【さいせいとし。】 桜堂 和利
初めて新薬を使った時は、誰もが霧が晴れたように、頭がクリアになるのを感じるという。しかも脳の働きだけではなくて、見た目の若さまで蘇るとは。奇跡としか言いようがない。
この新薬は、元は妻である愛子の認知症を治療するために改良していたものだった。少しずつ症状が良くなるにつれ、妻が若さを取り戻していくことに目をつけたのが、すべてのきっかけだった。
この新薬は金になるという、私の判断は正しかったようだ。今日も新しいカモがやってきた。
桐崎という男だ。
私が待ち望んでいた、極上のカモだ。
「このゲームをやってみませんか。きっと気に入っていただけると思います」
桐崎に勧めたのは『はいきょとし。』というゲームだった。
「自分はゲームはあまり」
「実際にサバイバルゲームをする前に、練習になると思いますよ。本物のステージと同じデータを使ったシミュレーションみたいなものですから」
「シミュレーション……ですか」
「まずは私がやってみますから、感覚をつかんでください。今のあなたなら、すぐに上手になりますよ。実践でもきっと役に立つはずです」
私はVRゴーグルを装着して、プレイを開始する。桐崎にはモニターに映ったゲーム画面を、背後から観察してもらうことにした。
私の操るキャラクターは、廃墟の洋館に入ると、隠者と呼ばれる敵キャラをハンドガンで攻撃していく。いくら頭を撃ち抜いても、起き上がっては向かってくる。まるでゾンビのようだ。
「どうですか。やってみてください」
キリの良いところまでプレイして、桐崎にVRゴーグルを受け渡す。見よう見まねで桐崎は隠者を倒していった。やはり戦場で共に戦い、人を殺したことのある男は違う。センスは良いようだ。
「ゲームにしては、やけに隠者の動きがリアルですね」
「本物ですから」
「本物?」
「あれ、元は人間ですから」
「人間……って」
「実は若返りに使う薬、分量の配分を変えると、あのような生きた屍にできるのですよ」
私の声は無意識のうちに高揚感に満ちていたかもしれない。まるでとっておきの秘密を、誰かに教える子供のように。
「引きこもりって増えてるそうですから、もったいないでしょ、戸籍が。だから私たちが再利用してあげることにしたのです」
「再利用……ですか」
「せっかく若返っても、そのままでは社会に戻れませんから。なので休眠状態の戸籍を使って、経歴をロンダリングするわけです。あなたにも、新たに朝比奈という戸籍を用意してあります。今、あなたが攻撃しているのが、その朝比奈ですね」
かつて朝比奈だったという男は、整った顔をハンドガンで何度も撃ち抜かれて、ほとんど顔が識別できない状態になっていた。
「通常はオークションで、自分がロンダリングする個体を競り落とすことになります。ある程度、整形をして本人に似せる必要もありますから、さすがに性別や身長がまったく違うタイプは競り落とせないようになってますけどね。あなたの場合は、ちょうど良い個体が出品されていたので、私のほうで前もって落札しておきました」
画面のなかで蜂の巣にされている朝比奈だったらしき物体は、桐崎の体型に似ていた。だからロンダリング先として選んだのだ。
「金銭面に関しては、後払いで結構です。もちろん利子は取りませんよ。戦友だったあなたは、特別ですから」
いくら金があっても、ロンダリングできそうな個体が見つかるまでは、待ち続けなければならないのはある意味しょうがない。とはいえ臓器や脊髄移植のドナーを探すよりは、条件が合致する確率は高いはずだ。
「ロンダリング先が決定して、戸籍を失ったH様の本体は、使い道のなくなった者から順番に、こうして実験体として再利用させていただいています」
いくらでも実験体の補充は可能だ。この施設がある限り。そのためにこの地下都市を作り上げたのだから。
私はにっこりと笑みを浮かべた。分かりきっていることではあるが、一応、念を押しておくことにしている。
「時々いらなくなったスタッフや、おいたがすぎるR様から補充することもありますけど」
スタッフは、いつ社会から消えても問題がないような、行き場所のない者ばかりを採用している。実に合理的だ。
「……余計なことをしたものは再利用される、ということですね」
すべてを言わなくても通じているようだ。
ショットガンを手に入れた桐崎が、何体もまとめて隠者を吹っ飛ばしている。さすがに頭のほとんどを吹き飛ばされた者は、しばらく動けないようだ。だが、じわじわと体の組織が再生しているのが見える。
「現在は、どのくらいの量を与えれば、自我を残したまま、兵隊のように闘争心を植えつけられるかを、実験しているところです」
「実験というのは、なかなか面白そうですね」
「みんなにゲームで殺してもらいながら、従順で戦闘能力に長けたものを選別していますが、最近はかなり精度があがってきていましてね。体に詰め込んだチップで、多少の制御もできるようになってきました。いずれは海外への輸出も視野にいれています」
「死なない兵隊……ですか」
「そうです。彼らを強い兵隊に育てるためには、あなたのように実戦に長けた人が必要なのです。きっとあなたの欲求もたっぷりと満たせますよ」
