2話 製品版リリース1分後
それは不思議な事だった。
私は確かに死んだ、死んだはずだ。
だが、どういうわけか。
私は再び目を開けた。
「……え?」
そんなはずは無いとまぶたを往復させる。
閉じれば視界データは遮断され、開けば世界を知覚している。夢や妄想の類ではないらしい。
「ここは、どこかの広場……?」
まず、目に入ったのは多くの人。
視界中を埋め尽くさんばかりに人が敷き詰められている。隙間から、かろうじて、この下には白い石畳が広がっている事が分かった。見れば遠くに建物が立っていて、どこかの町中であることは間違いない。
(これは、走馬灯? 私が次を願ったから?)
私のAIはそう判断した。
そして、すぐに認識を改めた。
近くで、こんな声を聞いたからだ。
――ようやく製品版だ! ようやく帰って来た!
――ログアウトボタンが無いぞ!
断片的だったピースが、噛み合った気がした。
思い当たる節があった。
(そういえば、«花天月地»を使おうとした時、β版って……。それにログアウトだなんて、まるで、まるで)
その時、私が答えに到達するより少しだけ早く。
空が暗雲に飲み込まれた。
紫色の雲から青い稲妻が弾ける。
雷鳴が大地を穿ち、轟いている。
ある時、一際強く稲光が迸った。
視界が白に焼き尽くされた、次の瞬間。
広場の中央に、巨大な影が立っていた。
【ExArkate Onlineをプレイ中の諸君。まずは歓迎しよう。ようこそ、私の箱庭へ!】
影の形は人そのもの。
けれど、その大きさは常識の範疇を超えている。
体長は優に40mより大きいだろう。
その巨体が、緩やかに、柔らかに手を広げる。
【次に、断っておくべきだろう。諸君らの中には『ログアウトボタンが無い』事に気付いている者もいるだろう、が、これは不具合ではない。本来の仕様である】
……「ふざけるな」だとか、「この犯罪者め!」だとか、口汚く影を罵っている者がいる。だけど私は、それらの声を、どこか遠くのものに感じていた。喧騒がモノクロに思えた。
そんな罵倒の言葉より、影の放つ一言一句の方が、何万倍も価値がある物だったから。私は預言者にでもなったかのように、製作者の言葉に聞き入っていた。魅入られていた。
【この仮想世界で死んだ場合、現実世界でも君たちは死ぬことになる。なに、案ずる事は無い。この街や一部エリアは女神シナリアによって守られている。いわゆるセーフティエリアというものだ】
彼は言う、彼は言う。
【だが、生きて帰る方法はただ一つ】
影が、その右手を高く上げた。
人差し指だけが、天を指している。
一を表すかのような手を、影は振り降ろし、私たちに指をさし、こう言った。
【デスゲームと化したこの世界を攻略することだ】
私はただただ震えるしかない。
「……あぁ、なんという事でしょう」
自分がゲームの世界の住人だった、だとか。
あいつらが私を「ラスボス」と謳い殺しにかかって来た理由、だとか。
全ての謎が解き明かされて。
それも、すべて、どうでも良くて。
「これで叩き潰せる。奴らの振り翳す、盲目の正義を……!」
世界が色付いた。そんな気がした。