14話 祭りだー!
EAOプレイヤーは周知していた。
このゲームには【襲撃イベント】と呼ばれるものが実装されていることを、引き籠っているだけではゲームオーバーになる事を。
だが、分かるわけが無かった。
陰謀の魔の手が迫っている事なんて。
最期の審判がすぐそこに迫っているなんて。
分かるはずも無かった。
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【襲撃イベント】阿吽カラス(0/178)
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目的:モンスターの殲滅
※セーフティエリア解除中
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紫紺のまだらが落ちる空。
平穏な日常の崩れる音が反響する。
背筋が凍り付くような死臭が迫ってくる。
その異常事態に目を向けないプレイヤーは一人としていなかった。
「襲撃イベント!? こんなに早く!?」
このプレイヤー、グレンもそうだ。
グレンは臆病な男だった。
デスゲームと化した世界でフィールドに出るなどもってのほか。
彼は生産職の道を突き進むと決めた。
そんな彼はしかし、偶然、回復薬生成の小技を見つけた。彼のつくる回復薬は性能が高く、前線に赴くプレイヤーから重宝されたのだ。
結果、プレイヤーからの需要は彼に集中した。
トップパーティの«エレウテリア»から正式にメンバーにならないかという提案を受けた。
彼は間違いなくラッキーマンだった。
少なくとも、この時点までは。
「こんにちは。回復薬、くださいな」
気付けば目の前に女性が立っていた。
ボロボロのクロークをすっぽりかぶった女性だ。
その女性は何と言った?
回復薬くださいな?
「悪いがお嬢さん、今ある回復薬は«エレウテリア»に納品する予定なんだ。諦めてくれ」
「«エレウテリア»?」
「そうだ! このデスゲームの期待の星! «エレウテリア»の支援職なんだよ俺は! 分かったらあっち行け!」
「へぇ?」
いいつつ、グレンはメニューを開いた。
その中からパーティチャットの項目を選び、助けを求める、彼の雇用主である«エレウテリア»に。
命からがらだった。
生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
だから彼は気付かなかった。
目の前の女性が、不気味に笑ったことを。
「それはそれは、運が無かったわねぇ」
「は? 豪運のグレン様のどこが不運だ、って……」
次の瞬間、両腕がぷらんと垂れ落ちた。
ヘルプを求めようと、送信ボタンを押そうと力を籠めるが持ち上がる気配はない。
(は? 俺の腕、は?)
ぐるりと天井が渦巻いた。
次いで頭に強い衝撃が走る。
視界が不安定だ、ノイズでぐらつく。
自分が倒れ伏したと気づくのに、そう時間は掛からなかった。それから、このゲームのリタイアにも。
「安らかにお眠り? 豪運のグレン様?」
彼が最期に見たのは、割れるガラスのように砕ける自身の腕。それから、不敵に笑う女性だった。
*
「あはっ。めちゃくちゃため込んでるじゃんこいつ。貯蓄は美徳ってかい? あはは!」
襲撃イベント発生後、私は一軒の露店に訪れた。
そこには分かりやすい生産職のプレイヤーがいて、私はすぐさま殺すことを決めた。
運がいい事に、«エレウテリア»に回復薬を提供しているやつだったらしい。
「MP回復薬は、これね。あはは、私はあいにく消費は美徳派でね。ありがたく使わせてもらうよ」
一瓶まるまる呷ると、MPが3割ほど回復した。
続けてもう一本、と思ったが再使用には10秒ほどかかる様だったので、先に検証を済ませることにする。
「【風花雪月・一ノ型】、«双頭鴉»」
検証というのは、襲撃個体の後増しが可能かどうかの確認の事である。これでイベントの個体が増えているようなら……。
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【襲撃イベント】阿吽カラス(11/237)
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目的:モンスターの殲滅
※セーフティエリア解除中
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「あはぁ……?」
増やせるじゃんか、これ。
「豪運のグレン? だっけ? 感謝するよ」
MP回復薬1つで増やせる個体が大体40羽くらい。
そのMP回復薬が、ここだけで10スタック(1スタックが255個)存在している。
「君の貯蓄のおかげで、今日はお祭だ」
さあ、神輿を掲げよう。
血塗れた祭の始まりだ。