11話 決着 【マルス】
剣士マルスはβプレイヤーである。
それも、運営が用意したラスボス【エリュティアノルン】を倒した50人の一人というガチ勢だ。
もっとも、その時の【エリュティアノルン】はβ版用に弱体化された個体――ゲーム的に言えば不完全個体――であったのだが、EAO屈指のトッププレイヤーであることは間違いない。
(大丈夫だ、問題無い)
このレイドバトルは勝ち戦だ。
万が一にも負ける可能性は無い。
剣士マルスはそう考えていた。
実際、その考えは当たっている。
他のプレイヤーとて、デスゲームとなったEAOで前線に飛び込める勇猛果敢な頼もしい仲間だ。種の割れたモンスターなど怖くはない。
(だが、なんだ、この悪寒、この不安、この恐怖)
マルスはずっと、不吉な予感を携えていた。
論理的に考えて負けは無い。
だというのに、背筋が震えて止まらない。
直感は良くないことが起きると訴えている。
(なんだ、俺は何を見落としている)
ジャイアント・ウッズの攻撃を捌きながら、思考は別の所にあった。だが、その正体を掴めないまま時間だけが通り過ぎていく。
(誰か死んだ? ……2、5、7、13……)
ふと、そんな疑問がよぎった。
マルスはジャイアント・ウッズに手動再現スキルを叩き込みながら、参加人数を数え上げていく。
(48、50。50人いるな。誰かが死んだわけじゃない。……いや待て、そう言えば参加人数が49になってるって)
糸口をつかみかけた。
あるいは、あと1秒あれば答えに辿り着けたかもしれない。だが、垂らされた糸は、掴むより先に切れてしまった。
「ジャイアント・ウッズのHPが25パーセントを切るぞ!」
「レイジモードだ! 攻撃パターンが変わることを忘れるな!」
『ウォォォォォォォン!!』
ハッと、思考が釣り上げられた。
レイジモードに突入したジャイアント・ウッズの攻撃は一撃一撃が重くなる。重装ならともかく、剣士の彼がまともに喰らえば致命傷は免れない。
彼はあと一歩のところまで迫っていた。
いや、こう言い換えるべきだろうか。
彼はあと一歩、届かなかったのだ。
掲示板に上がっていた情報に至らなかったのだ。
――【エリュティアノルン】が徘徊している。
この際、彼が掲示板を見ていたかは関係無い。
大事なのは思い至る者がいなかったことだ。
掲示板には虚実が入り乱れる。
嘘を嘘であると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい。
その為、【エリュティアノルン】が徘徊しているという情報はガセ、あるいは勘違い、もしくはラスボスを騙る偽物の犯行と判断された。
誰も真実だと考えていなかったのである。
だからこそ、悲劇は起きた。
「……ぇ」
ジャイアント・ウッズがレイジモードに突入し、マルスは一挙手一投足に集中していた。だからこそ彼は気付いた。
ジャイアント・ウッズが、β版には無かった挙動を起こそうとしている事に。
「皆! 一度退くんだ!!」
考えるより先に、声が出た。
悪くない反応だった。
彼は彼に出来る最善を尽くしたといえるだろう。
ああ、彼は頑張った。
だが、手遅れだ。
――ドゴォォォォン!!
(なっ、自爆!?)
次の瞬間、ジャイアント・ウッズが砕けて爆ぜた。
爆炎と暴風が吹き荒れ、ボス攻略部隊を包み込む。
視界が赤に飲み込まれ、白に包まれる。
ジャイアント・ウッズの«雄叫び»とは比べ物にならない爆発音が耳をつんざく。
真っ白に染まる視界、痺れた脳。
スタンを状態異常回復薬で打ち消した。
刀を杖に、前を見る。
「お前……、«不撓不屈»の黒岩戸」
「がふっ、ごぼ」
「お、おい!? 大丈夫か?」
ジャイアント・ウッズが先ほどまでいた部屋中央。
そこに、«不撓不屈»の黒岩戸が立っていた。
どうして。
マルスが問いかけるより先に、彼は崩れ落ちた。
慌てて近寄った。
背中を手で支える。
支えて気付いた。
……ガラスのように、軽い。
「お前、HPが……」
彼はプレイヤー最強の盾だ。
その耐久値は、他の誰より遥かに高い。
先の爆発は、ものすごい威力だった。
それでも、現状はおかしいと言わざるをえない。
剣士のマルスが生き残り、重装の彼が死ぬなんて。
(俺のHPが減っていない……、他の奴らも!)
マルスは気付いた。気づいてしまった。
最強の盾である彼が何をしたかということに。
「馬鹿野郎! 俺達全員のダメージを«肩代わり»したな!?」
«肩代わり»
それは重装系統が覚えられる中級スキル。
10秒間、周りのプレイヤーが受けるダメージを名前の通り肩代わりするスキルだ。
「ごふ、あ、ぁ……。良かっ――護り切れ……」
「黒岩戸……? 嘘だよな、おい、笑えねえぞ。目を開けろよ……黒岩戸ッ!!」
――パリン。
マルスの願いとは反対に。
プレイヤー黒岩戸は、砕けて散った。
最初のボスに殺された。
最強格のプレイヤーが、最初のボスに。
「ア、アァ……アアアアアアァァァ!!」
どうして思い至らなかった。
β版と違う行動を敵が取る可能性に。
どうして考えなかった。
予想外のことが起きた時の対応を、作戦を。
どうして、どうして……っ。
【ジャイアント・ウッズが倒されました。新たなエリアが解放されます】
続いて、レベルアップのファンファーレ。
マルスはそれを、ぼんやり。
どこか他人事のように聞いているのだった。