8話 PKギルド
「さ、どうする?」
男は続けた、イカサマ師が賭け事を見守るかのように不敵に笑いながら。出来レースと知りながら過程を楽しむかの如く。
「あなた、まさか」
「そ、プレイヤーキラーさ。君と同じね」
プレイヤーがプレイヤーを殺している……?
何故? それとも、こいつは私と同じエネミー?
「どうしてPKが攻略会議なんかに参加してるのよ」
「それを僕に聞くのかい? 理由なんて、君自身が一番よく分かっているだろう?」
「……敵情視察?」
PKがこの場にいる理由など一つしかない。
敵情視察。
ここには情報がごろごろ転がっている。
ボス戦に参加するプレイヤー名、武器、スキル。
陣形、攻略日時、プレイヤー同士のつながり。
敵を知るのに、これ以上適した場所は無い。
「8割正解だね」
「ふぅん? あとの2割は?」
「勧誘さ。知っているだろう? 有志が集まってプレイヤーキラー対策班を結成していることを」
いや、知らないけど。
だけど、そうか。そういうことか。
道理で最近、PKする機会が無かったわけだ。
「PKに対する警戒が強まっていると思ったら、そういう事情があったのね」
「ん? PKしてると認めたね?」
「言ってないわ。それより続けなさい」
「はは、強情だなぁ。まぁいいや、僕がPK仲間を集めようとしている理由も分かるだろ? 目には目を、歯には歯を。そして、集団には集団をってね」
……群の力が個を上回る。
そんなこと、殺された私が一番わかっている。
膨大なHPを削る剣士がいた。
私の攻撃は重装に受け止められた。
削った重装の体力は回復役に補填された。
攻めあぐねる私を、遠方から術師が攻撃した。
連携の取れた相手を個で打ち破ることは至難だ。
そんなの分かっている。それでも。
「ハッ、その為にPK同士なかよしこよししましょうって? 土台無理な話ね」
「そうかな? むしろドライで強固な関係性を結べると思うけれど? 少なくとも、正義なんて曖昧な信念のもとに集った輩よりね」
「それなら、あなたの信念は何だというの」
「『プレイヤーを殺す』こと」
一切の戸惑い無く。
男はきっぱりと言い切った。
「僕らの共有する信念はそれだけでいい。目的が何だろうと関係無い。手段が同じであるならば、僕たちは互いの手を取り合える。そう思うんだよね」
「なるほど、正義とはとても呼べないわね」
「そうさ。知っているかい? 正義も悪も元は一つ。違いは貫き通した信念か、潰えた信念かだけなのさ」
男は言う。
僕はいずれ正義に至る。
何故なら僕の信念は、決して折れることが無いからだと。
それは高尚な心持ではあるけれど、その先は。
「あなたはPK対策班を潰した後は、仲間さえも殺すというの?」
「いや、前提が違うね。僕が殺したいと思っているのはこの世界から抜け出そうとするプレイヤー。つまり、攻略組の事さ」
「攻略組?」
「そう、具体的には、こういう場に集まるやつらだね。分かんないんだよね、どうして現実に戻りたがるのか。君は感じた事は無いの? 現実は辛い事ばかりだと、逃げ出したいと思った事は無いの?」
「無いわね」
「即答だね」
第一、私は生まれも育ちもこの空間だ。
現実という上位世界を知覚する手段も無ければ、戻るべき肉体という檻も無い。憧れることもないが、忌避するほどの物でもない。
「ま、君がそういうスタンスってのは分かったよ。君は理解してくれたかな? 僕のスタンスを」
「仮想世界に引き籠りたいニート」
「辛辣だなぁ」
間違っちゃいないけどさ、と、男は続ける。
「冗談よ、分かり合えないってことが分かったわ」
「うん。だからこそ僕たちは手を取り合える」
「……接続詞の使い方って知ってる?」
「もちろん。義務教育はきちんと修了してるからね。それでダメなら僕の責任じゃなくて日本の教育方針の失敗さ」
どこに「だから」の要素があったんだ。
ご丁寧に「こそ」で強調までして。
「画一的な集団は脆いんだ。古今東西、カルト教団が滅んだのは頂点を定義してしまったからだ。唯一絶対の到達点を定めてしまったら、その集団は劣化コピーしか生み出せない」
「多様性がブレイクスルーになるって?」
「端的に言えばそうだね。だから、君が僕と違う考え方の持ち主で良かった」
例えばの話、生物はもともと分裂でしか増殖できなかった。それがいつからか「雄」と「雌」に分離して、生殖という形をとるように「進化」した。クローンしか生み出せない存在が劣っている事は、生物の歴史から見ても、確かに自明ではある。
「で、どうかな? 手を結ぶ気は無いかい?」
「一つ、答えてもらってないわ」
「何かな?」
「あなたは目的を達成した後、仲間だった人間を殺せるかしら?」
唯一の信念を『プレイヤーを殺す』ことと定義するのなら、いずれ快楽殺人者も集うだろう。だが彼は、この世界を攻略しようとする者がいなくなれば殺しから離れると言っている。組織を脱退するつもりでいる。
その時、粛清される側になった時。
送り込まれた刺客を殺せるのかと聞いている。
「あはっ、当然だよね。僕はきっと、『僕を殺そうとする人を受け入れられない』だろうから。同じようにきっと排斥するだろうさ」
男は笑ってそう言った。
ああ、安心した。
「それなら、気兼ねなく殺せそうね」
「えぇ、見逃してくれない?」
「多様性が必要なんじゃなかったの?」
「……困ったなぁ」
男はぽりぽりと頭の裏をかいた。
それから、眉を少し困らせて、「まあ、先の事は後で考えるか」と呟いて、
「ロキって呼んでくれ」
そう、手を差し伸べた。
私は、彼の手を取って。
「それなら、そうね。私の事はノルンとでも呼んで」




