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ろうじんとし。  作者: 夢手機ノヒト
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【しきさいとし。】 桐崎 貞子

 五宮真命という男は「色がうるさい」とよく言った。


 派手な色合いが視線に入ると、苦痛を感じるのだという。騒音が耳にうるさいように、色の洪水がうるさく思えるらしい。本に挟むしおりのような小さいものですら、赤と黒なら黒面を上にして置くぐらいに神経質なところがあった。


 だから小学生だった頃のあたしは、いつも彼にいじめられないように地味な色の服を着て、地味な筆記用具を使っていた。いくら気を使っていても、些細な何かが彼の気に触ると、金魚の糞だったクラスメイトたちを使って、あたしを執拗にいじめてきた。


 その時の恐怖がどうしても消えず、大きくなってからも、あたしは地味な服を着て、地味な物ばかりを使っていた。


 彼と再会してから、あのマンションをあてがわれてからも、やはり彼の目線の邪魔にならないようにするために。部屋のカーテンやソファー、いろんな物の色合いも、すべて地味にしておいた。


 本当はカラフルで可愛い洋服が好きだったのに。色とりどりの小物だって部屋に置きたかった。


 けれど、あたしは五宮という男に出会ったせいで、自分の好きな物を好きだとさえ言えない、おかしな人生を歩む羽目になってしまったのだ。


 すべて悪いのは五宮だ。


 あたしには、この男に復讐する権利ぐらいはあると思う。だからあたしはこの男に気を許した振りをして、この男から金と愛情を、たっぷりむしり取ることにしたのだ。




 彼は気まぐれなところがあった。


 突然、当日になって北海道や沖縄、京都旅行に行こうなんて言い出すこともあったり、記念日でもなんでもない日に、急に花束やケーキのような、消え物をくれることは多かった。


 だが、あの日は珍しく、「お前が欲しがってたって聞いたから」と彼が形の残るものをプレゼントしてくれた。


 リボン付きの小さな箱に入っていたのは、真っ赤なサボテンの可愛らしい陶器の置物だった。ようやくあたしは、派手な色がついた物を持つことが許されたのだろうかと、少しだけ心が浮き立った。


 けれど、その品を買うために、別の女とやりとりをしたメッセージから足がつき、奥さんに浮気がバレて、自殺未遂をされたらしい。


 その後、奥さんの容体が落ち着いてから、彼が再びこの部屋に訪れた。運の悪いことに、たまたまテレビドラマで、不倫のシーンが流れていた。


 その瞬間、彼は衝動的に、真っ赤なサボテンの置物を手に取り、忌々しい表情で、「色がうるさいんだよっ」と目の前で壁に叩きつけて壊した。


 我に返った彼に、何度も「ごめん」と謝られた。


 外面だけは良い彼は、普段は穏やかで優しい人という仮面を上手にかぶっているが、二人だけになると、急にスイッチが入って、本性を隠しきれなくなる男だった。結局、小学生の時から、何も変わっていないようだ。


 それからはまた元どおりの毎日だった。彼を怒らせないように、地味な服を着て、地味な物を使って、いつでもニコニコとして甘やかせて、奥さんよりあたしに溺れるように仕向けさせた。


 金と復讐のために少し付き合ってやっているだけだ。これは仕返しのゲームなのだから。




 けれどあの日、自宅のベッドで彼は、見覚えのある女を抱いていた。目に刺さるような鮮やかな、真っ赤なドレスがよく似合う派手な顔立ちの女だ。


 相手の女は、昔はよくあたしのヘルプをしていたキャバ嬢だった。結構な田舎から上京したあたしよりも、もっとド田舎出身の芋娘だったくせに。整形と豊胸手術で見違えるように綺麗になって指名が増え、いつの間にか、あたしの方がヘルプをするようになっていた。


 よりによってこの女に。

 頭の中に、とても口には出せないような呪詛めいた言葉が駆け巡っていた。


 いくら酒に酔っていると言っても、彼にとっては、不愉快な赤を目に入れても余りあるほどの魅力が、その女にはあったということなのだろうか。


 あたしにはあれだけ、本気で好きだと言っておきながら、この部屋に来ても、手作りのナス入り特製オムライスを食べるぐらいで、この部屋では、一度も手さえ触れたことがなかったくせに。


 あたしは彼と再会した時に、わざとドン引きさせようとして、何百人の男と体の関係があると嘘をついた。だがすぐに嘘だとバレた。ホテルで無理やり押し倒されそうになって、つい泣いてしまったからだ。


 本当は誰とも付き合ったことすらなかった。小さい頃に好きになった人はいたが、ただの片思いのまま転校して、その恋は終わってしまった。


 さらに中学時代に強姦被害に遭いそうになって、それ以降、銀縁メガネをかけて、わざと女として見られないように、ひっそりと生きてきたぐらいだ。


 自分に色目を使う男が怖かった。近寄ってくる男を信じることなどできない。本気で誰かを好きになったことはなかった。経験豊富なふりをしていただけだったのだ。


 彼にそう伝えたら、「怖い思いさせて、ごめん。大事にするから。貞子が大丈夫になるまで、待つから」と、それ以来ずっと、この部屋で二人きりになっても、まったく体に触れることすらなかったのだ。


 なのにどうして。


 いつも「この部屋に来るとホッとする」とか、「本当に一番愛しているのは貞子」という言葉は、口ばっかりだったということだろうか。うまいこと彼を騙せていると思っていたのは、あたしだけだったのかもしれない。


 とんびに油揚げをさらわれるとはよく言ったもので、あたしはまんまと彼を寝取られた。実際にあたしは彼と寝たことはないのだから、この場合は横取りをされただけというべきか。


 既婚者の男を弄んで、過去の彼に復讐をしていたつもりが、目の前で別の女にかっさらわれたのだ。これほど間抜けなことも、なかなかないだろう。


 取られたのが油揚げなら、代わりのものを買ってくれば良いが、さすがに生身の男は店で買えない。もちろんお金を出せば買える男もいるだろうが、残念ながらあたしにはそんな趣味はない。


 彼はたっぷり酒を飲まされたのか、呂律の回らない口で、「貞子、これは違うんだ」と必死に言い訳をしていた。


 小学生の時に、あたしが彼を振った時と同じような、今にも泣き出しそうな情けない顔をしていた。それがなんだかとても滑稽に思えて、ムカついているはずなのに、少し笑ってしまった。


 本当にこの男は、何も成長していない。


 こんな男に復讐をしようと考えていたのが、馬鹿らしくなってきた。何をそんなに執着していたのだろう。小学生だったあたしをずっといじめていた男に、今頃になって金や愛情を奪い取って、仕返しをしてやろうと思っていた。


 だが、そんなことをする必要なんて、どこにもなかった。

 あたしはもうあの頃の少女ではないのだから。


 ただの無駄な時間だったのだ。こんなにも情けない男の顔を見られただけで、十分ではないのか。胸につっかえていたものが、すべて消えた気がした。


 その日、あたしは彼にあてがわれていた部屋を出た。

 これからは赤い服だって、派手な小物だって、なんだって好きなようにしてやるのだ。


 なんなら人生で初めて本気で好きになった男に、久しぶりに会いに行くのもいいかもしれない。そう考えただけで心臓がドキドキしていた。こんなに気持ちが高鳴るのは、久しぶりかもしれない。


 あたしはもう迷わない。

 自分の好きなように生きることにした。あたしの未来のために。




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