31章「都市破壊作戦編 9」
翌日、僕達は早朝に叩き起された。強面の上官の迫力には誰も太刀打ち出来ない。
軍服に着替え、四人で会議室に向かう。
朝日が差し込む部屋で、ロンガーシャはパイプを吹かす。
「・・・・・・やあ、おはよう諸君。気持ちの良い朝だ」
パイプの煙が日差しに混じって消えていく。
「「「「おはようございます!」」」」
皆で声が揃った。
「・・・・・・結構。では今回の作戦の説明をしよう。私が先頭で爆撃機で飛行し、君達はその後ろで、出来るだけ広がって待機。私が爆撃を行う。君達は敵機が来た場合の護衛だ」
黒板を使いながら、ロンガーシャは淡々と説明をする。本当に今から大量殺戮が起きてしまうのか疑問だった。
「・・・・・・他に質問は?」
彼が振り返る。僕達は何も言えず、ただ無言だった。
「よし。それでは移動しよう」
ロンガーシャがすっと立ち上がり、部屋を出る。僕達はそれについて行った。
・・・・・・
サラは、外の景色を眺めていた。灰色の空をじっと眺め、何か考えていた様だ。
リロサヤは、祈っていた。神に。これから起こる大量殺戮に絶望し、それを引き起こす自分を責めている。
スクワーデスは、俯き、ゆっくりと歩いている。
こんな事を皆が望んでいる筈が無い。皆が戦争をするのは、勿論勝つ為だ。敵に勝つ為。
・・・・・・勝つという事は人殺しをする事では無い。だが勝つ為には人殺しをしなければいけない。
僕達はその過程に今直面している。これは避けて通れない事実だ。
・・・・・・
基地の戦闘機庫には、既に僕達の分のシュトゥルモヴィークが用意されていた。四機並んで待機する中、その端に大きな爆撃機が待機していた。
「・・・・・・あれか」
ロンガーシャがそう呟いた。
その爆撃機は他の戦闘機よりかなり大きく、異様な雰囲気を醸し出していた。
黒く細長い爆弾がその戦闘機に積み込まれていくのは、見ていて気分が悪くなる。
「私は爆撃を担当する。・・・・・・では、健闘を祈る」
彼は澄み切った顔で敬礼する。
対照的に僕達はそれを無心で返した。この場での切り抜け方が分からない。
・・・・・・
戦闘機に乗り込み、エンジンをかける。聞きなれた音。轟音が操縦席を揺らす。
皆がエンジンをかけ、戦闘機庫が揺れ始める。その瞬間に、とてつもない騒音が響いた。
ロンガーシャが搭乗している爆撃機だ。Il4。搭乗するのは三人。その分エンジンも大きいのだろう。
鉄の塊が空を飛び、笑顔を消し去り、街を破壊しに向かう。
Il4が出発したのを皮切りに、僕達も戦闘機を発進させる。
空は灰色で埋め尽くされている。そんな暗い空を見ながら、僕はスロットルを上げていく。
Il2が唸る音を耳に刻みながら、僕は空へと飛び立つ。
軍事パレードを見た時の事を思い出す。僕は目を輝かせながら、戦闘機が空を飛ぶのを見ていた。
今僕はその戦闘機に乗り、平穏な生活を奪おうとしている。
・・・・・・
しばらく飛行していると、間も無く都市が見えてきた。敵国の都市だ。その瞬間に、無線が入る。
「・・・・・・爆撃を開始する。護衛は警戒を怠るな」
ロンガーシャの声が聞こえた。何も怯えてはいない様子。
「・・・・・・了解」
僕は無線機にそう言った。これは義務だ。
ふと下の方を見てみた。・・・・・・豆粒の様に人の姿が見えた。思わず目を逸らした。
・・・・・・彼らは今から火に包まれる。それが申し訳なくてどうしようもなかった。
空襲警報が鳴り響いた。上からはっきりと聞こえる。それに混ざって、ヒュルヒュルと花火が上がるような高音が聞こえた。
「・・・・・・神よ。罪深き私達をお許し下さい」
無線を切り、僕はそう神に伝えた。
前の爆撃機が小さな黒い粒を落としていく。それから少しした後、ドゴオンと爆発音が聞こえた。
思わず僕は目を伏せた。人々の悲鳴が聞こえる気がして。
心の奥底で、人々が叫ぶ。助けてくれと叫んでいる。僕はそれに答えられない。
切り捨ててしまえばいい話。だが僕にはそれを切り捨てる勇気は無い。
僕は人間。それは変えられない。
都市が火の海に変わっていくのを、僕はただ黙って見ていた。何も出来なかった。
無線からロンガーシャの声が聞こえた。
「・・・・・・安らかな死よ、来たれ」
優しげで、慈愛に満ちた声だった。彼は犠牲になる市民に敬意を払う。
やけにその言葉が、胸に深く響いた。
・・・・・・
結局敵機の反撃を受ける事は無かった。近くに基地が無かったのだろう。運が良かった。
晴れてきた青空のもと、帰還する。鳥から人間へと戻っていく。
