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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー掌編(五千字未満)

壁蝨

作者: 紋 魅ル苦

 秋の日はつるべ落とし。まもなく日が暮れようとしていた。

 関健せきたけるは、父親である勝次かつじの家で遺品整理をしていた。

 九月だというのにまだ蒸し暑い。勝次の寝室にはエアコンが備え付けられているのだが、既にブレーカーを切っているため電源が入らない。縁側の窓を開ける方法しかなく、健は首に巻いたタオルで額から流れる汗を拭いていた。

 遺品整理とは思った以上に時間がかかる。最後におやじの布団を縛って今日のところは切り上げるかな。

 勝次の家は、車で片道二時間半もかかる田舎にあり、日が暮れると辺りは真っ暗になる。おまけに家の電気も止められているため、夜になったらほとんど何も見えなくなりそうだ。

 健は親戚のおじに電話をかけると、そろそろここを出ることを端的に伝えた。勝次の家から二十分離れたおじの家に、一晩泊めてもらうのである。こんな田舎とあって往復すればガソリンがもったいない。自身の家には帰らず、土日を返上して一気に片付けるつもりだった。

 テーブルの上のビニールひもを取りに行くと、床に一枚の水道料金の領収書が落ちていた。そこには平成二十二年九月請求分と記載されている。

 そうか、おやじが死んでからちょうど十年経つのか。いや、正確には失踪してからだ。俺は死体を見ていない。もしかしたら、どこかでまだ平然と生きているのかもしれない。

 十年前に勝次は失踪した。いまだに発見されず、姿を消した理由もわからないままである。

 目下のところ、七年経って勝次は法律上死んだことになった。民法では失踪してから七年経つと、家庭裁判所が死んだことにしてくれる。おかげでやっと相続が落ち着いて、この勝次の家を取り壊せるようになったのだ。

 それにしても晩年のおやじは金ばかりかかる存在だった。鯨飲用の金。デイサービス、医療費用の金など。もし満足のいく大金を渡さなかったら、外に出歩いて大声で暴れまわる。恐怖を感じた近所からの通報が多々あり、もう金銭的にも精神的にも面倒を見切れなかった。

 おやじは俺の血を吸う壁蝨だにのような存在だったのだ。

 健は勝次が使用していた布団をビニール紐で縛るために持ち上げると、隙間すきまから黒い塊が落ちてきた。目をやると、生前かゆがる勝次のために買った壁蝨だに捕り袋である。だが、その袋が異様に大きく膨らんでいたのだ。

 壁蝨だに捕り袋って、こんなにも膨らむのか。

 大きく膨らんだ壁蝨だに捕り袋を拾おうと、触った瞬間、ぎょっとして手を離してしまった。

 ぐちゃりとした感触。袋の中には何だか水が入っているようだった。もちろん触りたくないが、捨てるにはこの水を抜かなくてはならない。

 健は壁蝨だに捕り袋の上方先端を摘むと、ビニール紐用のハサミで、右下の角に切り込みを入れた。とたん、その穴から赤黒い液体が勢いよく吹き出して、寝室の畳を黒く濡らしていく。

 あっという間に壁蝨だに捕り袋はしぼんでいき、終わりには何かがころっと落ちた。足もとを見るとどうやら指輪らしい。嫌々ながらも指ではさんで持ち上げると、赤黒い液体で汚れていて生臭いにおいもする。さすがにその汚れを拭き取る気にはならなかった。

 健はなんとなく指輪の向きを変えてみると、内側に文字が彫られていることに気がつく。もう日が落ちてしまい薄暗くてよく見えない。目を凝らしながら顔を近づけた。

 ……えっ。恐怖で俺の顔は青ざめていたと思う。

 そこには健の両親のイニシャルが刻み込まれていた。なぜ壁蝨だに捕り袋から出てきたのか。

 全身に粟が生じて指輪を放り投げた。

 膝頭が震えている。

 健は逃げるように、勝次の家から出ていった。

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