桐崎という男には、ある夢があった。死ぬほど人を殺したいという欲求だ。とても人に言えるようなものではなく、ずっと我慢し続けてきたという。
戦場から戻ってきてからは、善良な市民という仮面をかぶって、まっとうな人間になろうと必死に努力してきたようだが、その衝動はずっとくすぶり続けていたらしい。
だが久しぶりに再会した瞬間、私はすべてを見抜いていた。彼はまだ人を殺したがっていることに。だから、その願いは叶えるべきだと、彼を口説き落とし、彼に勇気を与え、この都市へ案内したのだ。
「もし戦士として使えなさそうな者でも、すぐに再生する身体を利用して、本来の正規ルートでは絶対に治験ができなさそうな薬剤、治療なんかを試すために使ったりもできますしね。特に老人様や引きこもり様は、同じことを繰り返すのがお好きな人が多いですし、データを取るのには最適ですから」
「なるほど、世間ではゴミとされる者にも、十分に利用価値があるということですね」
桐崎はゴミという単語を口にするたびに、目を輝かせている気がする。そんなに他人をゴミと呼んで見下すのが、心底嬉しいのだろうか。実に悪趣味だ。
もしかすると、過去に自分がゴミ扱いされたことに対する、トラウマか何かがあるのかもしれない。人は皆、自分が言われたくない言葉で、他人を罵倒するものだ。合せ鏡というやつだろう。
「ゴミは再利用して、選ばれた人のみが永遠に生きる権利を得る世界を作るということですか」
「選別作業を早く進めないと、この世界は持ちません。ぜひ、私と一緒に、理想の世界を作ってくれませんか」
桐崎は満足げに微笑んだ。
「これこそ自分の求めていた世界だ。こんなシステムを作るなんて、実に素晴らしい。最高ですね」
「気に入ってもらえたようで、なによりです」
「できることなら、こんなVRなんていうまどろっこしいシステムではなく、現場に送り込んでいただきたいぐらいです」
「なかなか豪鬼ですね。では、次のサバイバルゲームへの参加をお願いしましょうか。思う存分、彼らを何度も殺して、鍛えてあげてください」
この桐崎という男は、あの戦場でも、ずっと人を殺したがっていた。
どうやって殺せば、相手が泣き叫んで、苦しむのかを知りたいと、戦地で夜な夜な語っていた。特にゴミのような人間をいたぶって殺すのが、最高に興奮すると楽しそうに話す彼の姿を、今でも時々思い出す。
彼はきっと、自分のことを、この世からゴミをなくすために生まれてきた救世主だと思い込んでいるにちがいない。
だからこそ、ゴミをたくさん処分できるシステムを作った私を、神様だとでも思っていることだろう。私にとって彼は、金をむしり取るための最上級のカモの一人でしかないのに。愚かなことだ。
私の妻が好きだった男が、こんな鬼畜な人間であったことに感謝しなくては。
いくら戦場を悪運でくぐり抜けてきた男でも、あのサバイバルゲームをVRのシミュレーションではなく、現場に放り込んだら、生き残ることなど不可能だ。あそこをうろついているのは皆、不死身の化け物ばかりなのだから。
けれど本人の夢だというのなら、やらせないわけにはいかない。思う存分、隠者を殺し、殺されてほしい。その様を私はしっかりと見届けるつもりだ。
できることならば、妻と一緒に、彼の最後を見届けたいと思っている。亡骸を見ながら、彼こそが妻の好きだった男だと教えてやるのだ。
それを聞いた時の妻の表情は、一体どんなものになるのか楽しみで仕方がない。さすがに愛する男が目の前で死ねば、彼女も諦めるはずだ。これで彼女は完全に私のものになるだろう。
「廃墟をめぐるミステリーツアーですか」
彼は壁に貼られたポスターをじっと見ていた。
「廃墟、好きなんですよね。まだ参加枠は空いてますか」
「たぶん、大丈夫だと思いますよ。ツアー担当の者に、私から連絡しておきましょう」
彼が興味を示した軍艦島のツアーをやるのは、サバイバルゲームの後だ。彼がサバイバルゲームで生還できる可能性はゼロに等しいだろう。
もし一度でも生還できたら、ツアーを最後の晩餐ならぬ、最後の娯楽として与えるのも悪くない。先に楽しみがあったほうが、そのあとに訪れる絶望が際立つに違いないからだ。
だが本当に万が一、彼が生き残るようなことがあったなら、私は彼に敗北を認め、妻の愛子を差し出すことも考えている。かつての戦友に対するせめてもの礼儀というものだ。だがそんなことはありえない。彼に待っているのは確実な死のみだ。
認知症の症状が改善した妻の愛子は、記憶がクリアになり、せっかく若返ったというのに、いつまで経っても私を受け入れてくれないままだ。夜を共にしていても、まるで人形を抱いているようだった。
ずっと苛立ちを覚えていた。妻に新薬を使ったのは、別の男への思いを呼び起こさせるためではなかったのに。こんなことなら、新薬なんて使うべきではなかったのではないのか。そう後悔し始めていた。
きっとフェイクニュースであろうことはわかっていても、いっそのこと軍艦島で死んでしまえば良いのにと、邪な考えが一瞬、頭をよぎったのは事実だ。深層心理でくすぶっていた嫉妬のせいで、魔が差したのかもしれない。
桐崎の未来はいずれサバイバルゲームが裁いてくれるだろう。私を絶望に突き落とした罪を償うべきなのか、許されるのか。
その答えは、本物の隠者たちとの戦いに委ねることにしよう。