出発する時より、戦闘機の数が少なくなっていた。その光景を見て、皆が何かを察した様だ。
ロンガーシャが言う。
「・・・・・・ご苦労様だった。さ、部屋に戻るぞ」
彼は少し口角を上げ、明るい声で僕達に言った。
その時、リロサヤがロンガーシャの方を向いた。
「・・・・・・あの、僕達・・・・・・」
何か言いたげに声を出す。すると、その言葉を言い終わる前にロンガーシャはしゃがみ、リロサヤに目線を合わせた。
「・・・・・・君はまだ子供だ。・・・・・・本当は君を連れてきたくは無かったさ。本当に悪い奴らだよ。・・・・・・どうか今日の事は忘れてくれ。分かったね? ・・・・・・君の罪じゃない。これは戦争の罪なんだよ」
そう言って、ロンガーシャはリロサヤの頭を撫でる。今だけ彼はリロサヤに部下では無く、子供として接している。
まだ子供。本来なら純粋で、草原で野鳥と遊んでいる様な歳だ。そんな彼を残酷な戦争の舞台に呼び込んだ戦争を彼は憎んでいた。
「・・・・・・はい」
リロサヤはそう下を向いて呟いた。ロンガーシャの顔が見れなかった様だ。
「・・・・・・行こうか」
ロンガーシャが一人歩き出す。僕達は慌ててそれについて行く。皆が手を合わせている中、僕達だけは歩き出す。
現実から目を背けているのか、未来に進んでいるのか、それは分からない。
・・・・・・
廊下に出る。ロンガーシャが先導し、僕達四人は並んでそれについて行く。彼の背中が眩しい。
その時、一人の兵士が前を歩いてきた。傷が付いていないので、おそらくこの基地で待機していたのだろう。
その手には拳銃が握られている。
嫌な予感がした。・・・・・・だが、偶然出していただけなのかもしれないし、これから整備をするのかもしれない。そう思って僕は何も思わなかった。
・・・・・・だが僕はこの時、なにもしなかったのを後悔する事になる。
次の瞬間、その兵士が銃を向けた。
「・・・・・・死ね」
ロンガーシャに向かって。
皆が目を見開いた。だがその時にはもう遅い。
耳をつんざく銃声が響くと、次の瞬間にロンガーシャが体勢を崩す。
「ぐっ!」
声にならない声を上げ、プレイン・ロンガーシャ軍曹は地面に倒れ込んだ。
「軍曹! ぐうっ、貴様ああああ!!!」
サラが兵士に向かって低い姿勢で駆け出した。その兵士は無抵抗で、床に抑え込まれた。
「貴様、ふざけるな!!」
サラが今までに聞いた事が無い程の大声で、兵士を威圧する。
ロンガーシャは地面に未だ倒れている。三人で彼を介抱しようとする。スクワーデスがまず声をかけた。
「軍曹、直ぐに処置をします!」
そう言って彼女は上着を脱ぐ。だがロンガーシャがそれを止めた。
「・・・・・・いや、もういい。私は助からん」
そう小さな切れ切れの声で彼は言った。
「・・・・・・そんな」
リロサヤがぽつりと呟いた。そんな雰囲気の中で、兵士が叫ぶ。
「はははは!! ざまあみろ!! もうソビエトもどうでもいい!! ・・・・・・あんたが憎かった。人を殺して英雄扱いされるあんたがな!!」
「黙れえ!!!」
サラが兵士を締め上げる。
「・・・・・・ひひ、粛清なんか怖くないさ、あんたを殺せただけで俺は・・・・・・」
サラが鬼の様な形相で兵士を蹴った。ぐふっと声を漏らし倒れてしまった。その光景を見ていたロンガーシャは言う。
「・・・・・・全く彼の言う通りだ。・・・・・・私はいつから人殺しを楽しむ様になっていたのだろうか」
僕は思わず彼に言った。
「違います! 貴方はそんな人では無かった! 祖国の為に身を捧げる立派な戦士でした!!」
「・・・・・・ありがとう、兵長。・・・・・・いや、サーライト君。・・・・・・君達は立派に戦った。私は君達を誇りに思う」
手を添えてくる彼。まだ暖かった。
「・・・・・・この戦争が終わるまで、誇りを持って、戦ってくれ。ソビエトの戦士達・・・・・・」
最後に彼はそう言い残した。その言葉が終わると、僕の手から彼の手がずり落ちた。
その時に、僕の心に何か込み上げる物があった。それは哀しみか怒りか。抑えきれない感情が溢れた。
「ああああああああ!!!!!!」
・・・・・・
帰りのトラック、揺れる暗い車内で、隣に座っているサラが呟いた。
「・・・・・・軍曹は、ソビエトの戦士だった。・・・・・・人を殺していたけど・・・・・・決して罰を受けるべき人じゃ無かったのに・・・・・・血濡れプレインなんて二つ名、あの人には似合わない」
僕はそれに同意を示す為に、彼の手を握った。
静かに彼が握り返すのを確認すると、僕は目を閉じた。




