5話 らすぼすのおしごと!
「「いでよ! 低級劣等悪魔!」」
二人がそう唱えると森が騒めきだした。
黒より黒い幽暗、晦冥に覆われた世界。
樹海はいっそう鬱蒼で、不吉な風が吹きすさぶ。
そして、そいつは現れた。
『グルルルロォォォ!!』
リトルレッサーデーモン。
デーモンを冠するモンスターの中では最下級のエネミーではあるが、それでもデーモンである。
それが、こんな序盤から出て来るなんて。
「よし、作戦通り行くぞ!」
「おう!」
それから彼らは、小さな戦争を始めた。
ひどく見覚えのある戦争だ。
「くっ、フォロー頼む!」
「任せろ!」
一人が斬り込み、危険になる前に前線を後退。
すぐさま控えと交代する。
下がったメンバーは回復し、また斬り込み役を切り替える。
私の時は術師も回復役も盾役もいて、より複雑だったが、戦略的にはおんなじだ。自分たちは死なないように、相手のHPだけをじりじりと削る。
「いったん退く!」
「オッケー任せろ!」
これが、嵌められる側になると抜け出せない。
頭では理解できているのだ。
どちらか一人を先に倒し、1対1の状況を作るべきだという事は。
だが、プレイヤーもそんなことは百も承知。
死なないように、仲間が殺されないように、慎重に慎重を重ねて立ち回ってくる。
――卑怯者だ。
自分たちは傷つかないところから、チクチクと。
数的有利を盾にして、陰湿なまでに責め立てる。
ああそうだ。適正な戦略だ。
だからこそ腹立たしい。
誰かが言った。
正義なき力は暴力なりと。
それなら、正しさを笠に着た暴力は何と形容すればいい。
私が思うに、それは――
「ぐぬ、ぬぬ」
「おーい、いつでも代われるぞー?」
「くっ、あと少しでラストアタックなのに……」
「命を張るほど大事なのかー?」
「……っ、交代だ!」
「おっけー! うおぉぉぉ!」
――『悪』だ。
「くそがっ、あと少……ごぷっ、……ぇ?」
蒼然たる森中。
後退したプレイヤーの喉から手が生えた。
それは誰の手?
私の手だ。
『誰……だよ、お前』
首から上を捻った男。
涙ぐんでいるのか驚愕しているの分からない瞳。
そんな眼と目が合った。
レベル差があるし、即死には至らなかったか。
まあ、想定の範囲内だ。
「ははっ、声が出ないでしょう? 念のため喉を潰しておいて正解だったわ。もう一人に気付かれると厄介だからさ、安らかに眠ってちょうだい?」
ああ、あんたらが愚者で助かったよ。
自分たちの正しさを信じ込んで、周りに気を使えない大バカ者で。おかげで、楽に殺す事が出来た。
「ふふ、そんなに大きく目を見開いて。
三途の川はそれほど綺麗だったかしら?」
私は覚えていないけれど。
迫りくる死を、しかと刮目するといい。
――ぐぢゅ。
男の首から、手を引っこ抜く。
彼のHPバーが全損し、ポリゴン片になって弾ける。
ああ、皮肉にも幻想的だな。
人の死というものは。
『卑怯、者……!』
「卑怯で結構」
悪を倒すためなら狂う事すら厭わない。
「それが、あんたたちの正義なんでしょう?」
合わせてあげるよ。そっちのやり方に。
【レベルアップ!】
【レベルアップ!】
【レベルアップ!】
【戦利品を入手しました】
ほら、世界の声すら祝福してくれている。
安心しなよ。私があなたの分まで生きてあげる。
あなたの分まで殺してあげる。
だから、迷うことなく昇天するといいよ。
「――しゃぁっ! 倒したぞ! 見てた、か……?」
ちょうど、片割れの剣士もリトルレッサーデーモンを倒しきったようだ。私の方に――正確に言えば仲間のいるはずの方にだが――向き直り、そう口にした。
ああ、約束だからね。
私は彼の分まで生きるから。
彼の代わりに答えてあげるよ、その問いに。
「ええ。見ていたわ、あなたの雄姿。あなたは……、お仲間の死を見届けられなかったようだけれど?」
「……っ、誰だ! お前!」
「あはは、流行ってるの? 相手の名前を聞くの。これから死にゆく輩に覚えてもらう程の名じゃ無いんだけどね」
まあいい、今は機嫌がいい。
冥土の土産に、答えてあげよう。
「エリュティアノルン。あなたを倒す者よ」
「……っ、エリュティアノルン!? ラスボスが、どうしてこんなところに!」
「ふふっ、粋な計らいでしょう?」
「ッ! 冗談じゃない!」
抜刀術の構え、斬り込んでくるつもりね?
……いや、そうじゃないか。
この人間からは殺意を感じない。
痛いほど味わった殺気が見受けられない。
それなら、彼の目的は。
「うおおおぉぉぉっ!」
彼の手動再現スキルは正確だった。
AIが出した予想軌道は、彼の獲物の切っ先が、しっかりと私の首を捉えている。
つまり、切っ先分後ろに下がるだけで避けられる。
上体を反らすだけで十分……、だから。
「あはっ、つれないなぁ。逃げようとしたでしょ」
「ッ!?」
あえて、大きくバックステップを踏んだ。
彼との相対速度をゼロにして、紙一重で当たらない距離を保ち続ける。
知らないのかな?
「……魔王からは、逃げられないってね」
花吹雪に染まる空。
月光満ちる断割の大地。
さぁ、刮目せよ。
それは結界。
時間という理は意味を持たず、神の干渉さえも許さない、絶対の領域。
モノクロに輝く停止した世界で私は踊る。
パチン。
指を鳴らす。世界が色を取り戻す。
「【斂葬術式・一ノ型】、«花天月地»」




