とある夜、屋上にて
「ほいよ」
そう言って旭が俺に向かって缶を投げる。
それをキャッチして投げてきた方を向く。
ひらひらと手を振っている旭。
「俺、コーヒー飲めないんだけど、しかもブラック」
「知ってる、それ俺の分」
何なんだよコイツは、だったら何で渡してきたんだ。
「返して」
「......ほらよ」
見せつけか?自分で買って来いと言いたいのか?
「あ、湊のもあるよ。俺達が成人してれば酒を飲んでたんだけどね。はい、コーラ」
そういってまた缶を投げる旭。
「お前、炭酸飲料何だから投げるなよ」
出来るだけ中のコーラが揺れないようにキャッチする。
旭が缶を開けたので俺もプルタブ、まぁこれはステイオンタブ式だが。もう蓋でいいか。
蓋を開ける。途端にプシュッという音がして泡があふれ出した。結構な勢いで。
「おい、旭。お前屋上までどうやって来たんだ?」
「そりゃ勿論階段を走って上ってきた」
片手にコーラを持った状態でか......。
めっちゃニコニコだしわざと何だろうけど。
「はぁ、覚えとけよ」
「オーケー、忘れないでおこう貸し一つと」
「あぁ、そうだな」
実を言うと俺は旭をここに呼んでいない。じゃあ、旭が呼んだのかというとそうでもない。
何となく俺がビルの屋上で風に当たってたらコイツが来ただけだ。
本来なら驚くところだが旭なら納得だ。
「何か用か?」
「別に、用という程でもないさ。ただ、本当にスピード解決だなって思って。始業式からまだ二日だ」
「あ、そうだ。思い出した」
「何を?」
「えーと、あのそう、涼宮葵」
「名前覚えといて上げなよ」
「覚えてただろ」
「相変わらず、人に興味が薄いなぁ、湊は。その分を妹に充ててるんだろうけど」
興味か、名前を覚える必要はない気がするから忘れがちなだけだと思うんだが。
「何か、家送る最後の方に私は親に愛されてるでしょうかって言ってた」
「......それは、俺達には効くなぁ。ただ、大丈夫だよ。君は親に愛されてるそう伝えてあげてくれ」
暗い表情はしない。効くなぁなんてのも笑いながら言った。実際旭は本当にそうは思ってないのかもしれない。ノリなのかもしれない。
でも、旭が大丈夫というなら大丈夫だ。
最後に見せたのは珍しく真摯な表情だった。
「そうか」
「それより、水上さんに借り出来ちゃったよ」
「そうだな、借りが出来た。たかが学園の理事長が謎に権力みたいなの持ってたからな。裏社会と繋がりがあったのか」
「うん、詳しいことは後々水上さんから報告来るんじゃない?」
それもそうだな。
「俺達には力があるな。今更だが」
「何中二病発症した?」
「ある意味ずっと罹ってる。そうじゃなくて、相手が銃とか謎のスーツとか来てる大人でも勝てるから」
きっと、俺はもっと人と助けれるだろう。
「無理だよ、目の前の人以外を助けるなんて。難しすぎる。裏社会の住民たち潰しまくる?それこそどうなるか分かんないさ」
「お前なら分かるんじゃないのか?」
「うーん、データ不足かな。無理じゃないけどやっぱ無理。俺には正義は難しすぎる」
本来助けれた人を助けなかったことは助けなかったということになるのだろうか。そらが例えどこの誰とも知らない未来の話でも。
「俺は、妹と俺の手の届く範囲の人ぐらいは守るよ。そのための強さだから」
「優しいねぇ」
「違う、妹に誇れはしなくても失望はされないで居たいからな」
「誇れると、思うけどね」
俺と旭は揃ってコーラとコーヒーを飲みほした。
「湊、真っ当なラブコメするまで時間かかりそうだな」
「?」
「解決早すぎでしょ。あそこでボディガードになんないと」
呆れたように言う旭。
「いや、俺は妹守んなきゃだし」
「あはは、そうだね。その通りだ」
「……。お疲れ様。ありがとな」
「ん、いいよ」
春の夜の風を受けながら。
俺達は夜景を見ながらフェンスにもたれかかった。
「……帰るか」
「そうだね〜」
◇◇◇◇
「葵!」
「父上...母上も...」
家に帰ると何故か父上と母上が待っていて私の名前を呼ぶ。
そして駆け寄ってくる。
「大丈夫か?心配したんだ...」
「...」
その顔は本当に心配そうだった。
混乱していた、こんなに心配そうな顔をするなんて思ってなかったからそもそも仕事だったはず。
「仕事があったのではないのですか?」
「あぁ、だが切り上げて帰ってきた。怪我とかはないよな?なら、無事なら良いんだ」
そしていつもの冷めた様子に戻る父上。
「なら、昨日来てくれても良かったのではないですか?」
俯いて、思わず口にする。
「......それは、すまない」
「本当に貴方は不器用というかコミュニケーションに難ありというか」
母上が呆れた様子で口をだしてくる。
「ごめんね、葵。違うのよ。私たちのところまで報告が来なかったのよ。さっき、水上グループの方伝手で情報が回ってきて初めて知ったの。お父さんすぐに飛び出て行ったんだから」
「そうなのですか」
「おい、言わなくてもいいだろ」
「言わなくちゃダメです。自分の娘にカッコつけたいのは分かるけど、それで不安にさせちゃダメでしょ!」
「うぅ、それは...。そうだな。ごめん。あの~、あれだ。俺は実業家で別にずっと金持ち家系だったわけでもなくて。あぁ、違う。まず、あまり構うことが出来なくてごめん。兄の時にはもう少し時間があったんだがまた忙しくなってきてて。一緒に遊んだり話したりすることが出来なくてごめん。眼つきが悪いのは元からだから睨まれてるとか思ってたなら違うからな、多分疲れてたとかだ。護衛とかに関してはあんまり学校でも護衛付きっぱなしだと周りに馴染みずらいかもって思って。甲斐もSP時々ウザいって言ってたから」
急に饒舌だが視点を彷徨わせながら父上が話し出した。
「ホント、あなたはプライベートはダメダメね」
「うぐっ」
「兎に角、私もお父さんも。あなたのことが大好きだから安心して良いのよ」
そう言って母上は私を抱きしめた。
瞳から涙が零れた。
良い子で居ようって努力なんてしなくても良かったんだ。
「あぁそうだ。ごめんな、お前はしっかりしてたからそこに甘えてしまった」
父上も重なるように私を抱きしめる。
なんだ、むしろ。逆効果だったんだ。
努力は報われるはずもなかった。でも、残念では無かった。
欲しかったものは既にそこにあったから。