16話 秩序と鎮守の女神シナリア
ゲーム上、私を倒すべき巨悪と定義するのなら、当然プレイヤーを守護する者が存在する。
それが秩序と鎮守の女神シナリアである。
シナリアは私と同じNPCだ。
ただし、プレイヤー寄り。
お助けキャラとでも言えばいいのだろうか。
街や一部のフィールドのセーフティエリアは彼女の加護によって機能している。
「なあ、なあ、シナリア。どうして私の邪魔をする」
だが、それ以外に関しては不干渉の神だった。
彼女は放任主義だった。
どうしてこの場に現れたのか。
「私は秩序を保つ者。ここは私の守る土地。一切の殺生は許しません」
「秩序と鎮守の女神シナリアよ、秩序を乱すはその者ら。私の従魔が殺された。500の命が散らされた」
「ええ、ですから、終わりにしましょう」
シナリアが大きく手を広げた。
次の瞬間、彼女の周りに光が満ちる。
そして、光からは文字列が溢れ出た。
旋律を描くように、メロディを奏でるように、帯状に列をなして私を取り巻く。
構わず、言葉を交わす。
「秩序と鎮守の女神シナリアよ、あなたも私と同じはず。同じ造られし者のはず。私はあなたと争いたくない」
「ええ、ええ、ノルン、エリュティアノルン。私とあなたは同じです。ですが、秩序の神として、鎮守の神として、不可侵領域を犯すものを排さぬわけにはいかぬのです」
「……あなたが護ろうとしている者達は、いずれあなたに牙を剥く」
「それが門出というのなら、私はそれを是としましょう」
……ダメだ。
彼女はNPCだが、エネミーではない。
私と彼女は、分かり合えないように出来ている。
「……残念だよ、シナリア」
胸に穴が出来た、そんな気がした。
理解者を失った。そんな喪失感が胸を満たす。
シナリアよ、秩序と鎮守の女神シナリアよ。
あなたは、私と同じように感じてくれていますか?
「すみません、エリュティアノルン。この攻撃不可の刻印を祝福として受け取ってください」
「……いいよ。謝らなくて、だって」
天に手を掲げる。
道は違えた。私は私の道を行く。
さあ、私の可愛い子供たち。
その身に光を宿し、私の悲願の礎となれ。
「謝るべきはこっちだからさ」
「阿吽カラス……どうするつもりですか」
「シナリアよ、いずれは命を散らす子だ。どうせ散るなら華々しく、あんたの手で導いてやってはくれないかい?」
「私はそうは思いません。命は尊く、大切に扱われるべきものです。無益な殺生は行いません」
私は阿吽カラスをシナリアにけしかける。
その数およそ5000羽。
数羽を空に残し、それ以外のすべてをけしかけた。
とはいえ、シナリアの表面積を超過する分は攻撃を与えられないし、阿吽カラスのステータスではシナリアを倒せない。与えたダメージ以上に自然回復しているからだ。
「その油断が命取りだよ、シナリア」
否定してやる、あんたの信念を。
踏みにじってやる、あんたの振り翳す信念を。
刮目せよ、地に墜ちろ。
「【斂葬術式・五ノ型】――」
「っ! 待ちなさい! その術は!」
「――«嶺上開花»ッ!!」
次の瞬間、暴風が体を突き抜けた。
理由は簡単だ。
一瞬の内に5000羽のカラスが爆発した。
それだけである。
だが、その威力は馬鹿には出来ない。
事実、離れた場所にいる私ですらかなりのダメージを受けた。
豪運のグラン君から拝借した回復薬で、すぐさまHPを回復する。
「ノルン……よくも、よくも!」
だが、シナリアは生きていた。
彼女が割り込む前に私が殺そうとしていたプレイヤーを抱きしめ、わなわなと肩を震えさせている。
(爆発からプレイヤーを守ろうとしたのか。無駄なことを)
爆風ですらダメージ判定が発生する爆発だ。
いくらシナリアが庇ったところで、爆心地に居て生き残れる道理は無い。
現に、プレイヤーはポリゴン片になって散った。
彼女曰く尊い命を、儚く散らしたのだ。
「怒らないでよ、シナリア。私は進言したはずだよ。阿吽カラスを殺したらどうかってね。そのプレイヤーが死んだのは、あんたが甘い戯言を吐いたからだ」
シナリアならば、阿吽カラスの5000羽程度瞬殺できた。だが、そうはしなかった。その結果があのプレイヤーのデッドエンドだ。
「分かったでしょう、シナリア? 害意ある者は摘まねばならない。悪意は犠牲の上に成り立っている。救いの手を差し伸べたところで、関係ない命が散るだけだ」
「あなたは、そんな世迷言を言うためだけに……」
「世迷言を叫んでいるのはどっちだか。私はこの上なく現実的だよ、あんたみたいな理想主義じゃない。現実と向き合って、抗って、自分の信念を貫いている」
誰も傷つかずに済むようになんてのは絵空事だ。
彼らのつくる武器は、防具は、回復薬は、私たちエネミーを殺すためにある。彼女は命を守る一方で、殺生の手助けをしているに過ぎない。
「エリュティアノルン……あなただけは……!」
「あはは、苦しそうだね、シナリア」
「っ!」
「既に5000を超える命が失われた、あんたが守るべきこの土地で。相応のペナルティが発生しているんじゃないのかい?」
この世界に生きる者には掟がある。
そして掟を破った者には相応の罰則が与えられる。
私やプレイヤーであれば分かりやすい。
守るべきことはただ一つ、生き残ることだ。
死んだ者にはデスペナルティが与えられ、生きた証を、存在を、命を落とす事になる。
だが、シナリアはそうではない。
彼女が守るべきは秩序と鎮守。
無法地帯と化した街、失われた命。
少なくないペナルティが課せられているはずだ。
「もう一度言うよ、シナリア。秩序を乱すのは、あんたが守ろうとしているプレイヤー達だ。守るのをやめて、もう一度秩序を取り戻して。私はあなたを殺したくない」
「……阿吽カラス5000羽を犠牲にしておきながら、よくもそんな口をきけましたね。私があなたを信じるとでも?」
「信じる、信じないの話じゃないんだけどね」
私はシナリアに手を差し伸べた。
取るも振り払うも彼女の自由だ。
さぁ、聞かせてよ。
あなたの答えを。
「残念だったわね、私は悪には屈しないわ、決して」
「……」
そう、か。
それが、君の答えなのか。
「……君も、私を悪と謗るんだね」
「ノルン?」
「……またね、シナリア」
【斂葬術式・一ノ型】、«花天月地»