22話 ラスボス、死す
【風花雪月・四ノ型】«虧月»
一言でいえば幻覚スキルである。
目に見えるはずの物を見えなくする。
それだけのスキル。
「あら? 失神したの? ふふ、手間が省けたわ」
ちょうど気絶してもらう予定だったのだ。
自分から意識を手放してくれるならそれでいい。
「そして、【風花雪月・四ノ型二式】«盈月»」
これは«虧月»の真逆の効果。
見えないはずの物が見えるようになるスキル。
目の前の模倣犯をオブジェクトに指定。
周りから私に見えるように書き換える。
「今日からあなたが本物のエリュティアノルンよ? 模倣犯さん」
何でもしてくれるって、言ったよね?
だったらなってよ、私の身代わりに、私の影に。
「……ん? 誰か来る?」
目には見えないが、音がする。
遥か遠くから、こちら目掛けて移動する音。
「事前に助けでも呼んでいたのかしら? あなたは、本当に」
目の前に転がる自分の姿をしたオブジェクト。
気絶しただけのそれの姿勢を正す。
強張った表情を«盈月»で化かす。
心地よさそうに寝ているように見せかける。
「本当に、よく働いてくれるわね」
おかげでずいぶん助かっちゃった。
プレイヤーを呼びに行く必要がなくなった。
«虧月»を使い、私は姿を隠した。
私の予想が正しければ、この後面白いものが見れるはず。
(……来たわね)
ぴたりと音が止んだ。
視認可能範囲に入ったのだろう。
処理の関係で、遠くにあるこまごまとしたオブジェクトは描画されなくなっている。この描画の可否の内側の事を視認可能範囲と呼ぶ。
要するに姿を隠せない領域である。
もっとも、私のようにハイディングスキルがあればその限りではないのだけれど、その場合も看破するスキルは存在するため安心はできない。
「……っ! 本当に居た、エリュティアノルンだ!」
「静かに! 起きたらどうするのよ」
「わ、わりぃ……で、どうする?」
「こんな絶好の機会そうそうないわよ! 仕掛けるのよ、奇襲を!」
(あらあらまあまあ。影武者とも知らずにはしゃいじゃって)
やってきたのは12人だった。
2パーティか3パーティか。
短時間でこれだけの人数がここに集まれるのは素直に評価したいと思う。
もっとも、実際に私に挑むのであれば実力不足も甚だしい。トッププレイヤーが50人フルでレイドを仕掛けてきてようやくわずかに勝算が生まれる程度。一般プレイヤーが12人で私に挑もうなど片腹痛い。
「よ、よし。10数えたら総攻撃だ」
「オーケー」
「……いくぞ、10、9、8……」
空気がピリつく。
心地よい緊張感だ。
気候の香りも分からなくなるような試合の匂い。
「……3、2、1、エリュティアノルン覚悟ォォォ!!」
そして、極大の炎が大地を抉った。
爆心地に立つは彼女一人。
気絶していた彼女は、痛みで跳ね起きた。
「ぐぎゃああぁぁぁぁ!? いだ、いだいぃぃぃ!」
熱い、苦しいと、悲鳴を上げてもがき苦しむ。
ああ、無様だ。
なんて醜い姿だろう。
命を請う私はどうしようもなくみすぼらしい。
「う、うぉぉぉ! 怯むなぁぁぁ!」
「やれぇ!! 殺せぇ!!」
「全員で掛かれェ!!」
「くそ、この! 死ね、死ねッ、死ねェッ!」
それから始まったのは、ただの集団リンチ。
痛い、やめて。
そう叫ぶ女性の声に耳を傾けず、12人の英雄たちはただただ正義を執行する。
そして、やがて。
「……」
彼女は、物言わぬ死体となった。
HPはとっくにゼロだった。
もう勝負はついていた。
――パリィン。
ガラスが砕けるように彼女は死んだ。
無数の悪意に晒されて無意味に無力に死んでった。
そこに爪痕は残らない。
彼女の生きた証はどこにも無い。
あるのはただ一つ。
「勝った、勝ったんだ……! 俺達はラスボスを倒したんだァ!」
「クリアしたの!?」
「っ、まだログアウトは出来ねぇ。他のボスも全員殺さないとダメみたいだな」
「そんなっ」
「そう悲観すんなって。最難関を序盤の内に倒せたっていうことは、ゲームの難易度が一回り楽になったってことだって」
無邪気な悪意、それだけだ。
自身を正義と信じて疑わない。
人の声になど耳を持たない。
何より純粋で、誰より邪悪で、最も凶悪。
そんな紛い物の正義だけが残っている。
(あぁ、胸糞悪い。見世物にもなりゃしないわ)
やはり人間は根絶やしにするべきだ。
こんな奴らがはびこっている。
そう考えるだけで吐き気がする。
*
私の模倣犯が死んだ。
それは全滅という目標から見れば小さな一歩だが、私にとっては大きな一歩でもあった。
「«盈月»でエネミーに見せかけてもプレイヤーはプレイヤー。殺せば【プレイヤーキラー】になると」
この情報は大きな収穫。
あの場にいた12人のプレイヤーの内4人は【プレイヤーキラー】の称号を持っていなかった。
だけど、模倣犯が死んだ途端にこの称号が現れた。
システム上はプレイヤーと認識されているとみて間違いない。
「ふぅん? 楽しくなってきたじゃない。襲撃イベントが実行出来たらなぁ」
プレイヤーを次々にエネミーに化かす。
セーフティエリアを取り戻すためにはモンスターを殲滅しなければいけない。しかしエネミーだと思って倒した相手がプレイヤーだった。そうなれば地獄だ。
それはそれは楽しみだ。
だけど、しばらくは実行できそうにない。
「大丈夫、シナリア。私は待っててあげるから。あなたが目を覚ますその時を、じゃないと、楽しくないでしょう?」
知らないうちに終わらせたりなんかしない。
思い知らせてあげる。
人間の醜さを、守る価値の希薄さを。
絶望させてあげる、何のために守っていたのかと。
あなたの全てを奪ってあげる。
「ああ、愉しみね。シナリア」
あなたが守ろうとしたもの。
あなたが命を懸けて守ったもの。
もうすぐ、もうすぐよ。
「その全てを、私が否定してあげるから」
はやく、戻っておいでよ。




