36章「反乱、セロ・カシュラー編 5」
捕虜の房は暗かった。虫の這い寄る音が聞こえて、一刻も早く抜け出したかったが……。僕はただ唯一使われている檻の方へと向かっていった。
その檻には、僕達とは違う顔立ちの……ナチス・ドイツ陸軍のアンドレアス・ベルガーが居た。彼は壁にもたれかかって、帽子を目隠しにして寝ていた。
「……何だろうな……何と話しかけて良いか……」
「……まあ、貴方が望むなら……今は対等に話しませんか?」
彼は帽子を床に置くと、胡座をかいて僕の目をじっと見ていた。
「……そうだな。……ドイツ軍の戦況はどうなんだ?」
「……それは話せませんが……。昔の事は話せますよ。……私の故郷はベルリンで……皆良い人達で……。母親の作ってくれるザワークラウトが大好きだった……」
彼は灰色の天井を見上げて、昔を懐かしむ様に目を細めていた。……やはりそうだ。一人一人に家族が居て……思い出があって……。
「……そうか。……僕も母さんのボルシチが食べたいな……。僕達、ちょっと似てるのかもな」
「……そうかもしれませんね」
人類に国境は無いと誰かが言っていた。……その時を僕らは迎えられるのだろうか。……この戦争はいつ終わるのだろうか。
「……貴方。名前は?」
「……ハワナ・サーライト」
「ではサーライト。……どうかこれにサインしてくれませんか……」
彼は懐から封筒を取り出し、中の紙を格子越しに僕に渡した。それはナチス・ドイツ軍ボルケ基地とワークス基地が、同盟を組む事の証明書だった。ボルケ基地側には既にそこの基地長らしき人物の名前が書かれていた。……今は僕が、この基地をまとめている臨時基地長だ。
けれど僕はその紙を目にした瞬間に……。硬直してしまった。
僕がサインをすれば、今まで戦ってきた仲間、死んでいった人達を裏切る事にならないか……。僕はそれが心残りなのだ。
カラナタ少将や……ロンガーシャ軍曹が頭に浮かぶ。……彼等二人共、祖国を守った戦士だった。……その二人に僕は泥を塗る事にならないか……。
……ただ僕は決意を固めて、頬を叩くと、ペンを取り出した。
……どうか英霊達よ、僕をお許し下さい。……けれど今は、敵味方関係なく……巨悪に立ち向かわなければならないのです。
サインした紙をベルガーは受け取ると、立ち上がった。
「……同盟成立です。……これからは、共に反乱軍に立ち向かいましょう。……ハワナ・サーライト基地長」
「……ああ。よろしく頼む。アンドレアス・ベルガー殿」
僕達は格子越しに握手をした。彼の手は無骨で……いかにもドイツ人らしかった。ただ僕が握るその手が……赤い罪の血の色で塗られていないか……どうしても怖かった。
僕はベルガーを解放する為に鍵を取りに一度捕虜房を出た。……ここを出れば、恐らく捕虜房の様子が気になって駆けつけた皆が、待ち受けているだろう。……殴られる覚悟は出来ている。僕はふうと息を整えて、扉を開ける。
扉を開けると、やはり第七部隊の面々とその他兵士達が僕を待っていた。その面持ちは……予想と反して穏やかだった。
「隊長。どうでした?」
「……僕は同盟の手続きをした。……これよりナチス・ドイツボルケ基地と同盟関係になる。……さあ、殴るなら殴ってくれ」
僕は腕を広げて、無抵抗に彼等の殴打を待っていた。……けれど、一向に待っても、それは現れない。
「……隊長。目を開けて下さい」
サラの声だった。僕は恐る恐る目を開ける。
「……」
彼はそっと微笑んだ。
「……この同盟、確かに仲間を裏切る事に等しい……けれど隊長。……僕達全員、貴方の味方ですよ。……何も隊長は気を遣う必要はありません。……僕達でセロを止めましょう」
……その言葉を聞いて、僕は肩の荷が降りたと同時に……救われた様な気がして、思わず彼を抱き締めた。
「……ありがとう……」
「……大丈夫……上手くいきますから……」
僕はただ一つ愚かな行為をした。……それは仲間を疑った事。……ようやく僕はそれに気付けたのだった。




