつか嘘を入れておかないと、それっぽくないでしょう。印象操作というやつです。ネガティブキャンペーンと言った方がわかりやすいかもしれません」
「なるほど。そういうことでしたか」
やはり予言の書に意味なんてないということだろうか。
キーワードを入力すれば、それっぽいニュース記事を吐き出すタイプの、ただのAIでしかないということかもしれない。
「たとえ真っ赤な嘘でも、人間というのは不思議なもので、一度目にしたモノは、あるかもしれないモノとして記憶されますから」
「確かに、目から入る情報というのは、知覚の王者だと思います。取るに足らないことですら、覚えていないようで覚えている。無意識のうちに記憶された情報の蓄積というのものは、案外バカにできないかもしれませんね」
「もちろん、よっぽどの特殊能力者以外は、全ての情報を覚えていられる人間などいません。毎日占いをチェックしているような人だって、当たった時しか記憶していないでしょう」
人間とは実に勝手なものだ。
自分が信じたいものしか見ようとしない。
見たはずなのに、自分がそうだと思うようにしか、情報を取捨選択できない。利己的に生きることしかできないように、設計された生物なのだろう。
「簡単に実行できるものを、いくつか前もって準備しておいて、予言と同じことを発生させればいいんです。すべてが当たる必要はない。むしろごく稀に当たったほうが、信憑性が増す。実際に当たったことがあるというのが大事なんです。それだけで愚民は、予言の書に金を払いますから。きっと『未来を知っている』という気分が欲しいだけなんでしょうね」
これまでに何度か予言が当たったというのは、未来予知をしたからではない。現実にそれを起こせば、事実になる。そういうカラクリだったということのようだ。
所長たちは自ら愚民をコントロールし、金も巻き上げることもできる。とんだ茶番だ。マッチポンプというやつらしい。
「例えば、事件が起こるかも、災害が起こるかも、そう思った場所やモノは利用を控えるものでしょう」
「そうですね。ならば、人気で混雑している場所を利用したい時、わざと前もって評判を落とすなんてことも可能、ということですか」
「もちろんです。あの予言の書をわざわざ金を出して購入しているのは、富裕層ばかりです。金を持った者の行動をある程度操作することができれば、その影響は計り知れませんから」
所長は笑みを浮かべる。富裕層から一番金を巻き上げているのは、間違いなくこの男だ。
「ならば、フェイクニュースの小さな積み重ねが、特定の誰かを誘導している、なんてこともあるかもしれないですね」
「可能性はゼロではありません。もちろん大量に生成されたニュースが、たまたま実際に発生してしまうケースだってあるかもしれませんし」
わたしが廃墟ツアーに興味を持ったのは、ただの思いつきに過ぎない。
廃墟で人を殺してみるというのは、まだやったことがないなとふと思い、軍艦島のニュース記事を見た後だったから、余計に目に付いただけだ。ただ、それだけのはずだが。
「廃墟ツアーは、妻の愛子も楽しみにしているんですよ。あなたが廃墟マニアだとわかったら、きっと喜ぶと思います」
「愛子さん……もですか。自分も楽しみですよ」
ふいに、不安めいたものがザワザワと押し寄せてきて、落ち着かない気分になった。まさかわたしは、AIの提示したデータに誘導されたのだろうか。
いや、そんなことはあるまい。
わたしはそこまで愚かではない。あれはただのデータなのだから。
気のせいだ。そう思うことにした。




