【ゆうわくとし。(2)】 朝比奈 涼
本当に次から次へと、どうなってるんだ。
誘惑されるわ、過去の黒歴史まで露呈するわ。
俺の人生って一体なんなんだ、まったく。
やっぱり俺は呪われているのだろうか。ろくなことが発生しない。
だが、端末の使い方がわかっただけでも良しとしよう。とりあえず貞子が見ていたフロアマップを確認して、脱出する経路を考えたほうが良いかもしれない。
そう思ってメニューを開いたが、マップのようなものはどこにもなかった。増えているのは手紙のアイコンだけだ。やはりスタッフと入居者では、使える機能の制限が違っているのだろうか。これではせっかく使い方がわかっても意味がない。
いや、誰かスタッフにこの端末を使わせて、ロックを解除した状態なら、他の機能も使えるのではないだろうか。
ならもう一度、あの商業エリアに行って、試してみる価値はある。その為には、とにかくポイントを貯めないといけないのだろうが。風呂に入るだけでは、いつまでかかるかわからない。どうしたものか。
ふいに立ちくらみに襲われた。どっと疲れが押し寄せてきたようだ。今日一日で、普段の一ヶ月分ぐらいの活動をした気分だ。
引きこもり男の低燃費っぷりを舐めんなよ。とんでもなくひ弱なんだからな。
ベッドに倒れ込むと、貞子の匂いがした。香水でもつけていたのだろうか。さっきは図星をつかれて、つい弟へのイラつきを重ねて、反射的に拒否ってしまった。
だが、ちょっと、もったいないことをしたのかもしれない。
誰にも必要とされてないような、こんな引きこもりをこじらせた俺を、わざわざ抱きたいなんていう稀有な女が、他にいるだろうか。これを逃したら、俺は一生、童貞のまま死ぬことになるかもしれない。
いや、あんな軽々しく男を買おうとするような女の申し出は、絶対に受けるべきではない。きっとうまいこと口車に乗せられるか、罠にハメられて、さらにポイントをむしり取られるだけに違いない。
ふいに端末の着信音がした。貞子からメッセージが届いている。
『大好きだったんだよ。でもすぐには気づいてもらえなくて、ちょっと悲しかったな。それにあたし、信じてもらえないと思うけど、処女だよ』
こんな言葉、どうせ俺を弄ぶための嘘に決まってる。そう思おうとするが、ドキドキして苦しくなった。
ずっと俺の中で誘惑と理性が絡み合っていたが、天秤を大きく揺らすように、貞子のデカイ胸が、俺の腕に触れた感触が、ふいに思い起こされた。走る車から出した手で空気を揉むのとは違う。中身の入った柔らかさ。下半身がムズムズしてくる。これじゃ全然眠れねぇ。
悶々としていた時、アラームが鳴った。空気を読めよ。どいつもこいつも、俺を弄びやがって。
いつものように、足跡のある場所に立って、小さな扉が開くのを待った。
扉の向こうにあったのは、ノートパソコンとケーブル、VRゴーグルとコントローラーのセットだった。やはり見たことがないタイプの機種のようだが、そんなことは今はどうでも良い。やっとパソコンが使える。
この時を待っていたのだ。俺は急いでケーブルをつないだ。電源ボタンを押して立ち上がるのを待つ。
表示された画面は、すぐさま俺を失望させた。予想していたとはいえ、今回もまた余計なことはできないようにセッティングされているタイプのようだ。デスクトップにはゲームらしきアイコンしかない。ブラウザすらない。きっとつないだケーブルも、限定的な社内LANしか使えないみたいなオチに違いない。
とにかくこの施設は、俺を絶望させることに命をかけているのだろうか。だがとりあえず、ゲームが遊べるというのなら、やらないわけにはいかない。どうせほかにやることなんて、今の俺には何もないのだから。
俺は『はいきょとし。』と書かれたアイコンをクリックした。最初に説明文が表示される。
「ゲームで勝利し、レベルをあげてください。高得点を記録すると、得点に応じてポイントが付与されます」
遊んでいるだけでポイントがもらえるなら、これ以上ありがたいことはない。すぐにポイントを貯めて、さっさとこんなところから脱出してやる。廃ゲーマーを舐めるなよ。
俺はVRゴーグルを装着して、ゲームをスタートする。
すでに俺にそっくりのキャラクターが用意されているようだ。ついさっき切ったばかりの髪型が反映されている。入室時に撮影された映像から、自動生成でもしているのだろうか。自分の姿で遊ぶのは、若干抵抗があるが、どうせ他のキャラは選べないのだから、我慢するしかない。
チュートリアルの説明を見るに、荒廃した街でHermit(隠者)と呼ばれる侵略者と戦うガンシューティングのようだ。いわゆる本人視点のFPS(First Person Shooter)タイプで、キャラクターは画面には写っていない。これならメニュー画面でしか、自分の顔を拝むこともなさそうだ。少し安心した。
コントローラーのスティックを操作して、自キャラが動くのを確認する。背景の作り込みがすごい。かなりリアルで、まるでゲームの中を本当に歩いているみたいだ。実によくできている。市販で遊ばれているものより、テクスチャーの解像度も、モーションの滑らかさも上だ。かなり金をかけて作っているのかもしれない。
初期装備はハンドガンだが、マップ内でショットガン、マグナムなど、ほかの武器を見つけることができるようだ。訓練学校のようなところでHunter(狩人)としての登録イベントをすませると、最初の街へと続くゲートが開く。
夜の暗闇でほとんど何も見えない。かすかな月明かりを頼りに、慎重に足を進めていく。行き止まりに、あからさまに怪しそうな廃墟らしき洋館が現れた。鍵はかかっていない。中に入れということだろう。俺はゆっくりと扉を開ける。
足を踏み入れようとした瞬間、いきなり何かが飛びかかってきた。
隠者だ。心臓が激しく鼓動する。
慌てて隠者に向かってハンドガンを連射するが、一発目は外した。照準を調整して、今度は絶対に当てる。
ヘッドショットを決めたはずなのに、隠者は雄叫びをあげている。頭の一部に穴が空いたまま、ゆらゆらと動くその姿は、まるで本物の生きている人間のようだった。再生能力が高いのか、何度頭を撃ち抜いてても起き上がってくる。
最初に出会う敵がこれって、ゲームバランスおかしいだろ。
それでもなんとか隠者が起き上がらなくなるまで攻撃し、屋敷の中を進んでいく。新たにショットガンを手に入れると、かなり効率良く倒せるようになってきた。
これならいける。そう思ったのもつかの間、屋敷の中を捜索し、鍵を手に入れて、開いた扉の先には、大量の隠者がひしめいていた。これは無理ゲーすぎる。
ふいにアラーム音が聞こえてきた。気を取られている瞬間に、あっという間に隠者に押し倒されて、画面にはゲームオーバーと表示されている。
なんだよもう、いいところで邪魔しやがって。俺はVRゴーグルを外し、スマートフォンを確認すると、メッセージが届いていた。「落札者が決まりましたので、サバイバルゲームにご招待いたします」
落札者? サバイバルゲームってなんの話だよ。
急に扉が開いた。通路には見覚えのある青いライオンの着ぐるみ人間が二人立っていた。




